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男がみんな狼ならば
 
 
 ♪男は狼なのよ、気を付けなさい♪
 それは由乃のお父さんが子供の頃に流行ったアイドルデュオの唄だそうだけど。
 リリアンなんてお嬢様学校に通っていると、当たらずとも遠からじ、なんて思ってしまう。
 リリアン女学園の生徒とつきあうというのは、この辺りではとんでもないステータスらしい。
 リリアンの子とつきあっているという事実。ただそれだけで、成績容姿年齢運動神経家柄出自血液型星座IQEQ病歴学歴身長体重胸囲座高趣味嗜好特技免許前科性格人格体格誕生日画数購読雑誌筆名通帳残高寿限無寿限無猪鹿蝶他諸々に一切関わらず、尊敬の目で見られるのだそうだ。
 当然、それだけ周囲の目は厳しい。アタックも多い。
 さすがに、明らかに程度の低いナンパは少ないけれども、何とかしてお近づきになろうと男達は苦労している。
 そして、この点においては花寺もまた、世の男達の羨望の的なのだった。
 なにしろ、リリアンと花寺は学校同士の交流が盛んなのだ。それぞれ、女子校男子校単体では難しいことに協力し合っている。
 噂では、花寺外部入学組の八割がリリアン目当てとまで言われていたりする。
 しかし、だからといって、花寺にいるからといっても、そのうえ生徒会にいるからといっても、リリアンの女の子とつきあえるとは限らない。
 由乃は、目の前のメンバーを見て、心からそう思った。
 高田鉄。男らしさという点では合格だけれども、男らしさを通り越して単に「男臭い」だけの様な気がする。気持ち悪いとまでは言わないけれど、正直ちょっと恐い。
 小林正念。耳で聞いたときは何とも思わなかったけれども、字面を見た瞬間由乃は心の底から思った。
 ――小林ショーネンかよっ! 明智探偵はどこなのよっ!
 余り関係ないけれど。
 有栖川金太郎。彼女、もとい彼の場合は女の子とつきあっている姿はちょっと想像できない。普通に一緒にお喋りしたりしている姿は簡単に想像がつくのだけれど。
 そして、福沢祐麒。こうしてみると、祐巳の弟である祐麒が一番普通、翻ってみればつきあいやすそうなタイプに見える。
 うん、この四人の中で一人って言われたら、私は祐麒君を選ぶな。
「お姉さま、そうすると令さまの立場がなくなってしまいますよ」
 淡々と言う菜々の言葉に、由乃は一瞬頷いて、
「そうね、令ちゃんは私の……って、ちょっと!」
 慌てながら、右横に座っている菜々に言う。
「私、声に出してた?」
「いえ。出してはいませんでしたけれど、何となく観察していると、わかってしまいました」
「どうしたの、由乃?」
 祐巳と志摩子が不審そうに由乃を見ている。
「なんでもないわ。うん、なんでもないの」
 祐巳と志摩子のそれぞれ隣からは、同じように瞳子と乃梨子が。二人で顔を見合わせている。
 由乃が二人をじっと睨むと、二人は慌ててそれぞれのお姉さまの横に座り直して姿勢を正す。
 そうしておいてから、由乃は今までの話の内容を再確認し始めた。
「つまり、その日に私たちが花寺に行けばいいのね」
「お姉さま?」
 また、菜々が口を出す。
「今度は何?」
「その日は剣道部の試合の日です」
 あ、と声に出してしまう由乃。
 すっかり忘れていた。確かにその日は剣道部の練習試合の日。
 由乃は三年生でその上副部長格。菜々に至っては一年選手の主力なのだ。抜けるわけにはいかない。
 それでも、山百合会のどうしても行かなければならない用事だと言えば仕方ないと認めてくれるのかも知れないが、実はこの場合、仕方のない用事ではない。
 紅薔薇姉妹と白薔薇姉妹がいれば、黄薔薇姉妹は別にいなくてもいい。数合わせのための代打で構わない。花寺にいると噂される由乃ファン、菜々ファンは悲しむかも知れないけれど。
 要は行事参加なのだ。三人の薔薇さまのうち二人までが出席するなら充分に面目は立つ。
 花寺の生徒会も、その戦で納得したようで、とりあえず参加するメンバーは後で伝えることにしてその日は解散。花寺生徒会の面々は帰っていった。
 
