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対決! 聖vs江利子
 
 
 
 冬も終わりかけて、日射しは温かい。
 薔薇の館に一人きりで、祐巳はうとうととし始めていた。
 掃除を終えて、お茶の準備も万端。これで志摩子さんか由乃さんが来ればお喋りでも始めるところなのだけれど、誰もいない。
 お姉さまと二人きりになれたら一番嬉しいのだけれど、お姉さまが来る様子もない。
 お日様に当てられて、ついうとうと。と、背後から。
「がおー」
 いきなり、誰かが抱きついていくる。いや、誰かではない。こんなことをする人は一人しかいない。それに、すぐに声で判る。
「きゃーっ! な、何するんですか、聖さま!」
「だって、祐巳ちゃんがあんまり無防備だから…」
 温かい日射しにうとうとしていたところに突然抱きしめられれば、誰だって悲鳴の一つや二つはあげたくなる。
 ましてや、背後から抱きしめられたあげくに背中に頬をスリスリとされたら…
「何やってるのよ、聖」
 聖さまと一緒に入ってきたらしい蓉子さまが、頭を抱えている。
「スキンシップ、スキンシップ。蓉子もやってみる?」
「あのねぇ。祐巳ちゃんをオモチャにするのもいい加減にしなさい?」
 えー、とわざとらしく頬を膨らませる聖さまに、蓉子さまの後から入ってきた江利子さまが笑う。
「まあ、祐巳ちゃんは反応が良いから、聖の気持ちもわからなくはないけれど」
「江利子まで? やめてよね。セクハラ薔薇さまは一人で沢山よ」
「セクハラ薔薇さま結構じゃない? ムッツリスケベな薔薇さまより良いよね? 祐巳ちゃん」
 聖さまは祐巳を放そうともせずに話しかけてくる。
「誰がムッツリスケベですって!?」
「ありゃ。私、紅薔薇さまなんて言ってないし、ましてや蓉子なんて言ってないもんねー。もしかして、蓉子、自覚あるの?」
「あのねぇ、聖!」
「あー、恐い。ムッツリスケベが怒ってるよ、祐巳ちゃん、助けて」
 二度目の頬ずりに、祐巳が叫ぶ。
「あ、駄目! 駄目です、聖さま!」
 何故か、胸元を押さえる祐巳。
「ああっ!」
 これまでとは異質な叫び声に、聖さまは一旦祐巳から離れてしまう。
 そして顔を見合わせる蓉子さまと江利子さま。
 祐巳は胸元を押さえたまま、椅子に座った姿勢でうずくまっている。まるで、テーブルに突っ伏せているようだった。
 慌てる聖さま。蓉子さまが祐巳に駆け寄ってくる。
「どうかしたの? 祐巳ちゃん? どこか痛いの?」
「蓉子さま……」
 ゆっくりと顔を上げる祐巳。その頬が真っ赤に染まっている。
「さっき、聖さまが頬ずりしてきて、危なかったんですけれど、二回目の頬ずりでトドメが…」
「祐巳ちゃん?」
 首を傾げる蓉子さま。
「もっと判りやすく言って頂戴? 聖がどうしたの?」
 突然、江利子さまがポンと手を叩いた。
「なるほど、そういう事ね。判ったわよ、祐巳ちゃん」
 言うなり江利子さまは、つかつかと蓉子さまに近づくと、スッと手をあげた。
「つまり、こういう事よ、蓉子」
 指先で、蓉子さまの背中をツーッと撫でる。
「ちょ、ちょっと、江利子!」
 振り向こうとして、蓉子さまの動きが止まる。
「あ……」
 祐巳は、江利子さまの方を振り向こうとした蓉子さまが、ゆっくりと自分の方に顔を向け直すのを見た。
「祐巳ちゃん、これなのね?」
 こっくりと頷く祐巳。
「なるほど…」
 蓉子さまも祐巳と同じように胸元を押さえていた。
「江利子、貴方ねぇ……」
「あら? 成功したの? ふーん、なんでもやってみるものねぇ」
 からからと笑う江利子さま。
「それにしても、聖の方が凄いわよねえ。私は指だけど、聖は頬ずりで成功させたのでしょう? さすがはセクハラの薔薇さま」
「…江利子まで言うか?」
「事実じゃない。聖の頬ずりで外れたんでしょう? 祐巳ちゃんのブラ」
 ううう、と呻きながら、祐巳はますますテーブルに身をくっつける。
 戻したいのに。
 だけど、いくら何でもここで制服を脱ぐわけにはいかない。
 胸元を押さえたまま、トイレにでも行って直すか。それとも、いっそ開き直って外れたまま過ごすか。いや、後者は論外だけれども。
「早く着け直せば?」
 他人事のように…事実他人事だけれど…聖様が言う。
「こんなところで制服は脱げませんよ」
「大丈夫大丈夫、私たちはちーっとも気にしないから。ねえ、江利子?」
「そうね。どうせ、見慣れた物が見えるだけだし」
 多分、江利子さまの見慣れている物とはかなり違うと思います。と祐巳は心の中で泣き言を言う。薔薇さまがたとはスタイルが違いすぎるのだ。
「気にしなくて良いよ、祐巳ちゃん。さあさあパーッと脱いで。蓉子も、ね?」
「何考えてるのよ。そんなこと、するわけないでしょう。更衣室に行って直してくるわよ」
 胸元の手をそのままに、それでも毅然と立ち上がる蓉子さま。
「さ、行くわよ、祐巳ちゃん。こんな人たち相手にしてられないわ」
「は、はい、蓉子さま」
 
