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招き猫
 
 
 招き猫の置物には二種類あるという。
 右手をあげているものと、左手をあげているもの。
 俗説によれば、それぞれ客と金を真似ているのだという。
 でも、それが果たして右だったか左だったか。
 夕食の席でお母さんが頭を捻っていたことを、可南子は思い出していた。
「どっちだったかしら、思い出せないのよね」
「どっちでもいいじゃない」
「それはそうだけど。だけど、猫って本当に人やお客を招くのかしら?」
「そういう置物でしょう?」
「違う違う、置物になるっていうことは、本当の猫にもそう言う力があるのかしら?」
 可南子はさあ、と答えると四川風麻婆豆腐に箸を伸ばす。
「きっとあるのよ、そうじゃないと、置物にはならないと思うのよ」
 一度気になると考え込んでしまうのがお母さんの性格だと可南子にはわかっている。
 お父さんに言わせると「しつこい」のだそうだけれど、可南子はそんな母が嫌いではない。だから、そのまま考えるに任せておく。横から色々言っても、より以上に考え込ませるのがオチだ。だから、適当に相槌を打つのが一番いい。
 
 そんなことを突然思い出したのには、理由が二つある。
 一つは、可南子が今、人を招きたくなっていること。
 そしてもう一つは、今目の前で猫が欠伸をしているということ。
 薔薇の館へ向かう道を前にして、さっきからずっとベンチに座って待っているのだけど、祐巳さまは通らない。
 終礼中に突然思いついて、会いたくなってしまった。
 でも、祐巳さまに会ってどうするのかといわれると、可南子にもよくわからない。
 ただ、会いたくなってしまった。顔を見たくなってしまった。
 顔を見るだけ、一言二言言葉を交わせば、それが例え他愛のない会話でも、満足できると思う。
 こんなの、祐巳さまは迷惑がるだろうか? 
 話はできなくても、ただ見かけるだけでもそれはそれで満足できるような気もしていた。
 
 今日は確か山百合会の会議日。それなのに、ずっと待っていても祐巳さまの姿はない。
 さっき、薔薇の館へ向かう志摩子さまの姿を見た。だから、会議が中止になったというわけではないだろう。それとも、志摩子さまは何か別の用事があるのだろうか。
 そう考えてみると、突然不安になってきた。
 この道を必ず祐巳さまが通るという確証は何もないのだ。
(最初はいい考えだと思ったのに……)
 嘆いていても仕方がない。
 まさか、一年生の分際で二年生の教室に行くわけにはいかない。だから、こちらから会いたくなったとしても待ち伏せするしかないのだけれど。
 じっと座ったまま黄昏れている可南子に、何を思ったか野良猫が近寄ってくる。
 ニャーと一声鳴いて、足下に擦り寄った。
「ごめんね、今日はお弁当の残りも何もないの」
 言葉がわかるわけでもないだろうに、それでも猫は足下から離れない。
「慣れてるのね。もしかして、飼い猫?」
 可南子は身を屈めると、猫に触れようとした。
 何を思ったのか、猫は可南子の手にポン、と前足を載せていた。犬が「お手」をするように、猫が可南子の手のひらに前足を載せているのだ。
 まあ、と呟いて、可南子は猫の手を引いてみた。すると抵抗一つせず、されるがままに手を引かれ、猫は立ち上がるような姿勢になった。
 そう、まるで招き猫のように。
「貴方は、何を招いてくれるの?」
 ニャア 
「あれ? 可南子ちゃん?」
 待ちかねていたけれど、それでも意外な声。
 顔を上げると、やっぱりそこには祐巳さまがいた。
「祐巳さま、ごきげんよう」
 すらすらと挨拶の言葉が出る自分に可南子は驚いていた。
 突然現れて、ビックリしているはずなのに。
「猫が走っていくのが見えたから、何かあるのかなって思って。そうしたら、可南子ちゃんがいたんだね」
「猫を追いかけてきたんですか?」
 そう聞いてみると、祐巳さまは何故だか首を傾げる。
「うーん。そう言う訳じゃないんだけど、なんだろう。猫に招かれたのかな?」
 可南子は思わず笑ってしまった。
「あ、可南子ちゃん、笑うなんてひどい」
 そう言いながらも、祐巳さま自身が笑っている。
「……ごめんなさい、祐巳さま。でも、なんだか可笑しくて」
 二人で一緒に笑いながら、可南子は決めていた。
 家に帰ったら、お母さんに報告しよう。
「招き猫って本当にいるのよ」と。
 
 
 
あとがき
 
 
 
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