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主二人
17「我は闇の書の主なり」
 
 
 アースラに残った後続部隊はいつでも出られる状態で待機している。
 直接に装備の点検を済ませたリンディは、部隊待機室前で待つグレアムに合流した。
「申し訳ありません。こんな状況に巻き込んだ上、ご助力まで戴いて」
「いや、構わんよ。状況が状況だ。それに、緊急出撃には慣れている。昔を思い出すよ」
 保護観察担当官としてフェイトの様子を見る。という建前で、グレアムはアースラに乗り込んでいた。
 リンディがあっさりとそれを受け入れたことで、グレアムはやや拍子抜けしたが、同時に警戒も強くなる。
 互いに、相手が何をしたいかはすでにわかっている。問題はその具体的方法を見抜くこと、そして客観的証拠。
 グレアムが一切の物的証拠を取られずに闇の書封印に成功した場合、彼の一方的勝利となる。そしてリンディは、割り切れない思いだけを抱えることになる。
 証拠を取られても、封印にさえ成功すればグレアムの優勢勝ち。リンディに喪うものは何もないが、管理局の理念が揺さぶられることになる。
 証拠を取られず、失敗した場合、グレアムの勝ちはない。ただし、これはリンディの勝ちにもならない。せいぜいが痛み分けだろう。この場合、闇の書とアースラの間で、凄惨な戦いが始まるだけだ。
 証拠を取られて、封印に失敗、さらに何らかの別手段で闇の書を封印すること。リンディの勝利条件はこれだけだ。どれか一つが欠けても、リンディに完全勝利はない。
 ここまでのグレアムはうまく立ち回っていた。リーゼとの極秘念話によって事態の進展を知り、アースラを地球に近づけさせたのだ。
 理由はいくらでもつく。この場合は、高町なのはの存在だった。グレアムはただ、フェイトとの関係が深い高町なのはに直接会いたいと言うだけでいい。地球でのリーゼ姉妹の存在がエイミィから報告されているであろう事も織り込み済みだ。
 リーゼ姉妹にも調べさせていたが、直接出会った方がよいと結論したとすればよい。
 しかし、事ここに至ってはそれらの論議に意味はない。闇の書は既に発動寸前なのだ。
 地球での戦闘が始まったと告げられるとブリッジにしつらえられた特別席に座り、リンディとともにモニターを見つめる。
 ヴォルケンリッターに敗れる高町なのは。現地に到達するクロノ、ユーノ、武装局員。そしてわざと一歩遅れて転送されたフェイト。
 そこまではグレアムの読みに一致している。
 しかし、そこからの一連の出来事はグレアムの予想を超えていた。
 フェイトが八神光を闇の書の主と誤認したのはわかる。あの状況で真相に気付く方がどうかしているのだ。問題はそこからの流れであった。
「エイミィ。広域スキャン開始。虚数空間の反応が周囲にないか走査して」
 フェイトによる殺傷攻撃としか思えない状況がモニターに映され、あまりのことに騒然となるブリッジに、リンディの凛とした声が響く。
 突然のリンディの命令にも異論を挟まず、エイミィをはじめとするスタッフは動き始めた。
 さすがによく訓練された要員だ、そう思いながら、グレアムは尋ねる。
「虚数空間だと? いったい何があったのかね」
「フェイトさんからの念話です。あの地点に、虚数空間の反応があるはずだと」
「地球上に?」
 何故、そんなものが突然? 虚数空間とこの事件にどんな繋がりがあるというのか。
「艦長。確かに……あります。微弱ですが、反応は間違いなくあります」
「どういう事だ。まさか、地上に虚数空間が存在するとでも?」
 報告が終わるのを待って尋ねたグレアムに、エイミィは向き直る。
「このデータはおそらく、残滓反応です」
「提督、私から説明します」
 リンディが言う。
 PT事件の終盤でアースラ一行の前に現れた虚数空間。そこで得られた各種データは後の研究のために記録されている。
 その記録の中にあるものと同じ反応が、微弱ながら検出されているのだ。
 しかしそれは、虚数空間が発生した時に検出されたものではない。空間が消えた後の現場で検出された反応なのだ。
「ですから、これは虚数空間そのものと言うよりもその残滓、あるいは……」
 グレアムは言葉を引き取った。
「虚数空間より出てきたもの、かね?」
 リンディはグレアムと同じ資料を見ているはずだ。
「まさか君は、あのベルカの昔話が事実だったというのか」
 それは、もっとも非現実な、もっとも非常識な、あの限りなく噂に近い伝承。
 ――古代ベルカにそれは、あり得ざる角度、忌まわしき色彩、菫色の蒸気と共に現れた
 ――主は抵抗し、異界の名状しがたきものを蒐集した
 ――それは、そして、狂った
 ――それは、闇の書と呼ばれる
 それは、異界より現れたという。異界とは、虚数空間に通じる裂け目のことだとすれば。
 虚数空間の果て、忘れられた都アルハザード。誰がそれを最初に夢想したのか。
 虚数空間の向こうに何かがある、何かがいる。それが事実だとすれば。誰かが、それを見た。いや、誰かがそこから来たのだとすれば?
 グレアムは、艦長席前のモニターに転送されたデータを見据えていた。
 静かに、どこか冷酷にも聞こえる声が聞こえる。
「提督。私は思うのです。もし、この一連の事件に黒幕がいたとして、その黒幕が虚数空間のことを知らなかったとしたら……貴方なら、どう思われます?」
 リンディの言葉をグレアムは、酷く遠いところから聞いたような気がした。
 
