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椿組三人娘「コートとゴロンタ」
 
 
 
 寒風吹きすさぶ学校裏門前。
 可南子、乃梨子、そして瞳子の裏門前から少し離れた位置で立っている。
「寒いですね」
「わざわざ言わなくてもわかってるわよ」
「いい加減、諦めません?」
「駄目」
 可南子の愚痴を叩きつぶし、瞳子の意見を瞬殺。
 今日の乃梨子は強い。いや、乃梨子はいつも強いのだけれど。
 可南子はコートの前をかき抱くようにしてあわせると、マフラーも巻き直す。
 言葉には出さないが、恨みがましい目で乃梨子をじっと見ている。
 同じく瞳子も、コートのポケットから取り出した使い捨てカイロを両手に挟んで懸命に擦る。そして、恨みの目。
 乃梨子は二人の様子に気付いていないふりをして、視線を前に向けたまま動かそうともしない。
「早く出て来ないかしら」
「呼びかけて出てくるとは思えないから。待つしかないのよね」
「犬笛ならぬ猫笛って無いんでしょうか」
 そんなものはない。いや、あるのかも知れないけれど少なくともこの場にはない。
 三人は、ゴロンタの出現を待っていた。
 事の起こりは大したことではない。
 いつもの薔薇の館で、いつものように休憩時間のおしゃべりを楽しんでいると、
「そう言えば最近、ゴロンタの姿を見てないような気がする」
 と紅薔薇さまが。
 黄薔薇さまはうなずいて賛同。
「私も見てないよ」
 そして白薔薇さまがそれを受けて、
「病気とかでなければいいのだけれど」
 心配そうに、白薔薇さまは頭を傾ける。
「だれか、姿を見た人がいれば安心なのだけれど」
「クラスで聞いてみましょうか?」
「別に、無理に聞いて回る必要はないのよ?」
「はい」
 しかし、白薔薇さまの問いを乃梨子がいかなる形にせよ軽々しく扱うわけはないのである。
 それを知って逃げようとしていた瞳子を捕まえ、通りすがりに可南子を巻き込んで、乃梨子は聞き込みを開始した。
 すると、ここしばらくは誰もゴロンタを見ていないと言うではないか。
 三人は、というより乃梨子は考えた。
 ゴロンタはどこかに行ってしまったのだろうか。
 だとすれば、これはゆゆしき問題である。
 ゴロンタと言えばある意味リリアン学園高等部のマスコットである。リリアンの生徒ならば誰でも一度くらいは見たことがある、由緒正しい野良なのだ。
 そのゴロンタが突然消えたと言うことになれば、これはもう立派なスキャンダルである。
 ところが、意外なところから目撃証言が出てきた。
「ああ、あの猫なら最近、外に出てるみたいだよ」
 新聞部の真美さまだった。
「裏門から出入りしているのをちょくちょく見かけるけれど?」
 裏。猫に裏門という概念はないだろうから、まさか人目を避けてこそこそと出入りしているというわけではあるまい。いや、普通の野良ならば人目を避けることも当たり前だろうが、ゴロンタは基本的にリリアン生徒の目を避けない。危害を加えられたことが無いどころか、ゴロンタにとっては餌をくれる人たちなのだから、何の危機意識もないのだ。
 ちなみに、以前リリアン生物部の実験によって面白い事実が確認されている。ゴロンタは、初見の人間でもリリアンの制服を着ていればそれなりに近寄るけれど、私服だと逃げていってしまうのだ。
 ゴロンタなりにわかっているのだ。リリアンとそれ以外の人の違いが。
 ゴロンタの消息がわかったところで、問題は残った。
 いったい、ゴロンタはどこへ向かっているのだろうか。
 真美さまに確認したところ、出入りを見かけたのは一度や二度ではないらしい。つまり、行ったきりではないのだ。その都度リリアンに戻ってきていると言うことになる。
 ゴロンタの秘密の巡回路。
 ここで調査をやめても良かった。校内で見かけない理由はよくわかったのだからそれ以上の調査は必要ないのだ。
 しかし、白薔薇さまの問いである。それを乃梨子がいかなる形にせよ、軽々しく扱うわけはないのである。
 とにかく、見張るしかない。
 そして、乃梨子は考えた。ゴロンタが校内から出るとすれば、それは校内で餌をもらえない休みの日ではないのだろうかと。
 真美さまが見たのは当然平日だろう。しかし、猫に平日休日の概念があるとは思えない。
 ならば、餌のもらえない休日のほうがより出て行きやすいのではないだろうか。
「というわけで、日曜日の九時に集合。念のため、各自お弁当を準備」
 可南子と瞳子は猛反対した。というより、逃げようとした。
 つきあう理由は全くない。どうしても調べたいというのならば乃梨子一人でやればいい。
「わかった」
 乃梨子はあっさり了承した。
「可南子と瞳子が私を置き去りにして逃げたって、祐巳さまに言いつける」
 二人は即座に快く引き受けてくれたので、三人は日曜日に集まることにした。
 
