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主二人
11「悪夢は忘れてください」
 
 
 熱気などというレベルはとうに越えて、物理的な重みすら感じる温度がヴィータの双肩を押さえつけていた。
 汗をぬぐい、ヴィータは周囲の様子を窺う。
 見渡す限りの一面に広がる砂漠には、建物どころかただ一人の影すらも見あたらない。
 乾きと熱気は、確実に人の感覚を破壊する。
 それども紅の鉄騎としての感覚は、確かに相手を捕らえている。今のところ相手が視認できないことはたいした問題ではない。しかし、問題は別にあった。
 ヴィータか感じている気配は二つ。その二つは確かに目的の相手のものだ。しかし、レンジを替えれば気配は確実に三十を超えているのだ。
 ……囲まれてんのか?
 考えられないことだが、今の状況からはそうとしか考えられない。
 ヴィータがこの世界へやってきたのは魔法生物である砂竜を狩るためだ。この世界の砂竜の存在は広く知られているが、だからといって自分がここへ来ることが察知されているわけがない。そもそも、「闇の書」の起動すら知られていないはずなのだ。
 だから、「この集団の目的は別」とヴィータは判断する。自分はたまたま、その目的の近くに来てしまったのだと。 
 現に、遠い魔力には自分から隠れようとする気配がない。どちらかというと、あえて露出しているような気配が濃厚だ。
 つまり、遠方の魔力の目的は自分ではない。結果として「囲まれている」だけで、自分が「狙われている」わけではない、と。
 どうするべきか。
 ヴィータは深く考えずに結論を出す。
 別に、彼女が考えられないと言うわけではない。相手の出方が不明、それを類推する材料もないのだ。ならば、下手に考えて自分の行動を縛るよりも、どんなことにも対応できるように思考をニュートラルにしておいた方がいい。
 そして、優先順位はあまりにも明確なのだ。
 はやてを護ること。これが何よりも優先するもの。そして、次が光を護ること。その下が、自分を護ること。
 ならば、為すべき事は決まっている。
 はやてのために砂竜は倒す。そして、周りの反応を見る。あとはその反応次第だ。
 シュワルベフリーゲンを発動するヴィータ。生まれた鉄球を、砂竜の潜伏する地面にたたき込む。
 慌てて砂中から鎌首をもたげる竜の懐へと、間髪入れずに飛び込むヴィータ。見た目からは考えられない俊敏な動きからの攻撃をかいくぐり、的確に砂竜へとダメージを与えていく。
 しかし砂竜の防御は堅く、多少の打撃ではびくともしない。時間をかけて二匹同時に相手をするのは、できれば避けたい展開だ。
「しょーがねぇ、速攻で決めっぞ! グラーフアイゼン!」
“Jawohl”
 カートリッジを装填。
「フランメ! シュラーク!」
 たわむかのように振りかぶられたグラーフアイゼンの先端が裂空の気合で砂竜の背を打つ。打ち込まれた瞬間、爆発炎上したかのように噴き上がる炎。
 その炎を潰すように二撃三撃とくわえると、そのたびに砂竜の動きが弱っていくのがわかる。
 この調子で、と思った瞬間にヴィータは咄嗟に飛び退いた。それは反射神経や洞察ではない、ただの勘、戦場を駆けた者だけが持つ戦士の勘だ。
 飛び退いた直後、ヴィータの残像すら残っていそうな寸差で、さっきまでいた空間が貫かれる。貫いたのは爪であり、牙。
 砂竜ではない。それはある意味において、砂竜よりも恐ろしい存在。
「砂竜もどきかよっ!」
