SS置き場トップに戻る
 
 
 
千葉の海辺で愛を叫んだ少女
 
 
 
 波が荒い。
「季節外れだと荒いとは聞いていたけれど、これほどとはね」
「天気も良くないしね」
 乃梨子はそれでも嬉しそうに言う。
「良くないと言うより…寒いですわ」
「あー。浜だから、風が強いのよ。瞳子は慣れてないからね」
「慣れとか、そういう問題ですか?」
 瞳子はガチガチと震えている。
「確かに、風はちょっと辛いわね、だけどこれくらい、新潟に比べれば…」
「可南子さんは慣れているかも知れませんけれど、私はずっと東京なんです!」
「東京にだって海はあるわよ」
「私の家の近くにはありません!」
「夏に瞳子の家に泊まったときは、海の目の前だったじゃない」
「あれは実家ではなく別荘です!」
「そうだっけ?」
 乃梨子と可南子は平気な顔で寒風に吹かれている。どうやら、この中で一番寒さに弱いのは瞳子らしい。
 
 
 いつの間にか恒例になっている、「親睦のお泊まり会」だった。
 今回は何故か、乃梨子の実家に決まったのだ。
 可南子や乃梨子の家は、二人が泊まれるほどの広さがない。だからといって、毎回瞳子の家というのも気がひける。瞳子自身は構わないし、瞳子の両親も大歓迎してくれるのだけれど、それはそれだ。
「お父さんの実家で良ければ、農閑期なら歓迎してくれると思うけど」
 可南子はそう言ったけれど、とりあえず今は農閑期ではない。少し早すぎる。
 そこで乃梨子が実家に電話してみると、両親は大喜びで歓迎するという。大きな家ではないけれど、部屋は乃梨子の使っていた部屋と、今ではリリアンに入学している妹友梨子の部屋がある。可南子と瞳子を泊めるくらいはできるのだ。
 その提案に可南子と瞳子は賛成し、乃梨子は二人を実家に招待することにした。
 ところが、これが結構波乱含みの帰郷となってしまったのだ。
 まずは駅。戻る時間を家に連絡していたところ、駅には中学校時代の友人が集まっているではないか。
「二条、久し振り」
「リコ、お帰り〜」
 あちゃ、と思わず呟く乃梨子と、怪訝そうに集団を見ている可南子と瞳子。
「…ああ、中学校時代のお友達ね」
 流石に可南子の理解は早かった。
「まあ…そういうこと。恥ずかしいなぁ、もう」
「いいじゃありませんか。乃梨子さんのお友達なのでしょう?」
 瞳子は余所行きの微笑みをたたえながらゆっくりと集団に近づく。
「ごきげんよう、皆さん」
「…あー、さすがお嬢様ね。社交も抜群」
「そうね。ああいうところは素直に凄いと思うわ」
「可南子のところも、やっぱりあんな感じ?」
「さあ。私は実家ごと引っ越したんだし、そもそも…」
「そもそも?」
「友達もいなかった……というか、夕子さんのことがあって以来みんな離れていったし」
「あ……ゴメン」
「いいの。その分、リリアンではいいお友達ができたもの」
 可南子は乃梨子の肩を叩いた。
「中学校時代なんて補って余りあるくらいいいお友達よ?」
「瞳子?」
「乃梨子さん、自己評価低すぎ」
「え?」
「ううん、なんでもない。さあ、行きましょう。乃梨子さんのお友達でしょう?」
 そして、乃梨子を驚かせるつもりで集まっていた一同は、逆に驚かされていた。
 というより、完全に瞳子に飲まれていた。
「はじめまして。私、乃梨子さんと親しくお付き合いさせていただいております、松平瞳子と申します」
「ひゃ、ひゃい」
「ど、どうもっ」
 緊張しすぎてどもる男達。
「…素敵」
「やっぱり本物のお嬢様は違うわね…」
 女達の目が乃梨子と瞳子を見比べている。
「リコ、やっぱりあんた、入る学校間違えたよ」
「うるさいっ!」
 そして可南子が瞳子の横に並ぶと、一同はもう言葉もない。
 さすが、支倉令のミスターリリアンの称号を受け継ぐと噂されている可南子と、小笠原祥子譲りのお嬢さまっぷりを誇る瞳子だけのことはある。と乃梨子は思った。
 駅を出ると、自分から友人達に囲まれる乃梨子。可南子や瞳子にまとわりつかれるよりはその方がよっぽどいい。特に可南子の場合は、まだ男嫌いが少し残っている。男子高校生に近づかれるのは極力避けたいところだろう。
 瞳子も同じ事を考えたのか、可南子を護るようにぴったりと寄り添っている。
「ねえねえ、リコ」
「なに?」
「あの二人……」
 旧友がそっと指さすのは瞳子と可南子。
「どうしたの?」
「くっついて離れないんだけど、ヤッパリ女子校って……」
「馬鹿言わない。可南子…背の高いほうの子が、少し男性恐怖症の気があるのよ。だからああやってこいつらから遠ざけてるの」
 こいつら、と十把一絡げにされた男達が驚く。
「え? 俺ら? いや、俺ら紳士だから」
「そういう問題じゃないから」
「可愛いのになぁ……えっと、瞳子ちゃん…だっけ?」
「いや、俺は可南子ちゃんのほうが…」
「バッカ、おめえ、お嬢様だぞ、お嬢様。縦ロールなんて似合う女の子がこの辺りにいるか? いねえべ?」
「や、おめ、標準語使えよ、田舎モンと思われたらリコが可哀相だべ?」
「あんたら……わざとでしょ」
 地元にいるときだって訛はほとんど耳にしなかったというのに。何をやっているのだこいつらは。と乃梨子は心の中で苦笑する。
「あ? わかる?」
 相変わらずの様子に安心しつつ、家が近づいてきたところで一旦乃梨子は友人達と別れる。
「じゃあ、また」
「しばらくいるんだよな?」
「んー、二三日くらいは。それに私一人なら別に今日でなくてもちょくちょく帰ってくるんだし」
「いや、二条はどうでもいいから。瞳子ちゃんと可南子ちゃん」
「おい」
「冗談冗談。じゃまた、近いうちに」
「地元にもお友達が多いのね」
「こんなに歓迎してくれるなんて、乃梨子はよっぽど人気があったのね」
 可南子と瞳子の言葉に、乃梨子は笑って首を振る。
「違う違う。あれは可南子と瞳子目当てだよ」
 首を傾げる瞳子と、頷く可南子。
「初対面ですけど…」
「ああ、私と瞳子さん、というよりリリアン生目当てね」
「そ、噂のリリアン生を一目見ようと押しかけたのよ。文化祭で来た連中が回りに吹聴したらしくて」
 確かに。文化祭ですら、来たがる他校生(男女問わず)は多いのだ。
「だったら、リリアン生らしく制服で来た方が良かったかしら」
「そこまでサービスしなくていいわよ。…あ」
 乃梨子が少し考え込む。
「どうしたの? 乃梨子」
「そういえば私、お父さんにもお母さんにもきちんと制服姿見せてないな、と思って」
 文化祭には来たけれど、演劇の姿であって制服姿ではない。制服自体はその時に見ているのだろうし、メールに添付したデジカメデータを送ったりはしているけれど、直接は見せていないような気がする。
 まあ、もともとそういうものを見たがるような父母ではないのだけれど、と乃梨子は続ける。
「そういえば、乃梨子さんのお父さまとお母さまには始めて会うのね。妹の友梨子ちゃんには何度も会ったけれど」
 会ったと言うより、薔薇の館に押しかけをされていると言ったほうが正しいだろう。ここ最近の乃梨子の頭痛の種だ。
「なんだか、緊張しますわ」
「…瞳子さんが緊張してどうするのよ」
「だって…」
 結局、一番緊張していたのは、乃梨子の父だった。
 
