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ポンチョオークション
 
 
 健康診断の時に使う白ポンチョ。
 何の変哲もない只の白ポンチョなのだけれど、年に一度しか使わないのは勿体ない。中等部から使っていたとしても計六回。たったの六回しか使わないのだ。
 しかも、羽織るだけ。ポンチョを着たまま走り回ったり、母を訪ねて三千里したりはしない。もちろん、そのまま軒先からぶら下がって「てるてる坊主!」とか、体育座りで「茶巾寿司!」などといった、はしたない生徒など存在していようはずもない。ごめん、少しいる。ミスターリリアンの妹とか。
 とにかく、ポンチョはあまり使わない。つまり、汚れる理由がないのだ。
 だから、勿体ないと考えた先輩がいた。十数年前の話だ。
 でも、白ポンチョを他の所に流用する手だても思いつかない。
 だったら、中古品を新入生に譲るというのはどうだろう。それなら使用回数にかかわらず、無駄にはならない。
 いい考えだと、当時の薔薇さまがたが賛成した。
 無理矢理に譲ることはないのだ。欲しい人がいれば渡す。それだけのことなのだ。
 つまり、そういう趣旨で始まったことになる。
 が――
 
 
 乃梨子もそろそろ知ってもいいころですわ。
 そんなことを呟きつつ瞳子が連れてきたのは、学園の体育館。
 外からでも熱気が溢れているのがわかる。あと、一部に少々の殺気。
「ここ?」
「ええ、ここですわ」
「凄い人出ね。一体何があるの?」
「それは入ってからのお楽しみ」
 乃梨子は辺りを見回した。
 学園内なのでリリアン生徒ばかりなのは当たり前なのだけれど、何かが違う。何か、普段のお嬢様達からは考えられない野性味が辺りに飛び交っているのだ。
 野性味と言うより狂気かも。ほんのちょっぴり。
「雰囲気が恐いんだけど…」
「仕方ありませんわ、特別な日ですもの」
 瞳子は慣れた雰囲気で、乃梨子を導いて人混みをかきわけていく。
「そろそろ始まりますわよ?」
 二人が止まったのは、舞台に近い位置だった。周囲の生徒達は、瞳子達の姿を見ると進む道を空けてくれた。どうやら、瞳子は特別視されているらしい。
 …瞳子さんよ
 …松平家だものね
 …予算はいかほどかしら?
 …出品なさっているかもよ?
 …瞳子さんが? 是非狙いますわ
「なんだか、瞳子が注目されているような…」
「関係ありませんわ。それより、始まりますわよ」
 舞台の上に現れた司会者。
「お待たせしました。それではただいまより、リリアン学園内不要品市を開催します」
 不要品市。
 乃梨子は瞳子の顔を見た。頷く瞳子。
「あくまで、不要品市です」
「要はリサイクルセールね」
「そういうこと」
「ということは、何らかの掘り出し物があるから、瞳子はお金を持ってくるように言っていたわけね」
「ええ」
 二人は並べられたパイプ椅子に座る。
 舞台では、最初の品が運ばれてきたようだ。
「では最初のポンチョは…」
「ポンチョ!?」
「乃梨子さん、お静かに。回りに迷惑ですわ」
 涼しい顔で諭す瞳子。乃梨子は混乱している。
「瞳子、ポンチョって、あのポンチョ?」
「そうですよ?」
「ドラクエ5にでてくる従者じゃなくて?」
「それはサンチョです」
「焼き肉を巻いて食べるチシャのような野菜でなくて?」
「それはサンチュです」
「舎弟を従えて高校を牛耳る強い人」
「それは番長」
「眼鏡をかけて関西弁でおさげな…」
「それは委員長。トゥハートの」
「競売ナンバー49の叫び」
「ピンチョン。トマス・ピンチョン」
「♪富士の高嶺に降る雪も〜」
「京都先斗町(ポントチョウ)に降る雪も〜って、お座敷小唄なんて歌わせないでください」
 瞳子、知ってるんだ。と自分のことは棚にあげる乃梨子。
「じゃあ祐巳さまにつきものの擬音」
「ポンポコ〜 って、何言わせるのよ乃梨子!」
 素直に頭を下げる乃梨子、祐巳さま絡みで瞳子が怒るのは基本的に本気だ。その証拠に縦ロールは回る寸前、暖機運転中だ。
 頭を下げた乃梨子に、縦ロールの音は消える。
「まったく、リリアンでポンチョと言えばアレしかないじゃありませんか」
「それは判るけれど」
「年に一度か二度しか使わないものですから、勿体ないでしょう? 有効利用ですわ」