 それは外見だけなら砂竜に酷似していた。しかし、もどきと呼ばれるだけあって魔力は全くない。単なる、凶暴な野生動物なのだ。
 砂竜のように魔力由来の炎を吐くことはないが、その爪と牙は充分に脅威である。
 魔力がない故に、ヴィータはその存在を見逃していた。しかし、普通ならば見逃すわけはないのだ。ヴィータとて愚かではない。砂竜もどきの存在も知っていたし、その脅威も知っている。
 罠、と言ってもいいだろう。
 遠くからこれ見よがしに発せられている魔力の気配。考えてみれば、それが砂竜もどきの気配を攪乱していたのだ。
 それでも、砂竜と砂竜もどきだけならばヴィータは切り抜けることができるはずだった。
 だけ、ならぱ。
 狙撃位置から放たれた魔力弾を避けながらヴィータは、これが罠だと確信する。
 ベルカの騎士にとって、狙撃手は天敵である。なにしろ、近距離格闘が売りなのだ。しかも、すでに囲まれている。
 狙撃手だけならば、囲みを突破するのは容易だ。
 砂竜もどきだけならば、倒すのは容易だ。
 しかし、ここには両者が準備されている。
「つまんねぇっ! こんな腰の引けた狙撃にあたしが倒せるかよっ! やるなら、正面堂々来やがれ!」
 ヴィータの叫びを嘲笑うかのように、複数の狙撃弾が接近する。緩やかなホーミング性能を付与されたそれは、ヴィータを包むような軌跡を描きながら、妙にゆっくりとした速度で動いていた。
 あえて遅い弾を放っている、と判断するヴィータ。弾は当たれば儲けもの、程度の囮だろう。ダメージを与える本命は砂竜もどき。ならば、一瞬で避けておしまいの弾よりも、注意を少しでも多く奪う低速弾が有効だ。
 絡め手は腹立たしいが、怒りを優先すると不利になることはわかっている。ヴィータは落ち着いて周囲の状況を確かめ、シュワルベフリーゲンによる迎撃を選択。
「っとに……うっとうしいなぁ……」
 鉄球が魔法弾を削り弾くように襲う。瞬間、数個の魔法弾が速度を上げた。同時に、何に反応したのか砂竜もどきが数体、一気に鎌首をもたげる。
 砂竜もどきか壁と化し、魔法弾を隠す。そして、ヴィータの放った鉄球は魔法弾と相殺しその威力を一時的に失っていた。
 砂竜もどきはヴィータを囲むように動き……否、一体は最初の攻防で倒しきれなかった砂竜である。
「しまっ……!」
 悔やむも遅く、魔力炎がヴィータの視界一杯に広がる。
 叫び、火炎を散らすグラーフアイゼンの一閃。しかし、火炎が消えて視界の戻った先には砂竜もどきの牙。そして、振り切ったあげくに戻すことのできない己のデバイスに、今度こそヴィータは呻いた。
 男が吼えた。
 金属を擦らせた不快音にも似た異音。
 ヴィータと砂竜もどきの間に立ちはだかるように、褐色の騎士が構えている。
 牙を退けたのは、騎士のシールドであった。
「ザフィーラ!」
「定時の連絡がなかったのでな」
「……すまねぇ」
 ザフィーラは振り向きもせず言う。
「忘れたか。私の名を」
 ヴォルケンリッター、ザフィーラ。二つ名は、楯の守護獣。
「おめえは、……はやてのための楯だろう」
「生憎と、今の主には楯を必要とする危機などないのでな。ならば、この身をもってお前たちの楯となるのも一興だ」
「暇つぶしかよ」
「そうとも言うな」
「好きにしろ。感謝はしねえぞ」
「元より。感謝を互いに求める間柄でもあるまい。我らは」
「はっ、違えねぇ」
 ヴィータは凄みのある笑みを浮かべる。ザフィーラも唇を歪め、笑いの形を作っていた。
「行くぞ。我らヴォルケンリッターの神髄、狙撃手どもに知らしめる。我らの戦いに、高みの見物などはないと言うことをな」
「おうっ!」
 
