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神々のポンチョ
 
 
 昔々のリリアンに、ある真面目な生徒がおりました。
 先生方やシスターにも信頼され、お姉さま方にも可愛がられ、後輩たちには憧れの目で見られるという、とっても素晴らしい生徒だったのです。
 仮に、彼女の名前を菜々としておきましょう。
 ある日、菜々はとんでもないミスをしてしまいました。
 それは年に一度の健康診断の日。白ポンチョの出番の日のことです。
 あろうことか菜々は、白ポンチョを自宅に置き忘れてしまったのです。
 刻一刻と迫る健康診断の時間。だけど、彼女は気付きませんでした。カバンの中にきちんと入れていると思っていたのです。
 そして、運命の時は来ました。
 カバンの中をくまなく探す菜々。だけど、ポンチョは何処にもありません。
 ロッカーの中にも、机の中にも。ポンチョは見あたらないのです。
 さらに不幸なことに、その日は生活指導でも一番厳しい先生がクラスの様子を見に来ていたのです。
 どうしよう。菜々は考えました。
 ポンチョを持ってこなかったのは明らかに自分の過失です。だけど、その日の先生はとても厳しいのです。
「ポンチョを忘れた? 弛んどる証拠だ!」
 などと怒られる自分を想像するだけで、菜々の小さな胸は張り裂けそうにドキドキしています。
 困ってしまった菜々は、ポンチョの代わりになるようなものを探すことにしました。
 時間が迫ります。けれど、代わりになるものは見つかりません。
「どうしよう、どうしよう」
 勿論、余分のポンチョなんて誰も持っていません。借りることだってできないのです。他の人だって余分なポンチョのあるわけがありません。
「有馬は何処に行った? もう出席番号順に並んで健康診断に出発する時間だぞ」
 必死でポンチョを探す菜々に、先生の声が聞こえてきます。
 どうしよう? どうしよう?
 思いあまった菜々は、校舎を抜け出してしまいました。
「先生、菜々さんが逃げました」
「なんだとっ!」
 菜々は先生の声を背後に聞きながら走ります。
 ……先生、ごめんなさい。
 菜々は走りました。だけど行く当てなどはありません。無断で早退なんて、真面目な菜々には考えられないことです。それでも、教室にはいられない。ポンチョがないのです。健康診断なのです。ポンチョは必要不可欠なのです。
「ああ、どうしよう……」
 悩んだ菜々は、とぼとぼと歩きます。ふと気付くと、そこは知らない場所。学園の敷地内でも今まで来たところのない場所です。
「こんなところもあったんだ」
 逃げてきた理由も忘れて、菜々は辺りを見回します。
 そこには、古ぼけた倉庫が。
 思わず入っていく菜々は、そこに信じられないものを見つけたのです。
「……ポンチョ?」
(迷える子羊よ、それをお使いなさい)
「え? 誰ですか?」
 声の主はわかりません。だけど、菜々はポンチョを手に入れることができました。
 そして菜々は、無事に健康診断を受けたのでした。
 
 
 
「という伝説が、リリアン学園にはあると聞いたのですが」
「ないわよ」
 菜々の言葉を、由乃は一刀両断に切り捨てた。
「そんなの初耳。そもそも、どうして登場人物の名前が菜々と一緒なのよ」
 頷く菜々。
「それは私が脚色しました。ちなみに意地悪な生活指導の先生の名前は島津です」
「そんな細かい設定いらないから、第一それ、私の名前じゃないの」
「偶然とは恐ろしいですね」
「貴方が脚色したって言ったでしょ!」
「ああっ」
 今し方気付いたかのように、菜々は丸い目を見開いて驚きの表情を見せる。ただし、非常にわざとらしい。
「無意識とは恐ろしいものです、お姉さま」
「そう。あくまでも故意ではないと言い張るのね」
「そんな、恋だなんて」
「殴るわよ?」
「失礼しました」
 それで? と由乃は言を続ける。
「どうしたのよ、突然そんな話持ち出して」
 実は、と菜々は辺りを見回し、小さな声で言った。
「ポンチョが見つかったんです」
「は?」
「ですから、お話の中に出てくるポンチョが見つかったんです」
「ごめん。どういうこと?」
「旧体育倉庫で、大きな白ポンチョを見つけたんです」
 
