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祐巳さんと可南子ちゃん
「なかきよ」中編その3
 
 
 屋台で買ってきたものというのは、祥子さまのお母さまにとっては滅多に口にできない代物らしい。
 可南子はそう聞いていたのだけれど、実際に喜んでいる姿を見ると、やっと納得できた。理屈で考えると、どう考えてもお土産にはほど遠い代物なのだけれど。
 喜んでもらえるものが一番。お姉さまならそう言い出しそうな気がして、可南子は一人心の中で頷いていた。
 いつの間にかそれぞれの分担が決まっていて、柏木さんと祐麒さんはお茶を煎れ、可南子とお姉さまは電子レンジで屋台で買ってきたものを暖めている。祥子さまと小母さまはテーブルの上を準備している。
「それじゃあ、今年も又、百人一首からかな?」
 柏木さんが、トウモロコシを頬張りながら言った。別に男の人に興味はないけれど、トウモロコシを頬張りながらだというのに爽やかに喋っているなんて、この人はなんて器用な人なんだろう、と可南子は思う。
 祐麒さんが、え、と呟く。
「どうしたんだ、ユキチ。祐巳ちゃんと一緒に去年の雪辱を晴らすと思えばいいじゃないか」
 どうやら、去年はお姉さまと祐麒さんが惨敗した様子。けれど、考えてみれば祥子さまも小母さまも、百人一首の類はとても得意そうに見える。これが気品の差というものだろうか。とは言っても、祥子さまは学校成績も常にトップクラス。決して悪くはないけれどトップクラスとは言えないお姉さまとは大きな差がある。そちらの差かも知れない。
「こんなこともあろうかと、私、特訓してきましたから!」
 お姉さまが得意そうに言った。
「まあ、祐巳ったら」
 祥子さまが笑って席を立つ。
「それじゃあ、札を取ってくるわ。少し待っていて」
「祥子さん、私も行くわ。どこに仕舞っているか覚えていて?」
 お客様を置いて、行ってしまう二人。お客様とは言っても、気心の知れたメンバーしかいないのだから、これはこれで構わないのかも知れない。
 二人が戻ってくるまでの少しの間に、柏木さんが突然立ち上がり、可南子の前に座った。
「柏木さん?」
 可南子が驚いていると、お姉さまが二人の間に入る。
「可南子に何か御用ですか?」
「祐巳ちゃん、なにもそう警戒しなくてもいいじゃないか。僕が女の子に対しては警戒しなくていい存在だっていうことは、祐巳ちゃんだって知っているだろう? 今の場合、祐巳ちゃんが守るべきは可南子ちゃんではなくてユキチだと思うけれど」
 慌てて祐麒さんがお姉さまの背後に回る。
 お姉さまを先頭にして、可南子は祐麒さんと並んでいる。
「さっきの話は本当なんですか?」
 可南子は思わず聞いていた。
「その……柏木さまが男の方に興味があるというのは」
「あるとも。これはさっちゃんだって知っているし、祐巳ちゃんもユキチも知っていることだからね」
 可南子は絶句した。話には聞いたことがあるけれど、本当にいるんだ。
「でも、義叔母さまには内緒だよ。今のところ、大人連中には誰にも知られていないんだから」
「言いませんよ。わざわざそんなこと」
 確かに。わざわざ「貴方の娘さんの許婚は同性愛者ですよ」と言いに行くのはなんだか変だ。それに、見たところ清子小母さまは、その辺の話にはとても疎そうで、下手に伝えようものなら大変なことになってしまいそうな気がする。
「ありがとう」
 にこっと笑う柏木さん。確かに、何も知らずにこの微笑みだけを見せられると好青年に見えてしまうんだろうな、と可南子は思った。
「可南子ちゃんに謝っておきたいことがあってね」
 その時突然、祐麒さんが柏木さんを制止する。
「ちょっと待って、それは俺が」
 またも慌てて、今度は柏木さんの隣に並ぶ。
