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争奪戦?
 
 
 薔薇の館には乃梨子と瞳子。そして菜々。
 いつの間にやら二人は菜々に昔話を披露している。
「つまり、可南子さまは瞳子さまに敗れた、ということですか?」
 菜々の言葉で空気が凍りついた。
「敗れたとか、そういうのじゃないのよ、菜々ちゃん。その頃はね…」
「ちょっと待って乃梨子」
 瞳子が乃梨子の言葉を制止する。
 どうして止めるのかと尋ねる乃梨子に、瞳子は
「いい機会だから聞いておきたいの」
 と言い放つ。
「あの頃の私たちって下級生からはどういう風に見られていたのかしら?」
 菜々は首を傾げて少し考え込むと、言った。
「瞳子さまと可南子さまでの祐巳さまの妹の座争奪戦、でしょうか?」
 そんな風に見られてたのかぁ、と瞳子は嘆息する。
「競っていたかどうかは別として、当時の祐巳さまの妹筆頭候補だったものね。野次馬どころか、私や祥子さままでそんな目で見ていたわけだし」
「そうね、第三者から見るとそうだったのかも」
「違うんですか?」
 菜々は首を傾げたままである。
「違う。現に瞳子自身がそんな風に思っていなかったんでしょう?」
 乃梨子の言葉に頷く瞳子。
「ええ。可南子さんと競っているという意識はなかったわ。多少の反目はあったけれど、競っていたというわけではないもの」
「そんなものなんですか」
「そうよ。そういうものよ」
 それにしても、中等部からはそう見られていたわけで。
「面白おかしく脚色されていたのかも知れませんね」
 人気者とはどこでもそういうものだ。有名税、と言い切ってしまうのも虚しいが、仕方ないと言えば仕方がない。
「そのせいかどうかは知りませんけれど、一年生の間での可南子さまの人気も相当なものですよ? 瞳子さまと二分しているかも知れません」
 それは流石に大袈裟でしょう、と瞳子は笑った。
 
 
 
 なるほど。そういうことね。と可南子は頷いた。
「思い当たる節でもありますの?」
「下駄箱に変な手紙がたくさん」
 今日もまた、と言って一枚の手紙を可南子はカバンから取り出した。
「中身は見ちゃ駄目よ? 一応私宛の手紙なんだから」
 言われなくても、許可無く他人宛の手紙の中身なんて見ませんわ。そう言って瞳子は手紙の宛名だけを見た。
「中身は見たんですの?」
「ええ。いつも見てます。応援してます。試合頑張ってください」
 だいたいそんな感じね、どの手紙も中身は同じようなものよ、少しは独創性というものを出そうとは思わないのかしら。と可南子。
 ファンレターというかラブレターというか。
「瞳子さんだって、貰っているんでしょう? 乃梨子さんだって」
「乃梨子さんは存じませんけれど、私宛なら少しは」
「少し……なの?」
「それはもう。白薔薇さまや黄薔薇さま、お姉さまには及びませんもの」
「ふーん」
 つまらなそうに、可南子は余所を向いてしまう。そんな可南子に
「言いたいことがあったらハッキリ言って下さい」
「祐巳さまはまだしも、白薔薇さまや黄薔薇さま相手だと張り合いそうな気がするけれど」
「知らない相手からのファンレターの数を張り合っても仕方ないですわ」
「それでも、好意を向けられていることに代わりはないわけだし」
「薔薇さまよりは薔薇のつぼみの方が気安い。だからファンレターへも出しやすい。つまり、親しみやすいだけ。その程度のことですわ」
「親しみやすいからファンレター?」
 考え込む可南子に、瞳子は呆れたように言う。
「何を考えてるんですか? そりゃあ、私は、表面上は別として、誰とでも仲良くなれるような性格ではないけれど…」
「ううん。違うの。瞳子さんの事じゃなくて」
 自分のことだと、可南子は言う。
「私、親しみやすく見えてるのかしら?」
 ああ、と瞳子は笑った。
「可南子さんの場合は違うわ」
 親しみやすさよりも憧れ。それで言うならば、一年生達は乃梨子や瞳子よりも可南子に対して憧れているだろう。
「バスケット部のエース、文武両道。一部では令さまの次代のミスターリリアンとまで言われているとか」
「ミスターって…」
 拗ねるように可南子は落ち込む。
「この背がいけないのかしら」
「ミスターリリアンの称号で落ち込むのは、令さまに失礼だと思うけど」
「でも、令さまだって完全に受け入れていたわけではないって、由乃さまに聞いたことがあるんだけど。なんだかんだ言っても【ミスター】なのよ。女子高生に付ける称号じゃないわよ」
「そこは、筋金入りの女子校ですから、理解して頂かないと困りますわ」
「そうなのかしら…」
「実際の殿方以上に凛々しいお方は、必要ですわ」
「……そう思うようにはしてるけど」
 そこで瞳子は気付いた。
 普段からそう思っているという事は……
「ファンレターの内容はそういうものばかりなわけね」
 う、と可南子がくぐもったような声。
「瞳子さんって、そういうことは勘が良く回るんですね」
「おかげさまで」
 お姉さまや祥子さま、果ては優お兄さまにまで鍛えられましたから、とまでは言わない。
「いいじゃありませんの。あからさまに交際を求められるよりも、遠くから憧憬と共に見られている方が」
 そう言ってしまって瞳子は、自分が失言したような気になる。
「あら?」
 当然のように可南子も瞳子の失言を見逃さない。
「私が他の人に交際を求められるのが、瞳子さんはお気に召さない、と」
「そ、そんなこと言ってません」
「ううん。そう聞こえたから」
「可南子さん!」
「いいよ? 別に誰にも言わないから」
「そんなことだから、乃梨子に言われてしまうんです!」
 顔を赤らめた瞳子は憤然と席を立つと、その場から去ってしまう。
 中庭のベンチに取り残された可南子は、クスクスと笑いながらも、首を傾げてその後ろ姿を見送っていた。
「……乃梨子さんに何を言われたのかしら?」
 
 
 
「だけど、瞳子と可南子さんが祐巳さまを争って奪いあっていたっていうのは完全に間違いね」
 乃梨子はクスクスと笑っていた。
「どっちかって言うと」
 乃梨子の視線に瞳子が眉を上げる。
「なんですか、その意味ありげな嫌な笑いは」
「うん。今から思えば、祐巳さまと可南子さんで、瞳子を奪い合っていたのかも」
「乃梨子!」
 へぇ、と素直に感嘆する菜々。
「菜々ちゃんも本気にしないの!」
「いえ、色々と符合する点が。そういうわけだったのですね、瞳子さま」
「知りませんっ!」
 頬を染めた瞳子は立ち上がる。
 その少し後に同じような表情と態度で中庭から撤退することになるとは知らず、瞳子は薔薇の館を後にするのだった。
 
 
 
 
あとがき
 
 
 
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