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主二人
4「君、念話禁止」
 
 
 結果として、四人ははやての誕生日パーティには出席しなかった。
 いや、できなかったと言うべきだろうか。
 準備段階で、あることに光が気付いたのだ。
 守護騎士の誰一人として、パーティの経験などはない。それどころか、社交的な食事という経験も一切ない。
 尋ねてみたところ、そもそも対等な相手と話すという経験に乏しい。
 主か敵か。それだけしかいなかったというのだ。
 くわえて、社会常識を知識として知ってはいるが、実際に活用するのは初めてだ。まさにぶっつけ本番なのである。
 パーティに出席させるにはあまりにも無謀すぎる。
 それでも、はやては言った。
「仲間はずれはあかんよ、お父さん」
「……仲間はずれって。パーティははやてと高町さんとバニングスさんと月村さんだろ? 四人や」
「うん」
 はやての不審の目に光は大袈裟に肩をすくめ、ニヤリと笑った。
「こっちは僕とシャマルさん、シグナムさん、ヴィータちゃん、ザフィーラ君。五人やで?」
「あ」
「どっちか言うたら、仲間はずれははやてのほうかも知れへんなぁ」
「うわ。凄い負け惜しみや」
「喧しわい。というわけで、仲間はずれ同士で楽しく寂しくパーティをするように。ご馳走はちゃんと準備していくから」
「それはええよ。私が腕によりをかけて作るさかい」
「残念。メインのお寿司はすでに注文済みや。それ以外のものを作ってくれ。デザートとか」
「デザート。それは、悔しいけどなのはちゃんに勝たれへんような気がする」
「それはしゃーないやろ。向こうはプロや」
「うう。ところで、お父さんらはどこ行くの?」
「そやなぁ。デパートになるんちゃうかな。シャマルさんたちの生活に必要なもんを買おとかなあかんやろ? 下手すると、一日仕事になってまうかも知れへんけど」
 服だけではないのだ。二人しか住んでいなかった家に突然三人と一匹が増えるのである。それなりの準備はどうしても必要になる。
 食器、寝具、衣服、その他にも細々した雑貨が必要だ。
「服選ぶんやったら、私も行きたいなぁ」
「行くか?」
「時間、大丈夫かな」
「まあ、慌てるくらいやったら、またの機会にした方がええな。時間はたっぷりあるし、今日はとりあえず必要最小限なものだけにしとこか」
 嗜好品の類は後回しにすればいい。そのときに、はやてが一緒に行けばいいのだ。
「残念やな。みんなのこと、なのはちゃんたちにも紹介したかったのに。ザフィーラなんか、アリサちゃん大喜びするで」
「別に今日一日しかおらへんわけとちゃうんやし。紹介はいつでもできるやろ。慌てることはあらへん」
 光の言葉に合わせるように、シャマルが言い添える。 
「御尊父の仰るとおりです、主はやて。我らのことは忘れ、お友達と楽しんでください。私たちも、その方が嬉しいです」
「そこまで、言うんやったら……」
 はやてはシャマルの言葉に頷いてヴォルケンリッターを見渡す。そして最後に、光を見た。
「お父さん、がんばってええの探してな」
「はやて。お父さんのセンスなめたらあかん」
「それが不安なんやけど」
「おい」
「お父さんのセンス、時々暴走するからなぁ」
「待ち、ちょう待ちな、はやて。僕のセンス、好評やと思ってたんやけど?」
「時々大当たりがあるのは認めるよ?」
 そやけど、と言いながら、はやては大袈裟に悪戯っぽく肩をすくめる。
「はずれの方が多いんやもん」
「失礼な」
「シャマルもシグナムもヴィータも気ぃつけな。ちゃんと自分で選ぶんやで?」
「少しは父親を信用せんかいな」
「服のセンス以外やったら信用してます」
「うむ。そやったら許す」
「そやから、今日は雑貨とか、当座の必需品だけな。服は私が選んだるから」
「そやけど、二度手間になってまう……」
 光の問うような視線に気付くシグナム。
「我々に否の有ろう訳がありません。そもそも、我々のことで主や御尊父のお手を煩わす気など……」
「あー。もうそういうのはええから、気にしたらあかん」
 これまでのやりとりからか、シグナムはすぐに頷いて言を止める。
「ありがとうございます。しかし、我々の手間などは構わないでください」
「ほな、はやての言うとおりにするか。今日は最低限、当座に必要なものを揃えよか」
 はやてが首を捻った。
「お父さん、下着売り場行くん?」
 光は半目で見返す。
「……はやて、何を今更。自分の下着、誰が買うてると思ってたんや?」
「あたしのは子供用やよ? ヴィータはええとしても、シグナムやシャマルの下着もお父さんが買うん?」
 妙齢の女性の……しかも見事なスリーサイズの下着を物色する三十路男。一歩間違えたら立派な変態かも知れない。
「う……、えーと……。そや、本人が一緒におるんやからな。店員さんに見てもろうてから、適当に見つくろうてもらうわ。来日する時の事故で荷物全部無うなったとか、理由は適当や」
「うん。それがええと思う。私もお父さんを前科者にしたくない」
