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ポケットに手を入れて
 
 
 寒風吹きすさぶ校舎裏。それでも精力的な取材活動を続けているのは他でもない、新聞部のエース山口真美である。
 マラソン大会前に気合いの入る陸上部を取材して、その帰り道に、立ち止まっては気が付いたことをメモ。
 日出実には「お姉さまはどうしてICレコーダーを使わないのですか?」と不思議がられたけれど、それとこれとは話が別。
 確かに真美もレコーダーは使うけれど、それはあくまでも予備なのだ。基本はメモ。レコーダーでは相手の表情はわからない。自分の書いたメモならば、字の書き方で相手の表情まで思い出すことができる。それに、相手に気付かれない内に余分なことを書き加えることもできない。
 あまりの寒さに、メモに書き込むペンを握った真美の手も震えている。
「寒い中ご苦労様」
「ひゃうっ!」
 突然首筋に当てられた温かいものに、思わず奇声を発してしまう真美。
 振り向くと、缶コーヒー。そしてそれを握って笑っている人。
「お姉さま、どうしたんですか」
「どうしたって、部室に行ってみたら編集長自ら寒中取材だって言うから、差し入れ持って激励に来たのよ」
「それで缶コーヒー…」
 真美の言葉に、三奈子は腰に手を当てて言った。
「そうよ? 何か文句ある? それとも、缶入り汁粉や缶入りおでん、缶入りラーメンの方が良かったかしら?」
「なんですか、その珍妙な缶入りシリーズは」
「汁粉が珍妙って……新しい紅薔薇さまが聞いたらどう思うかしら」
「お汁粉じゃなくて、おでんとラーメンです」
「ああ、そっちか。別に珍しくもないわよ。秋葉原に行けばうじゃうじゃとあるわ」
「秋葉原なんて、行きませんもの」
 言いながら、真美は缶コーヒーを受け取る。
「とにかく、これはありがたくいただきます」
「素直でよろしい」
 しばらくの間、真美は缶を開けようともせずに手のひらでコロコロと転がして熱さを楽しんでいる。
「真美、ちょっと手貸して」
 返事を待たずに、三奈子は真美の手を取ると、自分の頬に当てる。
「ひゃっ!」
 そして奇声を上げて慌てて真美の手を離す。
「何するんですか、突然」
「真美、手が冷たすぎるわよ、大丈夫?」
「そりゃあ、冬ですから」
「手袋は?」
「してません。そんなものしてたら、メモを取れなくなるじゃないですか。お姉さまだって、取材の時は手袋を外していたじゃないですか」
「私の手なんてどうでもいいのよ。心配しているのは真美の手なんだから」
「心配してくださるのは嬉しいですけれど…」
 三奈子が真美の手をまた取った。
「お姉さま?」
「取材を張り切るのは先達として、そして姉としてとても嬉しいけれど」
 再び頬に当てる。
「この冷たい手はダメ。哀しくなるじゃない」
「お姉さま…」
「だから、ポケットにでも入れて温めてなさい。いいわね?」
 温かい息を真美の手に吹きかけながら、三奈子は断固と言う。
「はい、でも、このメモだけでも先に」
「それぐらい、暗記できる範疇でしょう?」
「でも…」
 真美は再び、メモとペンを手に取った。
「ああ、もう、じれったいわねっ!」
 三奈子は無理矢理真美の両手をひっつかむと、自分のスカートのポケットにねじ込んでしまう。
「真美、ポケットから手を出すの禁止よ!」
「ぇ」
 相手のポケットに手を入れるということは、非常に接近とするということで。
 さらに身体は密着するわけで。
 真美はピタリと三奈子にくっついたような体勢に。
「お、お、お姉さま」
「な、何よ」
 真美の言葉は震えているけれど、三奈子の言葉も心なしか震えている。
 真美の手はお姉さまのポケットの中。つまり、スカートの中。
「あ、真美。くすぐったいから、手はあまり動かさないで」
「ゴメンなさいっ!!」
 真っ赤になって真美は反射的に俯こうとする。そうすると、この体勢ではお姉さまの胸元に頭を押しつけるような恰好になって。
「真美、ちょっと、くすぐったいって」
「!!!!!」
 パニックになった真美は、今度は動けない。
「あ、あの……お姉さま……」
「暖まった?」
「え?」
 三奈子は、心底呆れたようにもう一度言う。
「だから、手は暖まったかって聞いてるのよ」
「え、あ、あの…」
 暖まったかと言われても、そんなことを考えている余裕はない。
「私はこんなことしかできないし、真美が頑張っているのはわかるけれど、あまり無理はしないでね? かわら版が面白くなるのは大歓迎だし、それが真美のやりたいことだというのはわかるわ。それに先代編集長としては、次の編集長にハッパをかけるのは当たり前だと思う」
 そこで三奈子は、ポケットの上から真美の手を押さえつける。
「でも、真美は私の妹だから。それとこれとは話は別。真美の姉として私は、こんな冷たい手のままでいる真美なんて見たくない」
 そして真美が口を開くより早く、三奈子は続けた。
「でも私は元編集長で、新聞部にこの人ありと言われた築山三奈子なの。だから真美に期待もするし、頑張って欲しかったりもするの」
 さらにポケットの中の手をスカート越しに握りしめる。
「こんなことぐらいしかできないけれど。でも、せめて手は温めてあげる」
 温かい。ポケットの中が温かい。多分、その中の温度以上に温かい。
「とても、温かいです」
「そう? それならいいのだけど」
 真美の視線が下がったことに、三奈子は気付いた。
「どうしたの、真美?」
「お姉さまの手も冷たそうですけれど」
「私はいいのよ、もう引退した身だし」
「よくありません」
 真美は三奈子のポケットから手を抜いた。
「これで」
 そのまま三奈子の手を、自分のポケットの中に入れてしまう。
「真美?」
 見上げた真美の顔が真っ赤になっていることに三奈子は気付いた。
「これで、一緒です」
「……それじゃあ」
 三奈子はニッコリと笑う。
「真美はちゃんと私のポケットに手を入れなさい」
「はい、お姉さま」
 互いのポケットに手を差し込んで、二人は抱き合っているかのように接近している。
「もっと暖かくなりたいな」
 三奈子の手がもぞもぞと。
 ポケットの裏地が真美の肌にピタリと触れる。
「暖かいわよ、真美」
 真美は何も言わず身を寄せた。
「どうしたの?」
「だって、こうしないと、ポケットから手が出てしまうから」
「そうね。それなら」
 ポケットの中に入れた手で腰を掴むようにして、三奈子は真美を引き寄せようとする。
「もっと近づかないとね」
「はい、お姉さま」
 二人はしばらくの間、動かなかった。
 
 
 後日――
「さてと、そろそろ取材に行こうか、日出実。準備はいい?」
「お姉さま、手袋はいいんですか?」
「そんなの付けてたら、メモがまともにできないわよ」
「でも、外はかなり寒いですよ?」
 その言葉に、真美は立ち止まる。
「コートのボタンをちゃんと留めてね。でも、手袋だけはいらないわ」
「手袋だけ、ですか?」
「そう。手袋だけよ」
「よく、わかりません」
「そうね。日出実にも教えてあげようか」
「なんです?」
「寒い日でも、手がかじかまなくなる方法」
「そんなのがあるんですか? 是非知りたいです」
「後でね」
「絶対教えてくださいよ」
「ええ、勿論」
 二人は部室を出た。
 
 
 
 
あとがき
 
 
 
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