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プロローグ
 
 海からの風を気持ちよさそうに全身で受けながら、はやては傍らのシグナムに話しかけていた。
「こんな形で六課再結成とはなぁ。嬉しさ半分、怖さ半分ってとこかな」
「あれから随分過ぎましたからね」
「それにしても、未だに最強部隊をかき集めるとあたしらにお鉢が回ってくるって……シグナム、ヴィータ、新人育成サボってるんちゃうやろね?」
 はやてを挟んでシグナムの反対側に立っていたヴィータが憤然とくってかかる。
「あ、ひでぇよ。はやて。あのころのメンバーはなんだかんだ言っても粒ぞろいだったんだからな。今の連中に爪の垢でも煎じて飲ませたいよ」
「確かにな。連中はいい素質を持っていた。あれだけのメンバーはなかなか揃わない」
「うわっ、大雨が来そうですね」
「そんなにお二人に褒められると、……なんか鳥肌が」
 スバルとティアナが連れだって姿を見せる。
「何のこと? あたしはエリオとキャロの話をしてたんだけど」
 とぼけるヴィータにうなずくシグナム。
「そうだな。私もそのつもりだった」
「ひどいなあ、こう見えてもがんばってるんですよ。ティアはもう立派な執務官だしね」
「あはは、フェイトさんには及ばないけれどね」
「すいません、遅れましたか?」
 かけてくるエリオ。その向こうにはフリードに乗ったキャロの姿も見える。
「皆、集まったな。そしたら、フェイトちゃんとなのはちゃんに連絡しよか」
 はやてに皆まで言わせず、リィンが空中にディスプレイを出現させる。
「皆さーん。これを見てくださいです」
 
 元機動六課スターズ分隊、ライトニング分隊の再結成。総指揮としての八神はやて。
 それだけの戦力を必要とする異変が今、ミッドチルダを襲おうとしている。
 
 
 
 
 
魔法使いと少年
クロスオーバー
「リリカルなのはStrikerS」「マリア様がみてる」「帰ってきたウルトラマン」
 
 
「可哀想だとは思うが、近寄って関わり合いにはなりたくない」
 それが、少年を知る者たちの共通認識だった。
 とりたててこちらから攻撃するつもりはない。近づいてさえこなければ。排斥の意志はあっても、攻撃の意志はない。
「なんだか気味の悪い、訳のわからない婆と一緒にいるんだろ?」
「あの婆さん、いつからあんなところに住み着いているんだ? 気味悪くて子供を遊ばせられないよ」
「婆さんの孫なのか?」
「それがあの子、家出らしいよ。噂にゃ聞かないからこの辺りじゃないんだろうけど」
「おいおい、誘拐じゃねえだろうな」
「早く出て行ってくれないかねえ」
 
 少年が商店街に姿を見せると、人々の話し声はとたんにトーンが低くなる。
 ひそひそ話。そして少年を射抜くような目。
 少年は辺りを伺うように不安げに、見ようによっては挙動不審に歩いている。
 それが元々なのか、それとも周りの視線がそうさせているのか。どちらにしろ、普通の状態でないことは一目瞭然だった。
「社長、どうします?」
 少年の入ったスーパーマーケットの片隅で、店長が言う。
 その言葉に首をかしげる社長。
「どうしますって、お客様はお客様だろ」
「他の客から苦情が来てるんですよ」
「どんな?」
「おかしなのが店内をうろうろしているって」
「あー。そういうことか」
 江利子は父が頭を抱えるように考え込んでいるのを見た。
 父の性格からして、悪いことをしているわけでもない少年を店から追い出すことは避けたいのだろう。しかし、他のお客さんからのクレームを無視することもできない。父は商売人なのだ。
 父が言えば、店長はあっさりと少年を追い出すだろう。
 店長は悪い人ではないが、聖人というわけではない。世の中の大多数の人間と同じだ。
 外でのアルバイトを禁じられている代わりにここでアルバイトまがいのことをしている江利子には、店長の性格がわかっていた。
 やがて店長は、仕方ない、というように肩を大きくすくめると、江利子の父に何か一言言って少年の方へと近づいた。
 二言三言少年に話しかけている。
 缶詰を物色していた少年は、店長の言葉に憮然とした表情を隠そうともしない。
 そして憤然とした様子で、店の外へ出て行く。
 戻ってきた店長は、そこで待っていた江利子に微笑みかけた。
「江利ちゃんは、あんまり関わらない方がいいよ」
 店長の言葉に、江利子は隠れてため息をついた。
 その本音はわかっている。他意は全くなく、純粋に自分のことを心配してくれている言葉だと言うことはわかっている。
 それでも、じっとしていることはできない。
「大丈夫ですから。これくらい」
 江利子は店頭に置かれていた缶詰を掴むと、とぼとぼと去っていく少年に向かって走る。
「ちょっと待って!」
 疲れ切った表情の少年は、訝しげな顔を江利子に向けると立ち止まった。
「ほら、これ」
 缶詰を差し出す江利子に、少年は明らかな敵意を向ける。
「なんだよ、これ」
「見てわからない? 缶詰よ。これ買いに来たんでしょう?」
「同情なんていらないっ!」
「何言ってるの。これは商売よ。ちゃんとお金はもらうんだから。ほら、お金持ってるんでしょう?」
 決めつけるように言う江利子に気押されるように、少年はポケットからよれよれの千円札話取り出した。
「はい、まいどあり。これ、お釣りね」
 少年はおつりを受け取るとその場を走り去る。
 そして数歩で立ち止まり、振り向いた。
「…あ、ありがとう」
「またの来店をお待ちしています」
 江利子はニッコリと微笑んだ。
 
