主二人
16「フェルステークと呼べ」
振り切ったバルディッシュを止め、フェイトは凍り付いたように動かない。
「どうして……っ」
怒りに燃えた赤い目は、すでに戸惑いの色に替わっている。
戸惑いは驚愕と後悔へ、そして、恐怖へ。
「ちゃう……」
辛うじて、光は呟いていた。
「君やない……これは……」
かくん、と首が曲がる。力を失った四肢が、自分の制御下から離れていくのを光は感じた。
酷く、寒い。そして、暗い。
死ぬのか、と自分に問う。
……死にませんよ
何かが答えた。
……入れ替わるだけです
嘲るような笑い声と共に。
落ち着いてくれ。短慮に走らないでくれ。ただそれだけの言葉が、いや念話すらも間に合うことなく、光の意識は闇に飲まれていく。
シャマルが悲鳴をあげた。
ヴィータが叫ぶ。
ザフィーラが吼えた。
シグナムは静かに告げた。
「そうか。これが、貴様たちのやり方か……」
決して叫んでいるわけではない。それどころか、先ほどまでのやりとりよりも音量としては小さいだろう。
しかし、その言葉はまさに烈火であった。静かに、しかし苛烈に燃え上がる炎をクロノは見たと、確かに感じていた。
言い訳はしまい。とクロノは決めていた。
いや、決めた決めていないの話ではない。フェイトが近接戦闘を挑み、見事に標的の虚を衝くことに成功した。ただそれだけのことだ。
フェイトであれば非殺傷攻撃を解除するわけもない。それは、クロノにとっては確認するまでもない事実だ。物理定数のようなものなのだ。
だから、これは罠だ。もしかすると、闇の書の主である男の。
そもそも、闇の書の主として選ばれるだけの魔道師が、あんな一撃で屠られる事など……
では、このヴォルケンリッターの怒り、嘆きは偽物なのか?
否。嘆きは本物だ、とクロノの観察眼は告げていた。
ならば、いったい何が起こったというのか。
「この報いは、必ずや受けてもらう」
一つ言えるのは、今は戦いの中であるという事。戦いの中で戦いを忘れた者には、避けることの出来ない敗北が待っている。
だとすれば、今やるべき事は一つ。戦いの中においてやるべき事など一つしかない。始めた戦いは、勝利で終わる事。それが、生きるための手段。クロノが、執務官として生き抜いてきた手段だ。
「ああ、その暇が有れば、ね」
クロノが咄嗟に後方へ飛んだ。追うシグナムとの一瞬の時間差に、クロノは叫ぶ。
「フェイト! その魔道師を確保しろ!」
「貴様ッ!」
殺気すら感じるシグナムの叫びを受け流し、眼下のフェイトの行動を確かめ、
「ヴォルケンリッターに告ぐ! 主を守りたければ、敵対行為をすぐにやめろ!」
どっちが悪党だ。という自嘲的な呟きは胸の奥にしまい込む。死んだ正義は、生きる偽善に劣るのだ。
歯ぎしりすら聞こえそうな形相を、クロノはあえて賢しらな表情を作って受け止める。
「先に言ったはずだ、公正な裁判を約束すると」
説得力など欠片もない。それでも、こう言うしかないのだ。
逆の立場なら、とクロノは考える。
そしてすぐに結論し、考え始めた。
交渉の決裂と同時に投入できる、アースラに残した後詰め部隊の使い方を。
闇の書の主を自称する男。その姿に驚いたのは自分一人ではない。クロノもリンディもユーノも同じだろう。
フェイトは知っているのだ、彼の名前を。彼の姿を。彼の声を。
なのはからのビデオレターで紹介されていた、親友の父親兼学校の先生。
画面の向こうの見ず知らずの人間のために、一生懸命に喋っていた人。
面白おかしく娘や学校を紹介していた人。
「高町さんの友達やったら、人物は安心やし、はやてと友達にもなれる。僕が保証する。いつでも遊びに来てや」
そんな言葉が、社交辞令とはとても思えないような人。リンディも、あれは本気で言っていると太鼓判を押してくれた。
その彼が何故。何故、こんなことを……
なのはの悲惨な姿に我を忘れたことを、フェイトは自分で認めていた。それに関しては言い訳のしようはない。
