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3:7
(祐可姉妹・由瞳菜姉妹設定)
 
 
 今日の薔薇の館には、まだ乃梨子と志摩子しかいない。
 特に急がなければならない物は何もないのだけれど、現山百合会でも真面目さ第一位を争う白薔薇姉妹が二人して残っているのだから、片づけられる仕事は片づけてしまおうという雰囲気になっている。
 そのうち、志摩子がふと思い出して書類用のロッカーの前へと移動する。
 扉が開く音。志摩子は書類を確認しているので振り向けない。振り向くまでもなく、多分紅薔薇姉妹のどちらか――祐巳か可南子ちゃん――、あるいは最近時々姿を見せる乃梨子の実妹だろうかと、志摩子は考えている。
「ごきげんよう?」
 乃梨子の口調に、志摩子は扉に目をやった。その目が、一瞬驚きに見開かれる。
 山百合会の性質からしてOBが遊びに来ること自体は特に珍しくないのだけれど、志摩子にしてみれば一番予想外の人物がそこにいたのだ。
「ごきげんよう。江利子さま。お久しぶりです」
「ごきげんよう、志摩子。それから……」
「江利子さま、私の妹、二条乃梨子です」
「貴方が乃梨子ちゃん。そうそう、令の剣道大会で一度顔を合わせたけれど、近くで会うのは初めてね」
 あ、と声を上げて、慌ててもう一度頭を下げる乃梨子。どうやら、言われるまで失念していたらしい。
「気にしなくていいわ。あれだけ離れててしかも短い間なんだから、覚えている方が凄いわよ」 
 いつの間にかお茶を煎れていた志摩子は、江利子さまの前に差し出す。
「どうぞ。江利子さま」
「ありがとう、久しぶりね、志摩子の煎れるお茶を飲むのも」
 カップを取りながら、江利子さまは懐かしそうに薔薇の館内を見回している。
「あ、由乃さまなら、菜々ちゃんと一緒に演劇部の練習を見学に行ってますわ。瞳子が主役の劇があるということで」
 乃梨子の言葉に微笑むと、江利子さまは首を振った。
「残念ながら、今日の用事は由乃ちゃんじゃないの。祐巳ちゃんはどこかしら?」
「祐巳さまなら……」
「ああ、祐巳なら多分、可南子ちゃんを連れて一年の教室だと思います」
「一年の教室?」
「ええ。可南子ちゃんにいい一年生を見つけるって言っていたわ」
「……直球ストレートですね。祐巳さまらしいというか……」
「まあ、それはそれで一つの手だと思うけれど」
 江利子さまは少し考えて、座り直した。
「それじゃあ祐巳ちゃんは可南子ちゃんと一緒に戻ってくるのね。ちょうど良かったわ」
「ちょうど、ですか?」
「ええ、本当に用事があるのは可南子ちゃんよ。でも、面識がないから祐巳ちゃんに紹介してもらおうと思っていたの」
「可南子ちゃんに? 江利子さまが?」
「そうよ。何か問題でも?」
「いえ、そういうわけでは」
 答えながら、志摩子の疑問の表情は消えない。そもそも、江利子さまと可南子ちゃんの接点が思いつかないのだから。
 江利子さまは乃梨子に次々と質問を浴びせる。乃梨子の仏像趣味が江利子さまの好奇心を刺激したらしく、色々と細かいことまで聞き込んでいる。乃梨子も、これだけ聞き込んでくれる相手は珍しいのでつい話し込んでしまっている。
 いつの間にか、乃梨子の持っている画像データを江利子さまのパソコンに送るというところまで話が進んだところで、祐巳が戻ってきた。
「お姉さま、あんな強引なのはもう懲り懲りですから」
「あはは、ごめんごめん……、あ、志摩子、乃梨子ちゃん、ごきげんよう」
 そこで言葉を切って、おやっと立ち止まる。
「江利子さま?」
「はーい。ごきげんよう、祐巳ちゃん」
「ごきげんよう、江利子さま。お久しぶりです」
「あら、可南子ちゃんも一緒ね、ちょうどいいわ」
「お姉さま?」
 可南子ちゃんは初めて見る江利子に首を傾げ、不安そうに祐巳を見ている。
「この方は先々代の黄薔薇さま、鳥居江利子さまよ」
「先々代、ということは、令さまのお姉さまですか?」
 江利子さまが可南子ちゃんに近づいた。
「はじめまして、ごきげんよう、可南子ちゃん」
「ごきげんよう、江利子さま」
「いきなりで悪いけど、ちょっとお話があるの」
 すると祐巳が、二人の間に入る。
「話、ですか?」
 案の定、何故江利子さまが由乃ではなく自分たちに? と疑問を持ったらしい。
「あ、祐巳ちゃんじゃなくて、可南子ちゃんにね」
「可南子に?」
 祐巳の表情がますます不可解なものに。
「可南子って、江利子さまの知り合いだったの?」
「いえ、そんなことはありませんけれど。正真正銘、今日が初対面のはずです」
「そうよ。可南子ちゃんと会うのは初めて、まあ、色々と噂は聞いているけどね」
「噂って……」
 顔を見合わせる祐巳と可南子ちゃん。それを見ていて志摩子は頷いた。
「ああ、令さまですね」
「その通り。令から色々聞いてるわよ」
 多分、「聞いた」のではなく「聞き出した」のだろう。
 だけど、令さまから聞いたとは言っても、令さまも今はOB。詳しい話などは…
「そうか。令さまということは、全ての発信元は由乃さまですね?」
 乃梨子の言葉に、江利子を除く全員が納得した。
 確かに、由乃は令さまになら何でも話すだろう。そして、令さまが江利子さまに逆らえるわけがない。
 だからといって、江利子さまの可南子ちゃんへの用事というのは予想できない。
「あの、一体私に何を……」
「紹介して欲しい人がいるのよ」
「紹介、ですか?」
 ますますわからない、と言う様に顔を見合わせる祐巳と可南子ちゃん。
「誰を紹介するんですか?」
「夕子さんよ」
「夕子さん!?」
 何故夕子さんを……。
 志摩子が大きく頷いた。
「ああ、江利子さま、わかりました。年上の殿方を落とすコツですね?」
「志摩子さん!?」
「志摩子!?」
「白薔薇さま!?」
 三人三様の驚きに、志摩子は微笑んでいる。
「あら、そんなにおどろいてどうしたの、乃梨子」
「……いや、まさか……志摩子さんがそんなことを言うなんて」
「志摩子ちゃんは相変わらず賢いのね」
 しかも大当たり。
「というわけで、可南子ちゃん、よろしく」
「な、何がですか」
 
