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祐巳さんと可南子ちゃん
「アメちゃん」
 
 
 可南子がつまずいた。
 乃梨子が「危ない」と言う間もなく可南子は鞄を落として、壁に手をついて身体を支えていた。
「大丈夫?」
 立ち上がって駆け寄ろうとした乃梨子は、足下に転がる“それ”に気付いた。
 足下でバリンと砕ける“それ”。
「何? これ」
 よく見ると、沢山の“それ”が可南子の落とした鞄の中から溢れている。可南子は、慌てて“それ”をかき集めては鞄の中に戻していた。
 そのうちの一つを拾う乃梨子。手のひらに載せて眺めてみる。
「……これって、飴?」
「ええ。そうよ」
 こともなげに言うと、可南子は再びこぼれた飴たちを集める作業に戻った。
「どうしたのよ、こんなに大量に」
「おばさん」
 瞳子の言葉にピタリ、と可南子の動きが止まる。
「何か言いました? 瞳子さん」
 誰に言ったわけでもないはずなのに、自分が言われたと言うことだけは即座にわかる。そういうものだ、悪口というのは。
「いいえ。ただ、最近見た新聞記事を思い出しただけですわ」
「なんですか、新聞記事って」
「大阪では、飴のことを“アメちゃん”と呼ぶそうですわ」
 そういえば聞いたことがある、と頷く乃梨子。
「それがこの状況とどんな関係があるの?」
「大阪では飴というのは、非常に身近な存在で、特におばさん達は持ち物の中に飴を袋ごと持っている人が多いそうですわ」
 乃梨子は再び頷いて、なるほど、と可南子の鞄を見る。
「人をおばさん扱いしないで下さい」
「別にそうは言っていませんわ。大阪のおばさん達と似ていると思ったまでのことですわ」
「だからおばさん呼ばわりはやめて」
 ようやく飴を集め終えた可南子は、鞄をテーブルに置く。
「そのおばさん達はどうだか知りませんけれど、私が飴を持ち歩いているのにはれっきとした理由があるんです」
「なんですの? 口寂しいとか?」
「自分が食べるためじゃないわよ」
 そこへ、やってくる祐巳。
「ごきげんよう、可南子。瞳子ちゃん、乃梨子ちゃん」
「ごきげんよう、お姉さま」
 言うなり、可南子は鞄の中に手を入れた。
「はい、お姉さま」
 可南子が手のひらに載せているのはさっきの飴。それを祐巳が受け取った。
「あ、いつもありがとう。可南子」
「いいえ。たまたま持っていただけですから」
 その状況を見ていた乃梨子と瞳子は顔を見合わせる。
 そして呟いた。
「餌付け……?」
 
 
 
 その翌日、つまずいた乃梨子の鞄の中から大量の銀杏がこぼれ落ち、薔薇の館はパニックに陥ったという。
 
 
あとがき
 
 
 
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