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主二人
6「誰がなんと言おうと人間や」
 
 そして待ちかねた日曜日。八神家恒例フライパン餅の宴が始まった。
 
 お餅を水に、半日ほど浸す。
 フライパンを熱する。
 油を引く。
 適量のお餅を置く。
 熱くなってトロトロになったお餅を、フライパンの上で伸ばす。
 伸ばしたところで、砂糖醤油を好みによって塗りたくる。
 適当な時間を見てひっくり返す。
 さらに砂糖醤油を塗る。
 しばらくするとできあがる、表面はカリカリで中はトロトロのお餅。
 そのままフライパンを食卓へ。
 フライパンごと木皿の上にでも載せ、スプーンやフォークではふはふまっくまくっと一気に食べる。
 これが、八神家のフライパン餅である。
 ちなみに今回はフライパンではなく、シャマルによって発見された業務用お好み焼き台座敷タイプがあるので、そちらで焼くことになる。
 何しろ、六人分なのだ。ザフィーラすら、人型になっている。狼型で餅を食べるのはちょっと難しい。
「凄いな」
「うん」
 光とはやては、鉄板上で延ばされていく餅の姿に目を奪われ、畏怖を覚えていた。
 これだけの量のフライパン餅は初めてである。
 でかい。広い。大きい。延びる。ひたすらに延びる。
 さらに、辺りに漂う砂糖醤油の焦げた香ばしい匂い。ヴィータに至ってはきらきらした瞳で鉄板を眺めている。
「まだかな」
「まだや。落ち着け、ヴィータ」
「そや、焦ったらあかん。焦ったら美味しゅうないよ?」
「うん、待つ。ぜってぇ待つよ」
 様子を見ていたシャマルが、声をかける。
「光さん。飲み物はどうします?」
「んー。餅には牛乳やな」
「はやてちゃんは?」
「私も牛乳」
「あ、シャマル、あたしも牛乳」
「はーい。シグナムとザフィーラも牛乳で良いわね」
「ああ」
「異議はない」
 六人分のコップをお盆に載せて、シャマルは冷蔵庫を開ける。
 その姿を見たシグナムが声をかけようとするも一瞬遅く、
「シャマル!」
「あ」
 バランスを崩して、コップが盆から滑り落ちる。さすがに六つ一度に運ぶには無理があったようだ。
 辛うじて冷蔵庫を閉じて、盆を支えてコップの半分は保つ。しかし、残りの半分は見事に滑り落ちきって床で割れている。
「ごめんなさいっ」
 慌てて破片を始末し始めるシャマル。
「慌てたらあかんよ、破片で怪我してもつまらん。シャマルさん、僕が片づけるから」
 光の言葉に余計慌てるシャマル。シャマルからすればこれは不始末である。しかもその不始末を、いかに慣れたとはいえ主の父親に片づけさせるなど言語道断である。
「い、いえ、大丈夫です……あ」
 不注意から破片で指先を切り、赤い血が流れる。
 光は鉄板をはやてに任せると、そそくさと立ち上がりシャマルの手を取った。
「絆創膏、あったよな」
 シャマルに手を出させ、戸棚から取りだした絆創膏を指にくるりと貼る。
「あ、あの……」
「ん? どしたん?」
 されるままでいたシャマルの問いかけに、光はコップの破片を拾いながら聞き返す。
「あの……ごめんなさい」
「ああ、ええよ。別に。不注意は誰でもある。それより、シャマルさんは大丈夫? その指だけしか怪我してへんか?」
「はい。あの、本当にごめんなさい」
「だから、気にせんときて。それより、牛乳を持ってったって。はやてとヴィータが喉詰まらせる」
「なんだよ」
 いつの間にか、ヴィータが光の隣でコップの破片を拾っていた。
「あたしだって、拾うよ。お手伝いできるよ」
「そっか。助かるわ、ヴィータ」
「当然。あたしだって……その……」
「ん?」
「……なんだから」
「ん?」
「いいから、さっさと片づけてお餅食べるんだよ」
「ん〜」
 光は黙っていることにした。
 ヴィータの小さな声が聞こえた事なんて、自分一人の胸にしまっておけばいい。
「娘なんだから」
 それはまだ、ヴィータにとっては内緒なことだと思ったから。
 光は集めたコップの破片を古新聞で包んでグルグル巻きに、それをスーパーの買い物袋に入れて棚の横に置く。
 手を洗うヴィータの姿を確認して、再び餅の方に戻ろうとして、光は気付いた。
「どしたん?」
 シャマルが、絆創膏の巻かれた指をなにやら意味ありげに眺めている。
 さらに、ヴィータも絆創膏を見て首を傾げ、何かを思い出そうとしているかのように目を細めている。
「うずくんか?」
「あ、いえ、なんでもありません。……あの、こういうものを見たのが始めてで」
「初めてって……ああ、そっか。この世界の知識はあるけれど、実際に見るのは初めてなんか」
「はい。そうなんです。……これは、治療に使われるありふれたものなんですよね?」
「そや。それ自体は珍しいものやないし、指に絆創膏巻いてるんも、特に珍しいことやない」
「そうですよね、勿論」
 シャマルとヴィータの反応に首を傾げながら、光は餅焼き作業に戻る。
