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祐巳さんと可南子ちゃん
「一番星」
 
 
 星が出た瞬間を見つけるの。
 見つけられた数だけ、その人は幸せになれるんだよ。
 
 他愛のないおとぎ話のようなもの。
 それでも、何となく気になって。
 忘れられなくて。
 ふと気がつくと、一番星を探していた。
 
 可南子は空を見上げていた。
 クラブ活動で遅くなった何人かの生徒は、紅薔薇のつぼみたる可南子を見つけると挨拶をする。
「ごきげんよう、紅薔薇のつぼみ」
「ごきげんよう」
「あの、どなたかをお待ちなんですか?」
 中には、勇気を振り絞るようにして声をかけてくる一年生もいる。
 あまり緊張されるとこちらも困ってしまう。そう思いながらも、可南子は優しく答える。
「ええ。お姉さまを待っているの」
「紅薔薇さまですね」
 納得した、と言うように一年は走り去っていく。
 その後ろ姿を見ながら、可南子は自分たちが一年生の頃を思い出していた。
 よくよく考えてみれば、自分に乃梨子、瞳子と、この世代の一年生は上級生に対しても全く物怖じのない生意気な世代だと思う。だけど、それくらいでなければ全校生徒の憧れの的であるような三薔薇さまなんて勤めることはできない。
 それに、もっとよく考えてみると、一つ下のは可南子たちよりも上級生を恐れない強者、有馬菜々がいるではないか。
 悪い子ではないのだけれど、今の山百合会の中では、物怖じし無さ加減ではまさにトップクラスの子だ。
「あ…」
 可南子は空を見上げた。
 星が三つ、瞬いている。
 一番星を見損ねてしまった。
「あーあ」
 それほど惜しいとも思わず、それでも声だけは残念そうに。
 まるで、芝居をしているような気分で可南子は呟いていた。
 
 
 その日も、可南子はお姉さまを待っている。
 冬の日没は早い。普通に居残りをしただけでもすぐに暗くなってしまう。
 毎日というわけではないが、お姉さまの帰りはこのところ遅い。
 薔薇の館の仕事ならば、可南子がいくらでもフォローすることができるのだけれど。卒業前のクラス関係のことだと言われると、可南子にできるのはただ待つことだけ。さすがにそこまで二年生が手を出すことはできない。
 きっと、白薔薇さまも黄薔薇さまも同じようにしているのだろう。
 可南子は、まだ星の出ていない空を見上げた。
 今日こそ一番星を……
「あれ、可南子。そんなところでどうしたの?」
 乃梨子の声に、可南子は視線を落とした。
「もしかして、紅薔薇さま待ち?」
「ええ。乃梨子さんこそ、白薔薇さまはどうしたの?」
「待つつもりだったんだけどね。今日はどうしてもこの時間がリミットだから」
「ふーん。なにか、用事?」
「用事というか、菫子さんに買い物頼まれてて、お店が閉まっちゃうのよ」
 乃梨子は肩をすくめると、再び歩き出す。
「じゃあそういうことで、ごきげんよう」
「ええ、ごきげんよう」
 乃梨子の後ろ姿を見送って可南子は、はっと気付いて空を見上げる。
 星が三つ、瞬いていた。
「あ……」
 残念、というよりも仕方ないという想いの方が強い溜息が出た。
 
 
 そしてまた、可南子はお姉さまを待っている。
「いつもいつも悪いよ。先に帰っててもいいんだよ」
「私が好きで待っているんです」
 そんなやりとりも慣れたものだった。
 だから、可南子はお姉さまを待っている。
 空に一番星を探しながら。
 見上げる空はまだ、夕焼けの色が色濃く残っていた。
 どこかに一瞬、星がきらめく。それが一番星なのだ。それを見逃さないように、見失わないように、可南子は空を見上げている。
「可南子。何してるの?」
 知っている声なので、顔は見上げたまま。今日こそは一番星を見つけてやろうという思いがある。
「可南子ってば」
 近づいてくる気配がわかる。けれど、空を見上げている自分に視線を合わすことはできないだろう。なにしろ、背の高さが違うのだ。
「こらっ」
 いきなり、黄薔薇さまと目があった。
「返事しなさい、可南子ちゃん」
「由乃さま?」
 慌てて姿勢を戻すと、ジャンプして無理矢理視線を合わせた張本人が瞳子に支えられて笑っていた。
「危ないですわ、お姉さま。転んだらどうするんですか」
「大丈夫、心配してないよ。瞳子が支えてくれるってわかってたから」
「またそんな事ばっかり言って」
「信じてるからね」
「お姉さまッ!」
「あの…」
 たまりかねて可南子は言った。
「お二人とも、いきなり人の前に来て痴話喧嘩というのはどうかと思いますけれど」
「ち、痴話……!」
「言うわね、可南子ちゃんも」
 絶句する瞳子と笑う由乃。
 二人の様子に笑ったあと、可南子は慌てて空を見る。
 瞬く星は四つ。
「また…」
 一番星はまだ見えない。
 
 四度目の正直なんて言葉はないけれど。
 それでも可南子はお姉さまを待っていた。
 結局、お姉さまがやってくるのはいつも一番星が出てしまった後。可南子が悔しがった後なのだ。
 今日も結局は同じ結果になるのではないだろうか。可南子は半ば諦めて、半ば期待して待っている。
 空に星はない。ただ、夕焼けの色が広がっている。
 ――星が出た瞬間を見つけるの。
 ――見つけられた数だけ、その人は幸せになれるんだよ。
「可南子、お待たせ」
 可南子は、声の主を見た。
「えへへ。今日は、早く終われたんだ。ゆっくり一緒に帰れるね」
 微笑むお姉さま。
 ああ。
 可南子は気付いた。
 一番星を探す必要なんて無かった。お姉さまに会えるだけで、こんな幸せな気持ちになれるのだから。
「はい、お姉さま」
 
 並んで帰る二人の上で、一番星が瞬いた。
 
 
 
 
 
あとがき
 
 
 
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