 そう言われると、乃梨子は何も言えない。確かに、勿体ないと思ったことがあるのは事実なのだ。それにくわえて有効利用と言われると、そんな気もしてくる。
「…そうね、確かに。物はちゃんとしているのに、使うのは年に一度ですものね」
「そういうことですから、きちんとリサイクルするんですわ」
 二人は舞台に注目した。最初のポンチョが何故か仰々しい台にディスプレイされた状態で出てくる。
「今日の一品目は、新聞部武嶋蔦子さまご提供のポンチョです」
 ふーんと頷く二人。
「あれ? 蔦子さまって、来年にまだポンチョを使うんじゃないの?」
 乃梨子の問いに瞳子はあっさりと
「フィルム代とか、新しいカメラの代金で物入りだと聞きましたわ」
「そうなの。大変ね……って、ちょっと瞳子!」
「なんですの?」
「つまり……これ、儲けがあるの?」
「ええ」
「不要品のリサイクルでしょう?」
「買う人が値をつり上げるのは自由ですわ」
「……値をつり上げるって……」
「少々の高い値を出しても欲しがる人はいるんです」
「ただの布きれを?」
「素肌を直接包んだポンチョですよ?」
 そうこうしている内に、蔦子ポンチョは無事落札された。
「…あれ、落札したの内藤笙子さんね」
 慌てていた割りには冷静に観察している乃梨子。
「蔦子さまのポンチョを誰が落札しようと自由だけれど、よりによってというか、あたりまえというか…」
「需要と供給には従っていますわ」
「それはそうかもしれないけれど…」
「乃梨子? 落ち着いて…」
 乃梨子の視線は舞台上、袖から運ばれてくるポンチョへ。
「アレは……」
「どうかしました?」
「あのポンチョはまさか……いいえ、この私が見間違えるわけがないわ。志摩子さんのポンチョよ」
「は?」
「しかも、中等部入学直後に作って、タンスにしまっておいたら一年後どこにしまったか忘れて、しかたなく新しく作ったせいで、中学一年生のときの一度しか使っていないポンチョ! 中一の時の志摩子さん! ロリ志摩子さんのポンチョ!」
「ちょっ、乃梨子さん、どうしてそんなに詳しいの」
「匂いが取れないように、押入の中にガラスビンで密封保存していたはずなのに!」
「なにをやってたんですか!?」
 乃梨子の燃える視線も介さずに、司会者は紹介を始める。
「とあるOB、もとい、とある筋から入手しました。現白薔薇さまこと藤堂志摩子さまの中学校時代のポンチョです」
「……くっ、大叔母だと思って油断していたのが仇になったようね…。いつの間に私の部屋から…」
「乃梨子さん落ち着いて」
 しかし、会場のボルテージは異様に上がっていく。
 …中学校時代の志摩子さま!?
 …まだ、乃梨子さんどころか佐藤聖さまとも出会っていない頃!!
 …まだ汚れのない頃だわ! 確か、志摩子さまの初めては高校一年生の時…
 …聖さまと…
「ちょ……」
 周りのざわめきに反応して絶句する乃梨子。瞳子は頭を抱える。確かに、回りの言葉はかなり失礼だ。乃梨子がキレるのも無理はない。
「やっぱり私より先に手を出していたのね、あの変態OB!」
「って、あんたも出してたのかよっ!」
「失礼な、私たちは清い関係よ。ただちょっとスキンシップが度を越しただけ! 子供が生まれるような行為には及んでいないわ」
「越し過ぎだろ! ってか、女同士でどんな行為しても子供はできませんから!」
「そこが便利でいいんじゃない」
「おいっ!」
「とにかく、あのポンチョを他人の手に渡すわけにはいかないわ」
「盗品だから、持ち主に返却して欲しいと申し出ればよろしいのでは?」
「そんなことしたら、結局は志摩子さんの所に戻ってしまうわ!」
「結局お前も盗んだのか」
「瞳子、いいからお金貸して」
「他ならぬ乃梨子の頼みですから、別に構いませんけれど、いかほどを?」
「とりあえず百万」
「待て」
「志摩子さんのポンチョよ? 百万なんて手付けに過ぎないわ」
「…乃梨子さんが争奪戦に参加していると知れば、多少は皆引くのでは?」
「言われてみればそうかも。私と志摩子さんの仲は公認だもの。邪魔する奴は指先一つでダウンよ」
 いつの間にか北斗神拳伝承者になっていた乃梨子。しかしやりかねない。と瞳子は思った。
 そう思ったのは他のリリアン生も同じだったらしく、乃梨子の参戦と同時に相次ぐ辞退者。
 
