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主二人
20「約束」
 
 
 シュヴァルツリッターの姿はもう殆ど残っていない。シグナムとヴィータによって掃討され、残った者もそれぞれに狩られている。
 クロノを先頭に、グレアム、リーゼ姉妹、リンディ。
 そして光とはやて、ヴォルケンリッター。
 それだけの集団が、フェルステークと向き合っている。
 この局面で足手まといになりかねない武装局員は一旦後方に退かせ、結界維持に回っていた。そこにはクロノたち戦闘担当者の魔力を一欠片たりとも無駄にできない、という理由もある。
 そしてはやては、リインフォースの記憶を一同に口頭で手早く伝えていた。
「……フェルステークの正体は虚数空間経由で現れた異界の存在、いや、もしかしたら虚数空間自体が次元世界から見た異界なんかも知れません。今の私たちにはそこまでしかわかりませんが」
「充分だろう。少なくとも今の段階では」
 クロノは答え、グレアムを見る。
 グレアムは首を振っていた。
「夢に現れ、私の計画を知ったのだな」
 誰が夢の中で機密を護ろうとするだろうか。夢の中で他人に聞かれると警戒するだろうか。
 しかも夢の中でフェルステークは、グレアムの記憶から取りだした中島燕の姿を借りていたのだ。
「何故だ」
 グレアムは呟く、矛先をフェルステークに向けつつ。
 何故、知った。いや、それはわかる。先の闇の書事件でグレアムを知ったのだろう。それはいい。
 何故、この時なのか。
 何故、八神はやてという主を得たときに計画を遂行したのか。
 一つは、主二人というイレギュラーによる、フェルステークの自我の確保。
 もう一つは、ジュエルシードでの次元震によって発生した虚数空間と繋がったことによる活性化。。
「……時の庭園か……」
 プレシア・テスタロッサによって発生させられた虚数空間。たしかに、あの事件はこの世界との関係は深い。
 だからこそ、わずかな時間だけでもこの世界に虚数空間は繋がったのだ。それが、フェルステークを活性化させ、必要な力を与えたのか。
「賢いな。我を闇雲に封じるしかなかった愚か者連中とは違うか」
 しかし。だ。
「逆らわなければさらに賢いと認めても良いが」
 逆らえ、とその目は告げていた。
 逆らえ。
 抗え。
 悶え、無力に苦しめ。
 理解できぬ強者に踏みにじられ、理解できるのは二つだけ、苦悶と恐怖。その絶望に塗り込められて無様に跪け。
 そして、我を楽しませよ。
 父親の守護など、小娘の望みなど、騎士の誇りなど、卑小に過ぎぬ。我の刹那の笑みのためにことごとく塵と消失せよ。
 ああ、我への理解など必要ない。ただ、醜く踊れ。傾いで傅け。惨めに死ね。
 フェルステークは告げていた。
 絶対の強者の論理を。
 万能の支配者の論理を。
 だが、そこには別のモノがあった。
 命ある者ならば――
 心ある者ならば――
 瞳の光を残す者ならば――
 抗うしかない邪なる視線が、そこにはあった。
 己の魂の平安のために抗するべき重圧がそこにはあった。
 その抵抗を、フェルステークは心ゆくまで楽しむのだろう。
 反抗が絶望に変わりゆく様を眺め、心の底から笑うのだろう。
 しかし――
「フェルステーク!」
 クロノの叫びが、引き金となる。
 アリアとクロノ、グレアムの同時砲撃。さらに、リンディにブーストされたロッテが弧を描く蹴撃を放つ。
 砲撃を片腕で弾き、ロッテの蹴撃を受け止めるフェルステーク。
 背を襲うヴィータはグラーフアイゼンごとバインドで止められ、フォローに回ったザフィーラにベクトルをむけられ、加速を付けて弾かれる。
 その隙をつこうとしたシグナムの斬撃を、魔力刃の塊が受け止める。
 一瞬の、しかしまったく意味のない攻防。ただ、フェルステークが全ての攻撃を受け、凌ぎきっただけ。
「差がありすぎて、つまらんか? だったら」