「それは生徒会長の俺が言うべきことだから」
 柏木さんが、ちょっと厳しい顔になる。
「そうかい? なかなか言い出さないから、忘れていたのかと思ったよ」
「忘れていた訳じゃない。言い出すタイミングを失っただけだから」
「それでこそ、僕のユキチだよ」
 うわぁ。どうしてこんな台詞をサラッと言えるのだろう、この人は。
 祐麒さんも、苦笑を通り越してあからさまにひきつった笑顔になっている。
 咳払いを一つして、
「あの、細川さん、以前うちの生徒会の一人が馬鹿なことを言ってしまって、申し訳ありませんでした」
 可南子はキョトンとした顔で、お姉さまと顔を見合わせる。
 すると、柏木さんも祐麒さんに従うように頭を下げる。
「直接の後輩のしでかしたことだ。僕からも謝罪する」
「あの……。馬鹿なことって?」
 顔を上げるように言いながら、可南子は尋ねた。心当たりがないのだ。
 祐麒さんは言いづらそうに顔をしかめると、呟いた。
「……ハリガネ」
 あ、とお姉さまが声を上げる。祐麒さんよりもそちらが気になって、可南子はお姉さまを見た。
「お姉さま?」
 確かに、「ハリガネ」は知っている。お姉さまにロザリオを戴いたころ、一部の心ない生徒が可南子をそう揶揄していたのだ。【2004年SS・祐巳さんと可南子ちゃん「トナカイ」参照
 でも、どうしてそんな話を今頃。しかも祐麒さんが。
 お姉さまは何か知っている顔で祐麒さんを見ている。けれど、何も言わないということは、祐麒さんにそれを言わそうとしているのだろう。可南子も、祐麒さんの言葉を待つことにした。
「すいません。あの渾名を作ったのが、うちの有栖川だったらしいんです」
 微かに頷いているお姉さま。ということは、お姉さまは知っていたのか。
 お姉さまは、可南子の視線に気付いた。
「うん。アリスがそう言ったことは知っていたよ。けれど、アリスは別に悪意で言っていたわけじゃないし。なんて言うのかな、逆に可愛らしいイメージだったから」
 それに、アリスは瞳子ちゃんと可南子をセットで「バネとハリガネ」って言っていたから。
「バネ……ですか」
 それはそれで、ピッタリなような。
 ああ、ということは、「ハリガネ」と言うのはそれくらい自分にピッタリということなのだろうな。
 でも、不思議と腹は立たない。同じ言葉でも、悪意の有無で印象は百八十度変わるものだから。
「でしたら、私も謝りますわ」
 可南子が頭を下げると、祐麒さんと柏木さんが顔を見合わせる。
「え? それは、一体……」
「私は、有栖川さんのことを『おかまのくせに』なんて言ってしまいましたから。有栖川さんの発言でお二人が謝罪なされるのでしたら、私も謝罪するのが筋ですわ」
「だったら、私も」
 可南子は驚いた。お姉さまも頭を下げている。
「アリスのことで祐麒と柏木さんが頭を下げるなら、可南子のことで私が頭を下げるのは当たり前だもの」
「お姉さま。私は……」
「いいの。私じゃ柏木さんには釣り合わないかも知れないけれど」
 そんなことはない。と可南子は声を大にして言いたかったけれど、当の柏木さんの前ではさすがに言えない。
 その柏木さんが、大きくため息をついた。
「やっぱり、祐巳ちゃんには敵わないなぁ。可南子ちゃんも、さすがに祐巳ちゃんの妹だ」
 そこへ戻ってくる二人。
「あらあら、どうしたの。みんなで頭なんか下げちゃって」
「僕がペンを落としてしまって、皆で探していたんですよ」
 どこからか取り出したボールペンを指先で振りながら、柏木さんは答える。こういうところのそつの無さは素直に凄い。
 可南子は顔を上げると、お姉さまを見る。お姉さまも可南子を見ていた。
 どちらからともなく微笑みあっていると、祥子さまがほんの少し乱暴に札をテーブルに置いた。
「さあ、持ってきたわよ、祐巳、可南子ちゃん」
 