 
 
 
 
 フェルステーク。
 確かにそう聞こえた。
 ヴィータはシャマルを見た。反応はない。
 (シグナム! ザフィーラ!)
 (わからん。聞いたことなどない名前だ)
 (御尊父がつけた名前というのは本当なのか? 何者だ、それは。管制プログラムではないのか)
 (いや、管制プログラムじゃねえ。なんていうか……雰囲気が違いすぎる。こいつには、あたしたちと同じ匂いがない)
 外部から何らかの形で侵略を受けていたというのか。
 ザフィーラは一人首を振る。
 だとしても、自分たちが気付かない内に闇の書が浸食されているなどと言うことがありえるのか。 
 プログラムである自分たちが気付かない内に……
「まさか……」
 あることに気付き、ザフィーラは呟いた。
 気付かない内にではない。それすらも改竄されているとしたら? 自分たちのプログラムが改竄されていたとしたら?
 いや、そもそも自分たちは元々このような存在だったのか?
 リンカーコアを狩り、魔力を蒐集し、闇の書の主に仕え、守り抜く。
 それが自分たちのやるべき事だったのか?
 自分たちはそのために生み出されたのか?
 違う。
 何かがそう囁いた。自分の中の決して揺るぎない部分が。
 どれほどの悪辣な主の元でも、決して揺るぎなかった部分が。
 守護獣であることを決してやめなかった自分の中の何かが。
 
 ……追い求めなさい、蒼き狼よ。事実がいかに過酷であろうと。 
 
 どこから聞こえた声に素直に頷く自分。ザフィーラは自分の対応に、驚きを覚えていた。 
 
 
 
 均衡は破れない。
 破らねばならないものだとはわかっている。たとえ、デメリットがどれほどのものであろうとも。
 光が倒れ、主はやては捕らえられている。さらに、謎の存在フェルステーク。それらを黙って見ているのは、断じて烈火の将のやり方ではない。
 速やかに、しかるべき行動を選択せねばならない。
 シグナムは焦っていた。
「フェルステークとは、何者だ?」
 奇しくも、クロノの問いとヴィータの念話はほぼ同時だった。
「わからん、聞いたことのない名前だ」
 同じ答えを、それぞれに言葉と念話で返す。
 クロノが顔をしかめる。
「正直に答えるとは思わなかったな」
「必要のない嘘など、意味はあるまい」
 シグナムの表情は変わらない。
「つまり必要があれば、嘘もつくか」
 その言葉に、シグナムは微かに頷いた。
「主のためであれば、騎士の誇りなどいかようにも捨てるっ」
 クロノは、デバイスを持った手を背中に回す。
「だったら、今すぐ捨てることもできるだろう。君たちの主のためならば」
 シグナムは無言で、しかし構えは解かない。
「下にいるのは、君たちの本来の主ではない。そうだな」
 答えを待たず、クロノは続ける。
「つまり、僕たちの共通の敵。違うか?」
「詭弁にも聞こえるな」
 ようやくの答えに今度はクロノが頷いた。
「そうだろうね。君たちに油断をさせるための詭弁かも知れない」
 二つのことを、シグナムは気に留めていた。 
 管理局員の言葉を信じるつもりはない。いや、信じるべきではないとわかっている。
 しかし。
 シャマルの言葉を信じるのなら、先ほど光に攻撃をくわえたのはフェイトではないことになる。
 そして今クロノは、自らのデバイスを先に退けたのだ。
 その二点が、クロノの言葉に別の重みをくわえているのだ。
「愚かだな」
 シグナムの視線に、クロノはその言葉の意味を知る。
 しかし、クロノにはクロノの理由がある。ヴォルケンリッター烈火の将シグナム、いや、この、一人のベルカ騎士を信じる理由が。
「君だって、釈然としていないのだろう? この流れに対して」
「私の意思など、無関係のことだ」
「主の意思の前では騎士の意思など捨てるか」
「言うまでもないことだ」
「ならば、君の主はそのような命を下していないと言うことだろうっ!」
 それだけでいい、それだけでわかる。少なくともこれまでの闇の書とは違うのだと。いや、さらにいうならば、十年前の事件とは違うのだと。
「だから、僕はデバイスを退いた。これが今、僕のできる精一杯の譲歩だ。応えてもらえるとありがたい」
 