 
 由乃、菜々。そしてちょうどその場にいて好奇心に負けた祐巳。さらに祐巳を一人で送る気のない瞳子の四人が、敷地隅の旧体育倉庫に向かっていた。
 昔、とある都合で妙にへんぴな場所に建てられた体育倉庫は、今では数年に一度使うか使わないかという道具を片付けておく倉庫となっている。
 たとえば、体育祭の雨天順延のお知らせ用の看板とか、流行病による臨時休校の看板とか。
 だから、普段は誰も近寄らない。近寄る用事すらない。
 どうして菜々が見つけたのかというと、彼女は学園内を冒険していたらしい。
「知らない場所があるって、嫌なんですよ」
 由乃にも、その気持ちはわからないでもない。しかし、菜々はそれを実行に移していたのである。由乃にしてみれば、ほんのちょっとだけ羨ましくもある。
「だから、ちょっとだけ、周りを調べてみたんですね」
 裏手に入る菜々。ついていく三人。
 そこには隙間が。
「ここから入れることに気付いたんですよ」
 するするっと、まるで何度も通っているかのような慣れた様子で入っていく菜々。三人は慌てて、それでも慎重についていく。
 なにしろ、狭くて仕方がない。制服にかぎ裂きを作りそうで怖いのだ。
 埃でけほけほ言いながらついていくと、古ぼけた倉庫内に裸電球が一つ。そしてその下には壊れかけた卓球台と跳び箱が。
 そこにかけられている白い布。
「アレですよ」
 菜々は布を広げた。
 確かに、白ポンチョだ。ただし、異常に大きい。
「何それ。大きすぎない?」
 瞳子が一歩前に出た。
「これって……」
 
 
 
「そんなの知りませんよ」
 旧体育倉庫に置かれている白ポンチョのことを知っているか、と聞かれて可南子はあっさりとそう答えた。
「第一、どうして私のだと思ったんです?」
「ああ、サイズの問題ですわ」
 瞳子は、菜々の持っていた紐を取り上げる。
「だいたいこれくらいのサイズでしたから」
 可南子の額に青筋が見えたような気がして、瞳子は思わず一歩引いた。
 紐の長さは約二メートル。菜々が白ポンチョの大きさを測るために倉庫の床に落ちていたものを拾って使ったのだ。
「人をなんだと思ってるのよ」
「てっきり、可南子さんのものかと……」
「そんな……、超巨大な白ポンチョがどうして私のものなんですか!」
「大きいから」
 しらっと答える瞳子に、可南子はニッコリと笑う。
「では、瞳子さんは……」
 可南子は笑顔のまま、菜々の持っていた紐を取り上げる。
「私がこの紐と同じ長さの白ポンチョを被って、健康診断に行くと?」
 瞳子は紐を見た。そして、可南子を。
 首を傾げて、
「少し大きすぎたかしら?」
「す……こ……し……?」
 なにやら異様な気配。
 祐巳と由乃は瞳子を捕まえると、慌てて可南子の前から撤退する。
「な、何考えてるのよ、瞳子……」
 校舎裏まで逃げて息を喘がせながら、祐巳は尋ねる。
「あのサイズに一番近いのは、可南子さんだと思ったのですけれど」
「そうですね、私もそんな感じがしてましたけど」
「いくらなんでもアレは無理でしょ。大きすぎるわよ」
「うん、可南子ちゃんに失礼だよ、さすがに」
 嬉しそうに見物していた薔薇さまコンビの台詞ではないな、と菜々は思った。
「まあ、冗談はこれくらいにして」
「え。冗談だったんですか、瞳子さま」
「当たり前でしょう? こう見えても演劇部です。衣装のサイズくらい目分量で把握できます。可南子さんのものでないことぐらい最初にわかってましたわ」
 そういう問題ではない。
「だったら、なんで可南子ちゃんのところに……」
「面白そうだったからです」
 松平瞳子。最近、細川可南子をからかうネタに全身全霊で打ち込むことを覚えた危険な娘。
「結局、あのポンチョって何なんでしょうね?」
 菜々の言葉で全員の思考が最初に戻る。確かに、謎は全く解けていないのだ。
「やっぱり、倉庫にあるんだから学校の備品?」
「何に使うのよ、あんなの」
「だよね」
 
 ところが、その謎は翌日あっさり解けたのだ。
「あれ? 祐巳さんたち知らなかったっけ?」
 由乃に話を聞いた真美がやってきたのだ。
「あれ、てるてる坊主の部品よ?」
「てるてる坊主!?」
「そ。体育祭が雨天順延になったときに、予備日の晴天祈願の意味でお知らせの看板の横に吊すの」
 そういえば、倉庫の中には体育祭の雨天順延のお知らせ用の看板もあった。
 言われてみれば、てるてる坊主の身体の部分はポンチョに見えるかも知れない。
「昔のかわら版にも載ってるわよ。もっとも、私たちが入学してからは使われたことないけれど」
 だったら、知らなくてもしょうがないかも知れない。
 なるほど、と一同は納得する。
 そしてその場は収まったが……
 
 三日後……
「お姉さまお姉さま」
「今度は何? 菜々」
「古い校舎の使われてない用具室に大きなロザリオが」
「いい加減にしなさい」
 
 
 
 
 
 
あとがき
 
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