 結果は……
 お姉さまの言葉によると、二年連続で福沢姉弟は大敗退。そして小笠原一族の圧勝。
 ちなみに可南子はというと、お姉さまには勝っているけれど
祥子さまには負けている、というあまり芳しくない結果に。
「やっぱり、ババ抜きかな」
「六人だと多いから、チームを三組作りましょう」
「くじ引きでいいんじゃないかな」
 柏木さんの言葉に不満そうにお姉さま。
「くじ引きにしないと、さっちゃんと可南子ちゃんで祐巳ちゃんの争奪戦が始まりそうだからね」
 そう言われると可南子は何も言えない。だって、その通りだから。
 そしてくじをひいた結果、
 可南子と祥子さま。
 祐巳さまと清子さま。
 祐麒さんと柏木さん。
 と言う結果になった。
 籤を作った祥子さまに礼を言う柏木さん。
「まあ、優さんは祐麒さんと仲がいいのね」
「はい。可愛い後輩ですから」
「まあまあ」
 清子小母さまは何も知らないんだな、と可南子は確信した。
 そしてゲームが始まると、可南子と祥子さまのチームが圧勝してしまった。
 柏木さんに言わせると、
「君たち二人のフェイクとポーカーフェイスは超一流だ。今すぐカジノに連れて行きたいくらいだよ」
 ということらしい。そういわれても、可南子には自覚はないのだけれど。
「凄いよ、可南子。全然わかんなかったわ」
「祐巳が表情出しすぎ」
「う、それは、そうだけれど……祐麒だって、ミスしてたじゃないの」
「俺はパートナーがパートナーだからだよ」
「なんだい、ユキチ、僕の隣で緊張していたのかい?」
 本当にこの人は……。可南子はある意味、柏木さんは尊敬できるんじゃないかと思えてきた。
 