なのはを救うためには、主を叩かなければならない。だから限界の速度で降下した。そして、サイズスラッシュ(バルディッシュサイズフォームの刃部分の魔力を増加し、バリア破壊能力を付加)で防御を破壊、主を無力化するつもりだった。
ところが、である。
バルディッシュを振り上げた瞬間、フェイトは違和感に気付いた。
目の前の男からは魔力をほとんど感じない。騎士甲冑、バリアジャケットの類を展開していないのだ。しかし非殺傷ならば精々打撲程度で済むだろう。首や頭、急所を直接狙わない限り、少なくとも死ぬような事はない。
だからフェイトはモードをそのままに、魔力を抑えてバルディッシュを振るった。
何故か、男は切り裂かれる。
「どうして……っ」
「ちゃう……」
男は呟いていた。それが自分に向けられた言葉だという事に、フェイトは気付く。
「君やない……これは……」
崩れる男に、フェイトは駆け寄っていた。
手を伸ばし、支えようとする。
「八神さん!」
手は、届かない。
しかし、伸ばした手の先が何かを感じる。
手の先から神経を通じ頭へと、心へと、駆け上がる悪寒。どこか懐かしい、それでいて震えだしかねない悪寒。懐かしい悪夢。
この感覚は……
フェイトの精神がその感覚を否定する。二度と受け入れたくない感覚。身体だけではなく魂ごと冥い穴蔵へ吸い込まれていく感覚が、フェイトの怖気をかきたてる。
この場にはあるわけのないものが、フェイトの神経をささくれ立てている。
(フェイトさん! しっかりして!)
念話を通じたリンディの活に、フェイトは散りかけていた注意を集中する。その瞬間、肌にまとわりつくような嫌な感覚も消えているのに気付く。
一瞬の事だったのか。時間感覚すら裏切らせるほどの異質な感覚。間違いない。
……虚数空間が、ここにある……
勘違いや幻覚などではない。あの感覚は忘れられるものではない。確かに、そこに虚数空間の名残があったのだ。
(リンディさん。アースラの広域スキャンでこの一帯を調べてください)
(どうしたの?)
(わかりません。けれど、ここには虚数空間の名残が……)
(虚数空間?)
説明をしようとした瞬間、クロノが叫んだ。
「フェイト! その魔道師を確保しろ!」
艦外行動において優先されるのはクロノの指示。フェイトも、チームとして動く際のレクチャーはたっぷりうけている。
念話はリンディの方から切れた。フェイトは瞬時に思考を切り替えて、倒れた光を追いつめるように動く。
倒れたまま動かない光の目前にバルディッシュを突きつけ、いつでも放てるように魔力を充填する。この近距離ならば万が一にも外す心配はない。
「確保!」
「ヴォルケンリッターに告ぐ! 主を守りたければ、敵対行為をすぐに辞めろ!」
まるでフェイトとの動きをあらかじめ打ち合わせていたかのようにクロノは言った。知らない側からすれば、光を奇襲した直後からの全てが一連の計画に見えるだろう。
計画は破綻するもの。問題は、破綻した時にいかにして立て直すか。それがクロノとリンディとのブリーフィングの大半だ。
クロノの立て直しは見事だった。これでヴォルケンリッターは動けず、光も確保した。ただし心証は最悪だろう、とフェイトは思う。しかし、異を唱える事ができるだけの代案などない。これが現時点でのベターな行動なのだ。
フェイトはバルディッシュに光の生命反応を確認させる。
確認不可能、という答えにフェイトは再確認を命じる。
生命反応に問題は無し。しかし、詳細は不明。先ほどとは違うが、やはり不明瞭な結果である。
「どういうこと?」
満足な答えを得られぬまま、フェイトはヴォルケンリッターの動きに注意していた。
中でも最も鋭く睨みつけてくる視線。そこにフェイトは顔を向ける。
その仕草に気付いたか、視線の主は口を開いた。
「てめぇ……」
赤いドレスのような騎士甲冑を身につけた小柄な少女。いや、少女というよりも女の子と言った方が正しいだろう。
