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支倉家の節分
 
(支倉・島津両夫妻の名前は勝手につけました・汗)
 
 
 節分の日は例年通りでもいいのかしら?
 母の問いに、一瞬、令は考え込んだ。
 節分の日。なんだったろうか。
 去年のことを思い出すと答はすぐに出た。そうだ、世間一般の節分とはほとんど接点のないことだから忘れていたけれど、この家の節分はちょっと風変わりな物だった。
 それで、どうしてわざわざこんなことを聞かれたのかというと、自分の大学受験が控えているせいだ、ということも令は理解した。
「うん。大丈夫。別に、お母さんたちの楽しみをやめてもらうほどせっぱ詰まっているわけでもないし。多分、その頃だといい気分転換にもなると思う」
「そう? それならいいんだけど」
「うん。大丈夫。叔母さんと楽しんでよ」
「そうか、もうそんな季節か」
 父が新聞から顔を上げる。父は父で、この年に一度の行事をいつも忘れてしまっている。いや、行事自体は覚えているのだけれど、それが節分と重なっていることを忘れてしまうらしいのだ。
 この奇妙な物忘れを見る度に、令は自分がこの父親と血が繋がっていることを再確認する。
「そうだな。令の言うとおりだ、伽子も喜ぶだろうし」
 伽子というのが父の妹、つまり由乃のお母さんの名前。
「啓司とも最近はロクに話もしていないからなぁ」
 そして啓司というのは由乃のお父さんのこと。
 呼び捨てるのは学生時代からの知り合いだからだ。
 
 
 
「鬼はーーーーっ!! 外ーーーーーーーっ!」
 豆をぶつけられながら這々の体で自宅から飛び出してくる友人の姿に、啓司は腹を抱えて笑い出す。
「相変わらずやってるね、誠さん」
 玄関から出たところで啓司に気付いた誠一郎は、髪の毛に絡まる豆を払い落としながら応対した。
「おう、啓司か。なんだってまたこんなときに」
 とんでもないところを見られたな、と渋い顔をするが、誠一郎はすぐにそんな状況を笑い飛ばす。
「ま、貴様相手に今さら見られても困らんか」
 誰が見ても啓司は学究肌、そして誠一郎は武術肌。こんな二人だが、何故か意気投合して、肝胆相照らす友となっている。
「お兄はーーーーーっ!! 外ーーーーーーっ!」
 いつの間にか「鬼」を「お兄」と言い換えながら、誠一郎を追いかけて伽子が飛び出してくる。
 左手には枡を、そして右手には豆を握りしめて。
「汗くさいお兄はーーーーーーっ!!」
 そこで伽子は啓司に気付く。
「そ……と……」
 カーッと真っ赤になった伽子は慌てて喧嘩に駆け戻ると、引き戸の裏に隠れてしまった。
「お、お兄! 啓司がいるならいるって言ってよね!」
「俺が言う前に走り出てきたのは、どこのじゃじゃ馬だ」
「誰がじゃじゃ馬よ!」
「誰がって」
 誠一郎は肩をすくめて啓司を呼び寄せる。
「誰が見たってわかるよな」
「うん。伽子ちゃんだね」
 啓司の言葉で、伽子の顔がさらに赤くなる。
「なによっ! お兄の馬鹿!!」
「今言ったのは啓司だろうが……」
 バタバタと、家の中へ走っていく足音を耳に留め、誠一郎はニヤリと笑う。
「まったく、困ったもんだ。あの年で未だにあんなだからな」
「あれはあれでいいんじゃない?」
「良くない」
 誠一郎は断言する。
「あれじゃ嫁のもらい手にも困るぞ。はあ、友達の爪の垢でも煎じて飲めばいいんだ」
 啓司は首を傾げると、ややあって笑う。
「ああ、高緒さんか。そうか、誠さんは高緒さんみたいな人がいいわけだ」
 勝山高緒は、伽子の同級生で大親友。誠一郎や啓司とも面識がある。
「待て、啓司。お前まで何を言い出す」
 お前まで? その言葉に引っかかって啓司は追求してみた。
 あっさり答える誠一郎。
「伽子だよ。俺が高緒さんと結婚すれば、高緒さんと義理の姉妹になれるから嬉しい、だから結婚しろとよ」
「誠さんは嫌なんだ?」
「伽子の奴、自分が高緒さんと一緒にいたいからって、兄貴の俺にまで命令を……」
 啓司はにっこり笑ってもう一度、
「嫌なの?」
「だから、なんで俺が妹に……」
「だから」
 啓司は一語一語を区切ってハッキリと、誠一郎に言い聞かせるように言った。
「高緒さんのことが嫌いなの?」
「嫌いじゃない」
 早口で、しかも小さな声で、誠一郎は呟いた。
 くくくっ、堪えきれずに笑う啓司。
「じゃあ問題はないと思うけどな」
「ば、バカやろう! 高緒さんの気持ちってもんもあるだろうがっ!」
 両手を上げて誠一郎の勢いに抵抗しながら、啓司は笑い続けていた。
「伽子ちゃんのことだから、その辺はわかっていると思うよ?」
 今度は誠一郎が赤くなってしまう。
「そういうところは、君たち兄妹そっくりだと思う」
 何か言いかけた誠一郎をさらに制して、
「さあ、どこかでかけよう。高緒さんと伽子ちゃんを二人っきりの水入らずにしてあげよう。お兄は外、なんだろう?」
 渋々、と言った様子で歩き始める誠一郎。
「ああ、ところで誠さん?」
 なんだ? と顔を上げる誠一郎に啓司は真顔になった。
「僕としては、誠さんを義兄さんと呼ぶのも、それはそれでいいかな、と思っているんだけど」
 勝手にしろ、と言いかけて誠一郎の足が止まる。
 少しの間、沈黙が下りた。ほんの少しの間だが、誠一郎の顔に驚きと怒り、そして嬉しさが微妙に混ざったものが右往左往する。
「……伽子はお前の気持ち、知っているのか?」
「あ、いや、それは今のところ……」
「俺と変わらねえじゃねえかっ」
「あはは」
 
