主二人
19「今宵限りのヴォルケンリッター」
ヴィータ、そしてシグナムとザフィーラが消えた後、ユーノとの念話を終えたクロノの元に、後続部隊が次々と姿を現していた。
彼らは、クロノに指示を仰ぐ。
クロノは一つの陣形を命じながら、頭の中で戦力を現状の整理していた。
先ほど見せつけられたフェルステークの能力。ヴォルケンリッターの騎士甲冑をあっさり貫いた魔力刃。さらに空間歪曲。
それだけならば、なんとか勝てない相手ではない。現有戦力でもやり方次第では勝つことは可能だろう。
問題は、フェルステークの力の底がわからないことだ。何処に限界があるのか。あるいは、盲点があるのか。
現状では、今の姿を叩くしかない。対症療法の効率の悪さはクロノの好みではないが、出し惜しみをして勝てるような相手ではないだろう。
「三人一組だ」
陣形を確認する。
「内二人は防御だけに徹しろ。一人は中距離砲撃魔法を」
おそらくは、二人が防御に徹すれば魔力刃は辛うじて防御できるだろう。もしも駄目ならば、四人一組に組み替えて防御を三枚に増やす。
本音を言えば、本格的な戦闘にはフェイトとなのはの回復を待ちたい。二人の戦力は貴重だ。
しかし、そこまでフェルステークが待つことはないだろう。ならば、二人が目覚め、合流できるまでの時間を稼ぐ。
二人が回復し、くわえてシグナムが最後に残した言葉通りにヴォルケンリッターが復活するならば、こちらにも勝機はある。
純然たる破壊力ならば、自分はなのは、フェイト、ヴォルケンリッターたちには及ぶまい。そして、指揮の経験ならアースラにはまだ母がいる。あるいは、ヴォルケンリッターの将であるシグナムか。
自分にできることは、この場ではただ一つ。それをクロノはよく知っていた。
フェルステークを倒すことは今の戦力では不可能。しかし時間を稼げば勝機はある。ならば、答えは一つだろう。
クロノはデバイスを構えた。
(クロノ! 向こうには空間歪曲がある! 距離の離れた攻撃は当たらない!)
クロノの仕草に何を見たのか、慌てて伝えてくるユーノの言葉は正しい。しかしクロノは否を返す。
(わかっている。しかし、別方向からの同時攻撃なら)
(君は、さっきのヴォルケンリッターを見てなかったのか。身体中に魔力刃が……)
(君こそよく観察しろ、あの空間湾曲は彼女……ヴィータの周辺に構成されていた曲面だ。複数作られた訳じゃない。作れるのはただ一つ)
(……クロノ。君のことだからわかっていると思うけど)
(そうだな、曲面構成ができて、歪曲の同時多数発生が出来ないとは考えにくいな)
難易度で言えば、明らかに後者が下だ。
(だったら!)
(僕には僕の考えかある。いいから、君はフェイトとなのはを診ていろ。一秒でも早く、二人を回復させてくれ)
そしてクロノは、武装局員に命じる。
「撃て!」
十数の魔力の軌跡が全て宙に消える。直後、それぞれが勝手気ままな位置から再出現。
フェルステークは、数十の歪曲すら同時発生させるのだ。それをクロノは予測していたはずだった。少なくとも、ユーノの指摘は受けている。
「……歪曲を同時に複数処理!?」
しかし、呟く。そして、フェルステークを忌々しげに睨みつける。
「二人一組に変更だ。砲撃数を増やせ」
再び命じたクロノに、フェルステークは唇の端を釣り上げただけで答えていた。
そして、同じ結果。
「……総員、近接格闘に切り替えろ。」
砲撃射撃を空間歪曲で防ぐというのなら、近づいて叩けばいい。単純かつ短絡だが、一面の真実ではある。
ただし、それが通じるかどうかは話が別だ。
(クロノ!)