 歪曲が再び、フェルステークを中心とした同心円周平面上に並ぶ。
「数の前に嬲り殺されろ」
 フェルステークの背後には、何か黒いものが姿を見せ始めていた。いや、黒とは錯覚だろう。光すら奪う空間は黒に見えるが、そこには光を奪うものすらない。
 なにも、ない。
「……虚数空間」
 リンディが息を呑んでいた。
「小規模とはいえあんなものを、個人の力で……」
 さらに、リンディはある動きに気付いた
 虚数空間からのエネルギーの流れ。それは、フェルステークへと。
 そう、フェルステークは虚数空間から魔力を汲み出しているのだ。事実上の、無限の供給先である。
 それゆえに、異界の生命体。
 それゆえに、夜天の書を浸食した存在。 
 それゆえに、フェルステーク。
 単体の力により、虚数空間を喚び出す者。最悪にして、最凶。
 そして歪曲した空間から姿を見せるのは、さらなるシュヴァルツリッター。
 ヴィータ、ザフィーラ、シグナム。中にシャマルがいないのは、攻撃のみに特化したためだろう。
「……こいつら、さっきとは違うぞ」
 クロノの一言で全員が悟った。
 虚数空間の影響でフェルステークの魔力は上がっている。それに伴いシュヴァルツの力も。
 次々と現れるシュヴァルツ。先ほどの数の倍以上を遙かに超えている。
「違うって? 百の差が九十九に縮まったところで、何がどうなるってんだよ?」
 ヴィータが呟くように、嘲るように言った。
 頷くシグナム。
「我らヴォルケンリッター、主の剣となり、楯となり闘う者。主の命あるかぎり我らに敗北無し」
「今の我らには主二人。主二人ゆえ、我らの力は二倍」
 ザフィーラの言葉に、シャマルは異を唱える。
「いえ。二人ゆえ、二乗倍」
「はやてとお父さんがいる限り、負けるわけがねえんだよっ!」
 ヴィータの叫びに合わせるかのように、シュヴァルツとヴォルケンが同時に動いた。
「シュトゥルムヴィンデ」
「シュワルベフリーゲン」
 牽制と打撃により集団を散らしたシグナムとヴィータは、その体勢のままシュヴァルツの群れへと突撃する。その二人を護るように、血路を開くようにザフィーラは鋼の軛を生み出し、シャマルと光が二人にブースト魔法をかける。 
 瞬時に十数騎が失われるシュヴァルツ。しかし、さらに新しい騎士は生まれる。
「貴様らの破壊速度と我の下僕の誕生速度、比べるまでもないな」
「だがこの勝負、ヴォルケンリッターの勝ちや」
 光がはっきりと宣言する。
 フェルステークは、面白い物を見るように光に向けられていた。
「一時とはいえ、不本意とはいえ世話になっていた礼だ、その理由を聞いてやろうか?」
「はあ?」
 光は笑う。不敵に。影一つ無い、共に戦う者を信頼する笑みで。
「理由なんかあるかい。僕はヴォルケンリッターを……家族を信じとるんや。それ以外の理由なんぞ、いるわけないやろ」
「ヴィータ、ザフィーラ、シャマル! 聞いたか!」
 シグナムは叫び、三人の答えを待たずに続ける。
「今の我らにできること、それは主の信頼に応えること! いや……」
 レヴァンティンが炎を吹き上げた。
「我らの……家族の信頼に応えること!」
「おう!」
「承知!」
「ええ!」
 グラーフアイゼンが唸り、鋼の軛が猛り、クラールヴィントが輝いた。
 その姿を、グレアムは感慨深くとらえる。
「……私は、いったい何を見ていたのだろうな……」
「父様?」
 アリアはグレアムの落とした涙に気付いた。
「私は今まで、彼女たちの何を見ていたのだろうな」
 彼女、とグレアムが言ったことにロッテも気付く。
 今まで、グレアムが「あれ」としか呼んでいなかった者たちのことだ。
「フェルステークにより提督の判断力は狂わされていたのです」
 クロノが静かに言った。
 しかし、グレアムは首を振る。
「いや、私自身が気狂いに逃避していたのだよ。燕を失ったあの時から……少しずつ」
「僕はまだまだ若輩者です。貴方の気持ちがわかる、とは言いません。しかし、わかるという人もいるでしょう」