「今すぐ、そこから離れろっ!」
「それは、できないよ」
「もし、その人にこれ以上何かして見ろ、あたしは絶対にお前を許さねえ」
「何もしないよ。そのつもりはない。さっきだってなかった」
「嘘だっ!」
「本当だよ。この人の怪我は、バルディッシュの攻撃でできたものじゃない」
「ふざけんなっ!」
「嘘じゃないし、ふざけてもいない。休戦できるのなら、いくらでも証明してみせる」
「二人とも待って」
視界の隅で動いた一人に、フェイトは注意の一部を向ける。
「貴方の言い分が正しいかどうかなんて、今はどうでもいい」
「シャマル!」
「ヴィータちゃん、今は黙って言うとおりにして」
シャマルは毅然と一歩を踏み出した。
「貴方とあの子……。なのはちゃんを必死に助けに来たように見えるわ」
自分とユーノの事を指している、とフェイトにはわかった。
「どういう関係なのかしら」
「友達。大切な、仲間です」
「そう。だったらわかるかしら。貴方の足下に倒れている人を、私たちがどうしたいか」
助けたい、それは切実に感じられる。
ヴィータと呼ばれた少女の苛立ちも見ていて簡単にわかる。それだけ、主を助けたいのだろう。
しかし、ヴォルケンリッターとは元々そのようにプログラムされている生命体ではないのか。心配そうに見えるのもその振る舞いも、本当に自由意思によるものなのだろうか?
「治療をさせて。せめて、簡単な応急手当だけでも」
「それ以上、近づかないで」
フェイトはそう答える事しかできない。上空ではクロノとシグナムが睨み合い、ヴィータの前にいるなのはとユーノは動けない。下手に動いて均衡が崩れれば……乱戦になれば不利になるのはこちらだ。ヴォルケンリッターに対抗できるのは自分とクロノしかいない。ユーノは魔法の質こそ高いが戦闘者としての訓練は全く受けていないのだ。
場が乱れれば四対二。今のにらみ合いならば、戦力比は関係なく互角。できる限り今の状態を続けるのが、今のフェイトの役割なのだ。
「命に別状は……」
言いかけた瞬間にフェイトは身を斜に構え、魔力弾をやり過ごす。
過去の例からするとヴォルケンリッターは四名。主を入れて五名。全員がフェイトの視界の中にいた。しかし今、視界外からの攻撃が来たのだ。
避けながら構え、さらに一瞬早い蹴撃に身体が浮いた。右で浮かされたところへ、左の蹴撃が叩き込まれる。
たまらず、フェイトの身体は飛ばされる。
飛ばされながら、フェイトは蹴撃の軌道を確認していた。
今いるのは、この辺りでは一番高いビルの屋上。周囲の状況から考えても、最初の魔力弾ならいざしらず、続いての単純な物理攻撃が死角に潜む余地などない。
つまり、それなりの体術の持ち主による攻撃となる。
襲撃者に意識を向けながら、フェイトは体勢を整える。ヴォルケンリッターの位置、襲撃者の位置、全てを念頭に置いた上での立ち位置を把握する。
体を捌き、視界に光を入れる。しかし、近づけない。
襲撃者がいつの間にか光の隣に陣取っている。ヴォルケンリッターではない。
仮面で顔を隠した戦士。
「何者!?」
「さて」
声は合成されたものだとわかる。そして、仮面に隠された顔。
「ヴォルケンリッター! 君たちの主は確保した!」
「させないっ!」
フェイトはバルディッシュを構え、仮面へと意識を向ける。
正体は不明だが、この状況で光を奪回する者がこちらの味方であるわけがない。
「フェイト・テスタロッサ、やめておけ」
名前を知られている。それでもフェイトの動きに停滞はない。
仮面の戦士が、右腕を掲げた。
「仕方ないな」
仮面の戦士はフェイトに向けた腕をそのままに、二本の指を立てる。そして、叫ぶ。
「受けろ!」
向けられた殺気にフェイトは反応し、魔力を前方に集中した。
「フェイト! 後ろだ!」
クロノの叫びと同時に、背後から貫かれるフェイト。魔力の軌跡が、フェイトの身体を貫くように描かれる。
……二人いる!?