 
 
「艦長って凄いですよね」
 運転役の後輩の言葉に、エイミィはモニターから目を離さずに答える。
「うーん。凄いというよりも恐いかな?」
 リンディ・ハラオウンは恐ろしい。知れば知るほど、そう思える。
 そして知れば知るほど、彼女の周辺に取り込まれている自分に気付く。
 しかし、恐ろしいのは、取り込まれることではない。
 取り込まれることに抵抗をなくしている自分でもない。
 本当に恐ろしいのは、「取り込まれたほうが得」と思える環境を作り上げられてしまうことだ。そしてそれを「必然」「偶然」と感じてしまうこと。
 何処までが本当に「偶然」で、何処までが「操作」なのか。いや、リンディ本人ですら、すでに区別が付いていないのではないだろうか。
 そうとでも言いたくなるほど、リンディの私事と公事の摺り合わせは神業レベルである。
 自分とて、時々ふと疑問に思う時がある。
 ……私はクロノ・ハラオウンが好き。だから、エイミィ・ハラオウンになる。
 リンディにとって自分は、息子の嫁になるのか。それとも、「魔法以外の電子機器に特化した有能な人材」になるのか。
 一つの確信はある。クロノと自分の仲がどうであろうと、リンディと自分の関係はほとんど変わらないと。
 書類上の家族関係になるかならないか、それだけの違いだ。
 もし自分の恋愛感情が無くなってしまえば……
 ……フェイト・テスタロッサ・ハラオウンは、クロノの妹ではなく、妻としての存在になるのか。
 おそらく、フェイトは断らない。少なくとも、保留にはするだろう。
 悪く考えるならば、リンディはフェイトをそこまで追い込むことができる。自由意志は尊重する、との名目を保ったまま。
 リンディがフェイトを心配しているのは嘘ではない。家族を与えようとするのも心からの好意だろう。
 だが、そこに打算はないのか。フェイトという人材を身内に確保しようという考えはないのか。
 リンディに問えば、あっさり答えるだろう。
「勿論あるわよ」と。
 そこが、リンディ・ハラオウンの恐ろしいところだ。
 そしてそれが、自分の目指している上司の姿だ。
 今、車を運転している後輩も、もう少しすれば気付くだろう。そして彼女がそれなりに優秀ならば、「ようこそ、ハラオウンの閥族へ」ということになる。
「なんか、反応してますよ」
 後輩の声に、エイミィはモニターを見た。
「……反応どころの騒ぎじゃないよ」
 地球上での移動のために準備された車。その運転のために後輩を半ば無理矢理連れてきたのだが、エイミィの手筈は正解だった。
 車に積まれているのは盗聴探知機である。地球で使われているテクノロジーによる盗聴ならば大概は発見できる。その性能は地球上のものより高い。
 極秘に駐屯する場合でも、何らかの形で怪しまれることは珍しいことではない。文明の違いがあるとはいえ人間のやることである。どうしても見落としはある。そして優秀な人間はどの世界にもいる。
 微妙な偶然で自分たちが現地政府の調査対象にならないとは限らないのだ。
 まず、その憂いをなくすために可能な限り怪しい者は排除する。標的が自分たちでなくても、調査対象とされている者が近所にいれば、巻き添えを受けないとも限らない。
 だから、エイミィは地球での拠点となる家を中心に、現地テクノロジーを走査していた。
 具体的には、盗聴の類の発見だ。
 反応はあった。
 とある一軒から、異常なまでの反応が検知されているのだ。
 これは純然たる電子機器の問題なので魔法ではまず発見できない。どれだけクロノが優秀でも、ここはエイミィの出番なのだ。
「何だか知らないけれど、盗聴されまくってる家があるね」
「現地政府の捜査対象でしょうか? テロリストや反政府主義者とか」
「……うーん、なのはちゃんの近所だし、そういう物騒なのはいないと思ってたんだけどなぁ……あ、これが終わったら翠屋行こうか。美味しいよ」
「え? いいんですか」
 軽いなぁ、という言外の後輩の非難を、エイミィは笑って受け流す。
「盗聴に関しては放っておくしかないかな。現地の政府のやり方に干渉はできないからね。これが魔法なら、干渉する名目もあるんだろうけど」
 もっとも、魔法ならばこの機械では検知できないし、自分も後輩も検知できない。電子機器のエキスパートとその後陣(予定)は、リンカーコアには縁がないのだ。
 ただし、念のためにエイミィは地図に印を付けておく。
「世帯主は……八神光か……。一応報告だね」
 