 ……信じなさい、烈火の将よ。貴方の騎士としての誇りを。それに呼応する心を。
 
 どこから聞こえた声に、シグナムは静かに頷いた。
 そして、レヴァンティンを鞘に戻す。
 
 
 
 違う。
 ヴィータは声にならない呟きを漏らす。
 おまえは違う、と。
「なんだよ、それ……」
 管制プログラムではない。ましてや、光でもない。
 おぞましい何かをまとった目の前の人間。いや、人間なのか?
「どこだよ……」
「何を探している」
「お父さんは……どこだよっ!」
「おいおい、勘弁したってや」
 紛れもない、光の口調でそれは言う。
 ヴィータの表情が一瞬明るくなるがそれもつかの間、光の声は無情に続く。
「図に乗んなや、プログラム風情が。何をとち狂ってんねや? 誰が自分のお父さんやて?」
「え……」
「懐くなや、きしょいから。自分、バグってんとちゃうか? なんで僕が自分のお父さんやねん、やめたってや、ホンマに」
「や……めろ……」
 光……否、フェルステークは笑う。
「この男の本音を言ったまでだ。この男の心理の奥の本音をな」
 そして再び口調を戻し、
「きしょいガキにはうんざりや。それとも、なんや自分、僕に抱かれたいんか? それやったら考えてやらんでも」
「やめろーっ!」
 グラーフアイゼンが轟と掲げられ、ヴィータは身体を傾けた。
 叩き出す。光の中から別の存在を叩き出す。魔力による打撃で叩き出す。断固たる意志を込めたグラーフアイゼンが唸る。
「ヴィータ!」
 その動きが止まる。
 光の表情をヴィータは見た。
 賢明に何かと闘う表情。自分を覆いつくさんとする何かに抗う表情。
「……助け……て……」
 言葉と同時にアイゼンが宙に止まった。
「おと……」
 思わず呟いたヴィータの右肩とフェルステークの指先が、光線で繋がる。
 いや、それは光線にも見紛うほどに集束された魔力の軌跡。ごく細い、しかし高密度の魔力によって練られた力場。極細の力場は鋭利な刃となってヴィータを薙いでいた。
 ごとり
「……うさん?」
 ヴィータは足元を見た。
 何かが落ちた音。
 グラーフアイゼンが落ちた音。
 ビル屋上の床、むき出しのコンクリートの上に落ちた音。
 ヴィータが右腕で振り上げていたグラーフアイゼンが。
 握りしめていたグラーフアイゼンが。
 ヴィータには、己のデバイスを手放したつもりなどない。その証拠に今この瞬間も、ヴィータの右手はグラーフアイゼンを握りしめている。
 肩から先だけで。
 ヴィータの絶叫が響く。
 
 
 
