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○年後
 
 
 
 それじゃあ、そろそろ行くね。
 そう言ってフェイトが腰を上げると、ルーテシアとエリオもそれに続く。
 エイミィは、ルーテシアに手を引かれた子供に手を振った。
「じゃあね、ゼストくん」
 ルーテシアとエリオの長男の名はゼストという。ルーテシアが付けた名前であり、エリオもそれには快く賛成したものだ。
 ちなみにルーテシアは「二人目はジェイルがいい」と主張し、エリオは猛反対中である。
「うん、おばちゃん。またね」
「こら、ゼスト。エイミィさんでしょ?」
「いいのよ、ルーテシア。だって、おばちゃんだもん」
 エイミィは笑い、ゼストの頭を撫でる。
 確かに、この中では自分が一番の年上だ。だから、おばちゃんと呼ばれるのは仕方がない。……と、頭では思っている。
 それにしても……
 フェイトたちを見送りながら、エイミィは心の中で小さな溜息をつく。
 昔は全く気にならなかったのだけれど、今となってみると本当に驚く事ばかりなのだ。
 二人と並んで歩くフェイトは、同じ年頃の三人に見える。確かフェイトとルーテシアの年齢は10ほど離れていたはずだ。
 つまり、フェイトは確実に年相応の老け方をしているエイミィの年下に見られるという事なのだ。
 いや、それはまだいい。エイミィとフェイトのさほど大きくない年齢差を考えれば、そういう事もあると自分を慰める事もできる。
 問題は、さらに一つ上の世代である。
 リンディ、そして結婚式で一度しか出会っていないが、ルーテシアの母親であるメガーヌ。
 訳あって数年間肉体の時間を停止されていたメガーヌはまだしも、リンディの外見年齢は無茶苦茶である。
 そしてリンディの親友。レティ・ロウラン、高町桃子の二人も外見は未だに結婚適齢期前後、新妻と言っても充分通用する姿なのだ。
 さらにはフェイト、なのは、はやて。この三人も年を取っているようには見えない。六課時代の姿スタイルをそのままキープしているのだ。
 仕事柄デスクワークの多いはやては他の二人に比べるとややぽっちゃりしてきたような気がしないでもないが、まだまだ充分に許容範囲だ。
 エイミィの周りには、まともに歳を取っていく女性は皆無である。
 何故だろう、と思っても、疑問は解決しない。
「リンカーコアなのかな」
 それだと、桃子が謎になる。もっとも、あの高町なのはの母なのだ。実はリンカーコアを持っていましたと言われても誰も驚かないだろうが。
「気にしても、仕方ないんだよね」
 年相応に見られる事自体は別に嫌ではない。フェイトやリンディがいつまでも若い姿でいる事にももう慣れた。
 ただ、一つだけ気になるのは夫であるクロノだ。
 クロノは自分をどう見ているのだろうか。
 仕事上でもプライベートでも、クロノの周りには女性が少なくない。その誰もが、魅力的であり、かつ、なかなか老けないのだ。
 例えばカリム、はやて、なのは。義妹とは言えフェイト。
 二度目の溜息が出た。
 翻って自分。
 年相応の皺や弛みができている。仕方ないのは理解している。だけど、クロノの目が気になる。
 ……どうしてこいつは老けるのが早いんだろう?
 違う。自分が早いんじゃない、他の人たち、クロノの周りにいる女たちが異常なのだ。
 そんな、周りに失礼な事を言ってでも自分を弁護したくなる。それくらいに、事態は深刻なのだ。 
 
 
 クロノが帰ってくると、珍しく部屋の電気が消えていた。
 数年前に寮に入るといって家を出た子供たちがいない今、家にいるのはエイミイとリンディだけ。リンディは数日前から旅行に出かけている。
「エイミィ?」
 出かけているわけがない。鍵は開いていたのだ。
「シャワーでも浴びてるのか?」
 声をかけても返事はない。
 それでも、名前を呼び続けながら、奥へと入っていく。
 エイミィは居間に座っていた。
「何やってるんだ?」
「あ、クロノ?」
「どうしたんだ、灯りもつけずに。なにか、あったのか?」
「ううん、何もないよ。さ、ご飯作ろうか」
「エイミィ」
 立ち上がろうとしたエイミィの手をクロノは握りしめる。
「何があったんだ。僕に、言えない事なのか?」
「何もないってば」
「嘘が下手になったな。エイミィ」
「結婚したからね……鈍っちゃったんだよ」
 その口調にクロノは何を感じたのか、エイミィを引っ張るようにして抱え込む。
「らしくないよ」
「ごめんね」
 今度こそ、クロノはまじまじとエイミィの顔を見る。まるで、初めて会ったかのように。
「なに? クロノ」
「らしくない」
「え?」
「本当にらしくないよ、エイミィ」
 驚いたように、エイミィはクロノの顔を見つめ、やがて言った。
「……本当に、なんでもないよ」
 
