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日出実、写真を学ぶ
 
 
 
 珍しいものを見てしまった。
 そんな乃梨子の視線を瞳子が追う。
 瞳子の視線も止まった。
 二人の視線を追う可南子。
「…へぇ」
 日出実と蔦子。珍しいと言えば珍しい組合せ。
「珍しい組合せだね」
「笙子さんじゃありませんのね」
「日出実さん、どうしたのかしら」
 三人はそれぞれに予想する。
 といっても、三人とも全く同じ予想。
 日出実さんが蔦子さまに写真の撮り方を習っているに違いない。
 他に二人の接点など思いつかないし、日出実さんは既に真美さまというお姉さまを持つ身。それに蔦子さまにも、ロザリオを渡していないとはいえ笙子ちゃんがいる。
 まさか浮気は考えられない。
 そうすると、答は一つしかないのだ。
「日出実さん、やる気ね」
「新聞部の期待のホープですもの」
「真美さまの妹として、気合いを入れているのね」
 頷き合う三人。
「だけど、新聞部があまり気合いを入れすぎるというのも複雑ね」
「どうしてですの?」
「…志摩子さんに聞いたことあるの。真美さまのお姉さま、三奈子さまがかわら版編集長だった頃の、いろんな騒動」
「ああ、イエローローズ…」
「どうして知ってるのよ、瞳子さん」
「中等部でも話題でしたもの」
 からからと笑う瞳子。
「そっか。そう言えば瞳子は生粋のリリアンだったわね…」
「そうですわ。いわばお二人の先輩ですもの」
「先輩ねぇ…」
「ふーん。それじゃあ、瞳子さんのロザリオ狙っちゃおうかしら?」
 いいながら、可南子は瞳子にしなだれかかる。
「お姉さま…」
「か、可南子さん!?」
 真っ赤になって慌てる瞳子に、ニヤリと笑って離れる可南子。
「…あらあら。祐巳さまにロザリオを戴いたばかりだというのに、もう浮気心? 瞳子さんったら」
「か、可南子さん、ふざけないでくださいっ!」
「瞳子さんの慌てる姿が面白くて、つい…」
「悪趣味にもほどがありますわ! 乃梨子も何か言ってやって!」
 乃梨子は瞳子を無視している。
「乃梨子?」
 乃梨子はぐるりと首を回して、背後を見ていた。
「何かあるの?」
 瞳子が乃梨子の視線を追う。
「あ」
 瞳子が固まった。
 またもや可南子が二人の視線を追う。
「うわ…」
 可南子も固まった。
 三人の視線の先、物陰から顔だけ出しているのは……
 内藤笙子だった。
(しょ、笙子さんがいる!)
(睨んでますわ、すっごく睨んでますわ!)
(なに、あの負のオーラは何!)
(と、とにかくこの場は何も見なかったことにするわよ)
 そう言うしかないほどドヨンドヨンとしたものが、笙子の回りに渦巻いているのだ。
 意味ありげな笙子の視線が、三人に止まる。
「あら、乃梨子さん、瞳子さん、可南子さん」
(見つかったぁああああ!)
(逃げますわ! 逃げますわ!)
(慌てちゃ駄目! ここはやり過ごすのよ!)
「ご、ごきげんよう、笙子さん」
「ごきげんよう。三人方は、こんなところで何をしてらっしゃるんですか?」
「……さ、三人でお喋りを…」
「ああ、そうですか。私はまた、おかしなカップルを観察しているのかと…」
「お、お、おかしなカップル? そんなの見ました? 可南子さん」
「い、いえ、知らないわ、瞳子さん」
 笙子はニッコリと笑った。
「なるほど。おかしくはない、お似合いだと言うことですか…」
「滅茶苦茶に不釣り合いです!」
 キッパリと言い放つ乃梨子。
「もう、溢れんばかりの違和感です!」
「似合わないことこの上なし!」
「…そうですよね…」
 ウフフフフフ、と笑う笙子。
「蔦子さまに日出実さんは似合わないですよね。そもそも、日出実さんは真美さまの妹ですもの。ねえ?」
(と、とにかくこの場から去るわよ)
(でも、まだこっち見てますわ。可南子さん何とかして)
(どうして私が!)
(元ストーカーの体験を生かして!)
(そんなものどう生かせって言うのよ!)
(ストーカーは否定しないのね)
「あ、あのね、笙子さん」
「なにかしら?」
「きっと、日出実さんは、蔦子さまに写真の撮り方を教えて貰っているのよ。新聞部として、写真の腕が必要になることは少なくないもの。真美さまだって、蔦子さまの腕を必要としていたのだし」
「写真の腕?」
 ビクッと、笙子の眼差しに震える可南子。
「日出実さんは、蔦子さまに写真を習っているのかしら?」
「え、ええ。そうみたいね」
 お願い。納得して。次のセリフは「なんだ、そうだったの」にして。そして爽やかに勘違いを笑って私を解放して!
「…私も習っているんだけどな…」
 はい、無理ーーーーーーーー
 というか、ドツボーーーーーーーーーー
 さらに強まるプレッシャー。重力が変化している。
 ブラックホールに近づくっていうのはこんな感じに違いない。と可南子はつくづく思った。
(ああ、祐巳さまの双子の妹は火星止まりだというのに、私は白鳥座X−1ブラックホールまで行ってしまうのね)