「ヴィータぁっ!!」
 リーゼロッテは暴れるはやてを造作なく抑えつける。
「ヴィータがっ……ヴィータがっ!! 放してっ! 放してやっ!!」
「死にはしない。おとなしくしていろ」
 無意味だ。どうせ、闇の書に吸収されることになるのだ。
 この少女も、同じく。
 絶望して、闇の書の主であることを選択させる。それが唯一の、そして最も被害の少ないやり方なのだ。
「ヴィータッあああっ!! …あっ……あ……」
 絞り出すような、血を吐くような叫び。これが、わずか九歳の女の子の言葉なのだろうか。
 本当に、これが正しいことなのか。
 父親の姿をした者が、妹のように慕っていた者を無惨に殺そうとする姿を見せつけることが。
 考えるな。
 リーゼロッテは、そう自分に言い聞かせる。
 考えてはならない。
 リーゼアリアは自分に誓っていた。
 考えることは全て父様に任せるのだと。
 いや、考えることはある。
 今のこの状況を利用すること。
 イレギュラーたるフェルステーク。それを可能な限り利用すること。その正体などは後で考えればいい。
 リーゼアリアは思う。どうせ、闇の書に取り憑いたはぐれ使い魔の類なのだろうと。
「八神はやて。今の君には止められない」
 泣き濡れた顔を、はやてはかすかにあげる。
 今の自分には止められない。
 それは、止める手段があるということではないのか。
 では、どんな自分なら止められるというのか。
 ならば、どうすれば止められるのか。
「……私は、何をすればええんや」
 答えはある。すでに何年も前から用意されている答えが。
 闇の書の主となること。それが唯一、この場に用意された答え。そう答えるように誘導されてきた。
 しかし、今のリーゼロッテにそれを答える権利はない。
 肝心の闇の書は、フェルステークの手にあるのだ。
 奪えるか?
 無言の問いに、リーゼアリアがやはり無言で応じる。
 二人の視線が、フェルステークに向けられた時、
「貴様らは、闇の書を滅ぼすのが望みなのだろう?」
 わずか、一言だった。
 その一言で、リーゼ姉妹の動きは止められる。
「ならば、静観していろ。理解しろ。私は闇の書とは違う。私も闇の書を滅ぼしたい者だ。だから、邪魔はするな」
 闇の書の滅殺。それが父様の望み。 
 ここまでくるのに、どれだけのものを犠牲にしたか、そしてこれから犠牲にするか。ただそれを考えるだけでいい。
 引き返すことは論外だ。
 ならば、このイレギュラーの存在の言葉を信じるべきなのか。
「永久凍結の後、虚数空間へ放逐。悪くない手だ」
「……何故、知っている」
「愚問だな」
「なに?」
「貴様らが私に教えたのでなければ、残るは一人だろう」
「……どういう意味だ」
 リーゼアリアは起動前のデュランダルを握りしめた。一瞬あれば起動し、凍結魔法を発動させることができる手筈だ。
「理解しろ」
 続く言葉に、姉妹は耳を疑った。
「ギル・グレアムに直接聞いたと言っている」
 リーゼロッテの耳に小さく、悲鳴のような声が聞こえた。
 いや、違う。聞こえたのではない。己が発したのだ。
「貴様たちの目と耳で繋がっているのだろう? 久しぶりだな、ギル・グレアム。貴様の夢の中以来ではないか」
 言葉が終わる瞬間、リーゼアリアが跳ねた。何もなくなった空間を薙ぎ上げる魔力刃。
 同時にリーゼロッテが、フェルステークの魔力刃を放った腕の側、死角になる側から横滑りのように蹴撃を放つ。
 弾かれるロッテ。つま先だけを弾かれたはずなのに、その反動が全身に伝わった。結果、全身を連打されたような衝撃と共に飛ばされる。
「邪魔をするなと言ったはずだ」
 リーゼアリアのいなくなった空間を貫く魔力刃の先端が消える。消えたはずのそれはアリアの胸元に突然現れる。
 咄嗟のシールドが魔力刃を止める。
 フェルステークは刃の収束をわずかにゆるめることによって刃状を円筒状に変え、さらなる魔力を注ぎ込む。
 純然たる魔力による円筒状の力場である。いったい、どれほどの魔力容量を秘めているのか。
 形状からもたらされる印象に間違いはなく、物理的衝撃をもった魔力がリーゼアリアの身体に叩きつけられる。軋むシールド。