「じゃあ、どうする?」
 と、祐巳が切り出した。勿論、誰に代打をやってもらうかという相談だ。
 行くことが決まっているメンバーは、三姉妹それぞれ二人ずつ。祐巳と瞳子、志摩子と乃梨子は決定している。のこるは由乃の代打と菜々の代打。
「私の代打は、真美さんに頼めば快くやってくれると思うのよ。取材も兼ねてということで」
 由乃の言葉に頷く一同。どうせ、終わった後に根ほり葉ほり取材と称して聞かれるのだ。だったら最初から一緒にいればお互いに苦労はない。
「ねえ、乃梨子。菜々ちゃんの代打は友梨子ちゃんにお願いできないかしら」
 突然志摩子に、この春からリリアン高等部に通い始めた実妹の名前を出された乃梨子は首を捻る。
「うーん。確かに、あの子が山百合会に興味を持っているのは確かなんですけれど」
「菜々ちゃんの代打なのだから、同じ学年がいいと思うのよ。でも、今の一年生でよく知っている子なんていないから」
 志摩子の言葉には一理ある。由乃はそう思いながら、念のために菜々に尋ねる。
「菜々、貴方心当たりある? 代打をやってくれそうなお友達とか」
「えーと、友達は居ますけれど、代打をやってくれるかどうかは……そこまで親しい友達ですと、結局剣道部になってしまいますから」
 じゃあ仕方ないね、と由乃は乃梨子の肩に手を置く。
「乃梨子ちゃん、それじゃあ友梨子ちゃんによろしくね」
「うわ、決定ですか?」
「他にいいアイデアがあるなら聞くわよ?」
「妹が居ると、私が色々とやりにくくて……」
「乃梨子ちゃん、実は実家での自分とのギャップがすごいとか?」
「そういう訳じゃないですけれど……そ、そうだ、紅薔薇さまならわかりますよね」
「へ? 私? 私は妹なんかいないよ?」
 突然振られて慌てる祐巳に、乃梨子は助けを求める様に手を握る。
「祐麒さんが生徒会にいると、やりにくいと思ったことありません?」
 祐巳はああ、と頷く。
「それならわかるよ。たしかに、なんていうか、ちょっとやりづらいかも」
「そう、そういうことなんですよ」
「それじゃあ、可南子さんはいかがですか?」
 瞳子が静かに言う。
「菜々ちゃんとは学年が違いますけれど、そもそも三年生の妹なのですから、二年生でも構わないと思いますわ。それに、可南子さんなら私も乃梨子さんもよく知っていますし、一時期とはいえ薔薇の館にも出入りなさっていたんですから」
 異論はない。
 というわけで早速乃梨子と瞳子が依頼に行くことになった。
「ええ、いいわよ」
 ほとんど二つ返事で引き受ける可南子。
「紅薔薇さまには色々とお世話になっているから」
「お世話?」
「瞳子さんには関係ありませんわよ? 私と紅薔薇さまとの問題ですから」
「ちょ、ちょっと、可南子さん、聞き捨てなりませんわ。祐巳さまは私のお姉さまですのよ」
「勿論、祐巳さまは瞳子さんのお姉さまですよ。ええ、お姉さまね、お姉さま。間違いなくお姉さまですよ」
「何が言いたいんですか」
「いいえ、別に、所詮お姉さま止まり、とか、そういう意味ではありませんわ」
「可南子さんっ!!」
 乃梨子がため息と共に間に入る。
「やめなさいって」
 仕方なく、二人は諍いを止めた。というより、最近の二人は乃梨子が止めに入るのを待っている節がある。
「それで、具体的にはどうすればいいのかしら?」
 やっぱりというか、可南子はさっきまでの諍いなど無かった様にケロッとした顔で乃梨子に尋ねている。
「まずは薔薇の館で打ち合わせですわ。どうせ私たちも詳しい話はお姉さま方にもう一度聞かなければなりませんから。その時に一緒に聞けばよろしいですわ」
 瞳子も、何事も無かったかの様に会話を再開している。
「とりあえずは、花寺へ伺うことは確定ですけれども」
「花寺へ!?」
 可南子のただならぬ様子に、乃梨子と瞳子が首を傾げる。
「どうしたの? ああ、そういえば可南子って男嫌いだったわね。だったら、無理しなくてもいいよ?」
 乃梨子は純然たる行為で言っているのだけれど、可南子は慌てて首を振る。
「い、いえ、大丈夫です。昔ほど病的に男嫌いというわけでもないので」
「それならいいけれど、紅薔薇さまの頼みだからって無理することはないのよ?」
「無理なんかしてませんよ。大丈夫です」
 
