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主二人
14「皆、明日も会えるやんな」
 
 
 
 リンディ・ハラオウンを軽視するのは危険だ。と、ある日、グレアムはリーゼ姉妹にそう語った。
 仮に自分の企みが全てばれて予測されたとしても、それはそれで構わないのだと。
 グレアムが恐れているのは企みがばれることではない。それによって責めを受けることでもない。ただ一つ、計画を妨げられることである。
 計画の遂行さえできるのならば、言ってしまえば後はどうでもいいのだ。
 だから、確証さえ掴まれなければ。自分たちを力ずくで阻止できるほどの部隊を展開されなければ構わない。
 どれほど疑いを深めようとも、部隊を動かす確証は必要なのだ。例え部隊を動かすのがリンディであろうとも。そしてリンディが勝手に動かすことの出来る個人戦力では、グレアムとその一党は止められない。それだけの妨害工作が行えるシンパならば、既にグレアムは水面下で集めているのだから。
 直接闘うことになれば、結局は敗れるだろう。しかし、グレアムの一派が動くのは「八神はやて排除=闇の書封印」まででいいのだ。それが終わった後ならば、管理局に投降しても構わない。
 もっとも、いかなる形にせよ、あの「闇の書」を封じた自分に、管理局がどう対応するのかという興味はある。
 リーゼ姉妹の見解は、それとは少し違っていた。
 彼女たちはグレアムに従う。使い魔としては破格の待遇を与えられている彼女たちは、場合によっては主に逆らうことすら許されている。しかし、彼女たちは自分たちの意志において、グレアムに盲従を誓っていた。
 時には逆らうことこそ真の忠誠であるという理屈を、彼女たちは一笑で切り捨てるだろう。そして、言うのだ。
「あたしたちの忠誠なんて、あたしたちだけにわかればいい。他人の理屈なんか知らないね」
 そして予感する。
 自分たちを止めるのはリンディではないと。
 止められるのは二人しかいないと。
 自分たちをよく知る一人。
 自分たちを知らない一人。
 その予感は、後に的中することになる。
 
 
 
 
 
 なのはは、届けられた小包を開けた。
 そこには、いつものように送られてくるフェイトからのビデオレター。
 今回は、それとは別にユーノからのものもある。
「なのはへ。僕は今、リンディさんのお手伝いで無限書庫というところで働いています」
 ユーノの背後に映っているのは大量の書籍、と、大量の書籍のようなもの。とにかく、大量のモノ、もの、物。
「フェイトの裁判の証人としても出廷しているけれど、頑張っています」
「ところで、僕は無限書庫に新しい居場所ができたので、もし僕宛に何か送ってくれる時はここに送ってくれると嬉しいです」
 ここで、なのはは首を傾げた。
 フェイトへのビデオレターと一緒にしておけば間違いなくユーノの元へは届くのだ。便を分ける必要など、なのはにはあるとは思えない。
 この辺り、アリサが隣にいれば、「どうして、なのははそう鈍感なのよ」と怒り狂うだろう。
 可哀想なのはユーノである。
 なのはは、「ユーノ君にだけ別に送るものなんてないよね」と考えながら、そこで画面の下のテロップに気付く。
「今、画面の下に新しい住所が出ているから。もしミッドチルダの文字が難しければ、この数字だけでも届くからね」
 確かに、文字よりは数字の方が手間は少ない。だが、問題はそこではなかった。
「あの数字の書き方って……住所なんだ」
 それが、前にエイミィの車の中で見た数字と同じフォーマットで書かれていることになのはは気付いた。ということは、なのはが見つけた数字も住所なのか。
「レイジングハート。この画面の数字は、ミッドチルダの何を表してるの?」
 ユーノのアドレスだと、レイジングハートは答える。
「それはテキストデータの方でしょう? 数字は何で定義されているの?」
 なのはは自分の思いつく限りの、場所に関する座標データを上げていく。
 町番、郵便番号、電話番号、区画……
 緯度と経度、を上げたところでレイジングハートが反応する。
「レイジングハート、ミッドチルダの地図は入力されているよね。この数字に当てはまるのは何処?」
 海上、という答え。レイジングハートに入力されているデータにそれ以上のものはない。
「だったら、地球上で当てはまるのは?」
 フォーマットが違うので仮定不可能。
 なのはは考える。エイミィが地球上で捜査していたのは間違いない。ならば、この数字は地球上の地点を表したものと考えるのが自然だろう。それならば……
「ミッド式のフォーマットで地球の地点を示していると仮定して」
 原点を設定しなければ不明です。と答えるレイジングハート。
 地球上ではそれぞれ、赤道とイギリスのグリニッジが座標ゼロ地点である。
 ミッドの緯度に該当するものは想像できる。惑星である限り、赤道に類するものが名前は違うとしても必ず存在するはずだ。しかし、経度は別だ。
 いや、そもそも、地球に不慣れな人間にそこまでの設定が必要なのか。
 基点を決め、そこから考えればいいのではないか。
 レイジングハートに尋ねても、さすがに適当に決められた基点まではわからないだろう。
 知識は別として、実戦として地球に不慣れな人たち。彼女たちが実際に訪れているのはほとんど海鳴周辺だ。
 ならば、となのははさらに考える。
「レイジングハート、私の家を基点にして、この座標データの示している場所はどこになる?」
 レイジングハートの周囲に浮かぶ海鳴の地図。いくつかの光点が地図上を走り、やがて一点に収束する。
「普通の家、だよね……」
 Yes.
「……レイジングハート、誰が住んでいる場所かわかる?」
 電話帳や地図で調べることができるレベルまではメモリに入っているはずだ。
 Hikaru Yagami.
「え?」
 レイジングハートはもう一度その名前を繰り返す。
 八神光、と。
「八神先生……?」
 何故。
 何故、エイミィさんが八神先生を? それとも、これは単なる偶然なのだろうか。
「レイジングハート……」
 Master?
「ちょっと、出かけようか」
 Yes.
 考えることなんてない。会話を交わせばいい。八神先生ならお話はできる。なのははそう信じていた。
 