 
 知ってる、と聖は言った。
「国道の突き当たりの、河川敷のところで掘っ立て小屋みたいなのに住んでる魔女でしょ」
「魔女?」
「子供たちはそう呼んでるよ。本当に魔法が使えるって本人が言ったらしいけど」
「会ったの?」
「まさか、いくら私でもそこまでは。聞いたのよ、そういう話を」
「ただの浮浪者なんでしょ?」
「そりゃそうだろうね。だけど、なんだか不気味がってるのよ、近所の人たちが。中には本当に魔法を見たって言う人もいて」
「集団幻覚か何か?」
「さあ、だけど、さすがにそんな訴えが出たら無視できないみたいよ。近くの交番からたまにお巡りさんが様子を見に来てるみたい」
「本当に魔法使いだったら警察官じゃどうしょうもないんじゃないかしら」
「だから、お巡りさんの方でもMATに連絡したって」
「なにそれ」
 江利子は唖然と聞き返す。滅多に物に驚かない自分だが、さすがにこれには驚いた。
 MATといえば「MONSTER ATTACK TEAM」である。怪獣退治の専門家なのだ。それを河川敷に住む一浮浪者に向かわせるなどと。
 そもそも、聖がどこからそんな話を聞き込んできたというのか。
「あ、車検でね」
「車検とMATに何の関係があるのよ」
「車検頼もうと思って、知り合いに紹介してもらったのよ」
「MATが車検するの?」
 訳がわからない。江利子は眉をひそめた。
「いや、坂田自動車修理工場ってところだけど。そこの元工員が、MATの隊員の一人なんだ。車を持ち込んだときに、偶然その人もいてね。私よりよっぽどアメリカ人だったよ」
 そこから話を聞いたのだと。ちなみに別に機密でも何でもないので、聖が話を知っていること自体は別に構わないらしい。
「暇なの? MAT」
「それはないと思うけど。でも暇な方がいいよね、ああいう組織は」
「それはそうね。科学特捜隊とか、ウルトラ警備隊とか、近頃何かと騒がしいものね」
「そういや、祐巳ちゃんが昔宇宙人に会ったって言ってるらしいけど本当かな」
「…祐巳ちゃんか…、結構あの子、無茶するから、あり得ないとは言い切れないのが怖いわよね」
「今は火星にいるらしいよ」
「火星ねえ…」
 
 
 
