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BEAT IT!
 
 
 薔薇の館に集まった生徒達の前に、小笠原祥子が姿を見せる。
「今日皆さんに集まってもらったのは他でもないの。先生方からこれが渡されたの」
 会議室の真ん中のテーブルに置かれているのは、一台のノートパソコン。
「まずは山百合会といくつかのクラブに導入、しばらくの間実験的に使ってみて、先生方の話ではいずれ各部室に一台ずつ配備される予定らしいわ」
「ということは」
 武嶋蔦子が手をあげる。
「新聞部と写真部、そして山百合会が実験に協力するということですか?」
「ええ、正確には協力依頼ということね。無理強いはしないわ。協力先は山百合会に一任されたけれど、私としては、必要としているところを優先的に選んだつもりよ?」
 祥子は山百合会と言っているけれど、実際の所は、職員室に呼ばれた祥子が一方的に取り決めてきたと言ったほうが正しい。
「新聞部は協力するわ」
 築山三奈子が手も挙げずに言った。
「正直、新聞部には必要よ。旧式のパソコンでは誌面作りにも支障があるし、一台でも多ければそれだけ部員の手も遊ばせないでおけるから」
「ああ、そのことだけど」
 祥子が三奈子を制止する。
「誌面構成にまったく使うなとは言わないけれど、実験的な意味合いもあるので使用法はある程度限定して欲しいとのことよ」
「限定、というと?」
「主に、インターネットを活用して欲しいということ」
「インターネット? でも回線は?」
「それも含めて実験よ。無線LANを導入するわ」
 真美と日出実、乃梨子と蔦子が頷いた。残りのメンバーは首を傾げている。
「あの、お姉さま」
「なに? 祐巳」
「無線LANってなんですか?」
「貴方、無線LANも知らないの?」
 厳しい言葉に祐巳がしょげかえり、
「ごめんなさい、お姉さま」
 そう言うと、祥子は微笑んだ。
「仕方ないわね。乃梨子ちゃん、祐巳に説明してあげて」
「え?」
「乃梨子ちゃん?」
「あ、は、はい」
 釈然としないながらも、乃梨子は祐巳に説明する。
「……そうか、携帯電話みたいなものなんだね」
「ええ、それが一番端的な理解だと思います」
 それを見ていた祥子は頷き、説明を再開する。
「リリアンにもIT化の必要があるということね」
「IT……」
 今度は由乃が令に尋ねる。
「令ちゃん、ITって何?」
「IT……なんだろう……ETならわかるけど」
「それは宇宙人じゃないの」
 そう言うと、令はきょとんと由乃の顔を見た。
「あ、そうか、ETは普通宇宙人のことだよね」
「令ちゃん、何考えてたの?」
「ん? お姉さまのイニシャル」
「は?」
「だって、E江利子、T鳥居、じゃない?」
 ねえ、と笑う令の背中をばしんと叩く由乃。
「私もITが何かわかったわよっ!」
 痛みで一瞬動きの止まった令に被せるように、
「I忌々しい T鳥居江利子さま!」
 二人のやりとりを何事かと見ていた笙子がポンと手を叩く。
「ああ、それじゃあ私のITも決まりです」
 そのまま蔦子の腕にピタリとくっついて、
「Iいつも凛々しい T蔦子さま ですね」
「笙子ちゃん?」
 慌てながらも、蔦子は手をふりほどこうとはしない。
「あ、あのね、こんなところで突然手なんか繋がれると、ビックリするのよ?」
「はい、それじゃあ」
 笙子は腕から離れた。
「蔦子さま、蔦子さまの肩にピッタリ寄り添ってもよろしいですか?」
 首を傾げて尋ねると、柔らかい髪がふわりと揺れる。
「ね、蔦子さま?」
 蔦子は俯いて、手を微かに挙げた。
「よ、寄り添うくらいなら別に構わないわよ。あ、あ、あの、絶対に写真を撮る邪魔だけはしちゃ駄目よ」
「はいっ。蔦子さま」
「あらあら」
 そんな二人を見ていた真美は少し考えて、