 
 
 
 
 八神家では、冬の準備を始めていた。
 今夜からは冬布団。本格的な冬はまだまだだから毛布までは必要ないけれど。
 それにしても六人分は大仕事である。
「ああっ、ヴィータが布団雪崩の犠牲にっ!」
 早速、ヴィータが布団の下敷きになっている。
「これくらいも持てないのか。怠けているようだな」
「あ、あのな……重さの問題じゃねえっ! バランスが悪いんだよ!」
「早よ出てこんと、ヴィータ潰れるで」
「潰れるって、あたしはそんなにヤワじゃ……」
 布団から顔だけ出したヴィータが、布団の上に乗って悪戯っぽく笑っている顔に気付く。
 そしてヴィータもニヤリと笑う。
「うあ。重い〜。重いよぉ。はやて、重いよぉ」
「私は重ないよ?」
「重いよぉ」
 光が意地悪く続けた。
「あーあ。はやてが重いから、ヴィータが大ピンチや」
「私は重ない」
「重いぃ、重いよぉおおお、潰れるよぉおおお」
「まだ言うか」
 悪い子にはくすぐりの刑や! そう言って布団に潜り込むはやて。両手だけしか使っていないのに意外に素早く、ヴィータが気付いた時にはすでに懐に入られていた。
 即座に始まるくすぐり刑。
「うりゃうり、うりゃうり」
「ひゃひゃひゃああっ、くすぐったいっ」
「私は重ないでぇ」
「重いよぉ」
「はい。はやてちゃん、そこまで」
 はやてを背後から抱き留め、車椅子に戻すシャマル。
「ヴィータちゃんもね」
「ん」
 何を感じたか、素直に指示に従うヴィータ。布団を抱えなおし、はやての部屋へと歩き出す。
 その姿を見送ると、シャマルが光とシグナムに向き直る。やはり、二人の顔も真剣なものになっていた。
「チェイサーが動き出しました」
 要監視だと判断した数人の相手をシャマルが追跡させている使い魔のようなもの、それがチェイサーである。
 そして、今回動き出したのは……
「高町なのは……です」
 歯切れの悪いシャマルの言葉に、一瞬、光は言葉を失った。
 動き出したとは、文字通りの意味ではない。普通の生活として考えられる行動や、そこからの多少の逸脱ならば、シャマルはいちいち報告しないだろう。報告するに値する、日常からの逸脱があったと言うことなのだ。
「デバイスを立ち上げ簡易結界を張り、空を飛んでこちらに向かっています」
 今まででわかっていること、それは高町なのはが結界構築を苦手としていること。彼女にできるのは精々一般人相手の結界、視界隠蔽の結界程度だ。シャマル相手には全く意味をなさない結界である。
 一般人には気付かれないが、それなりの魔道師には気付かれる姿でこちらへ向かっているというのだ。
 それも、空中を一直線に。
 確実に、八神家へ向かっているのだ。
 あるいは、延長線上の他の目的地へ。しかし、それを望むほどシグナムも光も楽天家ではない。
「シャマル、はやてが寝つくまで頼む」
「はい」
「ザフィーラは隠れて先行、シグナムは僕と一緒に」
 名前が呼ばれなかったヴィータは、不思議そうに光を見上げた。
「ヴィータは、姿を隠して準備しといてもらおか」
「準備?」
 