「それすら否定して、ひたすらに内側へと凝り固まったのが私だよ。今の私は、人としては彼に果てしなく劣るだろう」
 グレアムが光に目をやった。
「なのはから話は聞いています。良い人のようですが」
「彼のような男と、彼が手塩にかけて育てた娘か……」
 ならば、闇の書の呪いに囚われた騎士など、あっさりと解放してしまうのだろう、とグレアムは笑う。
「北風と太陽……だな」
「北風と太陽……ですか?」
 地球の寓話のタイトルを、クロノは知らなかった。
 そして二人は、再びそれぞれのデバイスを構える。
「行こう」
「はい」
 
 
 
 
 
 文字通り、きりがない。歪曲した空間から次々と姿を見せるシュヴァルツリッター。クロノはとうにその数を数えるのを止めていた。
 シュヴァルツ単体での戦闘能力はヴォルケンに劣っている。いや、というよりもヴォルケンの力がクロノたちの予想よりも遙かに高いのだ。
 最初の小競り合いの時に比べても明らかに守護騎士たちの魔力も上がっている。さもなければ、とうに数の暴力に押し切られていることだろう。
「これが、守護騎士の主の意味か」
「あたしたちにはわかりやすい話だよ」
 クロノの呟きに、リーゼロッテが応えていた。
「だが、僕たちだって遅れは取らない」
 シグナムの一閃ごとに、ヴィータの一振りごとに、ザフィーラの雄叫びごとに、ごっそりと数を減らしていくシュヴァルツリッター。しかし、その供給は無限とも見紛うほどに続けられている。
 そして、フェルステークの魔力刃を防いでいるのはシャマルと光だ。旅の鏡と空間歪曲で、フェルステークの攻撃を辛うじて防いでいる。
 はやては攻撃に転じようとしているが、フェルステークにはほとんど通じていない様子。
 結局、フェルステーク自体には何の痛痒を与えていないのだ。ただ、フェルステークの攻撃を凌いでいるだけ。無論それだけでも途方もない戦力といえるのだが。
「このまま続けば、消耗するのはこっちだ」
 クロノの見る限り、これだけの量を召喚し続けているフェルステークには疲労の気配もない。いっぽう、クロノの側はリンディとグレアムが。そして、八神の側は光が疲労を隠せないでいる。
 それぞれ一線を退いて久しい戦士と、元々戦士ではない者。戦いの気力がそれほど続くわけもない。
 シュヴァルツ群の護りを貫いて一気にフェルステークを襲う突破力。それが今、こちらの陣営には不足しているのだ。
 おそらくシグナムとヴィータにはその力があるだろう。しかし、二人の内どちらかが退けば、雲霞のごとく襲来するシュヴァルツが止められなくなる。突破する魔法を放つ前に戦線が崩壊して押し負けるだろう。
 しかし。
(道は開くよ!)
(私たちが!)
 念話に応えるように、クロノが再びデバイスを構えた。
(手を休めるな。二人を援護する!)
 クロノ、グレアム、リーゼアリアの順に放たれる砲撃。そして、シグナムとヴィータ、ザフィーラによって蹴散らされるシュヴァルツリッター。
 ある意味では変わり映えのしない攻撃だが、そこには明確な意思が付け加えられている。
 それに気付かないフェルステークではないが、クロノにも八神にも余剰戦力がないことはわかっているのだ。
 強いて言うならば、倒れている二人とそれを護る一人、すなわち、なのは、フェイト、ユーノ。しかし、リンカーコアを失っている彼女たちに何ができるというのか。
 二人のリンカーコアは……
 ……奪ったのはシャマル。そしてそれを得たのは……
 フェルステークは虚数空間と繋がることによって得た膨大な魔力の流れを確認した。
 ない。
 そこには、奪ったはずのリンカーコアはない。
 ヴォルケンリッターのリンカーコアに関しては理解できる。リインフォースとの繋がりから奪われたのだろう。ヴォルケンリッターに関する上位優先はリインフォースのものだ。しかし、なのはとフェイトのリンカーコアは自分が受け取ったはず……
 ……シャマルが抜き取っていたとすれば?
