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応援
 
 
 別にどうでもいい。
 それが本心かも知れない。
 彼女がクラスで孤立しようと、乃梨子さんのように心配したりはしない。
 だけど、それを口にすれば間違いなく誤解されるだろうなということはわかる。
 いや、乃梨子さんなら誤解はしないだろう。自分のことを理解してくれている、という意味ではなく。乃梨子さんなら、自分が何故彼女を放置するのか、その理由を正そうとするだろうから。そして自分は、素直に答える。そこに誤解の成立する余地はない。
 どうでもいい、というのは彼女がどうなってもいいという意味ではない。
 この選挙の推移や結果がどうなろうと、彼女が自分の意志を貫くのならそれでいい。彼女が自分の意志で事に当たっているということ以外は全て些末なことで、それこそが「どうでもいい」ことなのだろうから。
 瞳子さんが選挙に当選するなら、それはすなわち、リリアンの生徒が瞳子さんを選んだことに他ならないのだから。
 四人の候補者のうち、得票数の多い上位三名が当選する。
 つぼみであろうと一般生徒であろうと、有利不利のハンディキャップはない。このシステムをどう見ても、不正の介在する余地はない。
 だから、わかりやすい。誰であろうと、得票数が四番目になったものが山百合会から消えていくだけのこと。
 そう考えて、可南子は面白いことに気付いた。
 過去にそういう例はあったのだろうか?
 薔薇のつぼみが選挙で当選しなかったこと。
 ない、という気はしている。
 入ってまだ一年と経ってはいないが、それでもこの学園の薔薇さまというのがいかに特異な存在かはわかる。その存在をないがしろにするようなことが過去にあったとは思えない。あるとすれば、それは本当に何かしらのやむを得ない事情だったのだろう。
 日出実さんに聞いてみればわかるかも知れない。新聞部には、きっと膨大なデータがあるに違いない。ひょっとすると、代々の生徒会以上に詳細なデータが。
 だけど、可南子は動かなかった。日出実さんが新聞部だと知って以来、何となくギクシャクしているような気がしている。考え過ぎかも知れないけれど、とりあえず今は日出実に会う気にはなれなかった。
 お昼休み、ふと見ると瞳子さんが一人でお弁当を食べている。
 独りぼっち、ではない。
 可南子には、瞳子さんが自ら一人でいることを選択しているように見えていた。
 一人にされることと、一人になることは違う。前者は周囲から拒絶された結果だけれど、後者は周囲を自ら断っている。
 今の瞳子さんは、一人になっているのだ。
 乃梨子さんは、心配しすぎだ。と可南子は感じていた。
 たけど、瞳子さんはその過剰な心配をうざいと感じていないようだった。
 自分が同じ事をすれば、確実にうざいと思われるのだろうな、と可南子は心の中で苦笑する。
 いつの間にか、あの二人には二人の関係が、それもしっかりと出来上がっているのだ。多分、二人ともそれには気付いていないのだろうけれど。
 少し羨ましい。そしてほんのちょっぴり妬けている。自分のそんな感情を見つけて、可南子は少し驚いた。
 
「可南子さん。本当にいいの?」
 突然の問いに、可南子は顔を上げた。
「可南子さんだって、祐巳さまの妹になりたいのではなかったの?」
 この前に、瞳子さんに文句を言っていた子だろうか? 違うような気がする。
 それでも、いずれこう言われることは予想していた。なにしろ、自分が祐巳さまにつきまとっていたのはとてもわかりやすかっただろうから。そして、今ではぷっつりとやめてしまっていることも。
 可南子は無言で立ち上がると、身長差を利用して詰め寄るように一歩動く。
「仮にそうだとしても、私に瞳子さんを止める権利はないわよ?」
 それでおしまいだった。確かに、例え今の可南子が瞳子さんに反感を持っていたとしても、実行出来る選択肢などないのだから。
 それ以上、クラスメートが何を言えるわけもなく、可南子はゆっくりと自分の席に戻った。
 演説の日が近づくと、ますます瞳子さんは一人でいることが多くなっていた。教室移動も一人で済ませている。乃梨子さんも白薔薇のつぼみという立場上、何も干渉出来ないようだった。
 不自由だな、と可南子は思う。けれど、この場合においてはそれで良かったのかとも思っていた。今の瞳子さんには、放っておかれるのが一番ありがたいのかも知れない。言葉を替えれば、事を一人きりで為すことが。
 誰の力も借りず、一人きりで選挙に、いや、違う。藤堂志摩子でも島津由乃でもない、福沢祐巳という人に一人きりで向き合うことが。
 瞳子さんにとって、選挙の中にいる祐巳さま以外の二人はただのイレギュラーに過ぎないだろう。軽んじているとか無視しているとかいうわけではない。それは少し違う。
 可南子は漠然と、瞳子さんは選挙で勝つ気などないだろうなと思っていた。勝つつもりなら、利用すべきものはたくさんある。だけど、どれ一つとして瞳子さんは利用しようとすらしていない。
 戦うことに――もしかすると負けることに――意義があるのかも知れない。そうだとするなら、一人で為す意味は大きい。
 だから、可南子は応援したかった。
 選挙に勝つことではなく、選挙を戦う瞳子さんを。
 
 
 可南子は投票用紙と鉛筆を手に取った。
 よく知っている名前を印すと、選挙監理委員に提出する。
 そして結果を気にすることなく、その日はクラブもないので帰宅した。
 
 
 
あとがき
 
 
 
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