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てるてるがんばる
 
 
 可南子は押入の中身を出していた。
「何やってるのよ、可南子」
 呼ばれて振り向くと、いつの間にかお母さんが帰ってきている。
「うん。ちょっと捜し物」
「いいけど。ちゃんと片づけなさいよ?」
「わかってるわよ」
「それで、何探してるの? 奥の方まで引っ張り出してるみたいだけど」
「……私の宝箱よ」
「宝箱……あ、あれ」
 宅配便用のダンボール箱。勿論、箱自体はどうでもいい。中身が可南子の宝物なのだ。
 引っ越しの荷物の中にあったのは確かに確認している。ここに住むようになってからは見たことがない。だけど、絶対にあるはずだった。
「お母さん、まさか始末してないわよね?」
「しないわよ。可南子のものを勝手に捨てるなんて」
「そうだよね」
 しばらくガサゴソとしていると、目当てのものが見つかった。
 なるほど、見つからないはずだ。箱は可南子が覚えていたよりも一回り小さいサイズだ。
「こんな小さかったっけ?」
「小さいときから持ってたからね。大きいと勘違いしてたんでしょ」
 可南子はその言葉に応じながら箱を開ける。
 中には見覚えのあるものないものがぎっしりつまっている。
 その中から一つ、小さな人形を取り出す。
「あれ、それって」
 お母さんが後ろから覗き込んでいた。
「そっか。そんな季節だもんね」
 
 
 
 梅雨の鬱陶しさというものは、毎年やってくる。
 高校生ともなれば、毎年のこの時期はこういうものだと諦めがつくこともある。
 それでもやっぱり、晴れ間は欲しい。
 特に、お姉さまとのデートが迫っているときなどは。
 乃梨子は、教室の窓から雨模様を眺めていた。
「日曜日にはやんで欲しいわね」
「まったくですわ」
 瞳子の応じ方に、乃梨子は首を傾けた。
「瞳子も?」
「乃梨子さんも?」
「あー。二人ともデートなわけね」
 二人の間に割り込む可南子。
「もしかして、羨ましい?」
「乃梨子さんと志摩子さまのデート? それとも、瞳子さんと祐巳さまのデートの方?」
「それは言うまでもないと思うけど」
「今更、そんなことで羨ましいとか言わないわよ。相手が誰であろうと、一緒に遊びに行けるのは羨ましいけれど」
 相手は関係ない、と可南子は釘を刺す。
「だけど、あいにくの空模様ね、梅雨の時期とはいえ、鬱陶しいことこの上ないわ」
「梅雨は嫌い」
 瞳子の言葉に、乃梨子は複雑な顔で頷いた。
 去年の今頃は、瞳子と祥子さま、祐巳さまの三人で色々大変だったのだ。
 だからというわけではないだろうけれど、。その瞳子に梅雨嫌いだといわれると、つい連想してしまう。
「乃梨子?」
 乃梨子がふと気付くと瞳子が呆れたよう自分を見ている。
「もしかして、去年のこと思い出してませんでした?」
「あれ? わかるの?」
 盛大な溜息一つ。
「そりゃ、それくらいの想像はつきますわ。乃梨子がいきなり遠い目になるんですから」
「ああ、そうか」
 三者三様で、雨空を見上げる。
「てるてる坊主でも、吊そうか」
「教室に?」
「まさか。薔薇の館に」
 薔薇の館なら、誰の邪魔にもならないだろう。それに、休日に晴れることは白薔薇さまも紅薔薇さまも望んでいるのだ。異論はないに違いない。
「それなら、構わないかもね」
 
 
 
 翌日、館に先着していたのは可南子だった。
 乃梨子と瞳子どころか菜々も。それ以前に薔薇さまの一人も来ていない。
 部外者だけ、というのがなんだか躊躇われて、可南子は入り口で誰かを待つことにした。
 手持ち無沙汰を囲っていると、菜々が最初に姿を見せる。
「ごきげんよう、可南子さま。何か御用ですか?」
「ええ。瞳子さん達と約束していたのだけれど、まだみたいだから」
 同じクラスとはいえ、掃除当番の関係で同じ時間にここまでこれるとは限らない。
「別に入ってしまっても構わないと思いますよ。可南子さまなら薔薇さま方も何も言わないと思います」
 今のところ外部協力者としてはトップクラスなのだ。一年生の中には、可南子が菜々と由乃の間に入ると勘違いしている者までいるくらいだ。
「それじゃあ、菜々ちゃんのお言葉に従って……お邪魔します」
「どうぞ。今、お茶を煎れます」
「お構いなく」
 そう言いながら、可南子は窓際に立つとカバンから人形を取り出した。
「これを付けたら、すぐに帰るつもりだし」
「なんですか? それ」
「てるてる坊主よ。次の日曜日が晴れるように、ここにかけておくの」
「次の日曜日、何かあるんですか?」
 お姉さまには何も聞いていませんけれど、と首を傾げる菜々に、可南子は苦笑気味に言った。
「山百合会の活動ではないわ。全くの無関係というわけではないだろうけれど」
 紅薔薇姉妹、白薔薇姉妹のデートの日だというと、菜々は頷いた。
 そして、自分たちは日曜日は支倉家の道場で稽古をしていると言う。
「皆さんは、デートというものをしてらっしゃるんですね」
 まるで二姉妹を変わり者と断定しているような口ぶりに、可南子は「黄薔薇にはどこか一風変わった人が集まるという伝統は本当だった」と心の中で頷く。
 そして、窓際にてるてる坊主をつるし終える。可南子のつるしたてるてる坊主は、大層立派な人形である。晴天祈願に急いで作ったものには見えない。
 それを菜々が指摘すると、可南子は我が意を得たりと語り始めた。
「これは由緒正しい細川家のてるてる坊主よ。霊験あらたかなの」
 由緒正しい?
 霊験あらたか?
 菜々の好奇心を刺激する不思議タームが二つ。
 一体このてるてる坊主には何が。
「これはね、お父さんが私のために作ってくれた、世界でただ一つのてるてる坊主よ」
 幼稚園の頃、親子遠足に父親が来ると知った可南子は一生懸命に晴天を祈願した。しかし、当日は雨。遠足は中止ではなく順延となったのでそれは良かったのだけれど、おかげで二度目の予定日のための晴天祈願はとんでもなく真剣なものになってしまった。
 それを見ていたお父さんが、異常に力の入ったてるてる坊主を作ってしまったのだ。
「この子はずっと、私のためにがんばって晴れさせてくれたのよ」
「ふぅん」
 菜々はてるてる坊主に手を伸ばすと、その頭を撫でた。
「なかなかやるね、君」
 おう、まかせとけ。
 そんな感じで、くるりとてるてる坊主が回る。
 菜々が笑った。
 
 
 そして日曜日は見事に晴れたのだった。
 
 
 
あとがき
 
 
 
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