 郷は河川敷を見渡した。
 特に怪しい物体など何もない。ただ、人が住んでいるとは思えないようなみすぼらしい掘っ立て小屋が、ぽつんと立っているだけだ。
 事前に知らされていなければ、ただの放置されたあばらやとしか思っていなかっただろう。
「MATの方ですか?」
 背後から近づいていた気配。殺気もないので無視していたが、声をかけられたことで郷は振り向いた。
「ええ。MATから来ました。郷秀樹です」
 そこには、警官を先頭とした地元住民と思われる一団が集まっていた。
「これは、どうも、こんなことでお呼びだてして」
 警官が頭を下げていた。実直そうなお巡りさんだ。
「いえ。皆さんからの通報はMATにとっても重要な情報源ですから」
 そう言うと、郷は掘っ立て小屋の方を示す。
「あれが通報のあった……魔女…?…の家ですか?」
「はあ。そうなんですが、なんでも不思議な力を使ったところを見たことがあるという者がいて」
「本当ですよ!」
 背後に固まっていた集団の中から、別の一人が叫ぶ。
「あいつ、石を投げたらはね返しやがったんだ!」
「石? 石を、投げた?」
 この場合、責められるべきは石を投げたという行動ではないか、と郷は思った。しかし、はね返したというのが本当ならば、魔女と呼ばれる存在は確かにただ者ではない。
 もちろん、思い違いや錯覚、あるいは悪意ある捏造という可能性もないわけでない。
「化け物なんだよ、MATで何とかしてくれ!」
「皆さん、落ち着いてください。調査は行いますから」
 正直、郷は魔女の存在には懐疑的だった。あまりにも住民たちの反応がヒステリックなのだ。
 何があるにしろ、住民たちの反応は常軌を逸しているような気がしていた。今のところ、住民には何の被害も出ていないのだ。
 郷は、身振りで住民たちに落ち着くように促すと、単身で小屋へと近づいていく。
「どなたかいらっしゃいますか?」
 小屋へ近づくにつれて、郷は何かの気配を感じ始めていた。
 人間としてではない、これはウルトラマンとしての超感覚だ。
 …人間…地球人の気配ではない?
 しかし、宇宙人とも断言はできない。郷は自分の感覚に当惑していた。
「誰かいるんですか?」
 いることは間違いない、と感覚が告げている。しかし中からの返事はない。
「誰か…」
(帰って!)
 郷は思わず立ち止まった。
 これは、ウルトラ一族のテレパシーとも違う。もちろん音声でもない。
(誰だ、君は?)
(…やっぱり、聞こえるんですね。帰ってください。あの人たちに危害を加えるつもりはありません)
(何者だ。君は地球人ではないのか)
(少なくとも、宇宙人ではありません。私はただ、自分の世界に帰りたいだけです)
(助けが必要なら…)
(帰ってください。そしてあの人たちを近づけないでください)
(待ってくれ。助けが必要なら協力する)
(……ごめんなさい。今は、誰も信じられないんです。私は、この世界の嫌なものを見過ぎました。だから……)
 郷はちらりと背後を振り向いた。住民たちの姿が見える。皆、自分の方を注視している。戻るにしろ、なにか理由を考えなければならない。
 このまま戻ったとしても、誰も納得しないだろう。
 そのとき、住民たちの向こうから必死の形相で走ってくる少年の姿が見えた。
「何やってんだよっ!」
 慌てた住民たちの脇を駆け抜け、少年は郷に飛びかかる。
 持っていた包みから缶詰が落ち、辺りに散らばった。
「退け! 帰れよ! 帰れよ! MATが何しに来たんだよっ! 帰れ! 帰れ帰れ帰れ帰れ!!」
 少年の剣幕に郷はたじろいだ。この少年は紛れもない地球人だ。それはわかる。
「待ってくれ、君はいったい…」
「帰れよ! MATは関係ないだろうっ!」
 駆け寄ろうとする警官を郷は制止する。
「住民の方を解散させてください。とにかく落ち着かないと」
 警官は再び戻ると、住民たちに言い聞かせて解散させた。
 住民たちは渋々ながら、それでも警察とMATに言われては仕方なく、三々五々に帰っていく。
 郷は殴りかかってくる少年の手を取り、静かに、そしてはっきりと言う。
「君に、いや、君たちに危害を加えるつもりは全くない。ただ話を聞きたいだけだ」
「お前に話す事なんてない!」
「君は…」
 郷は思わず言う。
「君は地球人なんだろう?」
 少年は郷をにらみつける。そして、吐き捨てるように言った。
「地球人なんて、大嫌いだっ!」
 絶句した郷を無視して、少年は缶詰を拾うと小屋へ入ってしまう。
 
