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主二人
5「あたしが? 娘?」
 
 
 
 はやての誕生日パーティも無事終わり、ヴォルケンリッターと八神父娘の生活が始まって十数日。
 土曜日の午後。
 はやてと光はテーブルに載せられた大量の白い物体を前に、腕組みをして考え込んでいる。
「お父さん。これはやっぱり、アレしかないんとちゃうやろか」
「そやな。アレしかないやろな」
 二人の視線がテーブルの上を彷徨う。
 そして、光は呟いた。
「問題は、あの四人や」
「大丈夫やと思うけど……」
「珍しがるのは間違いないな」
「あ」
 はやてが光の心配事に気付いた。
「フライパン、足りへん」
「そや。アレは二人で一つが基本。六人やと、フライパンが三ついるんやで?」
「そや、ホットプレートや。ホットプレート使ったらええやん」
「ホットプレートか……」
 光は組んでいた手を一旦解くと、人差し指で顎を掻く。
「小さいのしかないからなぁ。家族も増えたことやし、買いに行こか……いや、待ち」
 キラン、と父親の目が光ったような気がして、はやては居住まいを正す。もっとも、車椅子なのであまり正されていない。
「六人やもんな。ホットプレートどころじゃ足りへんな」
 光は、海鳴郊外にある大規模DIY店舗の品揃えを思い出そうとする。
 キャンプ用品やちょっとしたアイデア小物など、工夫次第ではやてに役立つ品物をよくそこで揃えているのだ。
 しかし、いくら思い出してもその店に「座敷用お好み焼き台」があったという覚えはない。
「……大阪やったら、道具屋筋にいっぱいあるのにな」
 お好み焼き台たこ焼き台イカ焼き台タイヤキ台、本当に揃うのが大阪の恐ろしいところだ。
 そもそも、海鳴近辺でお好み焼き台の需要がどれほどあるのか。
 ただ、大人数や食べ盛りの男の子を抱える家庭では確かに重宝する物だったりする。お好み焼き台で焼けるのはお好み焼きだけではないのだ。野菜炒めに炒飯、焼き肉、大量にものを焼くのにこれほど適したテーブルは他にない。
「よし、探してくるか」
 光は立ち上がると、台所で洗い物をしているシャマルに呼びかける。
「シャマルさん、ちょっと聞きたいことが」
「なんですか? 光さん」
 守護騎士たちが現れて数週間。光は「御尊父」と呼ぶのを止めさせようとしている。
 その甲斐あってシグナムとシャマル、ザフィーラは「光さん」または「光どの」ときどき「御尊父」、ヴィータは「光」と呼んでいる。
 どう見ても親子ほどの差の相手を呼び捨てるのはどうか、とシグナムは難色を示したのだが、ヴィータの「主のはやてが呼び捨てオッケーなのに。主じゃない人に尊称を付けるのか?」という反論はある意味もっともであること、そして光自身が納得しているので何も言えないでいる。
 ちなみにシャマルが「他の人から見るとおかしいのでは?」と尋ねたところ、
「ヴィータは日本人に見えないから。生まれた国の風習だって言えば、そんなもんだと皆納得してくれるよ」
 その説明では、「お子様なので『郷にいれば郷に従え』ができなくても許される」という意味になるのだが、ヴィータは気付くことなく、シャマルは苦笑した。
 そのシャマルを光は呼び、今から買い物に行くと告げる。
「はい。行ってらっしゃい」
「あ、いや、シャマルさんも一緒に行こかと思って」
「え?」
 シャマルが聞き返し、
 あ。とはやてが呟いた。
「……お父さん、もしかしてデート?」
「あ、アホか!」
 光は慌ててはやての言葉を打ち消す。
「ちゃ、ちゃうちゃう! ほら、この前ヴォルケンリッターの使える魔法聞いたやんか。シャマルさん、捜索呪文が使える言うてはったから」
「ああ、お好み焼き台か」
「そやそや」
 シャマルの目が丸くなる。
 ……えっと
 ……つまり
 ……クラールヴィントでお好み焼き台を捜索せよと?
 さすがにその経験はない。
 というか、可能なのだろうか。
「店員さんに聞いたら?」
「いや、店まで行くんやなくて」
「もしかして、どこのお店にあるかを調べるん?」
「できればお買い得なのを」
 シャマルが遠くを見ていた。
 ……広域捜索
 ……対象・お好み焼き台 条件・お買い得
 ……私の能力って……
 がっくりと肩を落とすシャマルの姿に罪悪感を覚えた光は、後悔の念と共にその肩に手を伸ばした。
「もしかして、駄目なん?」
「駄目というか……そういう物の探索は経験が……」
「ふむ。試してみてはどうだ? シャマル」
「シグナム?」
 半ば笑っているようにも見える表情のシグナムが会話に参加した。
「確かに例がないことかも知れないが、探索は可能ではないか?」
 少し考えるシャマル。
 