 
 
 
 
 物理的な結界を張っていないため、冷たい風が頬を打つ。さほどのスピードではないために寒さに困るほどではないが、なのはは頬を赤くして前を向いていた。
 結界を張っているのは、自分が魔道師であることを言外に伝えるため。デバイスを立ち上げて飛んでいるのは、自分が次元管理世界に関係していることを伝えるため。
 八神先生がどんな反応を示すのか、なのはにはまだわからない。それでも、行かなければならないとなのはは思った。
 この地球で魔法を使える者などほとんどいないはずだった。八神先生が昔から魔法が使えるのなら、ジュエルシード事件で見出されているはずだった。
 今になって、何故。「闇の書」を管理局が追い始めてから、何故。地球が潜伏先の候補の一つであるのは何故。エイミィさんが八神家の座標を持っていたのは何故。
 符合しすぎている。
 考えるべきではないことも、なのはの脳裏には浮かぶ。
 はやての足の事。治る見込みのない足の事。どんな事をしても治したがっている先生。
 治らない足。そこには、望みを叶えるロストロギア「闇の書」が。
 立場が違えば、自分も望むのだろうか。
 恭也が、美由希が、桃子が、士郎が……
 お父さんの怪我が治らなかったら……治せるロストロギアがあると言われたら……自分は「闇の書」を否定できるのか。
 はやての足のためだとすれば、自分は何をすればいいのか。
 全てが杞憂であればいい。自分の先走りであればいい。幼さ故の浅慮であればいい。慮外者よと嘲笑われる結果に終わればいい。
 なのはは望む。己の失策を。己の未熟を。己の無知を。
 
 
 
 
 
 シャマルは、はやての部屋のドアをこっそりと開ける。気付かれない様にドアを開けて寝ている様子を覗くのは、光から直接伝授された技だ。
 ただし、今夜のところはさすがにまだ、はやては眠っていない。
「シャマル?」
 囁くようなはやての声に、シャマルはゆっくりと頷いた。
「はい。ここにいますよ。はやてちゃん」
 明かりの消えた部屋の中、閉じられたカーテンは月明かりを遮っている。
 闇の中でぼんやりと浮かび上がる白い頬に、シャマルは手を伸ばして触れてみる。
「おやすみなさい。明日の朝ご飯は私の当番ですから、ゆっくり眠ってくださいね」
「お父さんは?」
「シグナムとお話をしています。もしかすると、お酒を飲んでいるかも知れませんね」
「ザフィーラは?」
「お風呂に入ってます」
「ヴィータは?」
「大きな欠伸をしていました。きっと、お部屋に戻っていますよ」
「皆、明日も会えるやんな」
 瞬間、シャマルは言葉を失った。
 はやては……この子は……いや、主は気付いているのだろうか。自分たちの暗闘に。
 それともこれは、子供らしい意味のない言葉なのだろうか。
「当たり前じゃないですか。シグナムもザフィーラも、私もヴィータちゃんも、ずっとここにいますよ」
「うん」
 眠気のせいか、はやての声が徐々に小さくなる。
「皆、明日も……」
 声が途絶え、シャマルは少しの間その場に立ちつくす。
 ごめんなさい、と言えればどれほど楽になれるだろうか。しかしそれは仲間への、そして光への裏切りだ。
 自分一人が楽になってはいけない。
 主への騙し討ちにも近い裏切り。その責めを負うのは一人ではない。そして苦しむのも、一人ではないのだから。
 全てが終わったとしよう。その時、主は自分たちを許してくれるのだろうか。
 彼女を裏切った従者を、彼女はどうするのだろうか。
 責めてほしい、とシャマルは心から思った。自分たちを責め、悪し様に罵倒し、全ての責を負わせ、放逐してしまえばいい。それによって父親がその責めから外されるのならば、自分たちは甘んじて誹りを受けよう。不名誉と屈辱を受け入れよう。
 この親娘のためならば、いかなる苦痛をこの身に印されようとも、決して悔いはない。それが、守護騎士たちの想い。
 
 
 
 
 