 
「あ、そうか」
 戻ってきた二人に話を聞いた祐巳はポンと膝を叩く。
「可南子ちゃんの男嫌いは、治ってないんだ」
 由乃は頷いた。
「それは困ったわね。ん? 男嫌い?」
 ほんの少し前まで、そんな人が薔薇の館にいた。
 男嫌いといえば、祥子さま。
「祥子さまの時みたいに、また何かやってみる?」
 男嫌いを治す作戦だ。夏休みの間に、花寺の面々と会わせて少しでも男嫌いを克服しようとした作戦。
「だけど、可南子ちゃんの男嫌いは、お姉さまのとはちょっと違うから」
「そうなの?」
「お姉さまの場合は、嫌いと言うよりも男の人に慣れていないっていう感じだったけれど」
 瞳子が頷きながら、後を引き取る。
「可南子さんの場合は、男の人の存在自体が嫌いという感じでしたから」
「可南子ちゃんの男性嫌いは、お父さまと和解してからマシになったのではなかったの?」
 志摩子の当然の疑問に、祐巳は首を振る。
「それが……夕子さんに聞いたんだけれど、可南子ちゃんの場合、お父さんが別格だったみたいで、以前から男嫌いは男嫌いだったらしいの」
「まあ、そうだったの?」
「うん、それが、お父さんへの誤解で、男嫌いが悪化してあそこまでになっていただけなんだって」
「それは困ったわね」
「あ、そうだ。可南子ちゃんが男嫌いになったのは、一部の男の人のせいなんだよ。理屈では可南子ちゃんもわかっているんだ。だから、その一部の悪い人に対する認識を、何とかすればいいのよ」
「一部の悪い人って……痴漢とか?」
「そう、由乃さんの言うとおり」
 褒められたのはいいけれど、由乃はやっぱり首を傾げる。
 認識を何とかするといわれても、一体どうしろと。
 痴漢退治とか……面白そうだけどとっても非現実的。端的に言えば、出来るわけがない。
「祐巳さん、具体的に、何をするつもりなの?」
「ふふふ……実は……」
 祐巳の語り始める計画に、最初は全員が半信半疑。というより一信九疑。でもとりあえず、面白そうなので由乃は賛成してみることにした。
 ちなみに、成功するとは思っていない。だけど、間違いなく面白そうだから。それも、かなり。
「菜々も一緒にやってみる?」
 その問いに、菜々は少し首を傾げる。
「面白そうだとは思うんですけれど。私、下級生ですから。ちょっとそれは問題があると思います」
「あ、それはそうか。まあ、無理にとは言わないけれど」
「せいぜい、楽しく見学させていただくことにします」
 菜々はニッコリと笑った。
「そうね、しっかり見てなさい」
 その翌日、早速可南子は薔薇の館を訪れた。
「ごきげんよう、祐巳さま」
「ごきげんよう、可南子ちゃん。早速だけど、花寺に行く話は聞いているよね?」
「ええ。瞳子さんと乃梨子さんから大まかな話は聞いています」
「大丈夫なの?」
「ええ。勿論です」
「正直に言ってね。やっぱり、慣れないところはあるんじゃないの?」
「それは……」
 祐巳の問いに、可南子は戸惑っている様だった。
「万全かと言われると困りますけれど、私は私なりに努力するつもりです」
「可南子ちゃんは、男の人が嫌いなんだよね」
「それはそうですけれど」
「どんなところが嫌いなの?」
「どんなところと言われても…騒がしいところや、傍若無人なところとか……」
「だけど、女の人にも騒がしい人や我が侭な人はいるよ。ねえ、志摩子さん」
「そうね。女の人の中にもそういう人はいるわ」
 どうして二人の視線は自分に向いているのだろう、と思いながら由乃も頷く。
「別に、全ての男の人がそうだとは思っていませんわ」
「どんな男の人が嫌いなの?」
 しばらく粘って、祐巳はようやく人の答を可南子から引き出すことに成功した。
 といっても、その答はとうにわかっていたのだけれど。
「いやらしい人」
 異性なのだからある程度は仕方ない様な気もするわ、と志摩子が言うと、白薔薇さまは理解がありすぎますと可南子は目を伏せ、何故か乃梨子が持っていきどころのない怒りをぶつける様に暴れ始めた。
 まあ、少しくらいはね、と祐巳が取りなすと、今度は瞳子が暴れ始めた。