 
 江利子は少年に缶詰を渡す。少年は江利子にお金を払う。
 いつの間にかそれが日課になっていた。
 少年は毎日来るわけではよない。江利子は毎日手伝っているわけではない。
 江利子が店にいても少年が来ない日がある。少年も、店を覗いて江利子がいなければ何もせずに帰っていくようだった。
「ね、君、名前は?」
「え?」
「名前よ、名前」
「……英里夫」
「あら」
 江利子は笑った。
「なんだよ、あの人はとってもいい名前だって言ってくれたんだ!」
「違う違う、そんな意味で笑ったんじゃないわよ。私の名前が江利子なの。似てるんじゃない?」
 江利子の笑いは止まず、最初はあっけにとられていた少年も、やがてつられるようにニッコリと笑った。
「うん、そうやって笑いなさいよ、ね」
 それがきっかけだった。江利子はこの後、少年の境遇を知ることになる。
 そして境遇を知ったために、呼び出されたのだ。
 聖経由で呼び出された先には、MATの隊員が待っていた。その姿を見て、なるほどアメリカ人だと江利子は思った。聖よりも数倍バタくさい顔をしている。
 いわゆる世間一般での美男子の類だろう。
 呼ばれた理由はすでに聖から聞かされていた。当然のように聖も乗り気ではなかったのだけれど、仕方ないと言えば仕方ない。緊急事態といわれてしまえば反論のしようもないのだ。
 所詮こちらは単なる一市民の想い。向こうは準軍事組織、世界の平和を守っている人たちなのだ。小笠原や松平の名前だって通用しないだろう。
 友好的に招かれただけ、まだマシだったのかもしれない。時代が違っていれば逮捕尋問あるいは拷問のフルコースだ。
 聖経由で呼ばれたと言うことは、平和に解決しようという意志があるのだ、公的機関に呼ばれたという形をとっていないのはそういうことなのだろう、と江利子は自分に言い聞かせていた。
 そしてさらに、口止めされているわけではない、と江利子は自分を納得させる。
 そもそも、こうなることが予想できていなかったわけでもない。少年と親しくしている自分の姿は確実に目撃されていたのだろうから。この辺りで少年に関して聞かれるなら、自分がその相手になるであろうことも簡単に推測できる。
 だからあらかじめ、江利子は少年に尋ねていた。
「…彼について知っていることはすべてお話しします。彼…英里夫くんにも許可はもらっていますし。もっとも、彼については調べがついていることと思いますが」
「そうです。その通りです」
 ため息をついた隊員を、江利子は皮肉な思いで見つめていた。
 隊員に悪気はないのだろう。それは何故か直感できる。そして理屈で考えれば、少年とその同居人が脅威と感じられても仕方ないとはわかっているのだ。
 しかし、感情は簡単には収まらない。
 江利子は自分自身で言い出した前置きに逆らって、少年自身から聞いた彼の境遇から語り始めた。
 シンプルにまとめればあまりにも簡単なものだった。
 両親を事故で失って親戚中をたらい回しにされていた少年は、行く当てもなく家を出た。その先で知り合った女性に命を助けられ、行動をともにすることにした。
 ただそれだけ。そして、それだけなら何の問題もない。
 だから、江利子はそれだけを話した。
 嘘はついていない。隠し事もしていない。
 ただ言わなかっただけ。
 少年から聞かされた「あの人」の物語を。
 理由は二つある。
 まだ、自分がその話を信じ切っていないこと。
 そして、目の前の隊員を信じていいのかどうかがわからないこと。
 
 
 
