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主二人
7「一人で飲むのは……もう飽きた」
 
 
 お昼ごはんが大量の餅だったため、晩は手軽にしようという意見が全員の一致だった。
 そこで、冷蔵庫の大掃除となる。
 思ったよりも残っていた食材の種類が多く、手軽どころか結構な量となってしまった。
 それでもヴィータは「ギガウマ」を連発して食べ切る。
「食べ過ぎよ、ヴィータちゃん」
「大丈夫だよ、シャマルは心配しすぎ」
「騎士としてみっともない」
 そう言うシグナムにザフィーラがしみじみと答える。
「とは言え、これほどの食事に恵まれるなど、記憶の奥にすらないことだがな」
「凄いです、はやてちゃんも光さんも」
「シャマル、褒め過ぎやで、こんなん大したことないて。残りものにちょっと工夫しただけや」
 はやての言葉に光が頷き、
「うん。あんまり褒められるとな、背中が痒くなる」
「痒いの? あたしが掻いてやろうか?」
 素直に尋ねるヴィータに光は絶句し、はやてが笑った。
 そんな調子で和気藹々とした食事を終え、六人でテレビを見たりゲームをした後は順番に風呂へ。
 ちなみに入った順は、光、はやてとシャマル、シグナム、ヴィータ、ザフィーラである。
 ザフィーラは狼の姿になるから大丈夫だと最後まで抵抗したが、光とはやての命令によって渋々入ることになる。
 そしてお寝みの挨拶を済ませると、それぞれの部屋へと引っ込んでいく。
 少しすると、光が再び姿を見せ、リビングの灯りを付ける。
 そのままキッチンへ行くと、グラスを取り出しリビングへと運ぶ。そして、冷蔵庫へ。
 上部の冷凍庫から小瓶を取り出し、下部の冷蔵庫からは小さなライムを。
 瓶の中身を小さなグラスに注いで、用意していたナイフでライムを器用に手のひらで割る。
 透明のスピリッツに数滴絞り落とすライム。
「起きてらしたのですか」
 リビングに姿を見せたシグナムに向けて、光はグラスを持ち上げた。
「飲むか? 知り合いのロンドン土産や」
「お言葉に甘えて。御相伴にあずかります」
 光はあらかじめ準備してあったかのように別のグラスを取り出した。
「予測されていたのですか?」
「予測言うより、希望やな。一人で飲むのは……もう飽きた」
 シグナムは受け取ったグラスを口に運ぶ。
 一口。そして驚いたように光とグラスを見る。
「これは、何という酒ですか?」
「ん? 気に入ったか? これは、ドライジンや」
 しばらくの間、二人は静かに飲んでいた。
 つまみもなく、ただ、窓の外の星空を見上げながら飲む酒。
 その沈黙を破ったのは、シグナムだった。
「ありがとうございます」
「ん?」
「シャマルとヴィータのことです。二人は、貴方をある意味では主以上に慕っているかも知れない」
「礼を言うようなことちゃうやろ」
「貴方にも主にも、我らは人間として扱われている。正直、こんな主は初めてです」
「異世界には、ろくな奴がおらんかったんやな」
「闇の書とは、それだけの魅力を持っていたのです。人としての心を失わせるだけの」
 シグナムはグラスを置き、立ち上がった。
「私も御尊父には感謝しています。貴方は、主の父親として本当に素晴らしい人だ」
「褒めても何も出えへんで」
「だからこそ、私は言っておきたいことがある」
 光は視界の隅に何かが出現したのを見た。
 シグナムのデバイス、レヴァンティンである。
「私は、いや、我らヴォルケンリッターは、主八神はやての守護騎士です」
「ああ」
「命有る限り、この身ある限り、主に仕え続けます」
 光は静かにグラスを置くと、シグナムに向き直った。
 その視線を逸らさず、シグナムは言葉を続ける。
「こんなことは初めてです、我らの精神リンクは主はやてにだけではない。貴方相手にも感じている。しかし、我らが主は常に一人のはずなのです」
「僕なら、主の座ははやてに譲る。気にせんでええ」
 だからはやてを。いや、はやてだけを守れ。
「ならば、はっきりさせなければならないことがあるのです」
「主はやてのためになるのなら御尊父すら斬る、か?」
 シグナムは、光の言葉に躊躇うことなく頷いた。
「そっか」
 光は再び、グラスを持ち上げる。
「……有り難い話やな」
 その返事に、シグナムが一瞬揺らいだ。
「え?」
「ま、座りな。グラスも空やしな」
 二人分のグラスを満たし、光は言葉を続けた。
「あんなあ、シグナムさん。この社会で、足の不自由な女の子が生きていくって、どういうことかわかるか?」
 一生、この足とつきあっていく可能性もある。それがはやての主治医の言葉だった。
 いや、その可能性の方が高いだろう。
 ならば、父親に何ができるのか。
 一生を娘のために。それは可能だ。自らの死まで、娘を護り続けることもできるだろう。
「そやけどな。僕はあの子の親や。どう考えても、先に死ぬんは僕や。はやての一生を護ることは、僕にはできへんのや」
 では、何ができる。いったい娘のために何ができる。
「僕に出来るんは、精々金を残すことくらいや。幸い、希美さんの知り合いの伝手でこの家は安く譲ってもらえた。住むところには困らへん」
 できることなど、他にないのだ。遺産以外のどんな力も娘に残すことはできない。
「そやのに……今の僕は安心してる。わかるか? 君らがいてくれるとわかったからな。僕は安心できるんや」
 生涯護るとの誓いを信じるのなら。異世界から現れた騎士たちがいるのなら。
「これでな、僕はいつでも、胸張って希美さんに会いに行けるんや」
 シグナムは何も言わない。いや、言えなかった。
 ただ、理解しようとしていた。
 これが、父親というものなのだと。自分たちには絶対に理解できない、それでいてどこか懐かしい存在なのだと。
 
 やがて光が寝室へ戻っても、シグナムはしばらくの間空を見ていた。
 はたして、自分にできるのだろうか。
 主はやてを護る自分を疑ったことはない。しかし、もう一人の主を自分は捨てられるのだろうか。たとえ、それが主はやてのためになる時が来たとしても。
 シグナムは立ち上がり、頭を一つ振ると自分の寝室へ向かおうとした。
 その前に、影が一つ。
「……シャマルか」
「ええ」
「聞いていたのか」
「ええ」
「どこからだ。……と聞くも愚かか」
「そうね」
 シグナムは、リビングの入り口に立ちつくすシャマルの横を通り抜けようとして、言った。
「我らヴォルケンリッターは、主はやての守護騎士だ」
「ええ。わかってます」
「なら、いい」
「でも……」
 シャマルの言葉に、シグナムは足を止める。
「万が一、光さんがいなくなれば、はやてちゃんは私たちを許してくれないでしょうね。きっと、ヴィータちゃんも」
 シグナムは再び歩き出す。
「私を許さない者は、もう一人いると思うがな」
 
 
 
 
 
 
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