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百数えなさい
 
 
 
(「大きな扉小さな鍵」173ページ16行目より)
「頭に血が上がっているみたいだから、今は何を言っても耳に入らなそうだもんね」
 そう言って祐巳さまは背を向け、瞳子から離れた。一メートルが二メートルになり、三メートルほど隔たった頃、忘れ物のように「瞳子ちゃん」と振り返った。
 
 
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 ど、ど、ど、ど、ど、ど、どうしよう。
 なんだかわからないけれど瞳子ちゃんが怒ってる。どうしたんだろう。
 また何か、私がしちゃったのかな。地雷踏んじゃったのかな。
 ううん、困ったぞ。このまま瞳子ちゃんを怒らせたままにすることは出来ない。だけど、今すぐ瞳子ちゃんの機嫌を戻すなんて事、ここにお姉さまや蓉子さま、乃梨子ちゃんに柏木さんがいたとしても不可能に決まっている。
 とにかく落ち着いてもらわないと。こんなときどうすればいいんだろう。
 ええーと、そうだ。最近読んだ本に心を落ち着かせる方法があった様な……なんだっけ。
 あ、そうだ。
「素数を数える」
 なんだっけ。何の本に書いてあったんだろう。
 素数素数……数学の本? 違う。絶対そんな本は読まない。
 うーん。あれ? 漫画だった様な気が。
 ああ、そうだ。祐麒の持っていた漫画の本だ。
 なんだか気持ちの悪い絵だった。だけど面白いからついつい夜更かしして全巻読破してしまったんだ。
 そう、確か主人公の敵が素数を数えて落ち着くと言っていた様な気がする。
 よし、それじゃあ素数を数えて……
 1.2.3.4……違う。4は違う。あれ? そもそも1は素数だったっけ?
 えーとえーと……思い出すのよ、祐巳。数学の時間に習ったはず。
 素数は………自分と……1以外に約数を持たない数。うん、そうだ。
 あれ? だったら1は? 自分は1だし、1は約数だし別にいいんじゃないのかな。
 うーん。いや待って。数学の先生が何か別のことも言っていた様な……。えーとえーと………。
 あ、そうだ。「約数を二つしか持たない正の数」だ。
 ということは、1の約数は1だけだから、素数じゃない。
 よし、これで大丈夫。
 素数を数えて……
 2.3.5.7.11.13.17.19.23.25.29.31.37.41.43.47.51.53.59.61.67.71.77……絶対何か間違えていると思う。
 駄目だ、素数は難しい。
 あれ?
 私が数えてどうするの?
 祐巳は気付いた。自分が落ち着いてどうする。今落ち着かなければならないのは瞳子ちゃんなのだ。決して自分ではない。
 よし、それじゃあ瞳子ちゃんに素数を数えさせて……。
 ちょっと待って。
 素数は難しいと今わかったところなのに。
 瞳子ちゃんを困らせてどうするのか。
 もしかしたら瞳子ちゃんは素数なんかすらすらと言ってしまうのかも知れないけれど、それはそれで祐巳のプライドが傷つく。
 じゃあ、素数はやめよう。もう少し簡単に。
 倍々で続けるのはどうだろう。これなら素数よりは簡単かも知れない。
 1.2.4.8.16.32.64.128.
 うん。これなら適度に頭も使うから、怒りもまぎれるかも知れない。
 256.512.1024.2048.4096.8192.16384.32768.
 あれ?
 65536.131072.262144.524288
 待った。ちょっと待った。
 なんだかとんでもなく大きくありませんか?
 駄目だ。もっと長く数えることか出来ないと。
 こうなったら、一番シンプルに、普通に数えてみようか。
 一万くらい。
 ……1秒に二回数えても1時間以上かかる……。駄目だ。
 いくら瞳子ちゃんでも今から1時間ここで数字を数え続けるとは思えない。というか、そんなの数え始めたら恐い。
 じゃあいっそ百。
 うん、そうだ、それがいい。
 百にしよう。
 よし、と決めて顔を上げると、瞳子ちゃんが睨んでいる。
 そういえば、「瞳子ちゃん」と呼びかけてから結構な時間が過ぎた様な気がする。それとも気のせいかな?
 
 
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「その場で百数えなさい」
 
 
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 瞳子ちゃんは、何故だか瞼を固く閉じて数え始めた。
 拒否されたら次はどうしようとドキドキしていた祐巳はホッとする。
 でも、どうして目を閉じているんだろう。なんだか、力んでいる様にも見えるのは気のせいだろうか。
 その時、祐巳はおかしな事に気付いた。
「81.80.79.78.77……」
 何故にカウントダウン?
 なんだろう。
 何故カウントダウン。
 よく見ると、瞳子ちゃんの縦ロールが震えている様な気がする。
 もしかして、カウントダウン終了後にドリルミサイル発射ですか?
「68.67.66.65.64.63.62……」
 いや、まさか。いくら何でも。
 でも、縦ロールの揺れが激しくなってきた様な気がする。
「47.46.45.44.43.42……」
 まさかね。まさか。
 でも、でも、もしかしたら。
 揺れる縦ロール。
 続くカウントダウン。
 祐巳は悩んでいた。
 
 
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「0」
 瞳子は目を開けた。
 辺りを見回したが、祐巳さまの姿はもうどこにもなかった。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 瞳子は発射シークエンスを終了した。
 
 
 
 
 
あとがき
 
 
 
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