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祐巳さんと可南子ちゃん
「赤ちゃんは可愛い」
 
 
 
 誰かが持ってきた子猫の写真集が発端だった。
 由乃さまはご満悦の表情で写真集のページをめくっている。
 志摩子さまも。乃梨子さんも、瞳子さんも。皆の目は写真に釘付けだ。
 そもそも、子猫が嫌いな女の子なんているのだろうか。猫アレルギーとかは別にして。
 それは、もしかしたら中にはそういう人もいるかも知れない。人間の趣味嗜好なんて、まさに千差万別なのだから。
 可南子はふと父親の容姿を思い浮かべる。
 そして、夕子さんやお母さん。
 ああ。見事なまでに釣り合っていない。
 そういうことなのだ。趣味嗜好が千差万別だからこそ、世の中には変化が存在するのだ。
 とは言っても、今現在、薔薇の館にいるメンバーは例外なく猫が好きだ。そもそも、リリアンにいる猫嫌いの数は、世間一般から見ても少ないだろうと思える。ゴロンタがその証拠だ。 かの猫はほとんど全校一致で、リリアンの主として認識されているのだから。それが何よりの証拠だろう。
 つまりは、この山百合会幹部の集まりも。皆が子猫写真集に夢中になっている。
 今は特に差し迫った作業もなく、お茶を飲んで雑談をしていても構わない状況ではないので、別に問題はない。
 だから可南子もお姉さまと共に、素直に写真集に目を向けているのだ。
 子猫は可愛いね。などと言いながら。
 というか、動物の赤ちゃんはみんな可愛いのよ。と由乃さま。
 それじゃあ、青虫とか……
 そう言いかけた菜々ちゃんの首根っこは可南子の目前にあって、だから瞳子さんがむんずと掴んだところは丸見えで。
 やっぱり、貴方は黄薔薇のつぼみの妹としては相応しくありません。言うに事欠いて虫なんて。可愛い動物の赤ちゃんなんていくらでもいるでしょう? 子猫、子犬、、子熊、子ペンギン、子ゴマフアザラシ。
 あまり迫力のない瞳子さんの睨みに対して、菜々ちゃんは平気な顔で微笑む。
 それはそうです。私は、黄薔薇さまの妹になりかっただけで、瞳子さまの妹になりたかったというわけではないのですから。
 理路整然と述べる菜々ちゃんに、瞳子さんの眉がますます逆立つ。
 菜々ちゃんは、押しかけ「黄薔薇のつぼみの妹候補」だ。
 彼女はある日いきなり薔薇の館に現れて、由乃さまの妹になりたいと言い出したのだ。勿論、すでに妹である瞳子さんがムッとしたのは言うまでもない。
 そうすると、菜々ちゃんはあっけらかんと言ったのだ。
 じゃあ、瞳子さまの妹でいいです。いえ、候補者がすでにいらっしゃるのなら涙を呑んで諦めますが。
 その後一悶着あって、いつの間にか黄薔薇のつぼみの妹になっている。
 いつも通り睨み合う……そのくせ仲はよい、と可南子には見えている……瞳子さんと菜々ちゃんを置いて、由乃さまは写真集を移動させる。
「そういえば、次子ちゃんは元気?」
 意外な言葉に、可南子は一瞬絶句する。
 お姉さまならまだしも、由乃さまから次子ちゃんの名前が出るなんて。
「あ、はい。先月も会ってきました」
 続く言葉を待って心の中で身構えるけれど、由乃さまはそれ以上何も言わない。どうやら、本当に単なる思いつきで口にしただけのようだ。
 とっても由乃さまらしい、と可南子は思う。
 その時その時に興味のあることをとりあえず口にしてみる。後は知らない。
 悪気はないのだ。ただ、危ういくらい馬鹿正直で素直なだけ。だから、それに気付いた人はみんな由乃さまのことが放っておけない。近くなれば近くなるほど、護りたくなってくる。きっと令さまもそんな気持ちだったのだろう。今では、瞳子さんがその筆頭なのだけれど。
「確かに、子猫も可愛らしいけれど。人間の赤ちゃんが一番可愛いよね」
 お姉さまの言葉に可南子は頷く。
 親友である由乃さまの代わり、というわけでもないのだろうけれど、そのままお姉さまは話題を続けた。
「次子ちゃんは、可南子の妹になるわけだけど、やっぱり可南子も小さい時はあんな風だったのかな?」
 首を傾げて、可南子は考える。確かに次子は自分の腹違いの妹だ。
「……女の子は父親に似ると言いますから、お父さんが同じだったらやっぱり似ているんだと思います」
「そっか」
 うちの場合は、普通の姉弟としても似すぎているからね、とお姉さまは笑う。なんでも、小さな頃は双子と間違えられることもあったらしい。
 可南子も、それは仕方ないと思う。なにしろ双方高校生になった今でも、男女の差があるとはいえそれなりに似ているのだ。
 勿論、可南子に言わせれば祐巳が祐麒に似ているのではなく、祐麒が祐巳に似ているのだ。
「でも、半分はやっぱり夕子さんにも似ているはずですしね」
 それはそうだね、とお姉さま。なんだかんだ言っても、母親は別なのだ。
「みんな同じように見えるけれど、やっぱり人によって違うんだよね」
 可南子が何の話ですか? と尋ねると、赤ちゃんの顔の話だと答えるお姉さま。
「可南子にそっくりな赤ちゃんとか、きっととっても可愛らしいよ」
「……半分はお姉さまに似ているかも知れませんよ」
 思いきって言ってみた。
 あははは、とお姉さまは笑う。
「私、そんなに可南子と似てる?」
 うん。やっぱりわかってない。可南子はさすがはお姉さまと思い、少しだけ呆れて、ほんのちょっぴり哀しくなった。
「そういう意味ではありませんけれど」
 お姉さまは話を聞いていない。何故か突然、周りの皆の顔を見回しては一人受けしている。
「どうかしましたか?」
「うん」
 得意そうな顔。可南子は、首を傾げて答えを待った。
「瞳子ちゃんに似ている赤ん坊も可愛いんだろうなと思って」
「は?」
 楽しそうなお姉さまの表情。
「乃梨子ちゃんみたいな赤ん坊も」
「はあ」
 お姉さまの視線を追いかける可南子。
 どうやら、それぞれにそっくりな赤ん坊というのを想像しているらしい。
「志摩子さんの赤ちゃんだと、絶対ものすごく可愛いよ」
「はあ」
 可南子は相槌を打つのが精一杯。いったいどう返事をすればいいのだろう。
 迷っているうちにお姉さまは全員の赤ん坊を想像し終えたようだ。
 みんな可愛い。なんて満足しきった顔になっている。
 ふと、可南子は尋ねてみた。
「皆さんの赤ん坊を想像していたんですか?」
「うん」
「そうですか」
 ちょっと間を空けて。
「半分は、お姉さまに似ているんですよね」
 返事はない。
 だけど、目が泳いでる。
 うん。可南子は溜息とともに頷いた。
 そして一言。
「お姉さまの浮気者」
 お姉さまは「バレた?」という顔をしてくれた。
 
 
 
 
 少しして、
「可南子?」
「はい」
「瞳子ちゃんの方ばかり見てないかな?」
 可南子は答えない。というより答えられない。
 だから、
「……わかります?」
「可南子の浮気者」
 可南子も同じ表情を返したのだけれど。
 
 
 
 
 
 
あとがき
 
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