ユーノからの再度の念話に、クロノは苛立たしげに答える。
(同じ事を言わせるな。ユーノ、君は……)
(半分、は無理でも三割ほどなら処理できる。僕にも回してくれ)
クロノは一瞬沈黙する。
わかっているのか、とは問わない。わかっているゆえの、今のユーノの言葉だと、クロノは理解していた。
(……二割でいい、魔力が余るなら二人の回復を急いでくれ)
(わかった)
(もっとも、君に悟られるようじゃ、フェルステークにもばれているかも知れないがな)
(言ってろ)
クロノはその念話の間も、肩を奮わせながらフェルステークを睨みつけている。
「攻撃パターン、ガンマ5、パターン3」
前者が攻撃の陣形、後者が攻撃間隔の指示である。クロノの指示に従い、武装局員は陣形を展開し、フェルステークを囲む。
それぞれのデバイスからは、武装局員にとってはオーソドックスな近接用の魔力杖が発生している。
上下左右立体的な囲みの中にフェルステークを捉えるが、フェルステークは当たり前のように微動だにしない。
「舐めるなっ!」
クロノの怒声が合図か、武装局員は同時にフェルステークへと襲いかかる。空間を余すことなく占める数十の攻撃が一点へと集中していた。
近づき、振りかぶり、打つ。
二つ目の動作と三つ目の動作。振りかぶることと打つこと。その二つの間で異変は起こった。
フェルステークを狙っていたはずの武装局員は、それぞれ近くの隊員に向かって杖を振るっていたのだ。
「距離を取れ!」
再びフェルステークを中心として、球面を描くような陣形を取る局員たち。
何をすると言うこともなく、フェルステークはクロノを見ていた。いや、その表情には、明らかに楽しんでいる気配が浮かんでいる。それとも、嘲りと言うべきか。
(ユーノ、頼む)
(繋いでくれ)
クロノは武装局員全員に対してに念話のチャンネルを開く。
(次の攻撃、僕に念話を繋いだままで、視界を繋げて欲しい)
念話により意思を繋げ、さらに繋がりを強化して一時的に五感を共有する。訓練された、それなりの魔力の持ち主ならばそれは可能だ。
しかし、マルチタスクが魔道師の基本技量とはいえ、隊を構成する全員の視覚を共有するのは無謀を通り越して無理に近い。今、クロノがやろうとしているのはそういうことなのだ。
「フェルステーク!」
激した言葉を浴びせ、フェルステークの嘲りの視線を受ける。
そう、それでいい、とクロノは考える。
嘲られ、軽んじられる。それこそが、クロノの望みであるのだから。
「よく狙え! 攻撃パターン、ガンマ3、パターン3!」
再び似たような陣形のまま、局員の包囲が狭まっていく。
フェルステークは動かない。先ほどと同じように、空間歪曲を発生させる。
距離を離した砲撃ならば、砲撃そのものを歪曲させて外す。しかし、近接攻撃に関してはその限りではない。だから、歪曲を発生させるのは相手の視界。目に見える世界を歪曲させる。
フェルステークの姿に向かってデバイスを振るう時、実際には誰に向けられているのか。それは攻撃が当たるまでわからない。
盲目の状態で攻撃、それよりもなお悪い。あらかじめ間違った場所を指定されているのだ。まぐれ当たりすら、あり得ない。
嘲りの表情は変わらず、フェルステークはクロノを見つめていた。次の瞬間、その表情は驚愕に変わる。
「手を止めるなっ!」
クロノが叫ぶまでもなく、攻撃の手は止まらない。その攻撃は、確実にフェルステークを捉えていた。
「貴様ッ……」
空間歪曲の方向を一度の攻撃で見切り、二度目の攻撃でそれを修正する。クロノとユーノが念話を通じて、局員たちの視界を修正しているのだ。
今の局員達は、フェルステークに向かって攻撃しているのではない。フェルステークへ攻撃すると見せかけ、実はクロノとユーノの指示に従い、彼らから見ればなにもない方向へと攻撃しているのだ。
「無駄だ」
「どっちがっ!」
歪曲のパラメータが再構成され、再び局員の攻撃は空を切る。が、数秒も経たない内に二人はさらなる修正を加える。
