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雨の七夕
 
 
 今日は雨の七夕。
 だから、織姫様は彦星様に会えません。
「可哀想ですわね」
 瞳子は口に出して呟いた。
 校舎入り口のひさしの下。目の前には降り続ける雨。
 傘を忘れた瞳子は帰るに帰れない。
 三々五々に帰っていく生徒の並みも徐々に減っていき、気が付くとそこに立っているのは瞳子一人。
 少し前までなら、傘を忘れた他の生徒達がいたのだけれど。
「ごきげんよう、紅薔薇さま」
 そう言って、みんな行ってしまった。
「あの、紅薔薇さま」
 中にはこんな子もいた。
「あの、もしかして、傘をお忘れになったのなら……」
 差し出される傘に、瞳子はニッコリ笑って軽く手を振る。
「大丈夫。傘のあてはあるの。心配してくれてありがとう」
 そうですか、と残念そうに去っていく下級生。
 向こうにしてみれば憧れの三年生、紅薔薇さまとお近づきになれるチャンスだったのだ。それがわからない瞳子でもないのだけれど、無理に傘を借りるつもりもまた、ない。
「あれ、瞳子? どうしたの?」
 聞き慣れた声に振り向くと、妹を連れた乃梨子。
「ごきげんよう、紅薔薇さま」
「乃梨子も今帰りですの?」
「うん。ちょっと、クラスの用事が長引いちゃって」
「大丈夫ですの?」
 薔薇さまは基本的にクラスの用事には駆り出されない。
 学校全体の用事が優先されるのは、当たり前と言えば当たり前なのだ。
 それでも、乃梨子はクラスの用事を割に手伝う。クラスメートが頼むわけではないのだけれど、本人がそういう性格なのだから仕方ない。
 つい、見ていて口を出してしまう。次は、手を出してしまう。気が付くと、中心で動いている。
「損な性分よね」
 本人は笑いながら言うけれど、お陰で白薔薇さまの人気は高い。人気という意味では、先代白薔薇さまをしっかり継いでいるのだ。
「それがお姉さまの良いところですから」
 妹のフォローに、乃梨子は目を細めて微笑んだ。
「ん。ありがと」
 そして二人は傘を差す。
「傘がないなら、一つ貸そうか?」
 乃梨子はどうするの? と聞きかけて瞳子は止める。その質問はかなり野暮だ。
「当てはありますから」
「なんだ、誰か待って」
 一瞬、乃梨子は遠くを見る目になった。これは、何かを思い出そうとしている表情だ。
「ああ、そうか。わかった」
「何がですか」
「ううん、なんでもない。それじゃあ瞳子、私たちは帰るから。ごきげんよう」
 釈然としないながらも瞳子は挨拶を返す。
 一体乃梨子は何を思い出したというのか。
「あれ、紅薔薇さま、傘ないの?」
 ゆっくり考える間もなく、またもやよく知っている声。
「……ごきげんよう、日出実さん」
 そしてまた、同じ言葉。
「傘の当てはありますから」
 演劇部なのだ。同じセリフを何度も繰り返すことには慣れている。どうということはない。
 いや、それは演技中の話。普段の生活で同じ事を何度も説明するのは気疲れしてしまう。でも、その都度説明する相手は違うのだから仕方がない、とは頭ではわかっているのだ。
 高知日出実の背中を目で追いながら、密かに溜息をついてると。
「傘無いんですか? 瞳子さん」
 内藤笙子さんだった。
 その次は菜々ちゃん。
 打ち合わせていたかのようにタイミング良く、次から次へとやってくる。
 全員が瞳子に傘を貸そうとして、そして全員に瞳子は同じ事を説明して。
 だんだん、傘を断ることが悪いことではないだろうかと錯覚してくる自分に瞳子は気付いた。
「何やってるの?」
 少し、うつむき加減になったところにかけられる声。
「どうしたの? 瞳子さん?」
「……ごきげんよう、可南子さん」
「誰か待ってるの?」
「そういうわけではないですけれど」
「もしかして、傘がないとか」
 瞳子は一瞬間を空けて、ゆっくりと答える。
「ええ」
「ふぅん。貸してあげたいけれど、傘が一つしかないの」
 可南子は雨模様を確認する。
「瞳子さん?」
「はい?」
「駅まで、相合い傘でも良いかしら?」
 瞳子の答えはさらにゆっくりと。
「仕方ありませんね」
「何か隠してない?」
「え? どうして?」
「なんだか、笑いを堪えているみたいに見えて」
「可南子さんの気のせいですわ」
「そう?」
 可南子は傘を開くと、一歩前へ出て瞳子を待つ。
「じゃあ私の勘違いね」
「勘違い?」
 隣に並び、瞳子は可南子を見上げる。
「私と相合い傘をするために、今までの誘いを全部お断りしたとか」
 三度。今度はさらに、不自然なほどゆっくりと、瞳子の答え。
「そんなわけ、ないですわ」
 可南子は笑っていた。
「うん。わかってる」
 
 
 
 
 
あとがき
 
 
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