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染まってます
 
 
「ちょっと相談があるんだけど」
 そう言われて可南子は頷いた。
「なに?」
「場所を変えたいのよ」
「そう。確かにここだと目立つかも」
「そうなのよ」
「それじゃあ、どこがいいの? やっぱり薔薇の館?」
「や、それは、ちょっと…」
 乃梨子は困ったように首を傾げた。
「今回ばかりは、薔薇の館もちょっと困るというか……」
「白薔薇さまに聞かれると困るお話?」
「そういうわけじゃ…」
「それじゃあ瞳子さん?」
「どうしてそこで瞳子が…」
「だって乃梨子さん、薔薇の館で気にする相手は白薔薇さまと瞳子さんだけでしょう? 他の誰であろうと恐い者無しなんじゃない?」
「そんな風に見えてるんだ」
「まあね。乃梨子さんが誰かを怖がる所なんて想像もつかないわ」
 反論を呟きかけて、乃梨子は口をつぐむ。
「とにかく、移動しましょう」
 乃梨子の辺りをうかがう様子に可南子が気付くと、いつの間にか数人が二人に注目し始めていた。
 恐るべし、山百合会の知名度。
 いや、この場合、「白薔薇のつぼみ」二条乃梨子だけでなく、「元祐巳さまの妹候補」兼「紅薔薇のつぼみ・白薔薇のつぼみにそれぞれ一目置かれている」かつ「学年頭の頃の影と険が取れ、なおかつバスケット部の未来のエース候補、そして長身と見事な黒髪で最近人気急上昇中」細川可南子であるのだから、回りが興味を示すのは当然といえる。
 二人はそそくさと教室を出る。
「アテはあるの?」
「無いけど、出来るだけ人のいないところを探すわ」
「心当たりがあるけど」
「本当?」
「山百合会に出入りし始めるまで、私がどこにいたと思ってるの?」
 可南子に言われて考える乃梨子。そういえば、可南子の存在が記憶に残っていない。接点がなかったせいだと思っていたけれど、考えてみればクラスメートなのだ。
「クラブをしてたわけでも無し、クラスに友達が居たわけでも無し。行くところがないから色々と彷徨っていたのよ。おかげで秘密の場所もいくつかキープしているわ」
 そのうちの一つに案内される乃梨子。確かに可南子の言うとおりそこは穴場だった。
「ここに来るのは全校でも数人くらいだし、先客がいれば無理に入ってくるような子はいないわ」
「リリアンにもこういうところはあるのね」
「そりゃあね」
 可南子は綺麗なところを見つくろって座る。
「それで、何の用?」
 乃梨子は素直に隣に座った。
「まず最初に断っておきたいんだけど、ここだけの話にしておいてね?」
 可南子は頷く。
「自分が回りにどう見えてるか聞きたいの」
「私に?」
「瞳子や志摩子さんじゃちょっと無理なのよ。勿論、祐巳さまや由乃さまも論外」
「外部入学組の視点、ということかしら?」
「そういうこと」
 大きく頷いて、乃梨子は続ける。
「それだけじゃないわ。可南子さんなら、山百合会が話題になったとしても臆さずにしっかりと判断できるでしょう?」
「そうかしら? 祐巳さまに関しては結構鈍るかもよ?」
「それは、構わない。祐巳さまはこの際問題じゃないから」
 乃梨子はそう請け負った。確かに、山百合会外部の一年生という条件に限れば、もっとも山百合会に対していい意味でも悪い意味でも偏見を持たないのが可南子だろう。
 上級生に範囲を広げれば、蔦子さまや真美さまもそれなりに公平な目で見ることができるだろうけれど、それでは乃梨子が相談を持ちかけることが出来ない。
 かといって、同じ一年の笙子さんや日出実さんでは、まだまだ力不足だろう。
 そうなると、一時期とはいえ山百合会の内部にいた可南子が適任となる。他の生徒と違って山百合会に対して変に構えたりはしない、と祥子さまのお墨付きもある。もっとも、祥子さまのこの発言は可南子も知らないのだけれども。
「特に、志摩子さんに関して公平な目で見ることのできる人が必要なの」
「なるほど。確かに志摩子さまは人気があるわ。志摩子さまが絡んだ段階で思考停止してしまう人は多そうね」
 納得して、可南子は尋ねる。
「それで、具体的には何が聞きたいの?」
「私と志摩子さんの関係、どう思う? というか、どう見える?」
「理想的なスールかしら? 乃梨子さんが理想的な妹かどうかはわからないわ。志摩子さまの立場はわかりにくいから。だけど、乃梨子さんの立場からすれば、志摩子さまは理想的なお姉さまじゃないかしら?」
「いわゆる。ベストスールっていうこと?」
「そうね」
「そっか。だったら気にすることもなかったか」
「志摩子さまと何かあったの?」
 心配そうな可南子の口調に、慌てて乃梨子は首を振る。 
「ううん、志摩子さんと何かあった訳じゃないんだけど」
 苦笑して、
「この前実家に帰ったとき、妹に色々言われてね」
 