 数十分後、大量の餅は六人の胃に無事収まり、ダイニングに続いたリビングのソファでは左からヴィータ、はやて、光の順番でだらしなく、しかし幸せそうに背もたれに身体を預けて座っている。
 そして、準備には関わっていなかったザフィーラ、シグナム、シャマルが後片付けを始めている。
 ザフィーラがお好み焼き台を隅へと運び、シャマルが洗い物。
 そのシャマルの元へ皿を運びながら、シグナムが念話で尋ねた。
(何故だ?)
(何がです?)
(その程度の傷。すぐに修復できるだろう)
 ヴォルケンリッターは守護騎士のプログラムである。戦闘での大きな傷ならまだしも、多少の傷はすぐに消えるはずだ。
 仮に消えなくとも、シャマルの魔法ならそれこそ一瞬で治療できる。
 何故自分で治療しなかったのか。シグナムはそう聞いているのだ。
(せっかく、光さんが治療してくれたんですから)
(御尊父にいらぬ手間をかけさせてしまっただけに見えるが)
(シグナム、貴方は堅すぎます)
(しかし……)
「あっ! 思い出した!」
 半分うとうとしていたヴィータが、何かに気付いたように大声を上げる。
「シャマル、それって……」
「ヴィータちゃん!」
 シャマルが慌てるが、それより早くヴィータが立ち上がる。
「その指って、たしか古代ベルカの……結婚の証だっけ?」
「はいっ!?」
 光が振り向いた。
「指って……絆創膏!? 結婚!?」
 頷くヴィータ。
「あれ? 結婚じゃなかったかな。えーと……なんだっけ。なあ、ザフィーラ?」
「……私に振るくらいなら最初から口に出すな、ヴィータ。お前が言うのは求婚の証だ」
「うるせえなぁ。ど忘れしたんだから、しょーがねえだろ」
 ザフィーラは狼の口で器用に溜息をつくと、慌てるシャマルの方をちらりと見て、光に対して説明を始めた。
 古代ベルカの地ではどこにでも見られた、ごくごく平凡な花がある。それは取り立てて美しいというわけでも有用というわけでもない。
 ただ、いつの頃からその花にはある役割が生まれた。
 男が女に求婚する際には、その花を相手の指に巻くのだと。それが古代ベルカで行われてた求婚の証だと。
 そして戦乱の中で花を巻くという行為は失われ、花に限らず男が自分の持ち物を女の指に巻くというのが求婚の証となったのだ。
 ザフィーラの話を聞いた光は、予想外の出来事に唖然とした顔で呟いていた。
「いや、それは、偶然というか……そういう意味は……」
「勿論、それはわかっています。光さんが古代ベルカの風習を知っているとは思いませんし、守護騎士プログラム相手にこんなことをするとも思っていません」
「シャマルさん……」
「そんな資格のない私が一瞬でもそんな想いができたことが嬉しかった。ただそれだけです。……ご迷惑ですね。ごめんなさい」
 突然、はやてが叫んだ。
「シャマル、それ違う!」
 光がその言葉に続けるように言う。
「そや。はやての言う通りや。それは違うで、シャマル」
 絆創膏を剥がそうとするシャマル。光はそのシャマルの手を取った。
「確かに、僕はそんな風習は知らんかったし、だから、その絆創膏はそういう意味やない。それは正しい。せやけど……」
 絆創膏をさらに包むように、光はシャマルの指を優しく握っていた。
「プログラム相手とか、資格がないとか、それは絶対に違う」
「そやよ。シャマルにそんなこという人がおったら、私が許さへん。主としてやない、家族として、絶対に許さへん」
 はやては、残る三人をぐるりと見渡した。
「ザフィーラも、ヴィータも、シグナムもや。そんなことをあんたらに言う人は絶対に許さへん。そして、そんなことを自分で言うのも絶対禁止や」
「僕からも同じ事を言わせてもらう。八神の家長として絶対に譲らへん。シャマルさん、シグナムさん、ザフィーラ君、ヴィータ、君らは、誰がなんと言おうと人間や」
 シグナムが何か言いかけるのを仕草で制する光。
「前にも一度言うたけれど、君らがわからんのやったら何度でも言うたる。一応、人に物教えて飯食うてる身やからな。
ええか、少なくとも、僕とはやては君らを人間として扱う。君らが、なんと言おうともや! それが気にいらん言うんやったら、文句は聞いたる。せやけど、僕は絶対否定せえへんからな、君らが人間やいうことを」
 シャマルは自分の指を握る光の手を、残った手でさらに包む。
「光さん……」
「そやから、シャマルさんにはそんなことは言うてほしくない。それに……」
 光が言葉を止めた。
「……その……なんというか……実は……それほど……迷惑でもないというか……その……や、そういう意味ではないんやけど……その……」
 シャマルはニッコリと微笑む。
「はい」
「あ」
「はい?」
「いや、その……」
「はい」
 あくまでも光の手を握りしめたまま、シャマルは微笑んでいる。
「ありがとうございます」
「う、うん」
「あー、もしもし?」
 はやての呼びかけで、二人は慌てて離れるのだった。
 
 
 
 
 
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