 一旦決めつけた江利子の行動力の恐ろしさは、由乃が一番よく知っている。
 だから、江利子が帰った後に薔薇の館へやってきた由乃はこう言ったのだ。
「可南子ちゃん、諦めなさい」
 そしてその後こう呟いた。
「令ちゃん……帰ったらお仕置きよ」
 
 間がいいというか悪いと言うべきか、その日帰宅した可南子は、夕子さんの姿を見た。
 実家に用事がてら、遊びに来たらしい。
 可南子は、仕方なく江利子の一件を話す。
「別にいいよ。それくらい。薔薇の館でいいのかな?」
「江利子さまは、秘密裏に会いたいと言っていたから。そうなると思うんだけど」
「ん。いいよ」
 じっと見ている可南子に、夕子は笑った。
「別に安請け合いをしている訳じゃなくて。可南子のお世話になっている先輩なら、なにか恩返ししたいもの。それに、ハッキリ言うと私の経験は貴重でしょう? アドバイスくらいしてあげるわよ」
 
 翌日の夕方、放課後になってから顔合わせが行われた。別に夕子も江利子も放課後まで待つ必要はなかったのだけれども、さすがに山百合会どころか、現役リリアン生無しの状態で薔薇の館を開放するわけにはいかない。というのが祐巳の言い分だった。
 可南子は当然納得している。
「さすが祐巳ね」
 由乃が舌なめずりせんばかりの勢いで手を擦っている。
「こんな面白そうな話、放っておく手はないわ」
 すごく面白がっているのがよくわかる。
「由乃さま、それはちょっと下品かと……」
 と言いつつ、ちゃっかりいい席を取っている菜々。
「二人ともいい加減にしてください。姉として、妹として恥ずかしいですわ」
 だったらどうしてちゃっかり二人の間に座るのですか、お姉さま。と呟く菜々。
 つまり、黄薔薇三姉妹は爛々と目を輝かせて耳をそばだてている。
 げんこつの一つも(瞳子の頭に)落としてやろうかと思いながら、可南子はテーブルで向かい合っている夕子と江利子に目をやった。
 友梨子がお茶を出している。
 ……って、なんで友梨子ちゃんまで!
 咄嗟に出て行こうとした可南子を押さえる乃梨子。
「まあまあ、ここは抑えて」
「どうして、友梨子ちゃんまで!」
「面白そうだからお手伝いしたいって言うから」
「だからって、何を考えているんですか、乃梨子さん」
「いや、それが、あの子、江利子さまに直接手伝うって言ったらしいのよ。我が妹ながらあの行動力は恐い」
「まったく、どこから聞き込んだのやら」
「多分、菜々ちゃんでしょうね」
「どうして菜々ちゃんが江利子さまのことを……」
「そりゃあ、由乃さまに聞いたんじゃない?」
「……」
 深くため息をつきながら、可南子は黄薔薇姉妹に内緒話は出来ない、と心に刻み込んでいた。
 そんな様子を眺めていた江利子はお茶を一口飲むと、手を振って可南子達に呼びかける。
「こっちにいらっしゃいよ。別に私は隠すつもりもないし、手が必要なら協力して欲しいんだから」
「そうそう、私たちが部外者なんだから、変に気を使うことはないのよ」
 夕子の言葉で、結局皆がいつもと同じように座り、お茶を飲み始める。
「夕子さん、私と山辺さんのことは聞いているかしら?」
「昨日のうちに、可南子から聞いたわよ。その人と結婚したいのね?」
 真剣な顔で頷く江利子。夕子も同じく頷く。
「ただ、可南子の話じゃ一つわからないことがあって。それを確認しておきたいの」
「何かしら」
「その山辺さんの娘さんだけど、いくつなの?」
「まだ小さいわよ」
 あら、と夕子が口元を抑える。
「貴方、小さい子が好きなの?」
「待って。何か勘違いしてない? 私が好きなのは山辺さん。別に娘目当てじゃないのよ」
「あら。私は娘目当てだったけど」
 ちょっと待ってください。今何か聞き捨てならないことを。
「まさか、可南子が母方に付くとは思わなかったから、あれは痛恨のミスだったけどね……」
「あ、あの、夕子さん……」
「ん? どうかした? 祐巳さん」
「つまり今の話だと、可南子目当てで結婚したという様に聞こえるんですけれど」