背後に現れた二人目、魔力を放った仮面の戦士の姿を辛うじて捉えるフェイト。クロノの叫びで咄嗟に捻った身体は、致死の痛撃からは逃れている。しかし、大きな衝撃を受けた事に違いはない。
すぐに立て直せるレベルのダメージではなかった。今の自分が追撃されるには絶好な体勢だということもわかっている。
……間にあって、バルディッシュ!
シールドを展開しようとした瞬間、かつて体験した事のない感覚がフェイトの体内に発生した。例えようもない吐気と倦怠感。痛みを凌駕する違和感。
食いしばり、やぶにらみになった視界の向こうに見える自分の身体。そこにはつい先刻見ていたものが。
アースラを出る直前、モニターで見せられた映像。なのはの胸元から現れる別人の手。同じ現象が自分の胸にも起こっているのだ。
「フェイト!」
再び叫ぶクロノ。しかし、彼自身もシグナムの猛攻の前に逃れる事はできない。それどころか、フェイトのために一瞬の注意を逸らす事が精一杯の状況。
フェイトに近づくシャマルとヴィータの姿を目に留めても、何もできない。
そしてヴィータには、ユーノへの警戒を怠っている様子はない。もしユーノがシールドを外せば、即座に襲いかかるだろう。それどころか武装局員を蹴散らしたザフィーラが、ヴィータをフォローするようにユーノの背後に回ろうとしている。
「殺しはしない」
シャマルがフェイトのリンカーコアを抜き取った。その仕草は、なのはに対するものよりもやや荒い。
崩れ落ちるフェイト。その姿を冷たく見下ろすヴィータは、次に仮面の戦士を見上げた。
「それで、おめえは?」
「さあ。少なくとも、敵ではないよ。今のところは」
「今のところ……ねえ?」
「お望みとあれば今すぐにでも敵に回るが」
シャマルが光に駆け寄るのを、ヴィータは視界の隅に留めた。
「シャマル、頼む」
「ええ。わかってる」
シャマルは倒れている光の横に跪くと、その容態を調べ始める。
数秒もしない内に、
(シグナム、ヴィータちゃん、ザフィーラ、よく聞いて)
(念話だと?)
(隠し事なのか?)
シャマルは再び光の様子を確認する。
(これは、攻撃を受けた傷じゃない)
三人が念話の向こうで動揺しているのが、シャマルには手に取るようにわかる。
(内部から……自分から破裂したようにも見えるわ)
突然、シャマルの戸惑いを打ち消すようにヴィータが悲鳴を上げた。
「はやてぇっ!」
その言葉の意味する状況を知った瞬間、シャマルの表情から色が消える。
「はやて……ちゃん……」
シャマルの呟いた横で、何かが立ち上がる。
動き出すべき時。その判断はリーゼ姉妹に任せられている。
闇の書を奪うタイミング。
全てを白日の下に晒すタイミング。
いかにはやての意思を砕き、いかに闇の書にリンクさせるか。
今がその時、と二人は判断した。
高町なのは、そして現れるであろう管理局武装隊。それらのリンカーコアを集めれば覚醒は可能だろう。
管理局武装隊にはそれとなく情報をリークしている。呼べば現れる近場にアースラが滞空しているはずだ。ベストな位置は、武装局員の転送には間に合うが、アースラ自体が現れるのは遅れる位置。
グレアムはリンディが情報を得ている事に気付いている。そして、自分が疑われている事も。いや、事実、確信されていると言ってもいいだろう。
しかし、それはいいのだ。個人に確信される事などなんという事はない。組織が動くための名分さえ与えなければ、それでいいのだ。
封印自体には数分あればいい。
闇の書覚醒と同時に主を確保する。その状態、それこそがグレアムにとっての勝利条件なのだから。その前後など、二の次なのである。
今の流れはその好機といえるだろう。
