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祐巳さんと可南子ちゃん
「屋上は寒いから」
 
 
 屋上は寒いね。
「そうかしら?」と由乃さん。
「そうね、少し寒いかも」と、これは志摩子さん。
 うん。寒いよ。風が冷たい。
「ああ、そうか」
 由乃さんは納得したように言うと、一歩踏み出した。
「あ、本当だ。外に出ると結構風があるのね」
 由乃さんは、今初めて外に出てきたみたい。
「由乃さん、風に当たってなかったから、わからなかったのね」
「うん、風がこんなに冷たいとは思わなかった」
 もう、秋も終わって冬になろうとしているのだから。由乃さんの言葉は当たり前と言えば当たり前だった。
「でも、これはこれでいいかな」
「冷たい風が?」
 不思議そうに志摩子さんが尋ねる。
「由乃さんは、冷たい風が好きなのかしら?」
「そういうわけでもないけど」
 それでも由乃さんは、目を細めて嬉しそうにずんずんと進んでいく。
 風にスカートがひらめくけれど、丈の長いスカートだから捲れる心配はない。リリアンの制服の数少ない利点だ。
「風に当たっても怒られないっていうのが、好きなの」
 由乃さんには、自由に出歩けない時期があった。風に当たってもいけないといわれていたのだろうか。
「令ちゃんが、凄く心配してくれていたから」
 守られていたのよ、と由乃さんは凄く嬉しそうに言う。
「風に吹かれても、日に照らされても、水に濡れても。私が何をしても心配してくれた」
「令さまらしいわね」
 うふふっ、と笑いながら志摩子さんが言う。
 本当に令さまらしい。令さまは少し過保護なのかも知れないけれど、由乃さんのことが大好きなんだ。
「うん。それはわかってる。だけど、少し嫌だった」
 ちょっと沈黙の間が空くと、由乃さんが慌て始めた。
「ち、違うのよ。令ちゃんが嫌いって訳じゃないの。令ちゃんのことは大好き、あ、いや、その……ああ、私何言ってるんだろ」
 そんなに慌てなくても、みんなわかってる。由乃さんが令さまのことを嫌いになるなんて、そんなのありえない。
「そうじゃなくて、心配されすぎるのが嫌だったって言うことなの!」
 一息で最後を言い切ると、由乃さんは肩で息をしている。
「うん。わかってる」
 志摩子さんはあくまでニコニコと。
「私の兄も、時々そんなところがあるから」
 祐麒も同じだ。時々、回りがびっくりするくらい心配しているときがある。
「そっか。みんな一緒か…」
 由乃さんは、さらに歩いて金網のフェンスに近づく。
「こんな金網があっても、令ちゃんなら危ないって言うんだろうな…」
 それは簡単に想像できる。確かに屋上から落ちるなんて危ないことこのうえないけれど、金網を乗り越えたりはいくら由乃さんでもしない。けれど、令さまは由乃さまを止めるのだろう。
「私も祐巳さんも止めないわよ。金網を破ったりしない限り」
 志摩子さん、それ無理だよ。いくらなんでも、金網を破るなんて。
 あははは、と笑いながら、由乃さんは下を眺めている。
「令ちゃんの過保護ったら、本当に大変だったもの」
「今は由乃さん、とっても自由だものね」
「ええ、そうよ」
 突然、由乃さんが振り向く。
「もしかして、自由すぎるとか?」
 自由と言うより、暴走かも知れない。
「ひどい、祐巳さんまで。いいじゃない、少しぐらい」
 少しぐらいって、由乃さん自覚あってやってるの?
「うふふ〜、それはどうかしら?」
 また、風が吹いた。
「う、寒」
「そろそろ戻りましょうか」
「もう少し、いましょうよ」
 屋上へ上がろうと最初に言い出した由乃さんが抵抗している。
「寒くない?」
「これくらい大丈夫でしょう?」
 確かにこんなに寒いとは思わなかったけれど、と付け足して。
「寒いのに、無理する必要はないわ」
 志摩子さんは正論だ。
「せっかく来たんだから、もっと景色を楽しみましょうよ」
 でも、由乃さんの言うことももっともだ。
「祐巳さんはどう思う?」
 由乃さん、突然振らないで。
 えーと、寒いのは嫌。
「ね?」
 だけど、景色は確かに綺麗。
「ほらっ」
 うーん。困った。
「祐巳さんはどっちがいいの?」
 うーん。
「祐巳さんは、どっちの味方なの?」
 ひえっ、由乃さん。味方って言われても。志摩子さんの敵にも由乃さんの敵にもなりたくないよ。
「お姉さまっ」
 声に目をやると、屋上入り口に人影が。
「何をなさっているんですか、こんなところで。風邪でも引かれたらどうするんですか」
 瞳子ちゃんだった。
「さあ、行きましょう」
 言うが早いか、由乃さんの手をむんずと掴んで帰ろうとする。
「ちょっと、瞳子」
「早く戻るんです。お姉さまが風邪を引いても瞳子は誠心誠意看病して差し上げますけれど、ワザと風邪を引くのは愚か者ですわ」
 そのまま引きずられて行ってしまう。
 こうなったら、志摩子さんと顔を見合わせるしかない。
「由乃さん、瞳子ちゃんに心配されて嬉しそうだったわね」
 やっぱり。志摩子さんにも見えてたんだ。
 なんだかんだ言っても、心配されるのが嬉しいんだよ、由乃さんは。
「そうね」
 私たちもそろそろ戻る?
「そうね」
 ………
「………」
 志摩子さん、戻らないの?
「祐巳さんこそ」
 志摩子さんてば、もしかして……
「「お姉さまっ!」」
 乃梨子ちゃんと可南子の声。
「祐巳さんも、これを待っていたんでしょう?」
 だって、瞳子ちゃんがここに来たと言うことは、可南子が来るのも時間の問題だし。
「乃梨子もね」
 私たちは引きずられるようにして、屋上を後にした。
 
 
 
 
 
 
あとがき
 
 
 
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