 
「お姉ちゃん、ちょっと変わったね」
「そう? 言われてみれば、少し明るくなったかな」
「お姉ちゃん、何かある度に……志摩子さん志摩子さんって……」
「そ、それは……」
「学校の話を聞く度に志摩子さん志摩子さん…」
「う…」
「御飯の途中でもお風呂の中でも志摩子さん志摩子さん…」
「そ、それは…」
「ベッドの中でも志摩子さん志摩子さん」
「言ってない言ってない!」
 そうだっけ? と笑う妹に、乃梨子は殴る真似。
「おちょくるんじゃないの」
「でも、男の人の名前だったら、彼氏でもできたのかと思うところだよ。もしかして、島湖って言う名字の彼氏とか」
「違うわよ。説明したでしょう? リリアンのスール制度」
「妖しい以外の何者でもないと思うけど」
「何言ってるのよ。そりゃあ、私だって最初はビックリしたけれど、もう慣れたわよ。一応、リリアンなりの理屈も通ってるし」
「…そうかなぁ? やっぱり妖しいと思うけど」
 疑わしげな妹の目に、乃梨子は自分の常識を疑いかけた。
 志摩子さんは、とってもいい人だし、素敵な人。それは間違いない。
 素敵な人に心酔するのは悪いことではない。だから自分が志摩子さんに心酔することは仕方のないことなのだ。いわば不可抗力。
 で、いいのだろうか?
 もしかすると、リリアンに染まってしまってわからなくなっているのかも知れない。
「念のために聞くけれど…」
 妹の疑惑の視線にたじろぐ乃梨子。
「その志摩子さんって言う人と、抱き合ったりとか、キスとかしてないよね?」
「ええっ!?」
「別にマイノリティに偏見を持っているつもりはないけれど、身内が性的少数者って言うのはやっぱり避けたいの」
 妙に『政治的に正しい言葉』で論を立てる妹に、乃梨子は気押されながら頷いていた。
 