 大規模な次元震を人工的に引き起こすロストロギアを止めるため、六課が再結成された。正確には、必要だったのは六課の戦力であり組織ではない。
 どちらにしろ、揃った戦力は一丸となり次元犯罪者に立ち向かった。
 純粋な戦力としてはスカリエッティ以上の相手だったが、彼らとの大きな違いは戦力を分散できなかったことだった。
 ナンバーズやルーテシア一行を擁していたスカリエッティとは違い、超弩級の破壊力を持ったロストロギア一つが相手なのだ。こちらも戦力の一点集中で効率よく戦うことができる。
 しかしロストロギア確保寸前に、犯人はそれを暴走させた。
 それによって限定された、しかし強力な次元震が発生したのだ。
 ロストロギアに一番近い位置にいた私は、発動を止めようとした。いや、止めたと思った。止めることができたと思ったのだ。
 次に気づいたとき、自分はこの世界にいた。
 最初はなのはさんの世界だと思ってた。数度しか来たことがないけれど、風景に見覚えがあるような気がした。
 だけど、知っている人は誰もいなかった。
 海鳴がどこにあるのかさえも、私にはわからなかった。
 この世界へ飛ばされた衝撃でデバイスも手元から消えていた。
 後遺症のためかほとんど失われた魔力では、帰ることはおぼつかない。残った魔力をかき集めて、私はデバイスを探す。デバイスがあれば通信はできるかもしれない。
 私はデバイスを探した。幸い、大まかな方角と距離は探知することができた。
 私は、自分が無力であることを思い知った。そして、人間の悪意とはどういうものなのかということを身をもって知った。
 失うモノなどないと思っていた自分の中には、思った以上に奪われるモノが残っていた。奪われる日が来るとは予想もしていなかったモノまで。
 傷ついた肉体と精神だけが残り、これ以上は本当に何も奪われるモノがないと思ったとき、私は自由になることができた。
 私はただ、デバイスを探すだけだった。魔力を失った自分にできることなど他には何もなかった。
 投げられた石から身を防ぐ。その程度のシールドも、一日に一度張れるか張れないか。私のリンカーコアはとうに壊れている。
 私はただ、無力だった。それだけなのに。
 あの子を巻き込むつもりなんてなかったのに。守ることもできないのに。
 どうして、私はあの子と一緒にいるんだろう。
 ただ、名前が同じだけなのに。
 駄目だ。私と一緒にいちゃ駄目なんだ。
 私は帰るんだ。いつか、あの世界に帰るんだ。
 皆がいる世界に。
 エリオ君がいる世界に……
 ここは……どこなんだろう。
 デバイスがあればきっと戻ることができる。連絡すれば、きっと迎えに着てくれる。
 みんな私を捜しているに違いない。魔力のない今の私を見つけることができないのだ。デバイスがあればその反応で見つけてもらえるに違いない。
 私は、あの世界に帰りたい。
 
 
 
「一緒に英里夫君のところへ来てもらえませんか?」
 郷の言葉は、江利子にとっては半ば予想していたものだった。
「直接会って話を聞きたいんです。貴方さえよければ、協力してほしい」
「治安のため、ですか?」
「彼のためでもあります。いや、もしかしたら彼と一緒にいるという人のためにもなるかもしれない」
「そう、言い切れるんですか?」
 何を言っているのだろう、と江利子は自分でも思った。MATの隊員とはいえ、ただ一人の人間にどれだけの責任を求めようと言うのか。
 不思議と、目の前の隊員には不思議な魅力があるのは認めていた。男性的魅力という類ではない。強いて言うならば、絶対的な力の持ち主への安心感といえばいいだろうか。必ず守ってもらえる、という感覚。
 MATの隊員としては非常に有用な雰囲気の持ち主なのだな、と江利子は思う。
「一緒に行ったとして、話をしてもらえるという保証はありませんよ」
「かまいません。話ができなくても」
 うなずく江利子。
 この隊員は信用できるかもしれない。どちらにしろ、何らかの形でMATなり警察なりが少年には接近するのだろう。だとすれば、少しでも信用できそうな人に託す方がいい。
「僕は、あの子を助けたい。いや、あの子だけではなく、一緒にいる人もです」
「助けられるんでしょうか」
 少年の話だけでも、江利子には老女の反応がわかるような気がしていた。
 助けすら、拒む。それはプライドや見栄などというものではない。ただ単純に、誰も信用できないだけのこと。老女にとっては少年だけが、きわめてまれな例外なのだろう。
 郷の乗ってきたマットビハイクルに同乗し河川敷へ向かうと、人だかりが見える。
 嫌な予感に、江利子は郷に急ぐように頼む。
 