 一瞬の間も開けずに繰り出される二撃目、三撃目にシールドは脆くも破壊される。
 衝撃を胸元に受け、アリアは悶絶して落下。
 その身体から離れる何かを手元に引き寄せたフェルステークは次に、残されたはやてに目を向ける。
「……あ……助けて……」
「ん? 今のところ、我に貴様を殺す気はない。手早く闇の書を覚醒させろ」
「助けて……」
「理解しろ。殺す気は……」
「ヴィータを……助けて」
 フェルステークが、はやての視線に合わせてヴィータに目を向けた。
 無造作に、フェルステークは左手を挙げる。
 魔力刃が、残された左腕へと奔る。
 はやては気付く、フェルステークの無情に。
「嫌ぁあああああっ!!」
 瞬間、褐色の逞しい腕がヴィータを抱き上げると横へと走る。
 気合一閃。鋼の軛と緑色のシールドが魔力刃を受け止める。
「我らが主、そして御尊父を愚弄するのはそこまでにしてもらおう」
 ヴィータを抱き上げたザフィーラ。そしてその後ろに立つのユーノ。三人は、フェイトの倒れた地点まで移動していた。
 すぐにユーノはフェイトを抱き上げ、なのはを寝かせているところへ下がっていく。
「フェルステークと言ったな。主並びに御尊父への無礼の数々、償ってもらおうか」
 シグナムとクロノが、ザフィーラを挟むように着地した。
「事情は知らないが、ここで闘うべき相手はヴォルケンリッターではなく君だと判断した」
「なるほど。パワーバランスを考えれば正解だ。もっとも、これでも我の有利は覆りようがないがな」
「君が闇の書の本体でないとして、君の目的はなんだ」
 クロノの弁舌に誰も口を挟まない。
 シグナムは、ザフィーラに抱えられたヴィータの回復を図っていた。確かに、パワーバランスに関してはフェルステークの言うとおりなのだ。
 魔法ではなく、純然とした魔力を放出して刃とするその力。常識外れも良いところの魔力量である。さらに、仮面の戦士との攻防でシグナムはフェルステークのもう一つの能力に気付いていた。
 空間歪曲である。
 魔力刃が途中で消えたように見えたのは、空間を歪曲させて仮面の戦士(リーゼアリア)の胸元に繋げたためである。
 蹴撃に対する反撃は、空間を全身に展開させ一撃を連打に変えていた。
 つまり、死角はないのだ。そして、魔力刃そのものの力は仮面の戦士(リーゼアリア)のシールドには劣るものの、ヴィータの騎士甲冑はあっさりと貫いてみせるレベルだ。
 歴戦ベルカの騎士、いや、自分たちヴォルケンリッターといえど一対一、それどころか総掛かりでも勝てるか否か。
 いや、それでも、主が命じるのならば死地にも向かおう。しかし、今は違う。これは負けてはならない戦いなのだ。
 死ぬのはいい。しかし、負けてはならない。例えヴォルケンリッター四名がここに枕を並べ討ち死にしようとも、主と御尊父だけは守り抜かなければならない。
 フェルステークを下し、御尊父の身体を奪回し、主と共に歩ませねばならない。
 それには駒が欠けているのだ。
 五体無事なのはシグナム、ザフィーラ、クロノ、ユーノ。シャマルはまだ様子がわからない。ヴィータはまだ戦えるとしてしても重傷だ。
 なのはとフェイトは戦力にならない。武装局員たちも、この場面では数あわせにしかならないだろう。
 あとは、仮面の戦士がどちらの味方になるか。そして、クロノが後方にどれほどの戦力を待機させているか。 
 どちらにしろ、時間が必要なのだ。
 だから、クロノとフェルステークが互いに語るのは歓迎すべき事であり、留め立てするつもりなどない。
 そしてクロノも、シグナムの心づもりを見抜いていた。
 時間が必要なのはクロノ側にとっても同じだった。もっとも、こちらはやや事情が違う。
 クロノの稼ぐべき時間は、アースラでのリンディの行動によって決まるのだ。
「端的に聞こう。フェルステーク、君の目的と正体を」
「破壊」
「それは、闇の書の破壊という意味か」
「貴様の想像に任せる」
 魔力刃が空間に展開される。
 歪曲した空間の各所から無造作に、無数に。クロノたちを中心とした球。その中心に向かうように。