 フェルステークは魔力刃を巻き散らし二人の倒れている方向への道を開こうとするが、そこにはすでにクロノたちとヴォルケンリッターが。そして歪曲による攻撃は光とシャマルによって妨害される。
 一人一人を見るならばフェルステークにとっては考慮するにも値しない力、辛うじて時間を稼ぐくらいはできるかも知れないが、決して勝てないレベルの力。それでも、これだけの数が進路と視界を妨害している。
 その、向こうには……
 シャマルが密かにリンカーコアを奪回し、旅の鏡経由で預けた少年がいる。その少年が治癒し、リンカーコアを戻した二人がいる。
「スターライトぉ!」
 その声に、回避行動をとろうとするフェルステーク。
 その足が止まった。
「き……さま……」
「多少は干渉できるみたいやな」
 脂汗を浮かべたまま、笑う光がいた。
 フェルステークの身体は元々光の身体である。だからこそ、光は試してみた。そして、微かにではあるがフェステークの行動を妨害できることがわかった。
 わずか一瞬、しかし、砲撃魔法が発動し到達するには充分な数秒。 
「ブレイカーっ!!」
 高町なのはの最強の砲撃魔法、スターライトブレイカー。
 凄まじいばかりの光の渦がフェルステークを包む。
「がぁあああああああっ!!!!」
 それは痛みではない。ましてや、敗北では勿論ない。
 それは怒り。受けるはずでなかった一撃を受けたことにより砕かれたのは、身体でも精神でもなくプライド。弱き者を踏みにじり蹂躙する、絶対的強者としての矜持と奢り。
 その矜持が傷つけられたことに対する尊大なる怒り。
 確かに、この砲撃は凄まじい。これならば自分も無傷ではいられないと理解できる。しかし、傷を受けると敗れるは同意ではない。
 この一撃で敗れるような自分ではない。フェルステークではない。
 自らの叫びを振り切るように、押し寄せる砲撃の圧力に抗して前へ出る。かきわけるように砲撃圧を抜け、通り過ぎた、と感じた瞬間。
 斬撃が振ってきた。それは、フェイト・テスタロッサのハーケンスラッシュ。
 袈裟懸けに斬られ、フェルステークは一歩退いた。その目がフェイトを睨みつける。
 何故この位置に。砲撃の射線上であるこの位置に。そこにいたのなら共に砲撃を受けるはずのこの位置に。
 フェルステークの視線がフェイトの背後に従う者をとらえる。
 ユーノ・スクライア。シールドを張った状態でフェイトと共にブレイカーの砲撃に紛れ近づいた魔道師。
 まさか、とフェルステークは考えた。だが、それが正解なのだ。
 砲撃と斬撃の連撃を繋げるために。一手で勝てないのならば二手、三手と手数を重ねるために。
 バルディッシュを振り下ろしたままの姿勢で、顔だけを上げるフェイトと合う視線。
 見上げる視線の鋭さ、不敵さをフェルステークは憎む。
 不逞である、と。
 不遜である、と。
 フェルステークは問うていた。
 力の差がわかった上で、敢えてその視線を向けるのか。
 フェイトの視線は言う。
 不逞でも不遜でもない。これは不屈だ、と。
 一撃で叶わぬなら二撃。それで通じぬなら三撃。次いで四撃。どこまでも与え続けよう。決して止まることなく。屈することなく。その一撃が届くまで。
 しかし、それでも。
 なのはとフェイトのコンビネーションであっても。
 足りないのだ。
 フェルステークを破る。いや、膝をつかせるには。これでは足りない。
 これではただ、わずかに一歩を退けただけで終わるのだ。
 魔力の塊が、フェイトの頭上に落とされる。
 わずか片手を上げただけ。それだけで、バリアごとフェイトを地面へと叩きつける衝撃が生まれる。
「がっ!」
 悲鳴すら上がらず、喉からは激しく空気を絞り出す音。
「惰弱に過ぎない」 
 同情すら感じさせる、哀しげな言葉。しかしその口調は紛れもなく嘲っていた。
「もう、終われ」
 ――否
 ――決して終わらせぬ
 明確な殺意がフェルステークの意識を貫いた。
「翔けよ、隼!」
 静かに響く声。明確な殺意と冷たい怒り、そして断固とした決意の声。
 フェイトに向けていた視線を戻し、殺意へと顔を向ける。
 そこには凛と構えるシグナム。そして、その背後でシュヴァルツの猛攻をせき止めるクロノたちがいた。
「シュツルムファルケン!」
 シグナムの放つ魔力矢がフェルステークとの二点距離を繋ぐ。
 しかしフェルステークには空間歪曲のレアスキルがある。中長距離の攻撃など、来ることがわかっていれば問題にもならない。
