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 まだまだ寒い。海の傍ともなれば尚更だ。
 正確には、海に流れ込む直前の河口。海浜公園になっていて、散策には人気の高いスポット。
 とはいえ、この気温では人の数はまばらだ。それでも、何故かカップル達は頑張っている。
 瞳子は、居心地の悪さを感じながらお姉さまの背中を見ていた。
 どうして、こんな所に連れてこられたのだろう。
「この辺りになら、必ずいると思ったのになぁ」
 お姉さまは水辺に目を向けて、瞳子に背を向けたまま何かを探している。
「お姉さま?」
「ちょっと待ってね、瞳子。…おかしいな。この時期なら必ずこの辺りにいるはずなのに…」
 何を探しているのだろう。
 海と言えば……。
 海に向かって小石を投げる。
 海に向かって叫ぶ。
 あまりにもベタなイメージで、乃梨子がいたら鼻で笑われてしまいそうだ。
 だけど、お姉さまはやりかねない。そういうベタな行動が何故かよく似合う御方なのだから。勿論、その時は瞳子も巻き込まれる。
 瞳子は覚悟を決めていた。お姉さまがやるというのなら、石であろうと貝殻であろうと投げてみせる。
 海に向かってだって叫んでみせる。
 お姉さまと一緒なら、大概のことはできると思える。
 だけど、お姉さまは背を向けたまま。
 仕方なく、瞳子はお姉さまの横に並んで、一緒に水辺に目をやる。
「お姉さま、一体何を探してらっしゃるんですか?」
「うーん。鴨なのよ」
「鴨?」
「うん、鴨」
 何故、鴨。
「あの、鴨ですか?」
「うん。家鴨になる鴨」
 何か違う。いや、間違ってはいないのだけれども。品種改良の成果なのだけれど。そう言われるとなんだか出世魚の一種のようで。
「あんな鴨ですか?」
「そうそう、あんな…、あ」
 瞳子の示した先の鴨を見ると、お姉さまはようやく見つけたとばかりに手を振り始める。
「よし、鴨発見」
「あの…鴨がどうかしたんですか?」
「あれがね、理想像なのよ」
「はい?」
 思わず素っ頓狂な言葉を返してしまう瞳子。いつもこうだ。お姉さま相手だと、調子を狂わされることこのうえない。
 出会ったときからそうだった。いつの間にか近づいてきて、いつの間にか懐に入って、そしてこちらが予想もしなかったことを言ったりやったりする。でも、それが心地よい驚きだと感じ始めたのはいつだっただろうか。
「お姉さまは、鴨になりたかったんですか?」
 鴨というよりも、どちらかというと狸だ。水辺ではなく、山の中。狸は河口にはいない、と思う。
「あ、私じゃなくて」
「はあ?」
 なんなのだろう。今確かに理想像と言ったのに。
「瞳子ちゃんの理想像だよ」
「え?」
「あ、理想像って言うより、希望像とか期待像って言ったほうがいいのかな」
 ちょっと待って下さい、と瞳子はお姉さまの言葉を遮った。
「つまり、お姉さまは、私に鴨のようになって欲しいと言うことなんですか?」
 水の上に浮かんでボーッとしたり、ぐわっぐわっと鳴いてみたり。いやまさかそういうことではないのだろうけれど。
 単刀直入に鴨と言われても、どういう類の例え話なのかがわからない。
「よくわかりませんわ」
「なんていうかな…」
 お姉さまは考え込んでいる。
 きっと、自分の中ではイメージが出来上がっているのだろう。それを伝える方法に悩んでいるに違いない。瞳子はそう思った。
「鴨は、水に浮いているよね?」
「はい」
「水面を漂っているよね?」
 お姉さまの示した鴨は揺れる水面に任せて漂っている。餌を採ろうとするでもなく、ピクリとも動かず、まるで眠っているようだ。
「瞳子には、あんな風になって欲しいの。何があっても、しっかりと、自分を保っていられるように」
 泰然自若、ということか。それほど、自分は落ち着きがない、あるいは危ういと思われていたのだろうか。
 それでも、そう思われていても仕方のないことだと、瞳子は理解していた。自分のやってきたことを考えれば当たり前だ、と。
「それは、ちょっと違うかな」
 お姉さまが首を傾げていた。
「瞳子が危ういと思った事なんてないよ。落ち着きがないのとも違う。少なくとも、一年の頃の私に比べると全然違うよ」
「でも…」
「言葉不足だったかな。瞳子には鴨みたいになって欲しいと言ったけれど、まだ続きがあるのよ」
「続き、ですか?」
「そう、続き」
 お姉さまはそう言うと、再び瞳子に背を向けた。
「蓉子さまのこと、覚えてる?」
 祥子さまのお姉さま。つまり、お姉さまの二代前の紅薔薇さまだ。言葉を交わしたことはほとんど無いけれど、顔を合わせたことが数回あったはずだった。
「見守るのが姉で、支えるのが妹だと、蓉子さまは教えて下さったの。それが蓉子さまの、スールという制度に対する考え方だった」
 それを否定するつもりなどない。そもそも、否定できるようなものではない。それでも、自分には自分の考え方がある。とお姉さまは続けた。
「それが、鴨なのですか?」
 瞳子は半信半疑ながら尋ねる。未だに鴨が何を指しているのかがわからない。例え話であろうということはわかるのだけれども。
「そう。瞳子が鴨で私が川。別に海でもいいし、いっそただの水でもいいんだけれども」
 水に浮いた鴨のように、瞳子を浮かせたい。
 護るように、覆うように。
 そして、鴨は時が来れば飛んでいく。瞳子も、時が来れば水場を離れて飛んでいくのだ。
「それまでは、私と一緒にゆっくりと漂っていて欲しいな、と思って」
 ああ、と瞳子は頷いた。
 そうだ。
 お姉さまという水面に漂っている自分。護られている自分。
 それなら、充分にイメージできる。
 ただ……
「ええ。でも、その世界が心地よすぎると、鴨は渡ることを忘れてしまうかも知れません」
「思い出すよ。時が来れば…」
 私だって、飛び立つんだよ。祥子さまという水面から。
 そう言われたような気がして、瞳子は思わず顔を伏せていた。
 だけど、一つだけ違いがある。
「鴨は二匹いるような気がします。きっと、お姉さまの水面には、やけに背の高い鴨もいるんです」
「そうだね。だけど縦ロールの鴨とは、きっと仲良しさんだよ?」
「そんなこと…」
 ありません、とは言い切れない自分が、瞳子は何故か嬉しかった。
 
 
 
 
 
あとがき
 
 
 
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