 一時間後。八神家には店仕舞最終決算在庫一掃出血覚悟大放出超割引無敵特価セールで買ってきたお好み焼き台(業務用座敷タイプ)が。
「クラールヴィントにこんな性能があったなんて……」
 主婦の強い味方となったデバイスを見つめながら、シャマルはしみじみ呟いていた。
 一方、お好み焼き台の上には大きなボウルが。
 ボウルには水がたっぷり張られ、その中には、さっきまでテーブルの上にうずたかく積まれていた白い物が浸されている。
 その白い物の正体は市販の切り餅である。
 季節はずれの大量の切り餅は、買い物に行ったシグナムが商店街の福引きで当ててきたものである。当てたと言うよりも、始末に困る余り物を押しつけられたと言ったほうが正しいかも知れない。
 例えば正月明けに大量の餅が存在した時、八神家では恒例『フライパン餅の宴』が始まる。というよりも、フライパン餅の宴のためにわざと餅を余らせている。
 要は、光とはやての大好物なのだ。ただし、カロリーを計算すると恐ろしいことになるので多用は禁物である。
「これ、何?」
「お餅やよ」
 ヴィータの問いに、はやては即座に答える。
「お餅……」
 水に浸されたそれを指で突いてみるヴィータ。
「堅いね」
「すぐに柔こうなるよ。うりっ」
 ヴィータの頬を指で突くはやて。
「こんな風に。うりうり」
「くすぐったいよぉ、はやて」
 くすくす笑いながら、ヴィータははやての頬を突き返す。
 うりうり、うりうり、と二人の頬の突きあいが続く。
 その姿を目にして、光は安心したように笑みを浮かべていた。
 そして、光は思い出す。
 
 ……はやてに妹か弟が欲しかったね。ごめんね、光くん
 ……アホ言いな。年の離れた妹や弟くらいナンボでもおるやろ。そやから、早よ元気になって、はやての妹や弟作ろや
 ……ごめんね、光くん
 ……謝んなや、なんでやねん、まだやろ。なんで諦めんねんっ!
 ……ごめんね、ごめん……
 ……なんでや、希美さん、なんでやねん、はやての妹作るんやろ? 弟作るんやろ!? はやてを一人にすんのか?
 ……はやてには、光くんがおるもん……
 ……僕一人で、どないすんねや。僕一人で、何ができるんやっ!
 ……ごめんね……
 ……違うて、そこは謝ったらあかんやん、希美さん……希美!!
 
「……さん?」
「……光さん?」
「光さん?」
 光は、自分の肩を叩く手に気付いた。
 シャマルが、不安そうな目で自分を見ている。
「光さん、どうしたんですか?」
 ようやく、光は自分がぼうっとしていたことに気付く。一瞬、自分のいる場所や時間が頭から抜けていたのだ。
 ああ。
 光は、シャマルの向こうに目をやった。
 ヴィータとはやても、心配そうに自分を見ている。
「なんでもないよ、ただ……」
「ただ?」
 光はゆっくりとヴィータに近づくと、その頭を撫でた。
 ヴィータは驚くが、されるがままになっている。
「娘ができて良かったなと思って」
「え?」
 ヴィータが驚いた顔を隠そうともせずに光を見上げていた。
「あたしが? 娘?」
「あ、いきなり変なこと言うて御免。嫌やったかな?」
「嫌じゃないけど。でも……」
 あたしは守護騎士なんだ、と言いかけて、ヴィータは気付いた。
 シャマルとシグナム、そしてザフィーラの視線。
 この三人はこんなに優しい表情をしていたのだろうか? 
 ヴィータの奥深く、もう忘れ去ったはずの遠い記憶が疼く。
 あれは……
 そうだ
 これが、三人の本当の顔ではなかったか。
 戦いと殺戮に明け暮れていた悪鬼羅刹な面こそ、嘘の皮ではないのか。
 そして、自分も。
 もう、闘わなくていい世界がある。
 闇の書の蒐集すら、主であるはやてとその父である光は否定したのだ。
 蒐集による力など望まない。ただ、このまま一緒に生きていければいい、と。
 それなら、それに答える言葉は一つしかないではないか。
「あの、あたしは……」
 おずおずと答えようとするヴィータ。
 しかし、ヴィータと光の間に差し出される一本の手。
「あのー」
 はやてが恨めしそうな目で光とヴィータを交互に眺めていた。
「ここに、実の娘がすでにおるんやけど?」
「おおっ」
 わざとらしく、ポン、と手を叩く光。
 その顔は完全に笑っていた。
「そういえば、うちにはヴィータよりも先に……」
「そやそや」
「タヌキを一匹飼うとった」
「タヌキちゃう!! 娘! 娘やから!!」
「ああ、いつの間にか人間の言葉まで覚えて……賢いタヌキやなぁ……」
「ちゃう。ちゃうから、貴方の娘、貴方の娘の八神はやてやから」
「そうそう、タヌキにな、はやてって名前付けてなぁ」
「人間! 人間やから! 私人間やから!」
「おうおう、賢いタヌキやなぁ」
 はやての頭を撫でる光。
 その様子を見ていたシャマルとシグナムは呆れつつ笑い、ザフィーラは大欠伸。
 そして、どうやらツボに入ったらしく、ケラケラと笑い出すヴィータ。
「きゃははははっ。タヌキ!! はやてがタヌキぃ〜。はやタヌキぃ〜!」
 即製の渾名までつけて笑っている。
「む、ヴィータまで!」
 はやても笑いながら、ヴィータの手を取って自分の膝まで引き寄せる。ヴィータは抵抗しない。
「誰がタヌキやて?」
「えへへへ、はやタヌキぃ」
「そんなん言う子は、お仕置きや!」
 膝の上にヴィータを押さえつけ、くすぐり出すはやて。
「うりうり、お仕置きや〜。うりうりぃ」
「ひゃ、きゃはははっ! くすぐったい、くすぐったいよぉ、はやてぇ!」
「そしたら、もう言わへんな?」
「うん、言わない。………はやタヌキ」
「また言うたぁ!」
「ひゃあああああ!!!」
「うりうり、うりうり」
 くすぐられて笑うヴィータと、くすぐりながら笑うはやて。
 もはやどちらが被害者かよくわからない。
 ちなみにフライパン餅の宴は、餅を半日水につけておく必要があるので日曜日開催である。
 
 
 
 
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