 ただ片腕を上げ、指を向ける。それだけで、魔力矢が通るであろう空間が波打つように歪む。
 魔力矢は虚しく無へと埋没するかに見えた、とき――
「頼むっ、クラールヴィントツヴァイ!」
 光のデバイスが微かに震え、歪曲が消えた。
 即座に第二の歪曲が、消えた歪曲よりもフェルステークに近い位置に発生する。
「なめんなっ!」
 光が叫ぶ。フェルステークと一体化していたからこそ得た、歪曲を打ち消す力。さらにヴォルケンリッターとして与えられたデバイス〜クラールヴィントツヴァイ〜によって増幅された力が、歪曲空間を通常空間へと是正し続ける。
 しかし、軽々と第三の歪曲が生まれる。そして、消える。
 第四、第五、魔力矢が飛来する一瞬に、生まれては消える歪曲。フェルステークは、笑みを隠そうともせず、第七の歪曲を生み出す。
「うぉああああっ!!」
 七つ目の歪曲が消えた瞬間、こみあがるものを感じた光は己の胸元を押さえた。熱く苦いものが胃、いや、内臓を駆け上がってくるのがわかる。
 揺れるその身体を、シャマルが背中から支えていた。
「いけません。それ以上は負担が!」
「くっ……なんで……こんな……」
 第八の歪曲と共に消える魔力矢。シュツルムファルケンは届かず、シグナムは忌々しげにフェルステークを睨みつけていた。しかし、フェルステークはシグナムには目を向けない。
「ああ、七連続はさすがに無理なのか。うん、大したものだ、カスにしては」
 その言葉に続いたフェルステークの笑いが途絶える。
「おおおおりゃぁああああっ!!」
 みしり、と音を立てていると錯覚するような光景。
 ヴィータのグラーフアイゼンが、フェルステークの頭上でバリアに止められているのだ。
 それでも止まった状態から、さらに振り抜こうと力を入れ続けるヴィータ。
 ベルカ騎士の本道は近接戦闘。だからこそ、切り札とはいえシグナムの中距離攻撃を見せ技として、ヴィータに近接技に主撃を任せたのは当然と言えば当然だろう。
「シャマル!」
「光さん?」
 光がツヴァイを掲げた。
「構えろっ! シャマルっ!」
 光に並ぶように、クラールヴィントを構えるシャマル。
「光さん。無理はしないでください」
「勘弁してくれ。娘の前でかっこつけるんは、父親の悪い癖や」
「光さん!」
「あと、惚れた女の前でもなっ!」
 まるで照れ隠しのように、早口で光は言葉を続ける。
「シャマル! ヴィータの鉄槌、アイツに落とすで!」
「はいっ!」
 二人が同時にデバイスをかざす。
 ヴィータへの何らかの補助、そう判断するフェルステーク。今の状態ではバリアは解除できない。ヴィータの排除が先決だ。
 しかし、 
「ておあーっ!」
 気合いの雄叫びと共に、ザフィーラの鉄拳がフェルステークのバリアを突き上げる。
 バリアブレイク。
「くだらん小細工!」
 さらに強化されるバリア。が、次の瞬間、ザフィーラの背にしがみついていた人影が姿を見せた。
「全力全開っ!」
 人影の正体、高町なのははレイジングハートを構える。
「クラールヴィントツヴァイ!」
「クラールヴィント、お願い!」
 光による空間歪曲が起こった。その歪曲を通り、レイジングハートの先端がバリア内部へと侵入する。
「行けっ! 高町!」
 本来ならばフェルステークの歪曲をキャンセルするのが精一杯の光の技術だが、それをフォローするシャマルによって、一段高い魔力構成を可能としているのだ。
「ディバイン! バスター!」
 バリア内部に放たれる砲撃。その魔力はフェルステークには直接向けられていない。しかし、バリア内壁にぶつかれば、相殺の爆発が起こる。そうなればバリア内部に存在する者も無傷では済まないだろう。
 ただし、ぶつかればの話だ。放たれた砲撃の先に、さらなる歪曲が発生する。その歪曲の一方の出口は、なのはの真正面であった。
「させんっ!」
 第三の歪曲により再びバスターの魔力はフェルステークへ。続いて回避のための第四。さらに第四歪曲を強制解除する光。
 震えながら、光は歪曲魔法を続ける。浮き出す血管とそれに反するように青ざめていく表情。限界寸前にリンカーコアと魔力を駆使している結果だ。
 たとえこのために特別にプログラムされて生成されているとはいえ、光の感じる痛みも不快も全ては本物なのだ。
 そもそも、リンカーコアの強制発動による痛みは肉体の痛みではない。
