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お夜食〜由乃編
 
 
 外部受験を控えて、令ちゃんが頑張っている。
 どうして外へ行くんだろう。どうしてリリアンに残ってくれないんだろう。
 そんな風に思ったこともあったけれど、由乃はもう決めていた。
 快く、令ちゃんを送り出そう。どこかに引っ越してしまう訳じゃない。目の前からいなくなってしまう訳じゃない。ただ、ほんのちょっと会える時間が減ってしまうだけのこと。
 本当は哀しいのだけれど。
 だけど、由乃は割り切ることにした。
 割り切ることなんて出来ないけれど、強引に割り切ることにした。
 令ちゃんを応援する。
 とりあえずは、受験勉強を応援する。
 勿論、勉強それ自体の応援なんて無理な話だ。年下の由乃に勉強を教えてもらっているようでは、大学受験どころの騒ぎではない。
 それでも、なんとかして受験勉強の応援がしたい。
 由乃はそう決心した。
 さて、何をすればいいだろうか。
 
「そう、思ったのよ」
「えらいわ、由乃さん。頑張ってね。私は、受験生の応援なんてしたことがないからよくわからないけれど、出来ることはお手伝いさせてもらうわ」
「凄いよ、由乃さん。私も、お姉さまのために何かしたいけれど、リリアン女子大だから、お姉さまは特別なことはべつに何もしてないし……」
 志摩子さんと祐巳さんはそう言っていた。
 そうなのだ。志摩子さんには受験生のお姉さまなどいないし、祐巳さんの場合は相手が祥子さま、しかもリリアン女子大推薦枠なのでなんの障害もなくスムーズに入ってしまうだろう。
 さらに一つ上の代を考えてみると……
 聖さまのために志摩子さんが何かしたという話は聞かない。
 蓉子さまのために祥子さまは何かしたのかも知れないけれど、少なくとも蓉子さまに関しては受験自体への心配はなかっただろう。
 江利子さまには、令ちゃんが色々していたような気がするけれど、これは正直腹が立つのであまり思い出したくない。
 そうなると、やっぱり参考になるような資料はない。
 それで、由乃が何をすればいいと思う? と相談してみると、
「そうね。お夜食なんてどうかしら。深夜の受験勉強にはつきものだって、乃梨子が言っていたような気がするわ」
「そうだよ。由乃さんは、令さまと同じ屋根の下に住んでいるようなものなんだから、作ったらすぐ届けられるんだし」
 祐巳さんの言うとおり、こんな近距離にお姉さまがいるなんて幸運は、他の人には望むべくもない環境なのだ。それを最大限に生かして、受験勉強中にお夜食を届ける。
 祐巳さんのアイデアは、由乃にはとても気のきいたものに思えた。
 決定。夜食を作って運ぶ。 
 問題はメニューだ。勉強の合間に食べるのだから、あまり凝ったものを持っていくわけにも行かない。だからといってクッキーを焼いたりするのは、お夜食というよりオヤツだ。
 何かをしながら食べられる手軽なものといえば、やっぱりサンドイッチやおにぎりになるのだろうか。
 だったら、二者択一。
 サンドイッチかおにぎりか。
 材料のことを考えると、おにぎりだろうか。
 お米は当然として、梅干しと鰹節だって、日本の一般家庭になら当たり前のようにあるはずだから。
 サンドイッチだと、それ専用のパンがいる。普通の食パンで作るサンドイッチは厚すぎて、とても食べにくいのだ。
 決定。おにぎり。
 勿論、どうせなら炊きたてのご飯で作りたい。
 お母さんに炊飯器を使っていいか聞いてみると、理由を聞かれたけれど快諾してくれた。
「令ちゃん、喜ぶわよ」なんて言われると、やっぱりそうかなあって思う。うん、作って良かった、と思えるようにしよう。
 話を聞いていたお父さんがなんだか羨ましそうに由乃を見ているけれど、今日の所は無視。お父さんももしかしたらおにぎりが食べたいのかも知れないけれど、お父さんはまた今度。二人分作るのはちょっと面倒くさいから。
 そうと決まれば準備開始。
 由乃は早めに寝ることにした。
 お米を研いでから炊飯器のタイマーを入れて、一旦寝る。そしてご飯が炊けた頃に起きて、夜食を作る。
 それから、できたて熱々のおにぎりを持っていくのだ。
(令ちゃん、待ってなさいよ)
 
