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「15°の想い」
 
 
 
 三角定規は切なくて。
 二つセットで生まれてきたのに。
 二つで一組、万全なのに。
 同じ直角三角形なのに。
 直角同士は仲良しなのに。
 ぴったりフィットで気持ちいいのに。
 だけど、一つは二等辺三角形。
 そしてもう一つは、正三角形を頂点と底辺の中点で繋げた直線で二等分した三角形。
 形が違う。
 同じ三角形なのに。
 同じ直角三角形なのに。
 底辺と高さの長さの二乗の和が、斜辺の長さの二乗に等しいのに。
 それは同じなのに。
 内角の和は180°なのに。
 それは同じなのに。
 だけど、45°、45°、90°。
 そして、30°、60°、90°。
 同じ角度は直角だけ。
 同じ角度が皆無なら、きっと諦めもついただろうに。
 だけど、たった一つだけはこのうえなく同じ角度で。
 だからぴったりフィットして。
 だから他の二つが悔しくて。
 どうしてぴったり全部が重ならないのだろう。
 どうして重なって収まらないのだろう。
 どうして互いの身体が互いの身体からはみ出してしまうのだろう。
 45°、30°、60°
 どう重ねても、15°の差ができてしまう。
 どうして重ならないんだろう。
 同じ三角定規なのに。
 
 
 うまく重ならない。
 肩の高さとか、目線の位置とか。
 ある程度離れていれば何とでもなるのだけれど、近くにいると高さの違いがはっきりとわかってしまう。
 同じ女子高生なのに。
 どうして視線の高さがこんなにかけ違ってしまうのか。
 どうして重ならないんだろう。
 仕方ない、と可南子は思う。
 可南子は誰が見ても立派な長身だ。平均男子より高い。
 そして瞳子は小柄な女の子。
 こうやって薔薇の館で隣り合って座っていると、目線の位置が全く違うのだ。この近場で互いに上下に視線を合わせるのは、結構難しい。
 立っていればそうでもないのだろうけれど、座っている状態ではその差が顕著なのだ。
「ままならないものね」
「何がですの?」
 上目遣いで尋ねる瞳子に、可南子は言葉を飲み込んだ。そしてついでにさっきまでの自分の思いも。
 こんな表情が見られるというのに。どうして自分は欲深なのか。それ以上を望むのか。
「なんでもない。ちょっと、贅沢になっただけ」
「?」
 いぶかしげに小首をかしげる姿に、可南子は思わず微笑んだ。
「何がおかしいんですか」
 怒る姿が愛しくて。つい、余計な言葉を返してしまう。
「瞳子さんは小さいな、と思って」
 ぽかんと開く瞳子の口。やがてゆっくりと、口が閉じて、唇を噛むような顔になる。
「可南子さんが大きすぎるんです!」
「かもしれないけれど、瞳子さんが小さいのは変わらないわよ?」
「私はそんな風に言われるほど小さくありません」
「そうかしら?」
 可南子はいきなり立ち上がると、瞳子の額に手を当てた。
「ほら、こんなに小さくて」
 可愛らしい。と続けたいのはさすがに堪える。
 むぅ、と立ちあがろうとして、瞳子は可南子に押さえつけられているのに気づく。
「手を退けてください」
「イヤ」
 楽しそうに言うと、可南子は手に力を込める。
 憤然とした声をあげながら、瞳子は可南子の手の下から逃れようと身体を動かした。
 しかし可南子の手は瞳子の額に置かれたまま。瞳子の動きにあわせて一緒に手を動かしているのだ。バスケットボールをドリブルするときのイレギュラーに比べれば、瞳子の頭の動きなどどうということはない。
「可南子さん、いい加減に……」
「ん?」
 いつの間にかニヤニヤと笑っていた可南子。その笑いが一瞬で驚愕に変わる。
 瞳子はいきなりしゃがみ込むと、そのまま可南子に突撃してきたのだ。そう、まるで頭突きのように。
 さすがに虚をつかれた可南子は、身体で瞳子を受け止めることになる。
「瞳子さん!?」
 慌てて頭を受け止めた可南子に、瞳子はにやりと笑って顔を上げる。
「やっぱり、可南子さんが大きすぎるんです。私をこんな風に受け止められるんですから」
 ああ、そう来たか。なるほど。
 可南子は同じくニッコリ笑う。
「瞳子さんが小さいから受け止められたんです」
 こんなふうにね、と続けて、瞳子の頭から肩へと手を下ろす。
 そうして捕まえたまま、さらに自分の身体に押しつけた。
「ほら、こんなにちっちゃい」
 瞳子が再び頭を振って逃れようとするけれど、もう同じ手は通じない。
 可南子の手は瞳子の背中に回り、がっちりと捕まえている。
「ほらほら」
「もぉっ!」
「あ、ごめん」
 扉の開いた音と乃梨子の心底謝っているような声に、二人は彫像のように固まった。
「うん。ホントにごめん。お取り込み中だったみたいね」
「あの、乃梨子さん?」
「ああ、大丈夫、祐巳さまには黙っておくから」
「乃梨子さん?」
「そろそろ、菜々ちゃんも来ると思うしね。うん、薔薇の館では自重してもらえると有り難いかな」
 乃梨子の目は二人を見ていない。というか、あからさまに視線が泳いでいる。
「別にいいんじゃないかな。場所さえわきまえてもらえれば。うん」
 完璧に勘違いされているな、と可南子は思った。
「可南子さん?」
 それでも、これが乃梨子さんでまだ良かったかもしれない、と可南子は思う。
「可南子さん?」
 由乃さまだと何を言われるかわからないし、祐巳さまだと瞳子さんのダメージが計り知れない。
「可南子さん」
 菜々ちゃんはまだどんな子かよくわからない。
「可南子さんってば」
「はい?」
 間の抜けた声で、可南子は視線を下に向けた。自分の両腕に抱かれたままの瞳子が見える。
「あの、そろそろ放していただいた方が」
「うーん。そんなに嫌?」
「そ、そういう問題じゃなくて……い、ぃえ、そういう問題です。ええ、嫌なんです、放してくださいませ!」
 その答えに満足して、可南子は手を放す。
 瞳子が離れるまで、少し時間が空きすぎたように思えたのは気のせいだろうか?
 
 
 三角定規は重ならない。
 だけど、角度が合わなくてもそれはそれでいい。
 こうやって、斜辺をぴったり合わせれば。
 ほら、同じ長さ。
 二つの定規がぴったり合うのだから。
 
 
 
 
 
あとがき
 
 
 
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