 第五発生。強制解除。
 第六発生。強制解除。
「さっきは七度で限界だったな。物まね芸人が」
「ああ、あれは……しょうもない小芝居や、気にしなや」
 第七発生。強制解除。
 第八発生。
「馬鹿が」
 フェルステークはバリアを消失させた。
 バリアのあった場所を虚しく通りすぎ、見当違いの方向へ流れていくバスターの魔力。
「何故我と張り合う? それが貴様のプライドとやらか?」
「やー。こない簡単にいくとはな」
「なに?」
「アホやろ、お前」
 光は笑う。その視線はフェルステークの少し上。ヴィータの姿へと。
「轟天爆砕!」
 この局面のディバインバスターすら、見せ技。そして、防いだはずのヴィータの鉄槌。
 そうだ、直前の攻撃は、ただ、グラーフアイゼンによる単純な打撃に過ぎない。
 そして今。
 ギガントシュラークがフェルステークの頭上から真っ向投撃される。
 ビルが砕け、一つの建物を巻き込みながらフェルステークは地面に叩きつけられた。
「直撃です」
 浮遊状態の保持すら難しくなった光を、シャマルは背後から抱きかかえていた。
「でも……」
「わかってる。あれは……」
 瓦礫が弾け、宙に浮いた。
 その中心に浮かぶのは、フェルステーク。
「……ああ、確かに。我に一撃を与えるには有効な手段だろうな。しかし、あまりにもコストパフォーマンスが悪くはないか?」
「怪我は負わせたやろ?」
 確かに、傷は増えている。スターライトブレイカーの傷も癒えていないのだ。くわえて、ギガントシュラークをまともに受けたのだ。それでも、倒れない。
「化け物……」
 ヴィータは呟いた。
 傷はある。無傷ではない。しかし……打倒にはほど遠い姿がそこにはある。
「化け物じゃないよ」
 なのはがヴィータの呟きに応じる。
「傷が付いてる。だから、倒せるよ」
「おまえ……」
「傷が付くんだから、怪我をするって事だよ」
「高町なにょは」
「え?」
「あ、いや、違う、にゃのは? ……あれ? 高町なにょ……ややこしい名前つけんな!」
「え? え、え、ええっ!?」
 何故か怒られてしまうなのは。
「んなこたぁ、どうでも良いんだよっ! とにかくっ! 倒せるんだなっ!」
「え? う、うん。フェイトちゃんとクロノ君と、先生とはやてちゃん、ヴィータちゃんたちの力を合わせれば、きっとなんとかなるよ!」
 
 
 
 
 
(気付いてるか?)
 何度目かの光からの念話に、クロノは同意の思考を返す。
 念話により、現在の状況とこれまでの経過のほとんどは全員が把握している。
 さらに、ここまでの作戦の発案はそのほとんどが光だ。もっとも、細部を煮詰め各自の魔力に合わせて洗練させたのはシャマルとクロノである。
(ええ。虚数空間から力を引き出している。あの傷もすぐに癒えるでしょう)
(いや、それと違う)
(なんです?)
(あいつ、なにやっても、攻撃を受けてから返しよる)
(それが?)
(平気やから受ける、平気やと見せつけて馬鹿にするために受ける。相手にやることやらせてから、それを防いで馬鹿にする。それがアイツのやり方。それでええか?)
(そうだと思う)
(……あいつ、デュランダルだけは攻撃される前に潰しにきよったで? 確かあいつ、デュランダルで何をされるかは知っとったな?)
 クロノは思わず光を見た。そして、リーゼ姉妹に確認する。
 その答えは、光の言葉を追認していた。
 闇の書ごと凍結して虚数空間へ。それがデュランダルの最初の目的だ。
 つまり、フェルステークは氷結魔法を苦手とする?
 いや、あれだけの魔力量を持っていれば属性による得手不得手は克服できるだろう。それこそ、フェルステーク並の魔力量を持っている相手なら話は別だが。
 ならば、残るは虚数空間。しかし、フェルステークは虚数空間からやってきた存在である。それが弱点とは考えられない。
 あるいは、デュランダル破壊はたまたまであり、何の意図もないものなのか。
 いや、それはない。とクロノは判断する。
 それだけの余裕のなさを見せるとは思えない。示すとすればそれは本当に急ぐべきものだったのだ。つまり、氷結と虚数空間、どちらかにフェルステークの弱みがある。
 前述の理由から考えれば虚数空間。
(弱点ではないとしたら?)
(え?)
 リンディが会話に参加する。
(私たちの考える弱点、つまり、倒せる倒せないではなく、別の意味での弱点だとしたら?)
