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フローズンバナナ
 
 
 
 薔薇の館にいるのは私と祥子だけ。
「これは、何かしら?」
 冷凍庫の中から氷を出そうとした祥子が首を捻っている。
「何が?」
「これよ」
 祥子が示すのは、ラップにくるまれた何か。
「ああ、バナナか」
「バナナ?」
 眉をひそめる祥子。
 私は席を立つと、祥子の隣に並ぶ。
「ほら」
 ラップにくるまれているのは、皮を剥いて割り箸を刺してあるバナナ。
 由乃の仕業ではないことは確か。多分、志摩子でもないだろう。
 イメージとしては乃梨子ちゃんか、祐巳ちゃん。
 私は一つを取りだしてラップをめくる。
 中には当たり前の様にバナナが一本。
「なに、これ」
「だから、バナナ」
「馬鹿にしないで。それは、見ればわかるわ」
 わかっている。祥子が聞きたいのは、どうしてこれがラップにくるまれて冷凍庫に保存されているかということ。
 うん。時々、祥子に意地悪したくなるのは私の悪い癖。
 だけど、祥子をからかうのは面白い。というより、からかわれている祥子はとても可愛らしい。
 卒業した蓉子さま、聖さま、お姉さまの気持ちがよくわかる。とても弄り甲斐がある子なのだ、祥子は。
「デザートだよ、これは。おやつ」
「おやつ? バナナを凍らせたものが?」
 祥子の反応はだいたい予想通り。
 確かに、バナナを凍らせたものをおやつにするなんて、とっても庶民的で、祥子に似合わないこと甚だしい。
 いや、でも、皮を剥いただけで割り箸一本は、さすがに荒削りかも知れない。
 家で食べるときは、きちんと一口サイズに切ってから冷凍している。
 第一、由乃が一本をまるまる食べきるのは結構大変だ。今はまだしも、少し前までの由乃なら身体を冷やしすぎてしまう。
 由乃が一本食べきれないのだから、当然島津家でも支倉家でも一本丸ごとの冷凍はしない。
 第一、一口サイズにしておいた方が良いのだ。道場での練習のあと、皆に配りやすくて助かる。夏の稽古のあとなどは、凝ったものよりもこういう単純な、ただ冷たくしただけのものが受けは良いのだ。
 お菓子作りが好きな身としては少し悔しいけれど、皆の気持ちもわからないではない。
「美味しいのかしら?」
 祥子がバナナに興味を示している。
 少し前までの祥子なら、「ふーん」の一言で済んでいるか、「妙なものを食べるのね」くらいは言っていたかも知れない。
 今の祥子は祐巳ちゃんにいい影響を受けていて、少しばかり好奇心に正直になっているのだ。
「誰が入れたのかはしないけれど、一本食べてみれば?」
「まさか。勝手に食べるわけにはいかないわ」
 食べること自体にはあまり忌避がないらしい。
「だけど、冷蔵庫ルールがあるからね」
 薔薇の館の冷蔵庫は、個人のものを入れるときはちゃんと名前を書いておかないといけない。
 匿名のものは、逆に「誰が食べてもいい」という意味なのだ。
「それに、一本きりってわけじゃないし」
 数えてみると、十本ある。薔薇の館には充分な数だ。
「私は食べるよ」
 見ていると食べたくなった。
 私は二本取り、一本を祥子に差し出す。
「食べる?」
「いただくわ」
 ラップを取って、囓る。
 冷たい。そして甘い。よく熟しているバナナを凍らせたのだろう。
 祥子は私の食べ方を見て、真似をする。
「ん、む」
 どうやら、堅く凍りついていて囓りきれなかったらしい。
 歯形のついたバナナを恨めしそうに見ている。
「令。これ、堅すぎよ」
「運が悪かったんだよ。少し待つか、強引に溶かすかだね。端から少しずつ囓っていっても良いけれど」
 少し考える様子を見せたあと、祥子はどうやら囓っていくことにしたらしい。
「あまり、上品な食べ方とは言えないわね」
「それは仕方ないよ」
 祥子が苦戦していると、聞き覚えのある足音。ついで扉が開き、二年生と一年生が姿を見せる。
 四人は挨拶をすると、一瞬固まる。
 いきなりバナナを囓っている紅薔薇さまと黄薔薇さまのお出ましだ。確かにビックリするだろう。
「あ、令ちゃん、ずるい。紅薔薇さまと二人だけ」
「まだ冷蔵庫にあるよ」
「あれ? 凍らせバナナ?」
 祐巳ちゃんが一番驚いている。ということは、バナナ持ち込みは祐巳ちゃんではない。
「このバナナ、乃梨子ちゃんが持ってきたの?」
「はい。実家から大量に送ってきたんです。暑いし、皆さんでいただいてもらえればと思って」
「うん。甘くて美味しいよ」
「喜んでもらえて良かったです」
 あ。由乃が乃梨子ちゃんを睨んでいる様な気がする。
 でもね、由乃。乃梨子ちゃんが一番喜んで欲しい相手は私じゃなくて志摩子だからね。そこは勘違いしちゃいけないよ。
「夏は、凍らせバナナだよね」
 祐巳ちゃんが早速冷蔵庫へ。
「祐巳さんの家でも、バナナを凍らせているの?」
「うん。夏になると、弟が毎日一本ずつ食べちゃうから。志摩子さんの所では、しない?」
「バナナは食べることもあるけれど、凍らせたことはないわ」
「それは人生損してるよ、志摩子さん」
 乃梨子ちゃんが真面目な顔で言い出した。
「凍らせたバナナとミカンの缶詰、それを牛乳に入れてミキサーにかけてみて。とても美味しいジュースが出来るから」
 聞いたことがある。大阪のミックスジュースだ。
「みっくすJUICE……」
 なにか、祐巳ちゃんがトラウマっぽく反応したけれど無視しておく。
「そんなに有名なの? これ」
 祥子がキョトンとしている。
 確かに。祥子にとっては今日始めて見たものなのに、皆の会話が成立しているのだから、不思議なんだろう。
「果物を凍らせて食べるのはよくあるでしょう? フローズンデザートとか」
「言われてみれば、そうね」
 勿論、バナナに割り箸突き刺したものなんて、小笠原家では見ることはないのだろうけど。
「確かに美味しいし」
 祥子はバナナを囓る。ちょうど良い具合に溶けてきた様で、しゃりしゃりと小気味のいい音が聞こえてきた。
 
 
 
 そして、一週間後。
 私は、祥子の家にいた。
「まさか、こんなことになるなんてね」
「祥子、やってみたんだ」
「ええ。薔薇の館でいただいた凍らせバナナ? とても美味しかったのよ。家でもやってみたわ」
「それで、小母さまに教えたんだ」
 清子小母さまと言えば、お料理の副作用のすさまじさは折り紙付き。
 膨大な時間がかかったり、膨大な量を作ったり。
 だけど、果物を凍らせる程度で副作用なんて……
 と思っていたのはついさっきまで。
「ええ、教えてしまったのよ」
 祥子の大きな溜息。
「私が甘かったのね」
「いや、これは、さすがに、予想できないと思うよ」
 私たちの前にあるのは、冷凍された……
「でも、こんなの冷凍するなんて……」
「……はは。さすが、小笠原家の冷蔵庫だね……」
 
 丸ごと冷凍されたスイカが二つ。
 
 どうやって、始末しようか?
 
 
 
あとがき
 
 
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