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山百合会の驚愕
 
 
 由乃さまがおかしな物を持ってきた。
 胸元に当てておくと心拍数や脈拍を自動的に測って数値を出してくれるセンサー。
 どれだけ外面を繕っていても、これをつけてさえいれば驚いたり興奮したことはすぐにばれてしまう、というわけだ。
 なんでも、ずっと通っているお医者様が見せてくれた物らしい。由乃さまが面白がっていると、モニターをするという条件で貸してくれたというのだ。
 多分、由乃さまのことだからかなり強引に借りだしたに違いないのだろう。
「由乃さん。そんな物どうするの?」
 お姉さまが尋ねる。当然だろう。この薔薇の館にいる人たちはみんな正直者。外面だけを取り繕うような人はいない。
「いつもいつも冷静な志摩子さんに試してみようかと思って」
「却下です!」
 言下に乃梨子さんが否定する。
「どうしてそこで乃梨子ちゃんが言うのよ」
「当たり前です。由乃さまのことだから、志摩子さんに強引に承知させるに違いありません。だから、私があらかじめ止めているんです」
 鋭い。確かにその通りに違いない。由乃さまの後ろでは、瞳子さんがうんうんと頷いている。
「あの、乃梨子さん? 志摩子さんの意見は聞かなくていいの?」
「瞳子まで何を言っているのよ。聞くまでもないでしょ。私が却下するんだから」
 ああ、やっぱり。
 この二人は何か企んでいる。乃梨子さんの前でそんな提案をすれば却下されるのは目に見えているというのに。そして乃梨子さんが却下する限り志摩子さまが承知するわけはないのに。
 勿論、それは由乃さまと瞳子さんにはよくわかっている。けれど、乃梨子さんを手玉に取ることができるのが瞳子さんなのだ。
 案の定、瞳子さんには計画があるようだった。
「では、乃梨子さんが納得すれば白薔薇さまはこのセンサーをつけていただけるのでしょうか?」
「だから、私が許可するわけ無いでしょう?」
「乃梨子さん、私は白薔薇さまに聞いているんですのよ?」
 瞳子さんが由乃さまに協力している気持ちもよくわかる。白薔薇さまはいつも柔和に微笑んでいる。怒った顔はもとより驚いた顔すらほとんど見たことはない。そういうものが見たくなるのは人間の本能だ。
 志摩子さまは頷いていた。
「ええ、乃梨子が納得するのなら、私はつけてもいいわよ」
 さすが白薔薇姉妹。互いに全幅の信頼を置いている。勿論、私たち紅薔薇姉妹も負けてはいない。もっとも、私と祥子さまの間柄はちょっと疑問だ。
「そうですか。では乃梨子さん、ちょっとこちらへ」
 瞳子さんが手招きすると、乃梨子さんは不審な目で由乃さまに目を向けた。
「ああ、大丈夫」
 ニコニコと笑いながら由乃さまは手を振っている。
「乃梨子ちゃんがいない間に志摩子さんを説得するなんてことはしないわよ。安心して、瞳子に説得されてきなさい」
「わかりました。瞳子に説得はされないと思いますけれど」
 出て行く二人。
「志摩子さん、覚悟しておいた方がいいわよ?」
 笑う由乃さまと、首を傾げる志摩子さま。
「それじゃあ、勝利の美酒の準備ね。可南子ちゃん、お茶煎れてくれる?」
「はい」
 私は流しに向かいながら考えた。由乃さまの勝利の確信は何なのだろうか。乃梨子さんが志摩子さんの嫌がることをするとはどうしても思えない。
 お茶を煎れ終わった頃、乃梨子さんが少し恐い顔つきで戻ってきた。その後ろにはニヤニヤと笑っている瞳子さん。
「志摩子さん。センサー、つけてみない?」
「え?」
 志摩子さまは少し戸惑った顔。それはそうだろう。ついさっきとは言うことが百八十度変わっている。
「なんていうか、白薔薇さまとして、少しでも疑惑を保たれているのは良くないと思うんだ。だから、志摩子さんが外面だけじゃなくて本当に物事に冷静に対処しているんだと言うことを証明しなくちゃいけないんだよ」
「乃梨子がそこまで言うなら」
「今後のためだよ、志摩子さん」
 そう言うと、乃梨子さんは由乃さまからセンサーを受け取る。
「これをね、胸元に貼り付けて」
 ペリッとビニールを剥がし、
「じっとしていてね、私がつけてあげるから。タイを外して、襟の所から入れるからね」
 そういうことですか、ガチ乃梨子さん。なんか息が荒いですよ?
「乃梨子? なんだか目が恐いわ」
「落ち着いて、志摩子さん。落ち着いてね」
 お前が落ち着け。
「乃梨子、手が震えてない?」
「大丈夫よ。じっとしていてね、すぐ終わるから。恐くないからね」
 乃梨子さんの言葉が性犯罪者になっているような気がした。
 だけど、こんな状況を見せられては黙っているわけにはいかない。
 私だって、山百合会の端くれなのだ。こんな妙な状況を見逃すわけにはいかない。
 チラリと瞳子さんのほうを見ると、私の視線に気付いた瞳子さんかこくりと頷いた。さすが瞳子さん、わかっているわ。
 私は志摩子さまを壁際に追いつめた乃梨子さんの後ろを通って、唖然としているお姉さまの前に立つ。
「他人事ではありませんわ、お姉さま」
「へ?」
「白薔薇さまの疑惑だけではなく、紅薔薇さまとしての疑惑も晴らさなければ!」
「可南子、疑惑って何?」
「お姉さまの百面相は本当に感情を伴っているかという疑惑です。百面相は演技だという疑いが持たれているんですよ」
「嘘、そんなの初めて聞いたよ?」
 はい。私も初めて聞きました、お姉さま。
「いえいえ、一年生の間では有名な話です。さあ、お姉さまもセンサーを。私がつけて差し上げますわ」
「ちょ、可南子!」
「往生際が悪いですわ、お姉さま」
「はい、可南子ちゃん、これ。センサーの予備」
 いつの間にか近くにいた由乃さまから、センサーを受け取る。
「ありがとうございます、黄薔薇さま」
「由乃さん!?」
「まあまあ、いいじゃない、祐巳さん」
 そして数分後、私は由乃さまを羽交い締めにしていた。
「可南子ちゃん!?」
「可南子さん、グッジョブですわ」
 うふふふふふ、と怪しく笑いながら、センサーを構えて近寄る瞳子さん。
 その後ろでは志摩子さまとお姉さまが応援している。
「まさか、黄薔薇さまだけ仲間はずれというわけにもいかないわよね、紅薔薇さま」
「当然よ、白薔薇さま」
 こうして、三薔薇さま全員にセンサーが付いてしまった。
 そしてこうなってしまうと、私も乃梨子さんも瞳子さんもセンサーをつけなさいというお姉さま達の言葉に従わないわけにはいかなかった。
 お姉さまの言葉は絶対なのだ。
 他意はなかったと思う。多分。
 