「なんでやねんっ!」
 光は一足先に家を出て、車を準備する。
 はやての車椅子を運ぶこともできるワゴンなので、ヴォルケンリッターが全員乗ることもできるのだ。
 全員が乗り込んだところで、はやてが玄関まで出てくる。
「帰る前に電話してな」
 頷いた光は、ふと気付く。
「電話言うたら……皆、携帯電話あった方がええんかな? あれ、身分証明がいるで」
 身分証明など、ヴォルケンリッターにあるわけがない。
 仮に何らかの方法で偽造するとしても、今日には間に合わないだろう。
「遠距離通話なら、可能ですよ」
 シャマルが言うと、はやてが不思議そうに辺りを見回した。
「あれ? 今の、シャマル?」
「はい。そうですよ」
「なに? 今の?」
 光は訳がわからない。
「なんや、何があったんや?」
「今、なんか頭の中でシャマルの声が聞こえたんよ」
「頭の中? それも、魔法なんか?」
「はい。念話と言います」
 シャマルの説明では、魔法を媒介とした遠距離会話ということらしい。
 光の頭の中では、現代地球の文明によって置き換えた説明が形作られていく。
「頭の中に携帯入れてるようなもんやな。それ、僕も使えるんかな?」
「さっきから、話しかけてはいるんですが。お返事がないということは、聞こえていないのですね」
「え? 全然聞こえへんけど……あ、つまり、僕には無理やと」
 シャマルが光の胸に向けて手を伸ばす。
 慌てたのか照れたのか、光は微かに身じろいで逃げようとする。
「動かないでください。リンカーコアの有無を調べます」
 二分ほど、その体勢でシャマルは動かない。
「あるかないかで言えば、あるようです。さすがは主はやての御尊父ですね」
「なんか奥歯に物挟まってへんかな? はっきり言うてくれてええけど」
「はい。念話を使える使えないで言うならば、使えません」
「へ?」
「絶対的に魔力量が不足しています。あくまでも0ではない。無ではない。ただそれだけなんです」
「銀行口座はあるけど、預金がない。そんな感じ? 魔力は持ってるけれど、僕の魔力では使える魔法がほとんど無い、って解釈でええのかな?」
「はい。念話ですら、その魔力量では無理です」
「魔力って増やせる?」
「訓練次第では増やせるでしょう。ですが、御尊父の年齢的にはもう……」
 なんとなく、光はその答えを予測できていたような気がした。
「あー。ちなみに何歳くらいやったら増やせるん?」
「個人差はありますが、才能のある人なら十歳前後からでしょうか」
 つまり、はやてなのだ。
「ま、ええか。君らは、はやてとその念話ッちゅうやつが出来るんやな」
「はい」
「ふーむ。内緒話のし放題やな」
「いえ、私たちは、そんな秘密を持とうなどとは」
「や、だから、そんな生真面目に答えんでも……冗談やからな」
 第一、年頃の娘が親には内緒の話を友人と楽しむ。
 自然ではないか。
 まあ、確かに腹が立たないと言えば嘘になるが。親に対する内緒話なんて、どこの子供でもやっていることだ。
 ここは、はやてにそんな相手ができたことを喜ぶべきなのだ。
 光は自分に言い聞かせ、そして確認する。
 腹が立たないと言えば嘘になるが。
 寂しくないと言えば嘘になるが。
 いや待て。
 内緒話というのは女の子同士ではないか。
 それは仕方ない。
 女同士は仕方ない。
 だがしかし。
「念話って、君らは皆使えるんか?」
「はい」
「ザフィーラも?」
「勿論です」
「……ザフィーラ」
「なんでしょうか?」
「君、念話禁止」
 ヴィータが咄嗟に「なんでだよ」と叫んだ。
「正確には、はやてと勝手な念話禁止。もしどうしても必要があって念話する時は内容を一語漏らさず僕に全部伝えること」
「承知しました。しかし御尊父、その理由をお聞きしてもよろしいですか?」
「はやてが僕以外の男と内緒話するなんて、説対に許さへんからなっ! 例え守護騎士でもや!」
 狼の姿のままのザフィーラの口がぱっくり開いた。
 咬みに行くのではない。呆れているのだ。
「あの……御尊父?」
 シャマルがおずおずと切り出す。
「念話だけなら、簡易デバイスでなんとかなるかも知れません」
「え? そうなん?」
「はい。試してみなければなりませんので、あくまで可能性のお話ですが」
「や、できるようなら、そら、試したいわ。お願いしてええの?」
「はい。今夜から作業に取りかかります」
「あ、あのシャマルさん?」
「はい」
「しんどかったり、無理なことやったら、べつにやらんでええんやで? 無理強いはしたないんや」
「大丈夫です。手間はそれほどでもありません。それに、御尊父と主はやてのためにもなることですから」
「そしたら、頼む」
「はい。任せてください」
 微笑んだシャマルの表情がどこか懐かしく、光は思わず目を逸らす。
「どうかしましたか?」
「や、なんでもあらへんよ。さ、行こか」
 
 
 
 
 
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