 そうよね、と由乃が言ってみると、菜々がなにやら呟く。
「お姉さま、男の知り合いなんていないじゃないですか……」
「何言ってんのよ、どうせ祐巳さんと志摩子さんだって弟やお兄さんくらいしかサンプルがないんだから」
「実の兄弟で異性のいやらしさを知るというのも、哀しいものがありますね」
「何か言った?」×2
「いえ、別に」×2
 白薔薇さま&紅薔薇さまと黄薔薇姉妹の間になにやら火花が散った様な気がした。
 閑話休題。
 つまり可南子は、男がいやらしいから嫌いなのだと。そういうことになる。
「端的に言ってしまうと、そうなってしまいますね」
 やや強引な祐巳のまとめに、可南子はため息混じりで頷く。
「なるほど……男は狼なのよ、気を付けなさい、ってことね」
 由乃が言うと、可南子も頷いた。
「それ、昔のアイドルの唄なんですね。お父さんにもそんな風に言われてました」
「お前が言うな、って感じですね」
「菜々ちゃん、何か言った?」
「いえ、別に」
 とりあえず由乃は菜々の口数を何とかしようと思った。
「原因がわかったところでどうしようもありません。とにかく、私はお手伝いすると決めていますから、あまり気にしないで下さい。祐巳さまの弟さんがいらっしゃる学校なら、おかしなこともないと思いますし」
「そうだね。それじゃあ可南子ちゃん、よろしく」
「はい、こちらこそ」
 何故か抱きつく祐巳。
「宜しくね」
「祐巳さま?」
 激しく狼狽しながらも、頬を赤らめる可南子。
「はいはい、離れて離れて」
 瞳子が間に入ろうとすると、渋々離れる祐巳、しかし……
「きゃっ!」
 ますます頬を赤らめて、お尻を押さえている可南子。
「ゆ、祐巳さま、今、もしかして私のお尻に触っ……」
「はい、離れて」
 二人の間に入った瞳子が二人の距離を両手で広げようとする。
「ちょ、瞳子さん!?」
 瞳子の片手が、可南子の胸に当たっていた。いや、当たっているという生易しいものではない。明らかに触っている、というか掴んでいる。
 混乱しながら下がる可南子。
 ニヤリ、と笑って紅薔薇姉妹が可南子を見ている。
「うふふ」
「可南子さん、やっぱりそれだけ背があると、バストも平均以上はあるようですわね」
「祐巳さま? 瞳子さん?」
「いつ見ても、綺麗な髪ね」
「ひっ!」
 突然のうなじへの刺激に硬直する可南子。ゆっくりと振り向くと、志摩子と乃梨子が可南子の黒髪を手にとって弄んでいる。
「私はこんな髪質だから、可南子ちゃんの髪が羨ましくて」
「私だって、こんな風に伸ばしてみたいなぁ」
 すりすりと髪を撫でながら、二人の吐息が可南子のうなじにかけられる。
「あ……」
 ぞくぞくとした感覚に、可南子は一瞬ピクリと仰け反るけれど、すぐに二人から身を引き離す。
「白薔薇さま! 乃梨子さん?」
 そこにピタリ、と由乃が身を寄せる。
「令ちゃんより背が高いのよね、可南子ちゃんは」
 んふふ、と笑いながら、身を擦る様に寄せる由乃に、可南子はあわわわと口走りながら退いていく。
「い、一体、皆さん、何を……」
「だってねぇ」
 祐巳の言葉に一同は怪しく頷く。
「可南子ちゃん、可愛くて……」
「な、な、な………」
 祐巳の計画、それは……
「セクハラや痴漢をするのは男ばかりとは限らないことをわからせれば可南子ちゃんの男嫌いは多少緩和されるんじゃないだろうか、だからセクハラしてみよう、ついでに少し楽しもう大作戦!」
「長っ!」
「つべこべ言わず、セクハラを受けなさい!」
「その理屈おかしいですから、祐巳さま!」
「問答無用!」
「キャーーーーーー!!!」
「お、なんか嬉しそうな悲鳴」
「違いますっ!」
 
 
 大混乱を尻目に、菜々だけが一人で扉の所に立っている。
「まあ………男がみんな狼ならば、女はみんなメス狼、ということです、可南子さま」
 
 
あとがき
 
 
 
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