「で、全員付いたわけだけど。いったいどうするの?」
 お姉さまのもっともな疑問に、由乃さまも首を傾げる。
「こんなこともあろうかと、人数分借りてきていて良かったけれど…」
 これを予想していたという由乃さまの頭の中身がとても不思議です。
「この状態で、今さら志摩子さんだけをどうこうっていうのもつまらないわよね。というより、勿体ないわよね」
 嬉しそうですね、由乃さま。
「いっそ、皆様の冷静さを試してみてはいかがです? お姉さま」
 瞳子さんがぐるりと一同を見渡している。
「選ばれし山百合会の一員ともあろう者が容易く動揺しているようでは、一般生徒に示しがつきませんわ。薔薇さまか否かにかかわらず、私たちは一般生徒のお手本となるべきなんですから。いついかなる時も優雅さを失わないように冷静に、沈着に」
「でも、要は人の話を聞かずに無視していればセンサーの数値は動かないと思うけれど」
 乃梨子さんの言うことはもっとも。回りを無視していれば驚くことなどなにもない。
「ここは逆転の発想ね」
 とっても嫌な予感のする由乃さまの言葉。
「自分以外の人間を積極的に驚かせればいいのよ。残り五人のセンサーを数値合計が一番大きかった人の優勝。他人を驚かせる=自分は冷静、ということよ」
 そんな論理聞いたこと無い。
 けれど、面白そうなゲームだし、山百合会の身内だけで収まって他人に迷惑がかかりそうにもない。そうなると、お姉さまは多分賛成してしまうだろう。
「それは面白そうね」
 やっぱり。
 乃梨子さんは、志摩子さま一人に矛先が向かないのであれば構わないという態度だ。瞳子さんは当然由乃さまの味方。そして私は、お姉さまが賛成だというのに逆らうわけがないしそのつもりもない。
 話はとんとん拍子に決まった。
 