 
「というわけなのよ。こんなこと、幼稚園からリリアンッ子の瞳子に言えるわけもないし、だからって志摩子さんに聞くのもへんでしょう? だから、可南子さんって言うわけ」
 可南子は冷静に尋ねる。
「それで、キスしたり抱き合ったりは?」
「可南子さんしか相談する相手がいなくて」
 質問を無視する乃梨子。質問を重ねる可南子。
「質問に答えてください」
「……ご想像にお任せする」
「したのね」
「ちょっ…!」
「してないなら堂々としてないって答えるわよ?」
「う…」
「別にいいんじゃない? 少なくともリリアンではそれほど特殊なことではないみたいだし。キスや抱擁くらいは」
「そ、そうよね」
「…それで抑制できているなら、の話ですけれど」
「……」
「……」
「……」
「どうして、乃梨子さんは黙ってしまったのかしら」
「してないわよ?」
「じゃあ、したいんですね?」
「……」
「まあ、いいですけれど」
「ただの好奇心だからね? 年頃の女の子の、健全な好奇心よ?」
「話が進まないようなのでそういうことにしておきましょう」
 何か葛藤に耐えている乃梨子。
 それをしばらく見ていた可南子は、耐えきれずに言ってしまう。
「ということは、瞳子さんはキープなワケですか」
「え?」
 目を見開いて、乃梨子は素っ頓狂な声で聞き返す。
「瞳子がなんて?」
「乃梨子さんの本命は志摩子さま。だけど、ちゃっかり瞳子さんをキープ。違います?」
「いや、私と瞳子はそんな関係じゃないから」
「えらく面倒見がいいように見えますけれど」
「それは、クラスメートだし、瞳子が祐巳さまの妹になったらつぼみ仲間になるわけだし」
「というか、つぼみ仲間にしようと、山百合会に引き込もうと画策しているようにも見えるんですけれど」
「違うわよ」
「確かに、瞳子さんは可愛らしいですけれど。やっぱり乃梨子さん、リリアンの悪しき伝統に染まってらっしゃるのでは?」
 ムッ、と顔をしかめる乃梨子。この時点で、自分が可南子を呼びつけたことを忘れてしまっている。
「……可南子さんこそ、染まったんじゃない?」
「何がです?」
「瞳子には、親切よね? 可南子さん」
「言うに事欠いて、どうして私が瞳子さんを…」
「だって、選挙のとき、一番瞳子のことを心配してた部外者は可南子さんだったと思うけど」
「それは、行きがかりというものです」
「そう? 瞳子って、体格は祐巳さまと似てるよね。…夕子さんだっけ? あの人とも」
「どうしてそこで夕子さんが出てくるんですか」
 ピクン、と乃梨子が反応した。これは、相手の弱点を見つけた格闘者の目だ。
「あ、そうか、可南子さんの場合はリリアンに染まったって言うのとはちょっと違うかも」
「何が言いたいんですか?」
「可南子は、夕子さんのことが好きだったんじゃないかなぁって」
 ついに呼び捨てになった。
 そして呼び捨てられた当人は顔を真っ赤にしている。
「な、な、なにを!」
「あら、図星? なるほど、男嫌いとか言っておきながら、そういうことだったわけか。祐巳さまを狙っていたのね?」
「無茶苦茶言わないで!」
「そうかなぁ?」
 乃梨子の逆襲。
「ふむふむ。祐巳さまは祥子さまから奪えないとわかったから、瞳子を狙っている訳か。なるほどなるほど」
「飛躍しすぎです! それに、瞳子さんを狙っているのは乃梨子さんの方じゃないんですか!」
「私には志摩子さんがいるもの!」
 ついに認めてしまった。
「私と瞳子のことをそんなに観察してたってことは、やっぱり瞳子のことを見てたってことじゃないの?」
「違います!」
「違わない!」
 双方、既に当初の目的を忘れている。
「瞳子さんを見てた訳じゃありません!」
「それじゃあ……!」
 あれっ、と言うように乃梨子の動きが止まる。
「瞳子じゃなかったら……え? 私?」
「……もっと違います」
「……うん。安心した」
「そういう言い方されると、それはそれで傷つきますけれど。乃梨子さんにはまったく興味ありませんから」
「いや、私も面と向かってそう言われると、なんか魅力がないって言われたようで……」
 この会話の流れ自体、双方共に染まっている証拠なのだけれど、二人はまったく気付いていないようだった。
「いえ、乃梨子さんには乃梨子さんの魅力があると思うから。あまり無闇に落ち込まなくても」
「あ、ありがとう。とりあえずお礼を言っておくわ」
「でも、乃梨子さんが瞳子さんを気にしているのは事実じゃありませんか」
「可南子だって、そうだよ?」
「それはそうですけれど。なんというか、最近の瞳子さんはほっとけなくて」
「それはあるかも。なんかほっとくとどんどん傷だらけになりそうで」
「ええ、保護欲というか、母性本能というか。独りでいるのを見ていると、なんか胸がキューってなるような…」
「そうよね。何かが掻き立てられるのよ。最近のあの子を見ていると…」
「でも、瞳子さんは助けを拒絶するような所があるから」
「あるね。でも実はそこが可愛く思えるときもあったり」
「あ、実は私も…」
「やっばり?」
「結構、同じ所見てるんですね」
「同じ所と言えば、この前の瞳子の…」
 話が完璧にずれていた。
 
 
 くしゅんっ!
「瞳子さん? 風邪ですの?」
「……? なにか、悪寒がしますわ」
 
 
 
 
 
 
あとがき
 
 
 
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