 そして、寒風吹きすさぶ裏門前、である。
「何か飲む?」
 近くの公園前の自動販売機を指さして、乃梨子は二人に尋ねた。
 さすがに悪いと思っているのか、二人に温かい物を奢るという。
 二人は同時に応えた。
「缶入り汁粉」
 そして瞳子と可南子は互いの答えに何を感じたか、睨み合う。
「……瞳子さんがそこまで甘党とは知りませんでした」
「可南子さんこそ。どちらかというと辛い物好きだったと思うんですけれど?」
「やめなさいって。なんだっていいじゃない。好みなんて人それぞれだし」
 間に入った乃梨子は、二人をいさめると財布から硬貨を取り出した。
「私はレモンティ」
 差し出された硬貨を惚けたように見つめる瞳子。
「え?」
「勿論私が買いに行ってもいいけど、可南子と言い争いにならない自信ある?」
 う、と詰まる瞳子。
「わかりましたわ、買ってきます」
 そして三人はそれぞれ温かい物を飲む。
 さらに時間が過ぎるが、ゴロンタの影も形もない。
「……乃梨子さん。いつまで監視しているつもりですか?」
 乃梨子は答えない。
「もしかして、考えてなかったとか?」
 乃梨子はやっぱり答えない。
「乃梨子さん?」
「公園のトイレ行ってくる」
「誤魔化そうとしてません?」
「えーと。コート持っててくれる?」
 コートを脱いで、乃梨子は瞳子に渡した。
 公園の公衆トイレは特に汚いというわけではないのだけれど、やっぱりコートを着たまま入るには躊躇する。預ける相手がいるのなら預けたいのだ。
 そして、用を済ませた乃梨子が戻ってくると、澄ました顔で瞳子と可南子が待っている。
 その手に乃梨子のコートはない。
 隠すようなことはしないだろう。そもそも容易く隠す場所などない。壁の向こうなど、取り返しのつかないところに放られたというのもあり得ないだろう。
 とりあえず、無言で乃梨子は二人の横に立った。
「あのさ……」
「なんですか?」
「もしかして、寒いですか?」
 可南子の言葉に、乃梨子は出かかっていた言葉を抑える。
 もしかしてここで「寒い」と言えば、「じゃあ帰りましょう」と返してくるつもりなのではないだろうか。
「いいえ。別に」
 強がりを言いながら乃梨子は瞳子と可南子を睨みつけ、気付いた。
 瞳子がコートを二枚着ている。
「瞳子?」
「なんですか?」
「暖かそうね」
「ええ。とても暖かいです」
「さっさと返しなさい」
「何のことでしょう」
 乃梨子は口を閉じて瞳子を睨む。瞳子はあからさまに視線を逸らして可南子を見た。可南子は慌てて首を振る。
 ポカン、と口を開いて可南子を睨む瞳子。可南子は必死で首を振る。
 ちなみにアフレコすると、
「可南子さん、やっぱり乃梨子が怒ってますわ」
「知らない。私知らない」
「は……? 可南子さんのアイデアじゃないですか!」
「知らない知らない。私知らない」
 こうなる。
 乃梨子は二人の顔をじっと見ると、もう一度裏門に視線を戻した。
「そ。別にいいけど」
 あっさりと引き下がる乃梨子に、帰って疑いを抱く瞳子。
 ……何を企んでいるのかしら?
 乃梨子は怒らせると怖い。それは山百合会関係者ならば誰もが知っていることだ。
 その答えは十分もしない内にわかった。そう、乃梨子と瞳子は同じ時間にここに来たのだ。そして二人とも温かい物を飲んだ。
 個人差があれど、同じものが双方には訪れるはずだった。
「あの、可南子さん?」
「なに?」
 乃梨子がすかさず口を挟む。
