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雪降る夜が明けて
 
 
 
 志摩子は夜半にふと目を覚ます。
 そのままの姿勢で目を凝らしていると、やがて天井が暗闇にぼうっと浮かびあがってくる。
 不思議な静けさ。
 山の中にあるとはいっても、まったく静かだというわけではない。風の音や木々のざわめきで結構うるさいと感じることもあるのだ。
 この静けさには覚えがある。
 きっと、雪が降っているのだろう。雪の夜は、山は静まりかえっているものだ。
 静かな部屋に聞こえているのは、ただ乃梨子の寝息だけ。
 志摩子は天井を見つめたまま、その吐息に聞き入っていた。
 健やかな寝息に、思わず微笑みが浮かんでしまう。そして志摩子は、寝返りを打って乃梨子の方を見たくなる誘惑と必死で戦っていた。身動ぎ一つで乃梨子を起こしてしまうかも知れない。そして、この寝息を中断させるのはとてもいけないことだという気がしている。
 このまま寝息を聞きながら目を閉じて、自分も眠りにつけばいい。
 そして明日の朝には、雪がいくらか積もっているのだろう。
 乃梨子と一緒に雪の積もった庭に目をやる。
 きっと乃梨子は言うだろう。
「夜の間に雪が降っていたんだね」
 そして自分は答える。
「そうね、乃梨子。だけど、雪が降っているなんて全然気付かなかったわ。乃梨子は気付いていたの?」
「ううん、全然気付かなかったわ」
「ぐっすり眠っていたのね」
「あはは…」
「可愛い寝息だったもの」
 そう言うと、きっと乃梨子はビックリするだろう。そんな乃梨子を見てみたいような気もする。
 だから、雪は降り続いて欲しい。ほんの少しでいいから積もって欲しい。
 志摩子は心の中で小さく祈った。
 祈りながら、志摩子は再び眠りにつく。
 
 
 幼い志摩子は、綺麗に積もった雪の前にいた。
 声にならない感動に震えながら、小さな志摩子は雪に触れる。
 とっても冷たい。
 手のひらに掬った雪をじっと見ながら、志摩子は考えていた。
「また、えらく積もったな」
 その声に振り向くと、雪をかきわけるためのトンボを担いだ兄が立っていた。
「志摩子、ちょっと退いてろ。誰か来るかも知れないから、道を作っておくからな」
 言うが早いか、兄は地面の雪を左右に除け始めた。人が二人ほど並んで歩けるくらいの幅を作ると、その幅を保ったまま道を作っていく。
 その手際をじっと見ている志摩子。
「どうした、志摩子? そんなに珍しいか?」
 黙ったまま、志摩子は首を振る。志摩子が見ていたのは、両脇に寄せられた雪の塊だった。
「もう、いらないの?」
「……ああ、雪か。そうだな、もういらない。いや、最初からいらないものだな」
「いらないものなの?」
 志摩子の言葉に何を感じたか、兄は手を休めて立ち止まった。
「いや……うん、いらないって訳じゃないぞ。うん、いらないなんて事はないぞ」
 熊手を置いて、かき集めた雪の中から綺麗な部分を選ぶと、掬って雪玉を作る。
「ほら、こうやって」
 下手投げでゆっくりと、志摩子に向かって雪玉を放った。
 一つ、二つ、三つ。志摩子がその雪玉に目を奪われているうちに、別の一つが頭に命中する。
 驚きとほんのちょっとの怒り、そしてたくさんの愉快さが混ざった悲鳴。
「雪は、こうやって遊ぶんだ」
 兄が続けて、志摩子に向かって雪玉を放り投げる。楽しげな悲鳴をあげつつ逃げまどう志摩子。
 やがて、雪を拾うと反撃を開始する。
「えいっえいっ!」
「ほらほら」
 門前の掃除はいつの間にか雪合戦に替わっている。
 騒ぎに気付いた父親に怒られるまで、二人は雪合戦を続けていたのだ。
 慌てて雪かきを再開する兄の横で、志摩子もせっせと箒を動かす。
 寒いから中に入っていいと言われても、兄と一緒に遊んだのだからお仕事も一緒にやるんだと言い返す。
 すぐに雪かきは終わる。元々それほどの作業量ではなく、真面目にやるとすぐに終わる仕事だったのだ。
 そしてふと、疑問を抱く。
「お兄さま…?」
「どうした志摩子」
 志摩子は頭に浮かんだ疑問をそのまま尋ねた。
 即座に笑い出す兄。
 そんなに変なことを言ってしまったのだろうか? 志摩子はじっくり考えてみた。
 あまり変なことを尋ねたとは思えない。
 
 
 懐かしい夢を見た。夢を見たと言うより、思い出したというほうがいいだろう。
 だけど、最後の部分が残念だった。兄に何を尋ねたかがわからないのだ。
 兄が笑ったことは覚えている。
 笑って笑って、あまつさえ、父母に報告されてしまったことまで良く覚えている。
 そんなにおかしな事を自分は言ったのだろうか。その内容が思い出せない。
「志摩子さん、おはよう」
 乃梨子が身体半分寝返って自分のほうを見ていた。
 もうすっかり明るい。朝になっているのだ。
「おはよう、乃梨子。もう起きましょうか?」
「うん」
 布団から起き出して、そしてすぐに再び布団を被る乃梨子。
「うわっ、寒い」
「夜の内に雪が降ったみたいね」
「え? 雪?」
 寒さで戻ったはずなのに、乃梨子は布団から飛び出すようにして窓際に近づいた。
「本当だ。積もっているよ、志摩子さん」
「まあ、そんなに降っていたのね」
「……ねえ、志摩子さん」
 布団から出ると、乃梨子が恥ずかしそうな顔で言う。
「小さい時って、時々馬鹿なこと考えるよね」
 相槌を打ちながら、志摩子は乃梨子に並ぶ。
「私、小さい頃、積もった雪は食べられないのかな、って言って笑われたんだよ」
 あ。と声にならない声で志摩子は呟いた。
 思い出した。
 兄に笑われた疑問。それは乃梨子と同じ疑問だ。
 思わず、志摩子は笑っていた。
「あ、志摩子さんまで笑ってる…。酷いなぁ」
 ふてくされたように、拗ねたように窓の外を見ている乃梨子に、志摩子は言うつもりだった。
 違うわよ、と。
 乃梨子が可愛いから笑っているのよ、と。
 とりあえずその代わりに、志摩子は乃梨子に寄り添ってみた。
 乃梨子の視線に重ねて、窓の外に積もった雪を見る。
 確かに、美味しそうだった。
 
 
あとがき
 
 
 
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