 
 部屋に落ち着いた後、乃梨子の家の回りをブラブラしたいと瞳子が言い出して、三人はいつの間にか海辺まで出てきていた。
「結構歩いたわよ? 帰りはバスにする?」
「そうね。ちょっと歩きすぎたかしら」
 季節外れの海は人が少ない。三人は浜辺まで出て行った。
「夏なら、足元だけでも海に浸かっていくのだけれど」
「この季節にそんなことしたら、風邪ひくわよ」
 瞳子はじっと、海を見ている。
「どうしたの? 瞳子」
「ねえ、乃梨子。この辺に穴場はありませんの?」
「穴場って?」
「人があんまり近づかなくて、それでいて危険じゃないところ」
「うーん。どうだろ。そんなところ探してどうするのよ」
「叫びたくなりましたの」
「はぁ?」
「なんとなく」
 あのねぇ、と言いかけて、乃梨子は気付いた。
 可南子が海を見つめて頷いている。
「瞳子さんの気持ち、わかるような気がする」
 色々と叫びたいこともあるわよ。と可南子は訳知り顔で再び頷いてみせる。
 乃梨子は考えながら歩いた。誰もいないところ、と言うには無理があるけれど、叫ぶにはもってこいの場所がある。
 海の家。当然この季節には誰も立ち寄らないので閉鎖されている。そしてその前には、ちょっとした倉庫がある。そこの陰からなら、多少の叫びは聞こえない。
 風と波の強い今日なら尚更だ。
 満足そうに、瞳子は海を向いている。
「お姉さまの馬鹿ーーーーーーーーーーーーーーーーーー!」
 乃梨子と可南子は顔を見合わせた。
「祥子さまも聖さまも、もう大学生なんですよーーーーー!」
 にっこり笑った可南子もそそくさと瞳子に並ぶ。
「祐巳さまの馬鹿ーーーーーーーーーーーーーーーーーー!」
「誰にでも優しいから、瞳子さんが困ってしまうんですー!」
 満足そうに笑いながら、二人は乃梨子を見た。
「さ、乃梨子」
「乃梨子さんの番ですよ」
「私?」
「ええ、勿論」
 二人に導かれるように、乃梨子は水際に立つ。
 ここまで来て、後に引くわけにも行かない。
 乃梨子は息を大きく吸って…
「志摩子さんの馬鹿ーーーーーーーーーーーーーーーーー!」
「私にだけ優しくしてよーーーーーーーーーーーーーーー!」
 ふふんっ、と満足して乃梨子は振り返った。
 可南子と瞳子が首を振っている。
「……乃梨子、それは引くわ」
「乃梨子さん、それはちょっと…」
「え? どうして、私だけ!?」
「だって、ねぇ? 瞳子さん」
「ええ。そうですわ。可南子の言うとおり」
「ちょっと、どうして、私だけ」
「どうしてと言われても」
「困ります」
「だからどうして!」
 逃げ出した二人を追いかける乃梨子。
 いつの間にか、追いかけっこになっている。
 