 トランプを終えて一休みしていると、可南子は清子小母さまの視線に気付く。
 頭の先からつま先までをじっと見つめている。別に背の高さに好奇心を向けているというわけではないみたいだけれども。
「あの……何か?」
「ちょっと可南子ちゃん、まっすぐ立ってみてくださる?」
 訝しげに思いながらも、可南子は素直に立った。すると小母さまは可南子の横に立って身長を比べている。
「うーん。祥子さんがこれくらいだから……あらまあ、ちょうどいいかも知れないわ」
「どうなされたの?」
 祥子さまも不審な顔を隠さずに尋ねる。
「祥子さん、あのドレスはどこにあったかしら?」
「あのドレスって……」
 小母さまは手をひらひらと振っている。
「ほら、イタリアからいらしたお客様が、祥子さんにと仰って送って下さったドレスよ」
「ああ、あれなら確か……」
 小母さまは祥子さまの答を聞くと頷いた。
「そうそう、そうだったわね。優さん、ちょっと手伝って下さらないかしら? 祥子さんは可南子ちゃんに準備していてあげてね」
「お母さま、まさか……」
 祥子さまに答えず、小母さまは柏木さんを連れて、また部屋を出て行く。
「あの、お姉さま。一体何が」
 残されたお姉さまが尋ねると、祥子さまは可南子に向かって言う。
「少し前に、イタリアの父の知り合いからドレスが送られてきたのよ。それはいいのだけれど、サイズを間違えたようで、私には少し長すぎるのよ。仕立て直せばいいのだろうけれど、急ぐこともないと思って放ってあるのよ。お母さまは多分、可南子ちゃんにならサイズがピッタリだと思ったのではないかしら」
 ドレス。しかも祥子さまに送られてくるようなドレスなんて。
 一体どんなドレスなんだろう。
「とにかく、お母さまのことだから可南子ちゃんに着せてみようとするはずよ。覚悟していてね」
 覚悟と言われても。
「着替えるんですか!?」
 祐麒さんが素っ頓狂な声を上げる。
「祐麒、別の部屋に行ってなさいよ」
「いや、そりゃ、言われなくても行くけれど……祐巳、柏木先輩と二人きりにしないでくれ……」
「私は、可南子の着替えが見たい」
 キッパリとお姉さま。
 お姉さまったら。可南子は顔が熱くなってしまう。
「私とお母さまも同意見になるわね」
「あ……」
 諦めたように頭をがっくりと落とす祐麒さん。
「まあ、着替えるくらいの時間なら、いいか……」
 待つほどのこともなく、小母さまと柏木さんが戻ってくる。柏木さんは、一抱えほどもある衣装箱を運んできていた。
「ああ、やっぱりそれだったのね」
「祥子さんには少し丈が長いけれども、可南子ちゃんならピッタリじゃないかしら」
 柏木さんと祐麒さんを追い出して、可南子にドレスを着せる作業が始まった。
「さあさあ脱いで」
「は、はい。きゃあ、祥子さま、ブラジャーまで?」
「ベアバックドレス(背中を出すドレス)だから、そのブラじゃ駄目よ。今日の所は試着だけだから、無しで我慢しなさい」
「背中を出すんですか?」
「そうよ。可南子ちゃん背が高いから、きっと似合うわよ」
 十数分後。
「きれい……」
 お姉さまの声に、可南子は真っ赤な顔で首を振る。
「そ、そんな。これは、ドレスのおかげです」
「ううん。とても似合っているわよ、可南子」
 アイボリーを基調としたシックなドレス。色こそシックだけれども、ビーズと刺繍を全体にあしらったデザインでとても華麗に見える。ビーズは要所に、そして刺繍は気が遠くなるほど細かいものが目に見えない部分にまで施されている。材質以上に、手間と暇をたっぷりかけて作られた美術品だった。
 ざっくりと開いた背中は、長身の可南子だからこそ似合っている。そして、ゆったりとしているのに、足のシルエットを美しく見せるスカート。
 さらに、全体のシルエットにも色合いにも、可南子の黒髪が映えていた。
「まるで、可南子ちゃんのためにデザインしたみたいね」
「わ、私……」
 姿見の前で、可南子は絶句していた。
 ここに映っているのは一体誰なんだろう。
 これは、私じゃない。
 でも。
 ドレスのせいだ、と思うことにした。うん。夢を見てもいいかも知れない。
「あ、あの。カメラって……ありませんよね」
 お姉さまと祥子さまが同時に首を振る。
「なんだか、この姿、お父さんにも見せてあげたくて……」
「もし、可南子ちゃんさえよかったら、このドレスを着てくれないかしら?」
 小母さまの言葉に、三人が同時に顔を向ける。
「ここにあっても、誰も着ないのよ。サイズが合わないから、どうしようもないの」
「で、でも、サイズが合わないと言っても……」
「身長の合わない祥子さんが着ても、ましてや私が着てもおかしいのよ。可南子ちゃんに着てもらえた方がドレスのためにもなるのだけれど」
 ある程度の、割と大幅な体格差を見越して作られている市販品とは違うと言うことなのだ。だから、可南子にサイズがピッタリなのは運のいい偶然なのだ。
 可南子は大きく息を吸った。
「ごめんなさい。こんな高価なモノ、いただけません」
 祥子さまが、咎めるような顔で小母さまに何か言いかけたとき、
「あらあら」
 小母さまは笑った。
「違うのよ、可南子ちゃん。その服をあげるとは言っていないのよ」
「え?」
 祥子さまが開きかけた口を閉じ、お姉さまが首を傾げる。そして可南子も、同じように首を傾げていた。
「でも、今……」
「私はね、可南子ちゃんに着て欲しいと言ったのよ。それだけなの。だから、可南子ちゃんは好きなときにそのドレスを着ればいいのよ。そうね、貸してあげる、と言えば一番いいのかしら」
 ここで、小母さまは少し考えた。
「ううん。違うわね。だって、可南子ちゃんにそのドレスを着て欲しいのだもの」
 可南子は頷いた。何かお礼の言葉を言いたいのだけれど、上手い言葉が思いつかない。
「もういいのかな?」
 部屋の外から間延びした声。
「ええ、よろしくてよ、優さん」
 祥子さまの合図で、祐麒さんと柏木さんが入ってくる。
 祐麒さんは絶句して、柏木さんはにっこり笑って頷いた。
「なるほど。さすが義叔母さまの見立ては確かですね。よく似合っている」
 祐麒さんは絶句したまま。
「祐麒。鼻の下伸びてる」
「の、伸びてないっ!!」
 お姉さまが言うと、慌てて祐麒さんは鼻の下を手のひらで覆った。
 可南子は慌てて、さっき脱いだカーディガンを羽織る。その拍子に、カーディガンの上に置いてあったブラジャーが飛んでしまう。
「!?」
「祐麒、見ちゃ駄目!!」
 お姉さまが叫んだときには、もう柏木さんが動いていた。
 くるっと振り向いて可南子達に背中を向けながら、柏木さんが強引に祐麒さんを手元に引き寄せて、振り向かせる。
 パサッ、と床に落ちるブラ。
 可南子はそそくさと拾い上げて、自分の荷物の中に入れてしまった。
「ごめんなさい、可南子ちゃん」
 二人に入る合図を出した祥子さまが言うと、柏木さんが答えた。
「もう少しこのままでいるから、片づけるものがあったら片づけてしまってくれないかな」
 ふと見ると、柏木さんは祐麒さんをしっかりと抱えている。祐麒さんも、場合が場合なので仕方ないと諦めているのか、されるがままになっている。
 可南子はその様子を見て心から思った。
 転んでもただでは起きない柏木優、恐るべし、と。
 
 
 
 
 
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後編に続く
 
 
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