(リインフォース、夜天の記録をもう一度見せてくれ。フェルステークと初めて会った時の記録を)
(はい。不完全なものですが)
(それで充分や)
 異界より現れた生命体。それを夜天の書に封印した主。
 ベルカの騎士たち、そしてヴォルケンリッターでも倒すことができなかったフェルステーク。最後の手段として夜天の書を改造、フェルステーク自体を蒐集する。
 夜天の書は徐々に本来の機能を失い、フェルステークとの戦いで疲弊した古代ベルカは衰退の道を歩んだ。
 何故、フェルステークは封印されたのか。対魔法という意味では、フェルステークには格好の逃げ場があるというのに。一切の魔法が封じられる場所、虚数空間。そこへ入ってしまえば、どれほど強力な魔法といえど発動そのものができなくなる。
 しかし、フェルステークがわざと封印されたとしたら? いや、虚数空間へ逃げるという選択肢を持たなかったら?
 推論できないだろうか。
 虚数空間から現れた者は魔力を持つ、と。逆に言えば、虚数空間に戻れば魔力は消える、と。
 フェルステークが虚数空間に入らない理由がそれならば……。 
 一瞬の凍結でも、身体の自由を奪われるのは拙いだろう。その隙に虚数空間に緒とされれればすべてが終わるのだ。そして、フェルステークは膨大に魔力を使うためには虚数空間への道を開いていなければならない。
 話が、繋がった。
 デュランダルで闇の書防衛プログラムにやろうとしてたことを、防衛プログラムを事実上取り込んだフェルステーク相手に同じ事はできるのか、と光は問う。
 答えはYESだ。ただし、チャンスは一度。
 デュランダルはただの魔法補助デバイスではない。魔力効果を増幅するために、何年かをかけてグレアムとリーゼ姉妹が魔力をため込んでいたのだ。仮に同じ魔法を放ったとしても、威力は全く異なるだろう。
 そのデュランダルがない今、ここにいる総員の魔力を組み合わせてもギリギリ届くかどうかといったところだ。
 二度目のチャンスはあり得ない。一度放てばそれが精一杯だろう。 
 それでも、他の手段はない。少なくともこの場では誰も思いつかない。そして、フェルステークをこの場で倒せなければ、少なくとも海鳴は破壊されるだろ。
「……行くぞ」
 シュヴァルツをザフィーラとユーノに任せ、残った全員がフェルステークを攻め続ける。そして、グレアムを中心としてリーゼ姉妹がクロノを補助。クロノを経由した全員の魔力による凍結魔法。
 フェルステークは凍り付き、しかし数秒の間もなく、凍結を解除する。
 あり余る魔力が渾身の凍結をあっさり解除したのだ。
 それを可能にするほどの文字通り無尽蔵の魔力が、今のフェルステークには備わっているのだ。
「これで、終わりか? ならば、我の番だな」
 無数の魔力刃が目に見える範囲を覆い尽くす。刺さらぬように、避けるだけで精一杯の一同。
(グレアムさん。なんとか、もう一度撃てへんか?)
(魔力が圧倒的に足りない。そもそも、固定時間が短すぎる。あれでは、次も同じ結果に終わる)
(それはどないかなる。いや、どないかする、もう一度、凍結させてくれ)
 光には考えがある。今度こそ、本当にこれが最後の。
(魔力はシャマル経由で送る)
(あるのか?)
(勿論。目の前に、でかいんがな)
 フェルステークが宿っているのは光の肉体。そして今光が存在しているのは、ヴォルケンと同じようなプログラム生命体の中。
 この身体を捨てれば、肉体に戻ることができる。そして、一瞬でも制御を奪うことができれば。
 そう。フェルステーク自身の魔力を逆利用するのだ。
 光の思惑に気付いたのは二人。
(やめたまえ。どうしても犠牲が必要ならば、それは私の役目だ)
 気付いた一人、グレアムの言葉に首を振る光。
 今の身体を捨て、光が元々の肉体に戻る。魔力を帯びたまま戻ることができれば、身体の主導権を一瞬でも奪い合うことができれば、フェルステークの動きを制限できる。
 ただし、その後虚数空間に放逐されることを考えれば、光が戻り、肉体を取り戻す余地はないだろう。
(八神光。自分が何を言っているかわかっているのか)
 グレアムは自分の発言が如何に滑稽なものであるかに気付いていた。
 自分は、闇の書封印のために一組の父娘を犠牲にしようとしていた男なのだ。それが今、その父親が我が身を犠牲にしようとしていることに驚き、あまつさえ止めようとする発言まで。
(ええ)
(……犠牲が必要だというのなら、それは私だ。フェルステークへ復讐する権利はあると思うがね)
(娘二人を置き去りにですか)
 ロッテとアリアが反応する。
(八神、あたしたちは父様の使い魔だ。あんたがどう思うとしても……)
(やかまし)
 光は、ロッテの言葉を制止する。
(それでも、君らにとっては父親なんやろ?)