 ルール
 じゃんけんで順番を決めて、一人が一回ずつ話しなりアクションを起こす。その時の残り五人のセンサーの数値が得点。つまり、驚かせれば驚かせたほど点数はアップする仕組み。
 そして何周か回って、合計点数で優勝を決定。
 
 まずはじゃんけんで順番決め。
 お姉さま、既にじゃんけんで数値が跳ね上がっています。そんなにワクワクしないでください。
「一番、藤堂志摩子。行きます」
 最初は白薔薇さまから。
「私の家は、もう皆さん知っての通りお寺なのだけど、裏がお墓になっているのよ」
 怪談? 確かに、ドキドキとするだろうけれど。
「だから時々、おかしな物を見るの」
 白薔薇さまは、「おかしな物」をリアリティたっぷりに描写する。
 お姉さまと瞳子さんの数値が上がっている。瞳子さんはいいとしてお姉さまが危ない。
「……それが、時々見えてしまうのね」
 白薔薇さまが言葉を止めた。その視線が由乃さまの背後に向けられる。
「あら、そこにも?」
 とてつもない勢いで由乃さまと隣の瞳子さんが振り向いた。
 二人の数値が面白いように上がる。そしてお姉さまも。
 私と乃梨子さんの数値はほとんど上がらない。
「卑怯ですわ、白薔薇さま!」
 怪談の常套だ。瞳子さんはまんまと引っかかってしまった。由乃さまとお姉さまも引っかかってはいたのだけれど、数値の上昇はあまり無かった。予想していた、ということなのだろう。
「くっ、やるわね、志摩子さん。こうなったら、こっちもいきなり本気で行かせてもらうわよ」
 由乃さまが燃えている。是非このまま黄薔薇姉妹白薔薇姉妹でつぶしあって欲しい。お願い、共倒れて。
「二番、島津由乃、行くわよ」
 由乃さまは一つ息を吸うと、おもむろに手を組んで顎を置く。
「前から思っていたんだけど……」
 ここで息を吐いて、
「銀杏て臭いよね? 不味いし」
「由乃さん!?」
 志摩子さまが一気に数値を上げて由乃さまに点数を献上してしまう。志摩子さまの銀杏好きは知っていたけれど、ここまで興奮するなんて。正直恐い。
 