 江利子の言葉を待つまでもなく、郷は緊急用の車外スピーカーのスイッチを入れていた。
「“こちらMATです。一般の方はそこから離れて!”」
 飛び降りるようにビハイクルを降りる郷、そのまま駆けだして人だかりをかき分ける。
「下がって! 下がってください!」
 一瞬、人の壁の向こうに少年の姿が見えた。そして、少年を庇うように立つ老婆の姿も。
 怖気だつような嫌な気配が郷の感覚を支配していた。
「やめろっ!」
 しかし、銃声が一つ。
 倒れる老婆。
 瞬間、郷の耳はすべての音を拒絶した。
 ただ一つ、少年の叫びだけを除いて。
 嘆きと恐怖、怒りと悲しみの混ざった叫びだけを除いて。
「何故撃ったんです!」
 郷の手は警官の首を掴んでいた。
「何故撃ったんですか!!」
「あ、あいつが、変な力を…」
「石を…石を投げるからっ!」
 そうだ。老婆の力は本物だった。だから、警官は撃ったのだ。
「出て行くはずだったのに! ほっといてくれれば、出て行くのに! どうして、どうしてっ!」
「医者を呼ぶんだ、早く!」
 警官を突き飛ばすようにして言うと、郷はビハイクルにいったん戻った。何があったのかと尋ねる江利子に手短に状況を説明しながら応急処置キットを取り出すと、再び老婆のところへ急ぐ。
 郷を追うように、江利子も駆け寄ると、住民たちはその場から去るでもなく、遠巻きにして見守っている。
「…そいつは、化けもんだっ!」
「そうだ、石を跳ね返したんだぞ!」
「オマエ、MATだろ! だったらさっさと退治してくれよ!」
「そのガキだって、仲間に決まってる!」
 まるで吊し上げだ、と江利子は下唇を噛んだ。
 誰が何をしたというんだろう。
 誰が誰を傷つけたというんだろう。
 ただ、ここにいただけなのに。自分の身を守っただけなのに。
 それがどれだけいけないことだというのだろう。
「応急処置を…」
 郷は老婆を抱き起こす少年の横にしゃがみ込んだ。
「寝かせて。とにかく血を止めるんだ」
 ぼろぼろの衣服に広がる、そこだけは鮮やかな赤い色。
「見ろよ! 同じ赤い血じゃないか!」
 少年は叫んでいた。
「お前らと同じ赤い血じゃないかっ!!」
「叫ぶんじゃない。それより、しっかり身体を押さえていてくれ」
 郷は撃たれた箇所を見つけていた。即死の急所ではない。しかし、衰弱した身体から命を奪うには充分すぎる傷だ。
 そのとき、郷は気づいた。
 これは老婆ではない。
 老婆に見せかけてはいるが、妙齢の女性だ。普通にしていても老婆に見えてしまうほど、病み衰えているのだ。
「駄目……」
「喋るな。喋っちゃ駄目だ」
「駄目…」
 再び制止しようとして、郷は気づく。彼女は郷に向かって話しているのではない。むろん少年でもない、ましてや江利子や群衆でもない。
 なにか、別の何かに向けて話しかけている。
「駄目…来ちゃ駄目」
(喋っちゃ駄目だ。誰かに伝えたいことがあるなら、私が伝える)
 郷はテレパシー会話に切り替える。しかし、彼女の思考は死の間際のためか混乱しきっていた。
(私を見つけてくれたのに……遅すぎた……駄目、怒らないで。この世界にはいい人もいる……だから…駄目、落ち着くの……)
 それでも、誰かが彼女を捜しに来ていることはわかる。
(誰だ、誰なんだ!)
(……ヴォ…)
 思考が、いや、意識が消えた。その瞬間、凄まじいばかり咆哮が地を震わせる。
 振り向いた郷の前に、黒い巨体がその偉容を現した。
 怪獣…いや、黒龍。
 郷は悟った。これが彼女を捜していたものだと。そして、彼女の死によって黒龍が怒っていることを。
 群衆の悲鳴が上がる。
「あれが……ヴォルテール……」
 少年のつぶやきは郷の耳にも入る。
「あの人を助けに来たんだ……もっと……もっと早く来てくれよっ!」
 誰かが郷の肩に手を置いていた。
「お、おい、怪獣だよ。あんたMATだろ! なんとかしてくれよっ!」
「は、早く退治してくれっ!」
「そ、そうだ、ウルトラマンだよ、ウルトラマンが来てくれるさっ!」
 馬鹿な。
 郷は言葉にならないつぶやきを漏らしていた。
 龍を呼んだのは誰だ。
 龍を怒らせたのは誰だ。
 龍の怒りを郷は感じ、そして共感していた。
 何故、この龍と戦わなければならないのか。
 何故、この人たちを助けなければならないのか。
 あまりにも、身勝手な人々を。
「何故殺したっ!」
 郷の叫びを打ち消すためか、あるいは共感のためか、龍が再び吼える。
 うなる巨体は一歩動くたびに土砂を巻き上げ、巻き上げられた石が郷たちに降りかかっていた。
「何やってるのよっ!」
 江利子に引きずり倒すように背後に引かれ、郷は背中から地面に倒れる。横には同じような体勢の少年がいた。少年を抑えているのは江利子を紹介してもらった女性、聖だ。
「なんだか知らないけれど、こんなところでじっとしてたら危ないでしょ。ほら、MATさんも自分のやることやって!」
 やること。
 そう、MATとしての自分がやること怪獣退治だ。ウルトラマンとしての自分も似たようなものだ。
 だが……今守るべきは誰なのか。守るべき相手はすでに死んでしまっているのではないだろうか。
 自分は龍と戦うべきなのだろうか。
 郷は呆然と龍を見上げる。
「……怒っている。龍が怒っている」
「怒っていれば何をしてもいいの?」
 江利子が静かに尋ねた。
「川向こうには、私の父がいて、兄がいて、大切な人たちがたくさんいる。その人たちは、ここであったことなんてほとんど知らない。そんな人たちまで、怒りの対象になってしまうの?」
 郷には答えられない。皆、地球人なのだ。そう、歴とした同じ地球人なのだ。放浪していた女を私刑で殺してしまった地球人なのだ。
 しかし…
「貴方が罪悪感を感じるのはわかるし、それは貴方の勝手だけど、そこでじっとしているだけのつもりなら、それを貸して」
 腰のホルスターに江利子の手が伸びてきたのを感じて、郷は慌ててマットシュートに手を置いた。
「何をする気です」
「使う気がないのなら貸して」
「おもちゃじゃないんだ」
「だから貸してって言っているのよ」
 郷は思わず江利子をまじまじと見ていた。いったい彼女は何を言っているのだろう。
「別に、MATだから戦えとか、私たちを守れなんて言わない。だけど、貴方は武器を持っている。それを使うつもりがないのなら、使うつもりのある人間に貸してといっているの」
「君が使うつもりなのか」
「他に方法がないのならね」
 何故。と聞くのは愚かだと郷は悟った。
 守りたい者がいる。守りたいモノがある。シンプルだがこれ以上はない答え。
 守りたい者がいる。守りたいモノがある。だから、自分はここにいる。
 ウルトラマンがここにいる。
 たとえ裏切られても、ただ一人でも守るべき人がいるのなら。ただ一つでも守るべきモノがあるのなら。
 だからこそ、自分はここにいる。
 理由の咆哮とともに巻きあがる土砂。聖と江利子、そして少年を庇うように郷は身を投げ出した。
 