(なんで……)
(同じように聞こえるんや。君らの「父様」って呼ぶのと、ヴィータが僕を呼ぶのと)
(……同じだろ。あたしらから父様がいなくなるのも、あんたが八神はやての前からいなくなるのも)
(僕は戻ってくる)
(どうやって)
(さあ?)
 無責任に、光は肩をすくめてみせる。
(そやけど、僕は死にに行くつもりはない。絶対に帰ってくる。はやてやシャマルたちのところに)
(手段はあるのかい?)
(そんなん、行かなわかるかいな)
(あんたっ!)
(これでも、一度はフェルステークになった身や。少しは可能性があるやろ)
 だから行かねばならない。と光は告げる。
 このまま手をこまねいていてはならない。無尽蔵の魔力の前に、力尽きていく者から食われていくだけだろう。ならば、犠牲は最小で済む方法がある。それを選ぶべきなのだ。
(光さん)
 そして光の作戦に気付いた二人目、シャマルが言う。
(私は嫌です)
 無理、ではない。
 ただ、嫌、だと。
 つまり、成功する確率はあるんやな、と光は微笑む。
(死にに行くつもりはないで)
 だから、はやてにも別れは告げない。ただ、ほんの少し長い間出て行くだけ。
 自分がいない間は、ヴィータがいる。シグナムがいる。ザフィーラがいる。シャマルがいる。
 だから、別れは告げない。
(お父さん!)
(……少し留守にするけど、大丈夫やな? はやて)
(うん。そやけど、早よ、帰ってきてな)
(努力する)
(待ってるよ。ずっと待ってるから)
(少しだけや)
 最後の攻撃が始まった。
 シャマルと光を除いた全員が一点の魔力を集中している。
 予想通りに、フェルステークはその攻撃を敢えて受けていた。敢えて受け、通用しないと知らしめようとしているのだ。
「タイミング、合わせてくれ」
「光さん……」
「言うたはずや。俺は帰ってくる」
「確証はないんでしょう?」
 はやてを安心させるため。自分を送り出させるため。
 それは嘘ではない。しかし、真実でもない。
「僕は帰ってくるよ。約束する」
 光がシャマルの手を取った。
「これが、約束や」
 一瞬、自らの手に訪れた変化にシャマルは息を呑む。
 これは……
 シャマルは己の手を握り、そして頷いた。
「はい……信じます」
「行くで、シャマル」
「はい、光さん」
 ヴォルケンリッター八神光の身体が消失する。直後、フェルステークの表情に異変が起こった。
 一つの身体を使い、二人が会話する。
「な……」
「動けんやろ?」
「きさ……」
「そない長くはもたん、さっさと頼む!」
 フェルステーク自身の魔力を奪う光。そして宙に輝くクラールヴィントツヴァイを介してシャマルへ、さらに、クロノへと。
 先ほどと同じ光景で、同じ魔法が放たれる。
 凍結が、始まっていた。それも同じ展開。
 違うところは……、
 凍結解除を行使しようとするフェルステークと、妨害する光。そのうえ、光の身体は徐々に虚数空間へと近づいていくではないか。
「やめ……やめろっ!!」
 光は応えない。全ての神経を虚数空間に進むことだけに向けている。
 凍結解除すら忘れ、フェルステークは叫んでいた。
 やめろと叫び、脅し、怒り、哀願する。
 その中を光は、確実に進んでいた。
 
 
 
 
 
 やがて虚数空間は閉じる。
 フェルステークはこの世界を去った。
 ヴィータとはやてが同時に泣き出した。
 そこに、光はいない。
「帰ってきます。必ず帰ってきます!」
 シャマルは二人に、己の手を突きつける。
 指先に巻かれたそれを、見せつける。
「約束しました」
 シャマルの指先には、古代ベルカの求婚の証が。
「光さんは、必ず帰ってきます」
 
 
 
 
 
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