「トイレ? いいよ、コート持っててあげる」
 断る理由はなかった。
 コートを脱ぐ瞳子。それも二着。
 乃梨子はあえて何も言わず、コートを受け取っている。
「じゃあ瞳子、ごゆっくり」
 開き直った瞳子がゆっくりと用を済ませて戻ってくると、やっぱりコートがない。そして、乃梨子がなにやら着ぶくれている。
「……思ったより暖かいわ、これ」
「あの、乃梨子?」
「何か?」
「……なんでもない」
 そこで瞳子はあることに気付いて可南子をじろりと見つめる。
 コートのポケットに入れてあったはずの使い捨てカイロ……絵の入った地域限定品のカイロなので間違えるわけがない……を、可南子が嬉しそうに握りしめているのだ。
「可南子さん?」
「何かしら?」
 何を言っても無駄だ、と瞳子は悟った。
 今日ここでは、トイレに行ったら負けなのだ。
 しかし、乃梨子瞳子と続けば残るは一人だけ。
 瞳子は待つことにした。あとは時間の問題だ。
 それほど待つこともなく、今度は可南子がもぞもぞとし始めた。
「お手洗いですか?」
 瞳子の問いに可南子はうなずく。
「あの、瞳子さん?」
「ええ。コートは持っててあげます」
 瞳子への復讐で満足したのか、乃梨子は何も言わない。
「じゃあ、お願いします」
 可南子は無造作にコートを渡すと、すたすたと公園へ歩いていく。
 あまりにも無防備な様子に瞳子は少し疑念を抱くが、とにかくコートは確保したのだ。
 瞳子は早速可南子のコートを……
 その様子に吹き出す乃梨子。
「そ、それは……無理……くっ……くく……」
 笑いを噛み殺す乃梨子を憮然と見つめる瞳子。
 可南子のロングコートは、足下までを覆うものだった。それを瞳子が着ると、地面にコートの端がついてしまう。
 コートが大きいだけなのに、瞳子が小さく見えてしまうのだ。
「気付かなかったの? ロングコートだって」
 つまり、気付かなかったわけだ。
 戻ってきた可南子は、あからさまにニヤニヤしている。
「瞳子さん。サイズが大きすぎてごめんなさい」
 仕方なく、コートを返す瞳子。着ていられないのだから、どうしようもない。
「……乃梨子さん?」
「なに?」
「コート返してください」
「……どうしようかなぁ……」
 くしゅん、と瞳子がくしゃみをすると、慌てて乃梨子はコートを脱ぐ。
「はい、これ。本当に風邪ひいたら洒落にならないものね」
「ありが……」
 ありがとうと言いかけて、瞳子は首を傾げる。
「何で私、自分の物を返してもらってお礼を言うわけ?」
「さあ」
 可南子が笑う。次いで乃梨子、そして瞳子が。
 三人はひとしきり大笑いしたのち、寒いから帰ることにした。
 
 
 ちなみに、ゴロンタの謎はこの一ヶ月後にひょんなことで解けることになった。
 裏門前でゴロンタに餌を与えている大学生を乃梨子が目撃したのだ。高等部の卒業生が、ゴロンタのことを忘れられずに餌を時々与えているらしい。
 高等部の敷地に入らないのは、どこか照れくささがあるのだろう。
「もしかすると、聖さまも来ていたりするんでしょうか?」
 話を聞いた瞳子の問いに、乃梨子は首を傾げている。
 あの人がゴロンタに何かあげたくなったら、裏門なんて使わずに正々堂々と入ってくるんだろうな、と乃梨子は思った。
 
 
 
 
 
あとがき
 
 
 
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