しかし、リーゼ姉妹は知らない。光の変調の理由を。
主として選ばれた八神はやて。その精神とあまりにも近い存在八神光。それゆえの、主複数化現象だとグレアムたちは解釈していた。フェルステークの存在など、光以外には知りようもないのだ。その光すら、フェルステークに関する記憶は普段は表層の下に埋められているというのに、余人にうかがい知れる道理などない。
主複数化と、闇の書覚醒直前による精神の乱れによる光の錯乱。それがリーゼ姉妹の解釈でもあった。
だから、今は姉妹にとっての好機なのだ。
この瞬間に、覚醒を促す。
はやてを絶望させ、自分を捨てさせ、主として闇の書に吸収させる。
しかる後、覚醒発動直後の隙を衝いてデュランダルによって永久凍結。虚数空間へ捨て去る。
犠牲者の事を考える事はとうにやめている。考えたところで、犠牲者を今以上に減らす事はできない。すでにそう結論しているのだ。それ以上の迷いは計画の失敗を生むだろう。
フェイトが崩れ落ちるのを見たリーゼロッテは、すぐに行動を開始する。
八神家へ侵入。そして、標的を捕らえる。
「ごめんよ。あんたに個人的な恨みがある訳じゃない。だけど……」
少女の身体を軽く持ち上げると、リーゼロッテは再び戦場へと戻っていく。
リーゼアリアの攻撃を受けたフェイトがその隙を衝かれ、シャマルにリンカーコアを引きずり出され、倒れたところに、彼女は戻る。
彼女は、少女に魔力を流し込む。ほんの少し。瞬時に覚醒し、周りの状況を知る事ができる程度に精神を揺さぶる魔力を。
そして顔を上げ、リーゼアリアは、はやてに見せるはずだったものを自分も目にしようとした。
「え……」
それは、目の前に起こった出来事の理解を拒否した呟きだった。
……主はやて! 目覚めてはいけません! 主はやて! 駄目です! 見てはいけない! 理解してはいけない!
夢の向こうからの忠告はすでに聞こえず、はやては目を開く。
そして、見た。
まるで泣いているかのように叫ぶヴィータ。
放心したように自分を見ているシャマル。
無言で、拳を血が出るほど握りしめているザフィーラ。
シグナムの叫びも聞こえる。
最後に……
「ああ。はやて、来たんか」
血まみれで立っている父親。
「ちょうどええところに来たな」
「お父……さん……なんで……?」
「なんでって……そら、ヴォルケンリッターが君に嘘ついとったんやろ」
「え……?」
「君に黙って蒐集してたんや。君、騙されとったんや」
ヴィータとシャマルが光を見た。
信じられない。言葉は出さずともその表情が全てを物語っている。
「いや、まあええけどな。僕もそろそろ本音出させてもらうし」
光は肩をすくめて続けた。
「もうええやろ、はやて」
何が、と聞けないはやて。初めて見る父親の冷たい表情。
自分の父親は、こんな顔をする人だったのだろうか。
「君ともさよならや。闇の書は、僕がもらう」
「さよ……なら?」
理解できない。何を言われているのだろうか、自分は。
「何のために今まで我慢して育ててたと思ってるんや? 僕の惚れた女を殺した餓鬼を」
はやての世界が揺れた。
「希美さん、君がおらんかったら死んでへんやろ」
その言葉以外の音が消えた。
はやての世界が崩れる。
これまでの世界の全てが色を失い、音を喪い、瓦礫の山と化していく。
誰も動かない。
リーゼ姉妹も、予想を超えた出来事に固まっている。
うなだれるはやて、声を喪うシャマル。
しかし、
「お前、誰だ……」
ヴィータは光に対して呟く。
シャマルは跪いたままで、愕然と光の姿を見上げている。
光……否、光だった者は笑う。
「八神光……では不都合か? ならば、フェルステークと呼べ。この人間が我に付けた名前だ」
闇の書が、開いた。