新入生
「リリアンはどうかと思うんだけど」
いきなりの言葉に、私は夕食の準備の手を止めた。
けれど、考えるまでもなかった。
亜紀ちゃんの中学校の話に決まっているのだから。
「私は賛成」
というより、反対するわけもない。
リリアンの卒業生は、娘を入学させる確率が異常に高いのだ。在学中は不思議だったけれど、今となってみればその気持ちはよくわかる。
私も同じ。亜紀ちゃんがリリアンを嫌でないというのなら、是非入学させたい。
「少なくとも、花寺に入れるわけにはいかないんだし」
当たり前だ。花寺は男子校なのだから。
「僕はリリアンにはあまり詳しくないから、江利子さんの意見を聞きたくて」
私は未だに「江利子さん」。いつになったら「江利子」や「お前」になるのかと、正直わくわくしていたのだけれど。最近では仕方ないかなという諦めの気持ちもある。
山辺さんは……。ほら、私だって未だに「山辺さん」と呼んでしまうのだから。
「だから、私は賛成よ。心配なら、後輩から今のリリアンの様子を聞いてもいいけれど」
確か、令は今でも時々中等部の剣道部に顔を出しているはずだ。中の様子も詳しいだろう。それに、誰だったかな、確か……祐巳ちゃんの関連の背の高い子、その妹が入学していたような気もする。
亜紀ちゃんがリリアンに。
なんだろう、このウキウキとしてくる気持ちは。
「リリアンに?」
亜紀ちゃんは驚いている。もしかして、初耳なんだろうか。
もしかして、本人の意志も聞かずにリリアンに入れると言っていたのだろうか、あの人は。
うん。とてもあの人らしいのだけど。
「ビックリした? 無理強いをするつもりはないのよ。ただ、選択肢の一つとしてあげてみただけだから」
亜紀ちゃんはなにやら考え込んでいる。
「…江利子さん。リリアンっていうことは…」
真剣の眼差しだった。こんな眼差しは、私が亜紀ちゃんの義理の母になると宣言した日以来かも知れない。
「聖さんの後輩になるんだよね」
「え?」
「すごいよ。だって、あんな綺麗な人と同じようになるんだよ」
いつの間にか我が娘を籠絡していたか、聖め。
確かに、何度か遊びに来て亜紀ちゃんにも会っていたはずだけど。それにしても、本当にいつの間に。
でも、亜紀ちゃんの言葉に嘘はない。確かに聖の後輩になるのだ。その程度ならいまや何千人といるけれど。
「その前に受験勉強しないとね」
ビクッ、と亜紀ちゃんは動きを止める。この子の成績なら、中等部編入は難しくないと私にはわかっている。それでも、脅したくなるのが私の性だ。
「聖はああ見えて、成績優秀だったのよ。勿論、蓉子も私もね」
聖の後輩の名を冠されたいのなら、それにふさわしい成績を取ってもらわないと困る。
「聖と一緒に薔薇さまやってた私からも、お願い」
「ああ」
思い出した。と言い出す亜紀ちゃん。
「そっか。江利子さんって黄薔薇さまだったんだ」
「そうよ。黄薔薇さまだったの」
「でも白薔薇さまの方が綺麗だよ」
「こら」
「写真、聖さんに見せてもらったもの。聖さん、妹の志摩子さんと。すごく綺麗だったよ」
聖と志摩子のツーショットなんて反則だ。
令は確かに綺麗だけど、方向性が違う。
祥子はそもそも紅薔薇姉妹だから、志摩子に祥子が勝っても私には関係ない。
「それじゃあ、亜紀ちゃんが頑張って黄薔薇さまにならないとね」
「どうして?」
「亜紀ちゃんだったら、聖の白薔薇さまより綺麗になれるよ」
親の欲目じゃない。確信だ。
だって私は聖の中身を知っているから。聖の見た目がかなりマイナスされてしまうのだもの。
だから、志摩子に関してはノーコメントにしておく。
「本当?」
「江利子さんが嘘付いた事ある?」
私は亜紀ちゃんが考えている間に、素敵なアイデアを思いついていた。
「その代わり、条件があるんだけど」
「条件? お勉強のこと?」
「ううん。亜紀ちゃんが綺麗に見られるためには髪型を変えないとね」
「そうなの?」
綺麗なロングの黒髪をなびかせるように、亜紀ちゃんはくるりと回る。
「うん。リリアンの制服に一番似合う髪型があるんだよ」
「行ってきます」
颯爽と亜紀ちゃんは歩き出す。元気よくカバンをかかえて。
だけど、スカートのプリーツは乱さないように。タイは曲がらぬようにカラーは翻らないように。
お下げ髪を揺らして亜紀ちゃんは歩いていく。
私が一番好きな髪型で。
リリアンの制服には一番似合う髪型で。
大好きだったあの子と同じ髪型で。
きっと、凛々しいお姉さまとしっかり者の妹が見つかるからね。