「確かにポンチョは欲しいですけれど。命には代えられません」(残念ながら落札できなかった人へのインタビューより抜粋)
 
「では、以上で今期二年生ポンチョはお終いです」
 乃梨子は首を傾げた。
 祐巳さまポンチョがない。そうすると、どうして瞳子はここにいるのだろうか。
「瞳子?」
「なんですの?」
「貴方、祐巳さまポンチョがお目当てだと思っていたのだけれど」
「ああ、そんなもの、お姉さまは出品なされませんわ。第一、そんなことになったら祥子さまが学校ごと買い占めてしまいかねません」
 そういえば祥子さまもいた。確かに瞳子の言うとおりだろう。
「それに、私はわざわざポンチョを戴かなくとも、それ以上の物を戴いておりますから」
「ふーん。可南子さんも同じ物貰っていたりして」
「なにか?」
 瞳子の視線に明らかな殺意を感じた乃梨子は首を振る。
「いえ、なんでもないです」
「まあ、仮にその様な間違いがあったにしろ、二号の存在を認めるのが本妻の懐の広さというものですわ」
「でも、本妻は祥子さまじゃないかなぁ…」
「なにかっ!」
 縦ロール緊急稼働。回転数アップ。ターゲットロック。
「い、いえ、本当になんでもないですっ!」
 
