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衣替え
 
 
「そろそろ夏物の準備かしら」
 夕食の席での母の言葉に、可南子は頷いた。
「お母さんの分も出しておく?」
 去年の冬から部活を再開しているとはいえ、仕事の忙しい母親に比べると、時間に余裕のあるのは可南子のほうだ。勢い、家の中の仕事はできる範囲で可南子が担当することになる。
「そうね。お願いしておこうかしら。冬物は少しずつクリーニングに出さないとね」
「念のため、すぐ出せる物も置いておかないとね」
 まだまだ、寒さのぶり返しは充分にある季節だ。
「そんなに急がなくて良いわよ。可南子ちゃんの時間がある時に少しずつやってくれればいいから」
「いいわよ。一気にやらないと面倒だし」
「そう? それじゃあお願いね」
「ええ。明日から始めるから」
 
 それが昨日のやりとり。
 予定通りに学校から帰ってきた可南子は、洋服ダンスの奥から夏物の入ったケースを取り出す。
 母の夏物は、とりあえずは仕事に必要なスーツ系のものだけでいい。プライベートの衣装は自分で選んだ方が良いだろう。
 ジャンルが限られているので予想以上に作業は効率的に進む。すぐに母の分は終わってしまった。どうやら、衣替えを念頭に置いて夏服を片づけていたらしい。
 そして、可南子に関しても衣替えに頭を悩ませることは少ない。
 リリアンの制服は冬と夏との二種類があるだけだ。夏服で肌寒ければ、中に着るシャツで調節すればいい、というのが学園の考え方らしい。
 ごちゃごちゃと、夏服、冬服、中間服と決められるよりはこちらの方が楽だ。私服ならまだしも、制服の着こなしにこだわるつもりは可南子には全くない。
 それに、私服にも実はあまりこだわらない。というより、こだわれるだけの服選びが難しい。
 そう。身長のせいだ。腹立たしいことに、可南子が気に入った服ほど、可南子にピッタリのサイズが存在しないのだ。
 サイズが合えばいいというものではないのだ。デザインや色、裁断、値段。全てが折り合った上でサイズだけが問題になる服がこれまでどれくらいあったか。
 結局、タンスの中身は妥協の産物となっていく。それが可南子としては悔しい。
 瞳子の私服を見るたびに、正直羨ましいのだ。だけど、同じデザインのものを自分が着ると滑稽だということは想像がつく。
 それでもなんとか、夏物を見つくろっている可南子の手が止まった。
「あ」
 こんなところに、と思わず呟いて、可南子は一枚のブラウスに手を伸ばす。
 それは、可南子にとっては大事な想い出。
 
 
 
 半泣きの表情でお父さんを睨みつけている可南子。
 困ってしまい、おろおろと可南子を宥めようとするお父さん。
「ごめん。可南子、そんなつもりじゃなかったんだよ」
「お父さんの馬鹿! お父さんなんてだいっ嫌い」
「ホンットに御免、可南子。お父さんが悪かった」
「知らないっ! お父さんなんて大嫌い!」
 お父さんの前から走り去っていく可南子が落としたのは、白いブラウス。
 何故か、ダブダブの。
 小学生にしては身長が高くて、男の子たちからいつもからかわれている可南子。
 そんな可南子のためにお父さんが買ってきたブラウスは、サイズが大きすぎて。
「私、こんなに大きくないもんっ!」
 それはお父さんのちょっとした間違いだったのだけれど。それは可南子にとっては重大な間違いで。
 お父さんにまで馬鹿にされたみたいで。
 大好きなお父さんにまで、背の高さを揶揄されたような気がして。
 そんなわけがない。可南子の大好きなお父さんがそんなことをするわけがない。とはわかっているのだけれど。
 だけど、サイズの大きなブラウスを見ると哀しくて、腹が立って。
 
 
 
 ………結局、このブラウスもサイズがピッタリになっちゃった
 苦笑しつつ、可南子はブラウスを取り出した。
 身体に当ててみると確かにピッタリのサイズ。
 今では、お父さんがわざと大きいサイズを買ったわけではないこともわかっている。
 そして、お父さんが自分の思っていたほど完璧な人ではないということも。これくらいのうっかりはやりかねない人なのだ。
 ブラウスを綺麗に折りたたみ、夏服を入れたタンスの中に入れる。
 今なら、このブラウスは着られるのだ。もしかすると、お父さんにようやく見せられるのかも知れない。
 そう、たとえば。
 
 
 母は出かける可南子の姿に目をやった。
「涼しすぎない?」
 可南子の着ている白いブラウスは真夏の格好に見える。この時期だと、まだ肌寒いのではないだろうかと、母は心配しているのだ。
「ええ、大丈夫よ、お母さん」
 可南子はニッコリ笑った。
 だって、このブラウスだからこそ意味があるのだもの。
 今日は、夕子さんとお父さんが来る日だから。
 今度こそ、お父さんにこのブラウスを見てもらうのだ。
 
 ――ほら、サイズはピッタリだよ、お父さん
 
 
 
 
 
あとがき
 
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