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ママ二人
 
 
 
「おや、これまた小さなお客さんだねえ」
 菫子さんの言葉に、次子ちゃんは恐いものでも見るように玄関口で固まっている。
 菫子さんの怖さがこの年でわかるなんて、これは将来楽しみな大物かも知れない。
「リコ、馬鹿なこと言ってないで、中に入ってもらいなよ」
「はいはい」
 私は玄関口で苦笑している旧友たちに中へ入るように促すと、次子ちゃんの手を引いて中に招き入れた。
「いらっしゃい、次子ちゃん」
 子供というのはとってもふわふわで、抱き締めていると暖かくていい匂いがして。
 ああ、確かにこの子を年中連れ回している可南子の気持ちもよくわかる。
 だけど、志摩子さんの柔らかさや匂いには遠く及ばない。うん。
「次子ちゃん、乃梨子に盗られちゃいますよ?」
 瞳子が言うと、可南子は笑う。
「盗れるものなら盗ってみなさい。どこまでも追いつめて取り返すから」
「……可南子が言うと本気で恐いから、それ…」
「本気だもの」
 私は思わず次子ちゃんの手を離して、可南子の方に少し押してみた。
 次子ちゃんは逆らわずに可南子の横に並ぶと、残った手で瞳子の服の裾を掴む。
「可南子ママ」
「なあに?」
 可南子ママって。
 可南子ママって呼ばせてるのか。
 アンタは姉でしょ、腹違いの。
 溶けてしまいそうな、とってもイイ笑顔で可南子は次子ちゃんに向き直る。
「どうしたの? 次子」
「あのね、瞳子ママとね」
 瞳子ママ!?
 ちょ、ちょっと待って。
 私が何か言う前に、表情で察したらしい瞳子が手をあげる。
「うん、乃梨子。言いたいことはわかるから、落ち着いて」
 落ち着いてと言われても。
「次子ちゃんにとって、お世話をしてくれる優しい綺麗なお姉さんはみんなママなんですの」
 そう、お世話をしてくれる……優しい……綺麗?
 綺麗?
 自分で言うな。
「乃梨子だって、しばらく一緒にいれば乃梨子ママになれますわ」
「いや、別になりたくないしね」
「次子ちゃん、こんなに可愛いのに」
「やー、瞳子の場合それだけが目的じゃないような」
「どういう意味ですか!」
「聞いてるわよ。可南子のお父さんと夕子さんがこっちに戻ってくる準備が整うまでの半年ほど、可南子が次子ちゃん預かるって話」
 そして、その話を聞きつけた瞳子が押し掛け助っ人を買って出て、現在同居中なのだ。
「お友達が困っているんですから当然のことです」
 因みに、かなり以前から瞳子は次子ちゃんと顔見知りになっていて、そのうえ非常に懐いている。確かに助っ人としてはこの上ない戦力だろう。
「将を射んと欲すればまず馬より……か」
「なにか、言いましたか?」
「別に」
 失言失言。考えてみれば、もうとっくに瞳子は将を射ているのだ。今更馬を射たところで仕方ない。
「まあいいけれどさ」
 だからって、久しぶりに会う友達のところにまでつれてくることはないだろう、と思ったけれど、よく考えれば仕方ないのだなとも思う。
 一人で家においておくわけにも行かないだろうし。ちなみに大学の方は、最近では子連れがそれほど珍しくはないらしい。もっとも、可南子や瞳子の年での子連れは、それはそれで珍しいのだけれど。
「乃梨子に会わせておくのもいいかなと思って」
 私は聞き逃さない。今、何か妙なことを瞳子が言った。
「本当にたまにでいいんだけれど、次子を預かってくれると嬉しいかなって」
「なんか訳あり?」
 嫌というわけではない。次子ちゃんは可愛らしいし聞き分けもいい。志摩子さんがこんな子を育てているのなら、私だって瞳子みたいに押しかけ助っ人してしまうに違いない。
「うん。訳というか……その」
 珍しく瞳子が言いよどむ。
「何よ。事情があるなら、半日くらいは預かってもいいけれど」
「あ、それはとってもありがたいわ」
「だから、事情を言いなさいよ」
 瞳子は可南子を見た。可南子も瞳子を見返している。なぜか二人の頬が赤い。
「……あのさ、二人きりでデートしたいから、とか言ったら怒るよ?」
「帰りましょうか、瞳子」
「ええ、可南子」
 当たりなのか。
 いい加減にしなさいあなた達。
 
 
 
 
 そして私は今、次子ちゃんと遊んでいる。
 結局、半日預かる羽目になったのだ。手はかからないし可愛らしいし、預かること自体は別にいいのだけれど。
 菫子さんも嬉しそうだ。
「もし志摩子さまと乃梨子が同じようなことになったら、今度は私たちが預かってあげますから」
 そんなことあるわけない。
 それなのに念のため貸しを作っておく自分が、ちょっと馬鹿だなぁと思う。
 
 
 
あとがき
 
 
 
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