攻撃は、徐々に命中率を増していた。
微かにだが、フェルステークに焦りの色が見える。いや、それは焦りではない。少なくとも、敗北を予感させる類のそれではない。それは単に、物事が自らの思い通りに行かないことを知った子供の表情。ただし、圧倒的な力を持った子供。敗北とは未だに縁遠い姿だ。
「うっとうしいぞっ! 糞共!」
魔力刃がフェルステーク周囲の空間を制圧するように出現する。制圧し、そして外側へ、あたかも膨れあがる爆炎のように広がっていく。
拡散速度は、確実に包囲した武装局員の撤退速度を超えていた。
クロノは局員のフォローのために進みながら、同じく出ようとするユーノを制止する。そして射撃魔法で魔力刃を砕きつつ、局員を背後へと逃がす。
先ほどまでの焦りは全て演技、そう悟らせるには充分なほど冷静に、クロノは魔力刃を捌く。
その行動はフェルステークに一つの目標を与えるには充分だった。そう、クロノ・ハラオウンを倒せばいい。この男さえ倒してしまえば後の武装局員はどうとでもなる、と。
面制圧のように広がっていた魔力刃が消える。
クロノは悟った。バリアジャケットの防御の魔力が増加する。その判断は正しく速い。しかし、肝心の魔力は不足している。
密度を増して、クロノだけを狙って再び生成する魔力刃に、バリアジャケットはあまりにも脆弱すぎた。
発生からわずか二秒と経たない内に、撤退すらできない内に、クロノはバリアジャケット崩壊には充分なほどの魔力圧を感じる。
四肢を喪っても、撤退はできる。指揮もできる。魔法行使にすら、支障はないだろう。喪うことで撤退の時間が稼げるのなら、それは充分考慮に値するだろう。
非情な判断すら、自分に迎えるものならば安易に受け入れよう。四肢どころか、命すら覚悟はしている、それが前線に出る局員の心構えだ。少なくとも、部下に死の可能性がある任務を命じる者の心得だろう。
自分はいい。戦闘はフェイトとなのは。指揮は母がいる。自分は、それを繋げればいい。それで、こちらの勝ち目が出てくる。
瞬時に駆けめぐったその判断を、よく知った声が切り裂いた。
「クロ助のお馬鹿! 判断が早いのと諦めが早いのとは別物だって教えただろ!」
「クロノ、プロテクションでフォローします。すぐにその場を撤退しなさい」
声の主を判別するよりも早く、事実上の条件反射で身体が動いた。送られたプロテクションに自分のバリアジャケットを重ね、撤退の軌道を構築。最速で魔力刃の陣から離脱する。
その両脇に従い、即座に構える二人。リーゼロッテとリーゼアリア。
「……やっぱり、君たちか」
予想していなかった、と言えば嘘になる。疑っていた、と言っても嘘になる。
そうであって欲しくはなかった、それが正解だ。
そしてそれを、リーゼ姉妹も知っていた。リンディが疑いを持った時点で、ほとんど同じ情報を持っているクロノが疑わない理由がないのだ。
「あたしたちは、闇の書を封じたいと思った。クライド君みたいな被害者はもう出したくない。そのためならどんなことだってできると思った。たとえ、一つの家族を破壊しても、闇の書が破壊できるなら構わないと思った」
誰に言うでもない語りを、クロノは確かに聞いていた。
「チャンスを見逃せるほどの余裕なんてなかった。その、望んでいたことが間違っていたとは今でも思わない。だけど、情報が不完全だったんだ。だから、報いは受ける。ケジメはつけるよ」
「違う」
だから、クロノは静かに呟いた。
「クロノ?」
「けじめを付けるのは……償うのは君たちだけじゃないだろう?」
「クロ助!」
ロッテの口調にあったのは非難ではない。それは驚愕と哀しみだった。
しかし、それに続く釈明は封じられる。
「そのとおりだ。クロノ。償うべきはリーゼではない」
フェルステークへの注意を外すことなく、グレアムの姿をちらりと横目で見たクロノはニヤリと笑う。
「細かいことは後のようですね。グレアム提督」