 
「行ったわね」
「行っちゃったね」
「それにしても聖、どこでそんな技を覚えたのよ」
「江利子こそ」
 二人は笑う。別にグルになっていたわけではないのだけれど。
 蓉子と祐巳のいない今、二人は何故か互いに向き合っていた。
「聖、なんだか緊張してない?」
「江利子こそ。もしかして、私のブラ外し狙ってる?」
「それはこっちの台詞よ? あわよくば、私にも仕掛けようとしてない?」
 一触即発、そう思われた瞬間。
 ビスケット扉が開く。
「ごきげんよう、白薔薇さま、お姉さま」
「ごきげんよう、白薔薇さま、黄薔薇さま」
 令と祥子だった。
「あらあら」
「飛んで火にいる何とやら…」
「え?」
「なんですの?」
 聖の手が祥子の背中へ、そして江利子の手が令の背中へ。
 次の瞬間、令と祥子は慌てて胸元を抱きしめていた。
「お姉さま!」
「聖さま、一体…」
 既に二人には令と祥子は眼中にない。
「やるわね、聖。やっぱり、頬ずりだけじゃなかったみたいね」
「今のでタイミングは完全に掴んだよ」
 頬ずりから指先へ。タイミングは既に伝えられいてる。
 さすがは佐藤聖。江利子は素直に驚嘆していた。
「これで同等。先に背中を見せた方が負けね」
「そうね……」
 言うなり江利子が動く。
 座り込んでしまった令を回り込んで、立ちつくす祥子の影に飛び込むようにして聖に近づいた。
 聖はその動きを予期していたかのように、左足を軸にして江利子の動きを避ける。そのまま回転し、江利子の背中へ向ける指。
「甘いわね、聖。どんな形でも、背中を向けたのは誤りよ」
 回転して避けながらも江利子に向けられていた聖の背中。江利子はその一瞬を見逃さずに指で打つ。
 しかし、指から伝わった感覚に、江利子の次の反応は遅れてしまった。聖の指が、江利子の背に触れる。
 離れる二人。
 笑う聖。
 胸元を押さえる江利子。
「…聖。貴方、無防備な背中をワザと見せたわね」
 聖の言葉が既にトリックだったのだ。
『背中を見せた方が負け』それが聖の罠。
 聖には背中など関係なかった。
「まさか……フロントホックだったなんて…」
 予測するべきだった。だが、それができなかった時点で自分の負けは決まっていたのだと、江利子は理解していた。
「私の負けよ、聖」
「ううん。フロントホックでなければ、江利子の勝ちだったよ」
「慰めはいいわ。負けは負けだもの」
 江利子は、令と祥子に近づいて言う。
「二人とも、更衣室に行ってブラを直してきなさい。蓉子と祐巳ちゃんが先に言っているわ」
 二人を見送るようにして、江利子は扉に立っている。
「江利子は行かないの?」
「私はここで着替えるから」
「え?」
「負けたんだから、それくらいはサービスするわよ?」
「ちょ、ちょっと江利子。別にそんなサービスは」
「体育の時間の着替えで見慣れているでしょうけどね」
「や、でも、それとこれは、シチュエーションが違って新鮮…じゃなくて…ほら…」
「何言ってるのよ」
 スカートに手をかけて思い切りよく脱ごうとしている江利子を、聖は制止しようと近づく。
「うりゃ」
「あ」
 江利子の手が聖の胸元へ。
「ああっ!?」
 胸元を押さえる聖。ブラが見事に外されている。
「江利子……やったわね!」
「これで、引き分けかしら?」
「……あのね…」
 
 その後しばらくの間、江利子と聖の指技が薔薇の館を恐怖のどん底に陥れることになった。
 ぶちキレた蓉子さまが「薔薇の館内ブラジャー厳禁・ノーブラ推奨」というスローガンを打ち出すに至って、ようやく二人の暴挙は止まったという。
 
 
 
あとがき
 
 
 
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