 結界の発生に気付いたなのはは飛行を止め、滞空する。
 足下の建物の屋上から、自分を見上げる姿が一つ。
「高町さん、やろ?」
 優しい声。
「先生?」
 なのはは、ゆっくりと降りていく。
 その表情と仕草が、言葉よりも雄弁に光に語りかけていた。
 だから、光は頷いた。
「ああ。魔道師や。君と同じやな」
「先生、教えてください」
「ん? なんやろか」
「闇の書って、知ってますか」
「ああ。僕が主や」
「どうして!」
「君には関係ない」
 光は、なのはから一歩離れる。
 高町なのはを傷つけたくはない。戦いたくなどない。しかし、それは望めぬ願いだという事もわかっている。
 彼女と管理局との繋がりは疑いようがない。知られてしまえばそれまでなのだ。
 この場をやり過ごす事も論外だった。今夜は逃れても、逃れ続ける限り疑惑は深まるだけだ。すでに体内のリンカーコアを起動させた光は、自分が魔道師でないと嘘をつく事ができない。いずれは察知されるのだ。
「はやてちゃんの、足なんですか!」
「君には、関係のない事や」
「でも……でもっ!」
「殺す気はない、せやけど、リンカーコアはもらう」
 先生っ、と叫んだなのはの周囲をレイジングハートによる自動防御が覆う。
「安心しろ。不意打ちのつもりはない」
 光の横に並び立つのは烈火の将、シグナム。
「素直にリンカーコアを渡せば、手荒な真似はせずに済む」
「貴方は……」
「語る名など、ない」
「私は、高町なのは!」
「語る名などないと言った!」
 流れるような動作で一気に肉薄するシグナムから、あくまで距離を取って逃げ続けるなのは。
 いや、逃げているわけではない、とシグナムは感じていた。
 これは撤退のための逃走ではない。あくまでも有利なレンジを取るための戦略。つまり、この魔道師は近接ではなく砲撃に特化している!
 ならば、近づいて斬る! 単純な、しかしそれ故に効果的な戦法をシグナムは選択した。
 そして光は、二人のやりとりに別の手を打つべく周囲の状況を窺う。
 完全に逃走に移ろうとした時のために後方に回り込ませていたザフィーラの布陣は無駄になった。だが、それはいい。
 そこにあるのは、なのははシグナムとの戦いだった。元より、シグナムの勝利を光は疑ってなどいない。しかしここで問題なのは勝敗ではない。時間。そしてシグナムの負担を減らす事。
 なのはを殺す気は光にはない。ならば、この戦いの後にリンカーコアを奪われたなのはから管理局に一報は行くだろう。ここでの生活は終わりだ。
 そうなれば、一刻でも早くはやての足を治さなければならない。そして、投降する。そのために、なのはを倒した後は一気に攻勢に出てリンカーコアを集める。幸い、なのはの魔力量は膨大である。見通しが立たないわけではないのだ。
 はやてが主として覚醒すれば、闇の書から生まれたヴォルケンリッターも自在に操る事ができるだろう。おそらくは、その出現と消失も。
 残るのは光だけだ。主を偽り、蒐集をさせた罪をこの身一つに受ければいい。それが、今はまだ誰にも話していない光の目論見だ。
 罪は全て、この身に。
 全ての汚濁をこの身に受ける。
 その覚悟はできている。
 
 バスターを放ちながら執拗に距離を取ろうとするなのはと、追いすがるシグナム。
 光は、シャマルが側に来たのを確認して、隠れているヴィータに合図する。
 シグナムがあえてなのはの下に陣取り、バスターを誘う。そして、なのははライジングハートを構え、その瞬間、凍り付いたように動きが止まる。
 避けようとしたシグナム、その背後の地面、壁にもたれて座り込むようにして震える姿。
 聖祥学園の制服姿、なのはのクラスメートと同じ姿。
「レイジングハート?」
 全ての問いを待たず、レイジングハートは変身魔法の形跡はないと答える。
 つまり、そこにいるのは幻覚や変身などではない。本物の姿。
 放ちかけたバスターに急制動をかけたなのはのバランスが崩れた瞬間、シグナムのレヴァンティンが振り下ろされる。
 一瞬早く、シールドで堪えたなのはの視界の隅に、構える光の姿。
 ……囲まれた!?
 なのはがなりふり構わずその場から離れようとした瞬間だった。
 どくん
 注意を逸らされ、魔力のソースを分散され、意識を外した瞬間にそれは来た。
「あ……」
 なのはが見たのは、己の胸から生える他人の腕。
 痛みよりも違和感とそれによる気持ち悪さ。嘔吐と虚脱感が全身を覆う。
 リンカーコアが、身体から抜かれつつあるのだ。
「……許してくれ、とは言えんわな。僕を恨んでくれ、憎んでくれてもええよ」
「……せん……せ……」
 倒れる瞬間、なのはは緑色の光を見たような気がした。
 
 
 
 
 
 
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