 
 
 涙を流しながら、少女の命乞いは続いていた。
「助けて……お願い。お願いです」
「堪忍な。君を殺さへんと、ウチの娘がな、ヤバいんや」
「そ、そんなの、知らないよぉ……」
「冷たいなぁ、君の友達やん」
「え?」
 なのはは首を傾げた。
 その仕草に、光は目を細める。
「知らんふり、すなや。ボケッ」
 レヴァンティンが一閃すると、少女の首は高く飛ぶ。
「ご苦労、シグナム」
 光は、レヴァンティンを鞘に収めて控えるシグナムに声をかけると、一歩進み、闇の書を開く。
「……結構ページが埋まるな。この子のリンカーコア、えらい大きかったんやなあ」
「終わったの?」
「おお」
 光が振り向いた先にはヴィータ。その背後には、すずかとアリサをはじめとしたクラスメートたちが倒れている。
「じゃあ、これではやては治るんだね」
「それがなぁ……」
「なに?」
「足りへんねや」
「え?」
「だから、足りへんねん」
 だから、君も死ねや。
 光の呟きで崩れ落ちるヴィータ。
 別の場所ではシグナムが。そして、ザフィーラが。
「ひ……ひか……る……さん……」
 倒れ痙攣するシャマルに、光は微笑む。
「ありがとな。これで、はやても元通りや」
 かき消えていくヴォルケンリッター、クラスメートの死体。そして光は、唯一残った人影へと歩む。
「はやて……」
 人影は、自分の足で立っていた。
「……お父さん?」
「はやて。足は治ったんやな」
「……これ……あたしの足?」
 振り向いたはやての姿が、まるでスポットライトが当てられたかのようにはっきりと周囲から浮き始める。
「あたしの足……」
 ……なんで?
 ……どうして?
 ……助けて
 ……痛いよ
 ……あああ
 ……痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い見えない聞こえない見えない聞こえ見え聞こえ見聞見聞こ見聞見えな聞はやてちゃ先生主御尊父はや尊ひかちゃはや先生やが父お父さはやある見痛いどうしてはやてえない生すけてかるさ助なんああ恨見え聞こはや殺父ないああいよして助狂はやひかはやてちゃんはやてちゃんはやてちゃはやてちゃんはやてちゃんはやてちゃんはやてちゃんはやてちゃんはやてちゃんはやてちゃんはやてちゃんはやてちゃん痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い……
 はやてには足があった。
 小さく縮められた死体が折り重なり、透明の袋に詰められたように圧縮され、血と体液にまみれた足が。
 怨嗟と悲哀に満ちて呻き続ける屍によって生み出され、構成された足が。
 命を奪い、魂をつなぎ止め、精神を破壊することによって作られた足が。
「これが……わたしの……足」
 はやては笑っていた。
「お父さん、ありがとう」
 光は、絶叫した。
 絶叫は光の精神を揺さぶり昏倒させ、次に気付いたときには何かに包まれていた。
 温かく、優しいものに。
「ああ……あ……」
「……大丈夫です。私がいます。もう、大丈夫です」
 ただ、呻くだけ。
 ただ、震えるだけ。
 ただ、抱きしめられていた。
「僕は……僕は……?」
「悪夢を見たんです。ただの悪夢を。それは現実にはなりえません」
 見上げた位置には、シャマルが優しく頷いている。
「悪夢は忘れてください」
「……見たんか……?」
「私と精神リンクが繋がっていたようですね。見えてしまいました」
 それは偶然か、それとも無意識に助けを求めたのか。
「……御免……」
 腕の中の温もりから身を離すことができず、光は呟いた。
「構いません。光さんなら……」
 悪夢など忘れてください。もう一度そう呟くと、シャマルは光の手を自分へと導いた。
「忘れるお手伝いを、させてくださいね」
 
 
 
 
 
 
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