 魔力刃の軌跡は、球の中心と球面を結ぶ無数の接戦となる。
「散!」
 シグナムが右へ、クロノは左へ、ザフィーラが上へと飛ぶ。
 再び、鋼の軛と緑色のシールドが魔力刃を包むように形成される。
 レヴァンティンを構えるシグナム。しかし、迂闊に攻撃をすれば光の身体が傷つくのだ。
 ……ええよ。シグナムさん。遠慮はいらへん。やってまえ
 聞こえる声に反発し、シグナムは叫ぶ。
「シャマル! 気を確かに持て!」
 魔力ダメージによる攻撃、その隙を衝いてリンカーコアの奪取。光に極力ダメージを与えずにフェルステークを討つ方法など、それくらいしかない。
 それには、旅の鏡を操るシャマルの存在が必要不可欠なのだ。
「……勝てないわ」
 確かに、シグナムの耳はその言葉を捕らえた。
「シャマル!?」
「……勝てない……喪いたくない……私は……光さんを……」
「シャマル!」
「いかんっ!」
 ザフィーラの叫び、そしてそれに重なる別の叫び。
「うわあっああああああっ!」
 凄まじい形相のヴィータが、ザフィーラの懐から離れ、飛び出していた。
 いつの間に拾ったのか、グラーフアイゼンを左肩に担いでいる。
「ヴィータ! 早まるな!」
「てめえなんかっ! お父さんじゃねえっ! はやてのっ、お父さんなんかじゃねえっ!」
「正解だ」
 フェルステークが笑う。
 魔力刃がヴィータを貫いた。
 一本、二本、三本……いや、数十の刃が。
「なんで……」
 貫かれたヴィータの目は、フェルステークを見ていない。
 その目は、シャマルに向けられていた。
 不審と驚愕の眼差しが。
「逆らっちゃ駄目よ」
 クラールヴィントを発動させているシャマル。その手は、空間へと消え、ヴィータの胸元から飛び出ている。
「光さんに逆らっては駄目よ、そんなヴィータちゃんには、お仕置きね」
「シャマ……おめぇ……」
 ヴィータが消えた。
 シャマルは立ち上がり、フェルステークにしなだれかかるような位置で止まる。
「私は、貴方にお仕えします。我が主、光」
「シャマ……」
 それ以上の言葉ははやてにはなかった。
 ただ、何かがはやての中で切れた。
 父は、そこにいなかった。そこにいるのは、決して父ではない。
 ヴィータは消えた。
 シャマルもそこにはいなかった。そこにいるのは、決してあのシャマルではない。
 言葉を失った者のように、はやてはただ、二人を見上げていた。
「我が主よ、真たる主を知らない愚か者を始末したいのですが」
「好きにしろ」
お力をお貸し願えますか?」
「好きにしろと言った」
 シャマルは一瞬だけはやてを見下ろしたが、すぐに興味を失ったようにザフィーラに向き直る。
「ザフィーラ、シグナム。真たる主に従う気はない?」
「シャマル、貴様……」
「聞くまでもなかったようね」
 クラールヴィントが輝く。それは、これまでの長い転生の中でも一度と見られなかった輝きであった。
 覚醒したフェルステークの魔力は、闇の書の蒐集量を遙かに超えている。そのごく一部が、シャマルに与えられているのだ。
 今ならば、リンカーコアを奪うために弱体化する必要もない。シールドもバリアジャケットの質もよく知った相手ならば尚更だ。
 シャマルの両腕が旅の鏡に消える。
 そして、二カ所で呻きが上がった。
「こ……んな……真似が……」
「これが……フェルステ……力か」
 ザフィーラとシグナムの胸から生えているのはシャマルの腕。
 二人のリンカーコアを同時に奪っているのだ。
「シャマルッ!」
 叫びと共に二つの身体は消えた。
 そして、新たなる叫び、いや、悲鳴が上がる。
 限界を超えたのだ、はやての精神が。はやての精神は、それ以上の悲劇を受け入れることをやめた。
 闇の書が輝き、黒い風が周囲を覆った。 
 満足そうにその光景を見やるフェルステーク。その手には、リーゼアリアから奪ったデュランダルが。
 はやての身体が宙に浮く。
「……我は闇の書の主なり。この手に力を……封印解除」
 
 
 
 
 
 
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