 目が覚めると朝だった。
 大きくノビをして、ああよく寝た、としみじみ思う。
 あれ? なんでこんなにたっぷり寝ているんだろう?
 そうだ、確か昨日の夜は早寝して……
「あ……」
 思わず声が出た。
 恐る恐る台所へ行くと、朝ご飯らしきおにぎりがおいてある。
「こんなことだろうと思ったけれどね」
 お母さんの言葉に、由乃は笑うしかない。
 
「それで、どうだったの?」
 祐巳さんの言葉に、由乃は薄く笑う。
「あ、もしかして、失敗?」
「失敗以前の問題よ。始まりすらしなかったわ?」
「どういうこと?」
 事情を説明すると、祐巳さんは腕を組んで考え込む。
「やっぱり、仮眠は良くないと思う」
「やっぱり?」
「無理してでも起きておくべきだよ。土曜日とかなら、次の日の朝は寝坊できるから、起きてても大丈夫じゃない?」
「そうよね、やってみるわ」
 
 といっても、部屋でじっとしていると寝てしまいそうな気がする。
(寝ちゃダメよ。寝ちゃダメよ)
 心臓が悪かった頃の習慣が未だに残っていて、由乃には早寝の癖がある。だから、夜更かしはかなり苦手なのだ。
 何もしないでいると、本当に寝てしまいそうな気がするので、本を読むことにした。
「そういえば、新刊が出てたのよね」
 久しぶりの時代小説の新人というふれこみで思わず買った本が、読まずに取ってある。由乃はその本を手にとって読み始めた。
「……面白かったわ」
 凄い、これは期待できる。続編が出るのなら真っ先に買いたい本の一つだ。
「あー、読み切っちゃったわ」
 日の出を窓から眺めながら、由乃は大きくノビをして、
「あ……」
 思わず声が出た。
 その日の朝ご飯も、おにぎりになった。
 
 後がない。
 いくらなんでも、三回連続で失敗したらもうお夜食を作る許可は下りないと思う。由乃でもそこまでワガママは言えない。
「最後の手段なのよ。協力して、祐巳さん、志摩子さん」
「いいけど……」
「いいわよ」
 その夜、祐巳さんと志摩子さんがお泊まりにやってきた。
 目的はただ一つ。由乃さんを寝かせないこと。
 作戦は成功した。二人がかりに付き添われていては、由乃も眠ることは出来ない。というより、お喋りをしていれば眠気すらなくなってしまう。
「そろそろ、時間じゃないかしら?」
 志摩子さんの声に、時計を見る二人。
「そうだよ、由乃さん。時間だよ」
「うん。行きましょう」
「行きましょうって、私たちも?」
「乗りかかった船じゃない。見届けてよ」
「まあ、部屋にいても仕方ないし……」
 二人を引き連れて、由乃は台所へむかう。
 炊飯器のタイマーは切れて、ご飯は炊きあがっている。
 由乃は梅干しの入ったタッパーと鰹節パック、醤油、塩を取り出して並べた。
 まずは、鰹節に醤油と胡麻を混ぜて具を作る。
 小皿に入れたそれを横に置き、炊飯器の蓋を開く。
「さあ、作るわよ」
「あ、由乃さん」
 と志摩子さんが止めるよりも早く……
 由乃は元気よく両手を炊飯器の中に入れた。
 
 
「指先だけで済んで良かったわ」
 志摩子さんが呟いている。
「ビックリして二人がかりで止めたものね」
 祐巳はしみじみと言った。
 由乃さんは知らなかったのだ。
 出来立てのご飯でおにぎりを作るときは、一旦炊飯器から出してある程度冷まさないと火傷してしまうことを。
 祐巳の視線の先には、右の指に包帯を巻いた由乃さんの姿が。
「はい、由乃、あーん」
「あーん」
 火傷は大したことがない。実際、学校の勉強にもそれほど影響はない。
 けれど、話を聞いた令さまは、
「私のせいで由乃が火傷したんだから、私が世話をするよ」
 と言った。
 それで今、由乃さんは令さまにお弁当を食べさせてもらっている。
「次は何がいい?」
「卵焼きがいい」
「はい、あーん」
「あーん」
 やることが増えただけのような気がするけれど、由乃さんの世話を焼くことは、令さまには格好のリフレッシュになっているようで。
「だけどさ、あれはあれで結果オーライかな?」
 祐巳が呆れたように言うと、
「ええ、二人とも幸せそうだわ」
 志摩子さんはそう言って笑うのだった。
 
 
 
 
 
あとがき
 
 
 
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