 
 
 そして連休明け後の薔薇の館。
「聖さまと祥子さまには極力会わないようにするから。ね、瞳子」
「へ?」
 この間抜けな答え方はお姉さまに伝染されたものに違いない、とまず瞳子は思った。そして、それからの今の言葉の内容を考える。
「お姉さま? どうして?」
 慌てて乃梨子のほうを見ると、乃梨子は志摩子さまに頭を撫でられて真っ赤になっている。
「あ、あの、お姉さま。優しくするって、そういう意味では……」
 きょとんとした顔で二組の様子を見ている由乃さまと菜々。
 きつねにつままれたような思いをしているのは瞳子も同じだった。どうして、お姉さまがお泊まり会での出来事を知っているのだろうか。通りすがりに見かけたと言うこともないはず。何しろ舞台は千葉だったのだ。
 考えながら、そして切々と訴えてくるお姉さまの言葉を聞きながら、瞳子は考えていた。
 と、そこへけたたましい足音。そして乱暴に開けられる扉の音。
「助けて! お姉ちゃん! 菜々!」
「友梨子ちゃん?」
 何事かと乃梨子が立ち上がると同時に、別のけたたましい足音。そして乱暴に開けられる扉。
「友梨子ちゃん! さっさとディスクを出しなさい!」
 真っ赤な顔をした可南子だった。
「お姉ちゃん、助けて!」
「何事? 可南子さん」
 可南子が口を開く前に、お姉さま祐巳が友梨子の横に立つ。
「まあまあ可南子ちゃん。落ち着いて」
「そうそう。落ち着いて、可南子ちゃん」
 志摩子さんまでが友梨子を擁護している。
「……もう、見られたんですね。お二人とも」
 諦めを含んだ可南子の口調。
「あははは。やっぱりわかる?」
「乃梨子の寝間着姿、可愛かったわ。可南子ちゃんや瞳子ちゃんの前ではあんなのを着ているのね」
「だって、志摩子さんの所では余所行きの……あれ?」
 首を傾げる乃梨子。
 瞳子はピンと来た。
 お泊まり先は乃梨子の実家。そして友梨子は乃梨子の実妹。
「……友梨子ちゃん、まさか…」
「……あ、あの、瞳子さま? 志摩子さまと祐巳さまにしか見せてませんよ?」
「見せた?」
 乃梨子の口調が剣呑なものに。
 可南子がゆっくりと、乃梨子と友梨子を見比べながら言う。
「…隠れてビデオに撮ってたって」
「なんで!」
「だって、お姉ちゃんばっかり狡いよ。私だって、菜々ちゃんとか友達連れてお泊まりしたいもの」
「すればいいじゃない」
「お姉ちゃんが先約だからダメっていわれたもん」
 つまり、乃梨子が実家に頼んだ後で、友梨子が話を持ちかけたと言うことで。
「あんたねぇ!」
 乃梨子と可南子、そして瞳子に引っ立てられる友梨子。
「あの、乃梨子、瞳子ちゃん、可南子ちゃん、怒るのもわかるけど、ほどほどにね」
「苛めるのは駄目だよ?」
 志摩子と祐巳の言葉に、渋々頷く乃梨子。
「…わかりました。お二人の顔を立てて、説教だけで済ませます。それでいいわね、可南子さん、瞳子」
「……祐巳さまがそう仰るなら…」
「お姉さまがそこまで言うなら今回ばかりは」
「まあ、あの三人のことだから本気の無茶はしないと思うけど」
 由乃は見送りながらしみじみと呟いた。そして、お茶のお代わりを菜々に要求しつつ、
「で、まさかと思うけど、菜々?」
 菜々は、由乃のお茶を煎れながら答えた。
「……煽ってませんよ?」
「隠し撮りしたら志摩子や祐巳が歓ぶって?」
「それくらいは言ったかも知れませんね」
「……二人だけの秘密ね?」
「当然です」
「コピーは?」
「すでにこちらに」
 二人はあくまでもにこやかに、引かれていく友梨子に手を振り続けた。
 
 
 
 
あとがき
 
 
 
SS置き場トップに戻る
SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送