「今のところの優先順位は、ここを生き延び……いや、フェルステークを阻止すること。そうだな」
グレアムの言葉は逃げではない。この場を進まなければ、切り抜けなければ、明日の懺悔も責任も、贖罪の機会すら訪れはしないだろう。死を持って詫びると言えば聞こえは良いが、実は永遠の忘却へと無責任に逃げ込む甘えに過ぎない。グレアムはそれを知っている。
この場を生き延びて、そして生き延びさせて、屈辱を受け入れる。それが今の自分にできることだ。
「懐かしいわね」
フルバックのポジションについたリンディが微笑む。
それを補佐する位置にリーゼアリア。グレアムと共にクロノの両脇に並ぶリーゼロッテ。
クロノは気付いた。リーゼ姉妹、グレアム、リンディのポジション。そして自分の位置。これは……
「クロ助。そこは、クライド君の場所だったポジション。今のあんたなら、こなせるはずだよ」
こなしてみせる。いや、こなさなければならない。
クロノの無言の応えにグレアムが唇の端を吊り上げ、リンディが頷いた。
五人のフォワードと、その背後に従う武装局員。
「フェルステーク、正当な裁きを受けるつもりはあるか?」
「実に、愚かな問いだ」
嘲りの笑みすら浮かべ、フェルステークは言う。
「従う道理も、意思も、可能性もない。あると、思っているのか?」
魔力刃が、湾曲された空間から五人を襲う。
歪曲場を感知し、全員に伝えるリンディとアリア。その情報を元に魔力刃をかいくぐり、グレアム、ロッテ、クロノはフェルステークに痛撃を与えんと襲いかかる。
魔力刃は砕かれ、弾かれ、折られ、破壊され、かいくぐった三人が肉薄する。しかし、膨れあがるのかのように復活し、増加する魔力刃。それでも三人の侵攻は止まらない。
「ああ、その二つを破れば勝てると思ったのか……。だが、二つだけではないのだがな」
リンディが驚愕の呻きを漏らす。
強すぎる歪曲の感知。いや、これはすでに歪曲の類ではない。これは、異空間への道。否、虚数空間への道。
愕然とするクロノたちの前で、虚数空間への入り口がその黒々とした穴を広げつつあった。
「そして四つ目」
フェルステークを中心とした空間に規則正しく並ぶ歪曲。
「闇の書からもいろいろ世話になったな」
歪曲の生み出す人影。影と黒で構成された人間の姿。誇り高くある騎士の、忌まわしきカリカチュア。
「性能は同じだ。同じプログラムを使っているのだから当然だが」
シグナム、ザフィーラ、ヴィータ。その姿を自失にも似た驚愕の表情で見回すシャマル。
「シャマル。お前は別扱いにしておこう。だが、あの三人にはこれが相応しい……そうだな、シュヴァルツリッターとでも名付けるか?」
数十騎のヴォルケンリッター、いやシュヴァルツリッター。黒き身体でデバイスを構える姿は、死神の名こそ相応しいだろう。
先ほどの戦いでは、シグナム単騎でクロノと互角であったのだ。もし、このシュヴァルツ・シグナムがヴォルケン・シグナムと同等であるとするのなら、クロノたちは圧倒的な劣勢の立場となる。
さすがに、これ以上の後詰めはない。隠し球の戦力もない。
アースラの戦力は、ここまでだ。
シュヴァルツリッターの怪異を見せつけられた直後だった。
どくん、と胸が鳴ったような気がした。
温かく力強い物が突然体内に発生したような間隔。
……ああ
シャマルは呟く。
そうだ。生まれたのだ。今度こそ。
きっと、今度こそ。
繋がりが伝えてくれる。
自分だけの繋がりが。
繋がりは確かにここにある。
シャマルは無意識に腹を抱えるような仕草で、手を下腹部に添えていた。
この身はプログラム。ゆえに、子を為すことは決して出来ない。しかし、絆を繋ぐことはできた。
誰よりも堅い、ある意味では親子以上に固い絆を。
例えそれが一時のかりそめの絆だとしても、今はこれに縋りたい。いや、縋るしかないのだ。
なのはのリンカーコアを奪うことによって活性化したそれは光の意識を一時乗っ取り、フェイトのリンカーコアを奪うことによって完全覚醒した。