 でも、脱出しなければ。そう、脱出。
「で、でも、やっぱり、日出実さんに教えるのと笙子さんに教えるのとでは蔦子さまの気合いの入り方も違うんじゃないかしら」
「……そうかな…」
 そう、そのまま納得して。瞳子は祈った。
「でも、私の時より優しいような気がする…」
 してくれません。
「気のせい! 気のせいよ! それはね、隣の芝生は青く見えるという話があって…」
 とにかく逃げたいのだけど、笙子の発する負のオーラがプレッシャーとなって一歩たりとも逃げることができないのだ。
「日出実さんと蔦子さま、あんなに仲睦まじそうに…」
 日出実さんには真美さまというお姉さまがいるのだから、笙子さんの心配は杞憂以外の何者でもないのよ! 乃梨子は笙子さんの正面から肩を掴んで揺さぶって、思いっきりそう言ってあげたいのだけど、それで納得してもらえるかどうかはよくわからない。というか悪化してしまいそうな気もする。
「真美さまという人がいるのに、日出実さんったら……」
 そんな風に燃え上がりかねない。いや、燃え上がるに違いない。そんなことになったら困る。騒ぎは困るのだ。
「とにかく、落ち着いて、笙子さん」
 乃梨子の取りなしに、笙子は薄く笑う。
「落ち着く? 乃梨子さん、例えば……もし、志摩子さまが他の一年生と一緒に銀杏拾いをしていたら落ち着いていられますか?」
「その一年生、必殺と書いて必ず殺す」
「乃梨子?」
 呆気にとられる瞳子。見ると、乃梨子の身体からも負のオーラが立ち上っている。
「そ、想像だけでここまでの負のオーラを!?」
「流石、外様から一気に白薔薇のつぼみになった人。普通じゃないわ」
「乃梨子さんがこんな嫉妬深い人だったなんて…」
 呆れる瞳子に、乃梨子はすかさずくってかかる。
「…何言ってるのよ、瞳子。もし、祐巳さまが他の一年生の縦ロールを弄んでいたらどう思うの!」
「総力を挙げて一年生を追放しますわ!」
 轟々と音を立てて燃え狂う、瞳子の負のオーラ。
「ちょっと、二人とも…」
 可南子が慌てて間に入る。
「貴方達までエキサイトしてどうするのよ。落ち着きなさい」
「何言ってるの、可南子さん」
「そうよ。もし、貴方の大好きな先輩が、貴方の実の父親と結婚したらどう思うの?」
「許すまじ! …って、それ現実だから。全然例え話になってないから! なんで私だけ、体験談なのよ!」
「可南子さん、お姉さまいないし」
「背、高いし」
「今、関係ないことさらりと言ったーーー!」
 オーラを吹き上げる三人のノリに付いていけない可南子を置いて、笙子、乃梨子、瞳子は手を握り合った。
「わかったわ、笙子さん。お姉さまに近づく害虫は断固排除。それが妹の為すべきことなのね」
「その通りよ、乃梨子さん、瞳子さん」
「悟りましたわ。とりあえず、蔦子さまに近寄る日出実さんを、笙子さんのためにも排除しなければ」
 このままだと、なんかとんでもないことが起こりそうだなぁ、と可南子は思った。
 とりあえず、志摩子さまと祐巳さまと蔦子さまを呼んできた方がいいような気がする。
 が。
 よくよく考えると、その三人の上級生の一人にでも近づいた瞬間、この暴走一年生の誰かに勘違いされて襲われそうな気がする。
 ドリルと仏像マニアと元モデルの襲撃は、脈絡が無くて不気味だ。
 しかし、平和的な解決が望ましいのもまた事実。
「あ、あの、笙子さん?」
「なにかしら、可南子さん」
 なんだか目が怖い。
「日出実さんが写真を習っていること自体は別にいいの?」
「…そうね。それは個人の勝手よ」
「じゃあ、蔦子さまから習わなければいいんじゃない?」
「でも、リリアンでは蔦子さまがナンバーワンだもの」
「先生に直接教えを請うのではなくて、その弟子から教えを請うのって、よくあることじゃない?」
「弟子…? 蔦子さまの弟子って…」
「いるじゃない、そこに。立派な弟子。蔦子さまの一番弟子が」
「……私!?」
 
 
 なんとか平和の内に片づいた。
 翌日の昼休み、可南子達三人の視線は、笙子と日出実に向けられていた。
 可南子のアドバイス通り、今朝になって笙子が日出実にカメラを教えると申し出たのだ。
 日出実にとっても、蔦子の腕は魅力だけど、同学年相手のほうが気軽でいいと判断したらしい。そもそも、写真だけに特化するつもりは日出実にもないのだ。
「無事解決ね」
「…なんか忘れているような気がする…」
「何を?」
「うーん」
 考えていた三人が、突然固まった。
 この……背筋に感じる悪寒。
 昨日感じた負のオーラとそっくり。
「あ、あれ?」
 怖くて振り向けない。
 けれど、後からぼそぼそと聞こえる声。
「笙子ちゃん……やっぱり一年生同士の方が気軽なの? いつの間に、日出実ちゃんとあんなに仲良く…」
 リリアンナンバーワンの写真家の声、と気付くと同時に、三人はその場を逃げ出したのだった。
 
 
あとがき
 
 
 
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