「では、今期一年生のポンチョに移ります」
 当たり前の話だけれど、司会は二人を無視して淡々と進めていく。
「まずはこちらの品」
 フリル付きのポンチョ。
「誰のかしら?」
「いや、どう見てもアンタのだから……へぇ、瞳子ってやっぱり人気あるんだ」
 なんだかんだ言っても、縦ロールの箱入り美少女お嬢様なのだ。二人が見ている内に、結構な値段で瞳子のポンチョが落札される。
「…ねえ、落札したのって可南子さんじゃないかしら?」
「嘘」
「顔は見えなかったけれど、あの背の高さは間違いないと思うわ」
「なんでまた……」
「満更でもないんじゃない?」
「な、なにを馬鹿なことを……!」
 瞳子の慌てッぷりに笑いをかみ殺す乃梨子。
「では、次の品です」
 司会の言葉に舞台に目をやると…
「あ、可南子さんも出してたんだ…」
「……他のポンチョよりたっぷり1メートルは長いですね」
「さすがにそれは大袈裟よ。せいぜい90センチくらいかしら」
「乃梨子。ちょっと私おトイレ」
「いってらっしゃい」
「すぐ戻りますから」
 少しして、離れたところで落札をする瞳子の声が聞こえたような気がしたけれど。
 乃梨子は黙っておくことにした。
「ごめんなさい」
 落札直後に戻ってくる瞳子。
「お帰り。ところで、可南子さんのポンチョ、結構高額で売れたみたいよ」
「物好きもいるものですわ」
 瞳子が大事そうに抱えている紙袋については、乃梨子は追求しないことにした。
「次が今日のオークションの目玉商品らしいです」
 どこからか取りだしたカタログを見ながら、瞳子が言う。乃梨子も覗いてみると、そこには「本日の目玉。詳細は現場で」と書かれている。
 目玉商品?
 乃梨子は首を傾げた。
 あと一年生でめぼしい人と言えば……笙子さん? 日出実さん? いや、笙子さんは蔦子さまのポンチョを手に入れるとそそくさと帰ってしまった。それに、申し訳ないけれど日出実さんにはそこまでの人気があるとは思えない。
「ねえ、目玉って一体誰の…」
 しっ、と乃梨子を制する瞳子。ほとんど同時に司会者が声を上げる。
「それでは次は、皆さんおまちかねの……」
 会場が静まりかえる。
「一年椿組、二条乃梨子さんのポンチョです」
 ええ、と思わず叫ぶ乃梨子。確かにこの数ヶ月ポンチョの姿は見ていない。だけど、いつの間に。
「乃梨子さん、お静かに」
「でも、でも、どうして私のが?」
「さあ。このオークションは出所を詮索することは禁じられています。例え教員でも詮索はできません。生徒自治の名の下に禁じているんです」
「どう考えても特権乱用だよね、それ」
「まあ、例外として女性職員のオークション落札権は認められています。男性職員はいかなる形でも、覗いただけでもクビです」
「懲戒免職ねぇ……」
「いえ、そっちのクビではなくて。文字通りの首です」
「命取るのっ!?」
「当然ですわ。サンタマリアの名に誓い、すべての不義に鉄槌を」
「どこの武闘派メイドよ、アンタ」
 二人の会話をよそにオークションは盛り上が……らない。
 ちらほらと欲しがる人はいるものの、可南子や瞳子のポンチョの時の熱気には及ばないのだ。
 ……別に人気者になりたいとは思わないけれど……
 複雑な心境の乃梨子。ヤッパリこんな風に歴然とした差を付けられてしまうとあまり面白くない。
「さて、皆さん」
 司会が声を一オクターブ上げる。
「実はこのポンチョにはいわくがありまして」
 首を傾げる乃梨子。持ち主の乃梨子には全く心当たりがないのに。
「このポンチョを出品したのは、訳あって二条乃梨子さんではありません」
 それはそうだ。現に乃梨子に全く覚えはない。
「規定により名前はあげられませんが、とある御方が二条乃梨子宅にお泊まりしたときに密かに持ち帰ったものです」
 うえっ!? と叫びそうになって必死で我慢する乃梨子。お泊まりと言われても、志摩子さんしかいない。志摩子さんしか該当者がいない。
 つまりポンチョ泥棒は志摩子さん。
 瞳子も乃梨子の横で、得心がいったように頷いている。
 でも、でも……
「出品者は、このポンチョの持ち主を心から愛しており、このポンチョに対して、すりすり、とか、はぐはぐ、とか、くんかくんか、とかした模様です」
 会場内にあがるざわめき。
 このポンチョはつまり、藤堂志摩子が抱き締めたり頬ずりしたり、あまつさえ………………(検閲削除)………………したものっ!!!!
 たちまち会場内に渦巻く値段交渉の嵐。その中で乃梨子はただ呆然と座っている。
「志摩子さんがそんなこと……」
「大丈夫? 乃梨子」
「言ってくれれば中身ごとあげるのに」
「こら」
 結局、乃梨子のポンチョはその日の最高価格で落札されたのだった。
 
 
 
 
 
 精神的に疲れた乃梨子が家に帰ると、先客がいた。
「あ、お姉ちゃんお帰り」
「来てたの?」
 実妹の友梨子だった。
「えへへ。遊びに来ちゃった。泊まってもいいでしょ? 菫子さんにはもう言ってあるし」
「大家が言うんだったら私の出る幕無いじゃない。それにしても最近よく来るわね。電車賃も馬鹿になら……」
 何かが乃梨子の脳裏に閃いた。
「……まさか、電車賃を何かおかしな手段で稼いでない?」
「ポンチョなんて知らない」
「お前かーーーーーーーーーーーーー!」
 
 
 
 
 
あとがき
 
 
 
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