 
 
 由乃が支度を終えて出てくると、玄関では父が、そして外には令と伯父さんが待っていた。
「じゃあ、行こうか」
 今日は父親二人と娘二人のデートの日。というよりも、母親二人の水入らずの日。
 今日ばかりは、学生時代の二人に戻った気分で、二人でお喋りをしたりして過ごす日だから。
 どうしてかな、と由乃は昔不思議に思っていた。
 お父さんや伯父さん、令ちゃんと一緒にみんなででかければいいのに。
 けれど、最近少しずつわかってきた。
 それとこれは別なんだ。
 お母さんは今でもお父さんのことが好きだろうし、伯母さんも伯父さんのことが好きだと思う。どちらの夫婦もとっても仲がいい。
 だけど、それとこれとは話が別。
 由乃だって、将来どんな人と結婚することになったとしても、令ちゃんと離れたままでいるなんてことは考えたくない。
 でも、重大な疑問が一つ。
 どうして節分の日なの?
 一度、由乃はお父さんに尋ねてみた。するとお父さんは困ったように言った。
「誠……いや、伯父さんに尋ねてごらん?」
 おじさんに聞くとこう答えられた。
「いや、私もよく知らない。由乃ちゃんとのお母さんと高緒が決めたことだから」
 首を傾げる由乃。
 でも、別にどうでもいいことかも知れないと思い直す。
「お父さん、駅前にね、新しいイタリアレストランができたのよ。それでね、そのレストランの横にあるお店で……」
 こんな時でも剣道の話を始めてしまった支倉父娘とは対照的に、由乃は早速おねだりを開始する。
 
 こうして、毎年恒例の支倉島津両家の節分の夜が更けていくのだった。
 
 
 
あとがき
 
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