 光が輝く。
 
 江利子は閉じていた目を開けた。
 身体が宙に浮いている。いや、何かに持ち上げられている。
 隣には聖と少年が気絶しているようだ。
 見上げた江利子の視界には……
「……ウルトラマン?」
 救われたのか、ウルトラマンに。
 ゆっくりと地面におろされる。
 郷の姿はない。自分たちがウルトラマンに助けられたのを見て移動したのだろうか。
 ウルトラマンは龍に立ち向かっていた。
 しかし、その動きはおかしい。
 戦っていると言うよりも、いなしているというほうが正しいように見える。
 小競り合いを続け、ウルトラマンは龍を抱えて飛んでいってしまった。
「……わかっていたのかな」
「なにが?」
 途中から目を覚まし、戦いを見ていた聖が尋ねる。
「あの龍が悪いわけじゃないって言うこと」
「…そうかもね」
 
 
 
 三日後、少年はまた姿を消した。
 その日に、江利子に礼を言ったのが少年の姿が目撃された最後だという。
 郷の問いにも、江利子はただそれだけを答えた。
「さあ、心当たりなんてありません」
 江利子は何も言わなかった。
 早朝の河川敷で見たものを。
 赤毛の逞しい男性と金髪の驚くほどの美人が、壊された小屋の跡地で手を合わせていたこと。
 そして二人の間にいた少年。
 江利子の見ている前で、三人はかき消すようにしていなくなった。
 まるで、魔法のように。
 江利子はただ、少年が良い世界に向かったことを望んでいる。
 
 
 
 
 
 
あとがき
 
 
 
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