 
 食事の支度をしながら、エイミィはクロノの視線を感じていた。
 さっきの自分はどうかしていた。自分でもそう思うのだ、クロノにしてみれば何がなんだかわからないだろう。
 あまりにも、自己憐憫が酷すぎる。
 だけど。
 フェイトたちを見ていると、追いつめられていくような自分もいる。
 自分だけが取り残されて。
 クロノにもいつか置いて行かれて。
 一人になって。
 駄目だ。行きすぎにも思える暗い想像が消えない。
「あ、そういえば……」
 クロノが口を開いた。
「今日はフェイトたちが来てたんじゃないのか?」
「あ、うん」
 振り向かず、エイミィは答える。
「元気そうだったよ、フェイトちゃんも、エリオ君も、ルーテシアちゃんも、ゼスト君も」
「晩ご飯、一緒にすれば良かったのにな」
「そうだね。でも、四人でこれから行くって言ってたから」
「ふーん。そうか、残念だな」
「会いたかった?」
 何を聞いているのだろうか、自分は。いや、何を聞くつもりなんだろうか。
「そりゃあ、久しぶりの義妹だし。会いたかったに決まってるじゃないか」
「フェイトちゃん、美人だもんね」
「んー、そうだな。そういえばアイツもなのはも、まだ相手がいないんだなぁ、あの器量で。はやてはさっさと結婚したのに……。そういえば、カリムもまだだな……。未婚者が多いな、この界隈は」
「気になるんだ。あの人たちの事」
「友達だからな」
「みんな、美人だもんね。若いし」
「エイミィ?」
 調理の手が止まった。
 ナニヲイッテイルノ? ワタシハ?
 
 
 静かに始まる食事。
 味気ない食事。内容の問題ではない。これは気分の問題だ。
 クロノはフォークを置いた。
「エイミィ、言いたい事があったらはっきりと言って欲しい。僕が何か気に障る事をしたのなら謝るよ。いや、きっとしたんだろう。僕は、昔から人の機敏にそれほど気が回る方じゃなかったから、きっと君にいらぬ心配や負担をかけているんだと思う」
「それは……ないよ」
「フェイトと何かあったのか?」
「フェイトちゃんは悪くないよ。悪いのは私」
 首を傾げるクロノにエイミイは静かに言う。
「馬鹿みたいなこと、考えてたの」
 問いかけたクロノに、エイミィは答える。
「私、結婚してから変わった?」
「ああ、変わったよ」
 間髪入れず答えるクロノに、エイミィは寂しげな笑いを見せた。
「そうだよね……」
「ああ、エイミィ。もしかして、何か勘違いしてるのか?」
「え?」
「僕は変わったとは言ったが、悪くなったとは言ってないぞ」
「老けたんでしょう?」
「年は取った。けれど、それは僕も同じだ」
「フェイトちゃんも、なのはちゃんも、はやてちゃんだって……カリムさんだって……みんな綺麗なままだよ」
「そうだな、彼女たちは年を取ってるようには見えない。いまだに、管理局では美人で通っている」
「ごめんね、私だけ」
「おい、エイミィ」
「私だけ、おばちゃんに……」
「エイミィ!」
 やおら立ち上がるとテーブルを回り込み、クロノはエイミィの手を取った。
「はっきり言っておく。一度しか言わないぞ……僕は君と結婚した。フェイトでもなのはでもない。なぜだと思う?
 問うて答えを待たず、クロノは一気に言う。
「君が一番好きだからだ。フェイトよりも、なのはよりも、君が一番好きだ。年を取ったとしても、君が一番好きだ」
 沈黙。そして赤面。エイミィの目が真ん丸に見開かれている。
「結婚して何年になる。まだ、気付いてなかったのか? 君も、存外に鈍いんだな」
「だって、クロノ、そんなの一回だって……」
「言わなくてもわかってくれると思ってた。その点は、僕がバカだった。すまない。言葉にして伝えるべきだった」
 座ったままのエイミィの肩に頬を乗せるように、クロノは頭を傾けていた。
 引き寄せるように首を回させて、やや強引な口づけ。
「だから、言葉じゃなくて、行為で示そうと思う」
「クロノ、あの、でも……」
「強引な僕は嫌いかな?」
「……バカ」
「睨むと、目尻に皺ができるようになった?」
「そんなこと……」
 クロノは口づける。
「だとしても、僕と過ごした時間の証拠だ」
「お腹だって、弛みはじめるよ。怠けてるよ」
「幸せな証拠だ。飢えた人間は弛まない」
 クロノはわざと、エイミィのお腹を摘む。
「君が幸せだった証拠だ。怠惰の証なんかじゃない」
「魅力無くなった?」
「君がエイミィ・ハラオウンである限り、それは絶対にあり得ないな」
「あのさ」
「ん?」
「クロノと結婚して良かったって思ってる」
「今頃気付いたの?」
「ううん。ずっと気付いてたよ。ただ、忘れてただけ」
 エイミィは立ち上がり、クロノを一旦自分から引き離す。
 クロノの視線は外れない。
「エイミィ……」
「クロノ……」
 笛吹ケトルのけたたましい音がした。
 食後のコーヒーのために湧かしていたものだ。
 二人ははっと我に返り、互いの顔を見る。
「ご飯。食べちゃおうか」
「……そうだな」
 
 何故かその日の食事のは、互いを意識しすぎてぎこちなかったという。
 
 
 
 
 
 
あとがき
 
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