「まあ、さすがにそれだけで結婚する様なことはしないわよ」
 そりゃそうよね、とあはははと笑う一同。
「お父さん三割可南子七割かな」
「過半数超えてるっ!」
「いいのよ。普通の男じゃ三割どころか一割にも満たないんだから」
「可南子、新潟に行くときは気を付けるのよ」
「はい、お姉さま」
「でも、いつまでも私がついていくわけにも行かないし……えーい、義理とはいえ母親に奪われるくらいならいっそ私が!」
 祐巳が立ち上がって可南子に近づいてくる。
 ……そ、そんな、お姉さま、ここは薔薇の館ですよ。でも……。思わず目を閉じる可南子。
「ゆ、祐巳、なんてことを、ああ、乃梨子、祐巳を止めて!」
「祐巳さま、落ち着いて! 可南子! あんたも目を閉じてうっとり待ってるんじゃないっ! 黄薔薇姉妹は面白そうに観察しない!」
 白薔薇姉妹大忙し。
「本題に戻りましょう。とにかく、年上を落とす秘訣を教えて」
 江利子は外野を無視して話を進めることにした。
「秘訣といわれても、ただ一つだけ言えることは」
 真面目な口調に、江利子は身を乗り出す。
「逆の立場だったら、客観的に見てひたすらキモいということです。ていうか、犯罪です。江利子さんはまだ女子大生で相手がやもめだからいいとしても。私なんて、女子高生と、女房子供持ちの中年ですよ? さらに、娘と二つしか変わらないなんて」
 ものすごく痛いことをシラッと言い切る夕子。可南子が頭を抱えている。
「……私は何も聞いていない、何も聞いていない。聞こえてない聞こえてない」
「だから、向こうが二の足を踏むのも当然です。それは理解しないと」
「うん、それはわかる。とてもよくわかるわ」
 真顔で頷く江利子。
「とはいえ、本当に好きなら、そんなことは関係ないんですよね」
 腕を組んで、夕子は天井を見上げた。
「貴方と山辺さんが好き合って、傷つく人はいないんでしょう? だったら、素直に告白すればいいんじゃないかな。悩むより、自分の気持ちをストレートに押していけばいいんじゃないかな」
 夕子の言葉に、可南子は息を呑む。
 そうだ。夕子さんとお父さんが愛し合うことで傷ついた人がいる。お母さんはいつも平気だと言っていたけれど、でも……。夕子さんはやっぱり気にしていたんだ。
「可南子があそこまでファザコンだったとは思わなかったわ」
「そっちですかっ!」
「だって、可南子のお母さんとはお友達だし」
「その辺りが未だに不可解なんですけど……」
「大人の対応よね」
「違うと思います」
「可南子は気にしすぎ、だからストーカーになるのよ」
「関係ないですから。というか、その怪我の功名でこうやってお姉さまのロザリオを戴いたんです。ストーカー万歳です」
「いや、可南子、それはそれでまずいと思うよ?」
 乃梨子の声も届かない。
「そうね、夕子さんの言うとおりね。もっと強気で押してもいいのかしら」
 江利子さまの強気はかなり恐い様な気がする。由乃は少し山辺先生に同情した。
「その意気よ、江利子さん。相手に、自分が本気で相手を好きなんだってことをたっぷりとわからせてあげなさいよ」
「ええ。ありがとう。なんだかやる気が出てきたわ」
 由乃は山辺先生にかなり同情した。
「山辺さんにたっぷりと、私の気持ちをわからせてあげるわ。覚悟してなさい」
 今夜は山辺先生のために祈ろう、と由乃は思った。
 
 
「それにしても」
 帰り道、夕子は笑う。
「少しジョークがきつかったかな」
「何がですか」
 可南子は他人事の様にそっぽを向いている。
「あ、可南子、怒っちゃダ〜メ」
「夕子さん、変なことばかり言うから」
「あはは、うん、可南子のお父さん三割、可南子七割って言うのは嘘だから、安心してね」
「当たり前ですっ」
「あはははっ。大丈夫だってば」
 夕子は大きく伸びをする。
「可南子が九割だから」
「増やすなーーーー!!」
 
 
 
 
あとがき
 
 
 
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