 さて、私の番ね。
 乃梨子さんがものすごく落ち込んでる。気持ちはわかるけど、ここは鬼となって一気に片を付けさせてもらうわ。
「三番、細川可南子、行きます」
 ビックリしてもらいますからね。
「身長が180を越えました」
「うわ……」
 瞳子さんの呟き。
 あれ? 誰も驚かない。というより、この視線は? 哀れみ? いや、あの、ちょっと待って、どうして? 哀れみって……
「無様ね、可南子。自虐ネタで失敗なんて。そもそも、そんなことはとっくにみんな気付いているわよ。身長で驚かせたいならせめて2メートル越えてからにしなさい」
 なんですって!?
「可南子落ち着いて、貴方の数値が上がっているわ」
 あ。
 とりあえず、覚えていなさいね、乃梨子さん。
「四番、二条乃梨子。行きます」
 乃梨子さんは私に向かってふふんと笑う。
「自分をネタにするのなら、このくらいはやって欲しいものね」
 乃梨子さんは立ち上がった。
「実は、私と志摩子さんはデキています」
 それがどうした。
「乃梨子ちゃん。報告はいいから早くしなさい」
「あれ?」
 乃梨子さん、心底驚いた顔。もしかして、今のがネタだったの?
「あの、今の、衝撃の告白じゃなかったですか?」
「いや、乃梨子ちゃんと志摩子さんのことならみんな知っているから」
「え?」
「知らない人っているのかな?」
「志摩子さんと乃梨子ちゃんの関係を知らないのは、聖さまくらいじゃないかな」
「そうね」
「あ、あの、今のは嘘ですよ? 私たちは清い関係です」
「ええっ!? 嘘ッ!」
 由乃さまとお姉さま、驚愕。
 まんまと点数を取ったのに何故か落ち込んでいる乃梨子さん。
「私ってそんな風に見られてたんだ……そうなんだ……ええ、そうね、そう思われているのなら、もう遠慮はいらないよね。そうだよね、白薔薇のつぼみとあろう者が皆の期待に応えないとね、うんうん、そういうわけで志摩子さん、ふつつか者ですが今後ともよろしく」
 なにやらブツブツと言っている。
 恐い、というより気持ち悪い。
「次は私ですわね。その前に、ちょっとお手洗いへ行かせていただきますわ、失礼いたします」
 中座する瞳子さん。
 今のところ、トップは志摩子さま。二位は乃梨子さんだ。恐るべし白薔薇姉妹。
 瞳子さんが頭を押さえながら戻ってきた。
「どうしたの?」
「鏡で見たら、寝癖が少し残ってましたの」
 ドリ…縦ロールが目立つから普通の人は気付きませんよ、そんなこと。
「では、五番、松平瞳子、行かせていただきます」
 全員の視線が集まる。考えてみれば瞳子さんは入学以来のトラブルメーカーでもある。いったい何をしでかすのか想像がつかないのだ。
「実は私の縦ロール、動くんです」
 は? と乃梨子さんの白けた声。
 由乃さまですら、呆然と瞳子さんを見つめている。
「あのね、瞳子、そんなのギャグにもなって……」
 と、そのとき、瞳子さんの髪の一部、つまり縦ロールが持ち上がった。
「嘘!」
 私も含めて皆のセンサーの数値が跳ね上がる。
「あ、瞳子、お手洗いで仕込んできたわね!」
 乃梨子さんの看破は一瞬遅く、瞳子さんが一気にトップに躍り出る。
「うふふふ。騙される方がお馬鹿さんなんです」
 言われてみれば、瞳子さんの縦ロールの先にピアノ線が仕込んであるのが光の加減で見える。なるほど、寝癖を気にしているように見せかけて、ピアノ線で操っていたのか。
 というか、どうしてピアノ線を持ち歩いているのかという大きな疑問が残るのだけど。
 というわけで一位が瞳子さん。二位が志摩子さま。三位が乃梨子さん。
 まずい。このままでは。
「大丈夫よ可南子」
 私の様子を見て取ったのか、お姉さまが優しく語りかけてくれる。
「とっておきのお話があるから」
 お姉さまは頼れる人だ。だけど、一抹の不安もある。お姉さまは時々大ボケになるのだから。
 
 
 結果として、お姉さまは二位以下を大きく引き離しての堂々の一位となった。
 未だに、何故お姉さまの言葉があれほどの衝撃を引き起こしたのかはわからない。けれど、志摩子さまと由乃さまがものすごい高い数値を出したのは間違いないのだ。
 何がそんなに、驚きなのだろう。
 お姉さまはただ一言「知っている」と言っただけなのに。
 未だに忘れない。由乃さまと志摩子さまのあの驚愕の表情を。
 
 
 
「私、桂さんのフルネーム知ってるよ」
 
 
 ……って、どうしてクラスメートのフルネーム知らないんですか!?
 
 
 
 
 
あとがき
 
 
 
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