「えーと、それじゃあ私は……I妹の T高知日出実?」
「お姉さま?」
 突然の指名に真っ赤になる日出実。それを見て優しく笑う真美。
「だって、蔦子さんがなんだか羨ましくって……日出実は、あんまりああいう風に甘えないじゃない?」
「だって、そんな、甘えるなんて……」
「お姉さまに甘えるのも、妹の立派なお仕事よ?」
「お仕事、なんですか?」
「そう。お仕事よ」
「お仕事……」
 日出実が笙子と蔦子のほうに目をやる。
「お仕事、なんですよね?」
 真美は無言で頷いた。
「それじゃあ、仕方ないんですよね」
「ええ、そうよ」
 真美の差し出した手に、日出実はすがるように抱きつく。
「……真美?」
 真美の背後にどんよりした影。
「は、あ、お姉さまッ」
「私はTじゃないの?」
「え?」
「築山三奈子、立派なTだと思うけど?」
 ああ、と慌てる真美は、急いで頭を捻り始める。
「勿論ですよ、お姉さま。えーと……Iいつも素敵な T築山三奈子お姉さま」
「ええっ、それじゃあ私はどうなるんですか、お姉さま」
 嘆く日出実に追い打ちをかけるように乃梨子が呟く。
「Iインチキ Tタブロイド じゃないんですか?」
 なんでだーーーーーと激高する新聞部………の三奈子だけ。
「あ、あれ? 真美、日出実?」
 ふと見ると、真美は一生懸命日出実を慰めている。
「日出実、違うの。別に貴方を軽んじている訳じゃなくて、お姉さまはお姉さま、貴方は貴方なのよ」
「ごめんなさい、お姉さま。私、誤解してしまいました」
「えーと、真美? 日出実ちゃん?」
 三奈子の言葉は明らかに届いていない。
「もしもし? 新聞部が馬鹿にされているのよ?」
「日出実……」
「お姉さま……」
「編集長さん? 期待のホープさん?」
 二人の世界に入れない三奈子は、ついに肩を落としてシクシクと座り込んでしまう。
「あの、とりあえず話を戻しませんこと?」
 瞳子の言葉に頷く可南子。
「Iいい事言うわね T瞳子さん ……あら? これもITね」
「可南子さん、それはジョークのおつもりですか?」
「I言いがかりはやめて下さい T瞳子さん ……あ」
 瞳子が激高して立ち上がる。
「I一度ならず二度までも Tつまらないことばかり」
 ハッと口をつぐむ瞳子。得たりと立ち上がり、可南子は詰め寄った。
「Iいい気になって T詰め寄るからですよ」
 言ってから、しまったという顔になる可南子。
「Iいい気味ですわ Tちゃんと考えずに口を開くから…」
 がくんと肩を落とす瞳子。
 なんだろう、この世界。
 屈辱に肩を震わせる二人の間に入った乃梨子は、優しく二人の肩に手を置いた。
「Iいがみ合ってるから T天罰が当たったのよ」
 言い終わって、愕然とした顔になる乃梨子。
「Iいつの間にか伝染っちゃったの? T助けて、志摩子さん」
 涙目の乃梨子に、志摩子は乃梨子の手を握ると言った。
「Iいいわ、もちろんよ Tとりあえず落ち着くのよ、乃梨子」
 手遅れらしい。
 
 蔦子と笙子は、頬を赤らめながら見つめ合っている。
 真美と日出実は二人の世界を食って、閉め出された三奈子がしくしく泣いている。
 由乃は令の背中をばしばしと叩き続けている。
 可南子と瞳子は言い争いを続けている。
 乃梨子と志摩子は互いに慰め合いながらベタベタとしている。
 そんな周囲を見渡して、祥子はため息をついた。
「はあ……」
 ため息に気付いた祐巳が、新しいお茶を煎れて祥子の前に置く。
「ありがとう、祐巳。それにしてもこの馬鹿騒ぎ……」
 祐巳の煎れたお茶を一口飲んで、呟く。
「Iいつになったら T止まるのかしら」
 思いっきり影響されてるし。
 
 
 
あとがき
 
 
 
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