フェルステーク。その名に覚えはない。覚えはないが、記憶のどこかがじりじりと焦がされる様な思いがある。
なにかが、それを覚えているのだ。おぞましく、忌まわしいそれを。
光の意識が閉ざされようとしたとき、そこに繋がっているのはシャマルだけになる瞬間があった。
その一瞬は膨大な情報を運び、シャマルは理解したのだ。フェルステークを。そして、今の光の状態を。
シャマルに残された手段は決して多くはなかった。
そして、シャマルはヴィータの、ザフィーラの、シグナムのリンカーコアを抜いたのだ。
今、この瞬間のために。
再び、騎士が立ち上がるために。
フェルステークに奪われぬために。
雌伏し、修復され、時が至れば再び闘うために。
そう。今がその時。新たな主と共に。
シャマルは飛んだ。真の主の元へと。
その動きを目で追ったフェルステークが吼える。その眼差しが、ある一点をとらえていた。
「貴様……」
主の意思を感じたか、シュヴァルツが動く。一人二人ではない、まさに雲霞の群れとしてシャマルが飛んだ点へと殺到したのだ。
同じく、そこに出現した者を確認したクロノが叫ぶ。しかし、それに呼応した武装局員のスピードでは間に合わない。
シュヴァルツの剣が、鉄槌が、拳が、一人の少女と五騎の騎士へ殺到する。
――笑止
空間が、横一文字に避けた。いや、それは錯視である。
一刀の元に斬られたシュヴァルツの群れ。下半身と上半身の泣き別れが数十体に渡って並んでいるのだ。空間そのものの切断と見えても致し方あるまい。
「我らと同じプログラムとはいえ、志一つも持たぬ木偶に何ができる」
レヴァンティンを横薙ぎに抜きはなったシグナムが、哀しげに呟いていた。
その視線が、フェルステークとシュヴァルツに向けられる。
ヴィータが、ザフィーラが、シャマルが、そしてもう一人の騎士が、はやての横に寄り添っている。
今こそ、夜天の主、八神はやてが目覚めたのだ。
シグナムはレヴァンティンを鞘に戻す。
「我ら、夜天の主の元に集いし騎士」
ヴィータがグラーフアイゼンを目前にかざす。
「主有る限り我らの魂尽きること無し」
シャマルが祈るように目を閉じる。
「この身に命有る限り、我らは御身のもとにあり」
ザフィーラが一歩前に。
「我らが主、夜天の王、八神はやての名の下に」
四騎がはやてを囲む。
「ヴォルケンリッター、剣の騎士、シグナム」
「同じく、鉄槌の騎士、ヴィータ」
「湖の騎士、シャマル」
「楯の守護獣、ザフィーラ」
吼えた。再びフェルステークは吼えた。それは人外の雄叫び。人間である限り決して発生不可能な雄叫び。神経を抉る叫び。不協和音を奏で、精神を病ませる叫び。心のささくれを荒らすような声。
そして、シュヴァルツが再び動く。歪曲より無数に発生し続ける心のないプログラム。それはヴォルケンリッターのネガとでも言うべき存在だろうか。
対してヴィータが動く。
「偽物野郎!」
グラーフアイゼンがヴィータの魔力に応じて巨大化し、噴射しながら回転する。
「いっけええええっ!」
破壊の大槌がシュヴァルツへと放たれる。しかし、その進行方向に現れる空間の歪曲。
どれほどの破壊力を誇ろうとも、当たらなければ意味はない。それどころか、歪曲により味方へその威力を向けられては目も当てられない。
しかし、それは起こった。
「消去」
歪曲が消え、ヴィータはそのままシュヴァルツの群れを蹂躙する。
「なんだとっ!」
瞬間、歪曲は打ち消されたのだ。別の何者かによって。
「……君が先に、リインフォースからヴォルケンリッターのプログラム盗んだんや。僕かて、君の歪曲能力ぐらい盗ませてもらう」
正確には歪曲能力など身につけてはいない。フェルステークのそれをキャンセルするのが精一杯だ。それも、複数の同時キャンセルは不可能だろう。
それでも、言うのだ。彼は。
魔力により形作られた仮の身体を、彼は寄り添っていたはやての傍から離す。
彼は告げる。
娘のために。
「今宵限りのヴォルケンリッターが一人。八神光や」