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プレゼント
 
 
 
「これ、あげる」
 そう言ってあの子がくれたのは、大きなリボン。
「その髪型に似合いそうな気がして」
「素敵なリボンね」
 私は彼女のくれたリボンを伸ばしてみた。絹だろうか? 色鮮やかな地に陽光が透けて、とても美しい。
「ヨーロッパからのお土産なの。二つあるから、貴方と私でお揃いよ」
「まあ、お揃い?」
 だけど、あの子はリボンを付けられるような髪型じゃない。
 私がそれを言う前に、
「うん。お揃いだけど、私はここにつけておくの」
 そう言って、彼女は胸元を指さした。
 リリアンの制服の襟元。タイの裏側。
 私の場合は、リボンをつける場所は決まっている。自慢の縦ロール。
「どうかしら?」
「うん。やっぱりとても似合うわ」
「ありがとう」
 彼女からのプレゼントはこれが初めてではなかった。
 だからといって、一方通行というわけではない。私から彼女へのプレゼントも同じくらいあったはずだった。
 互いに、機会がある度にプレゼント。家が裕福だといっても、私たちが使えるのは年相応なお小遣いだけだった。だから、品物自体は大したものじゃない。
 その時のようなリボンは例外中の例外だった。親からもらった物で、分けられるのならお互いに分ける。私も珍しいお菓子やアクセサリーを彼女にプレゼントしたことがある。
 海外製とは言っても高いとは限らない。日本国内で買おうとするから、税金や輸送費の関係で高くなってしまうのだ。いわゆるブランド品と呼ばれる物の中でも、現地で買えば驚くほど安い物は決して少なくはない。
 互いに負担にならないような手軽な物にする。
 それが私たちのルールだった。
 そしてルールを守った褒美はただ一つ。相手の喜ぶ顔。
 私たちは、お互いの笑った顔を見るためだけにプレゼントを交換していたのだと思う。
 そして…、
 食べ物なら目の前で美味しそうに食べる。
 アクセサリーなら目の前で身につける。
 そして喜ぶと、送ったほうも喜ぶ。
 もらったほうも送ったほうも喜ぶ。私たちにとってプレゼントというのは、祝福された儀式のようなものだった。
 もらった相手の喜ぶ顔が嬉しい。自分の喜ぶ顔を見て喜んでいる贈り手の顔が嬉しい。
 だからリボンを付ける。そして彼女もリボンを巻く。
 二人のお揃いのリボン。
 クラスメートだからスールにはなれないけれど。
 だけど、スールはクラスメートにはなれない。
 クラスの行事も学年の行事も一緒に楽しめない。
 だから、彼女とスールでなくて良かった。クラスメートで良かった、と私は心から思っていた。
 そしてそれは、彼女も同じ気持ちだったと思う。
 沢山の品物が私たちの間に行き来していた。
 ある日、彼女が古い、だけどとても丁寧に扱われているのがわかる懐中時計を持ってきた。素人の私が見ても、非常にしっかりと手入れされているのがわかるものだった。
 高価そうには見えなかったけど、由緒あるに違いないそれに私は驚いて尋ねた。
 すると、彼女はにっこり笑ってこう言ったのだ。
「曾祖父の形見の品なの」
 私は思い出した。彼女の曾祖父が入院していたことを。曾祖父には私も何度か会ったことがあった。彼女と私をよく可愛がってくれた人だった。
「曾孫が二人いるみたいだな」
 彼女の曾祖父はよくそう言っては笑っていたものだった。
 どうしてそんな物を? 私は驚いていた。
 曾祖父の形見を人に渡そうとするなんて。
 そんな大事な物を渡されるという驚きよりも、それを人手に渡そうとする彼女に、私は不審を覚えたのだ。
「曾祖父は、貴方のことも曾孫みたいに思っていたから」
 だけど。だけど。
 本当の曾孫は彼女なのだ。それに、形見の品であればやはり彼女が持つのが筋だろう。さもなければ、彼女の父か、それとも祖父か。あるいはもっと近しい人。
「お父さんやおじさまたちには、他の物が贈られているの。これは私が贈られた物。だから貴方にもらって欲しい。曾祖父も貴方なら喜んでくれると思う」
 選ばれたことは正直に嬉しかった。だけど……
「それに、正確にはプレゼントではないのよ」
 私は彼女の言葉を聞き返す。
「もらって欲しいと言うよりも、貴方の手元で預かって欲しいの。いずれ時が来るまで」
 私は説明を求める。彼女は、当然だというように頷いた。
 懐中時計はもう古くなりすぎていて、もう修理は出来ないだろう。次に止まってしまえばもうおしまい。けれどそれは、曾祖父の後を追うのだから構わない。曾祖父もお気に入りの懐中時計がやってくるのを待っているに違いない。
 だから、それまでの間だけ、預かって欲しい。
 きっと貴方なら、それまでは大事にしてくれる。
 私は駄目。その懐中時計を見るたびに、私はまだ泣いてしまうから。
「そういうことなら、喜んで預かるわ。この懐中時計は貴方が曾祖父から預かった大事な時計。それを私が預かるのね」
 それが一つのきっかけだった。
 曾祖父の懐中時計は、私たちのプレゼントごっこに新しい意味を付け加えたのだ。
 プレゼントではなく、「預ける」こと。
 連休や夏期冬期の長期休暇が近づくと、私たちは大事な物を互いに交換した。次にもう一度会うまで、それを大事にしておくことが私たちの掟。
 大事なお人形や、お気に入りの本、レコード。
 挙げ句の果てには楽器や洋服まで。
 両親達はそんな私たちに苦笑しつつも、つきあってくれていた。
 私たちの部屋には、いつの間にか互いの宝物を保管する場所までができていたのだ。
 そうこうしていると遂に、交換ばかりしすぎたせいで元々はどちらの物だったのかわからなくなってしまう物まで出てきた。もっとも、私たちの仲にはそんなことはどうでも良いことだった。
 元々がどちらの所有物であろうとも、困ったことなど起こらなかったのだから。
 私たちの物は、私の物でも彼女の物でもない。私たちの物は私たちの物なのだから。
 
 
 彼女はそれを覚えていたのだろうか?
 …悩むことなんてない。
「私、瞳子ちゃんを引き取ろうと思うの」
 お導きなのかも知れない。
 彼女の子なら、私の子も同然だと思うことができる。
 瞳子は私の子。
 いずれ瞳子が彼女に出会う日まで。それまでは、瞳子は私の娘なのだから。
 いえ、瞳子が彼女に会ったとしても。
 瞳子は、私たちの子。
 嬉しそうに笑う彼女の顔を、私は思い出していた。
 
 
 
 
あとがき
 
 
 
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