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うたたねとーこ
 
 
 
 薔薇の館で瞳子がうたた寝している。
 その横には、祐巳さまがノートを開いて何かやっている。宿題だろうか。
「ごきげんよう、祐巳さま」
 乃梨子が姿を見せると、祐巳もニッコリ頷いた。
「ごきげんよう、乃梨子ちゃん」
「あの、祐巳さま?」
 何かな? と言うように首を傾げてみせる祐巳に、乃梨子は瞳子を示した。
「ああ、瞳子。寝ちゃったのか。別にいいよ、起こさないであげて」
 瞳子のお姉さまである祐巳さまにそう言われては、乃梨子に何も言うことはない。だけど、それでいいんだろうか? もうすぐ皆が集まるというのに。
「瞳子がここでうたた寝しているのは、とっても嬉しいことなんだよ、乃梨子ちゃん?」
「はぁ」と返事はしたものの、何のことだかはさっぱり判らない。
 祐巳はそんな乃梨子の表情に気付いたのか、開いていたノートを閉じると話しはじめた。
 
 
 証言その一「小笠原祥子」
 そうね、瞳子ちゃんが寝ている所なんて、夜しか見たことがないわね。お昼寝なんてしているのは見たことがないわ。勿論、自分の部屋や広間ではくつろいでいるのだけれど、それが高じてうたた寝をしてしまった所なんて、見たことはないわ。
 言われてみれば……夜も寝付きは悪かったようね。いえ、寝付きが悪いと言うよりも、同じ部屋に誰かいると緊張しているような……
 
 今の瞳子はスースー寝ている。
 つまり、祐巳さまの隣では緊張していないということか。
 それはそれでどうなんだろう。と乃梨子は思う。
 お姉さまの前で無闇に緊張するというのも疲れるだろう。心が安まってしかるべきだと思う。だけど、瞳子のこれは緊張感が無さ過ぎではないだろうか。
 
 証言その二「柏木優」
 緊張しているんだよ、瞳子は。
 弱点を誰にも見せようとはしない。だから、寝ている姿なんて絶対に見せない。いつでも気丈に振る舞っているんだ。
 僕やさっちゃんの前だけでも、もっと弱くなって欲しいんだけど……。僕には無理だったようだ。
 だけど祐巳ちゃんになら、瞳子を弱くすることができる。
 瞳子は強すぎるんだ。あの子にとって必要な強さ以上に、強くあろうとしているんだ。それはきっと、ひどく不自然なことだと思う。そして、瞳子にとっては不幸なことだと思うんだ。
 
 いちいち、腑に落ちることばかりだった。
 瞳子は虚勢を張る必要なんてない。虚勢を張らなければならないほど弱くない。それでも、瞳子は虚勢を張ろうとする。それは、瞳子が強くなければならないと思っているから。
 瞳子は、自分が強くなければならないと思っている。
 瞳子に「そんなことはないんだよ」と言えるのは、祐巳さましかいないのだと、乃梨子には判った。
「だから、瞳子が私の隣でうたた寝をすることは絶対にやめさせない。大した理由もないのに無理矢理起こすのは、例え乃梨子ちゃんでも私が許さない」
 ニッコリと笑った祐巳には、さすがに紅薔薇さまの貫禄が備わりつつあった。乃梨子もつい頷いてしまう。
 だけど、ただ頷いてるだけの乃梨子ではない。
 正直に言うと、悔しい。
 瞳子の親友は自分だと思っていた。だから、瞳子がうたた寝のできる場所が祐巳さまの隣だけだと言われるととても悔しい。
 …私の隣でも、うたた寝すればいいじゃない!
 強制するようなことではないと判っているけれど、そんな無茶を言いたくもなってしまう。
 …もっと安心していいんだよ、瞳子
 …もっと安心してよ
 …私を信用してよ、瞳子
「大丈夫だよ、乃梨子ちゃん。そんなに哀しい顔をしなくても」
 乃梨子は思わず自分の顔に触れた。
 表情に出ていたのだろうか、それとも、祐巳には判るのだろうか。
「わかるよ。私だって、悔しかったもの。乃梨子ちゃんの隣にいる志摩子さんや、令さまの隣にいる由乃さんを見たとき、とても悔しかったもの」
 姉妹と友人の違いを思い知らされる瞬間、それはほんの少し残酷で、だけどそれ以上に羨ましくて。
「だから乃梨子ちゃんには、いっぱい悔しがってもらうことに決めてるから。覚悟しててね」
「えー、そんな」
 言葉とは裏腹に、乃梨子は嬉しかった。勿論、自分が悔しがることが嬉しいわけではない。
 今さらながら、瞳子がいいお姉さまを得ていることが嬉しかった。そしてその人が、自分のお姉さまの親友であることが。
 寝ている瞳子を起こさないように、乃梨子はこっそりと近づいた。
「安心できる人が増えるといいね、瞳子」
 頬をちょんとつつく。
 瞳子の目が開いた。
「…へ? ……あ、お姉さま、私、眠って……乃梨子!?」
 へへへぇと笑う乃梨子。真っ赤になって慌てる瞳子。
「なんで、乃梨子がこんな所に」
「こんな所って、白薔薇のつぼみが薔薇の館にいて何がおかしいの?」
「そういう意味じゃなくて」
「瞳子がお姉さまに甘えているところにのこのこ現れて迷惑だったわけ?」
 瞳子の顔がより赤く、声はより高く。
「何を言い出すんですか、乃梨子さん! そもそも、人の寝顔を覗くなんて趣味が悪すぎますわ!」
「ふーん、祐巳さまは覗いてもいいんだ」
 ううううう、と瞳子は劣勢に唸る。
「そもそも、乃梨子さんが来たときにお姉さまが起こしてくださればいいのにっ!」
「うーん。それは……。瞳子の寝顔を見ていたかったから」
 ボンッと音を立てそうなほど上気する瞳子の顔。そして、絶句する乃梨子。
 馬鹿なこと言わないでくださいまし、と怒る瞳子。
 ゴメンね瞳子、と慌てて謝る祐巳。
 そんな二人を見ながら乃梨子は、こんなことを臆面もなく言えるのはやっぱりこの人しかいない、と祐巳への評価を再認識するのだった。
 
 
 
あとがき
 
 
 
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