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オーディション
 
 
 
 ヴァイス・グランセニックは、その夜もいつも通りに寝酒をたしなんでから眠りについた。
 なにか、いつもと酒の味が違うような気がしたけれど、気のせいだと思った。
 
 気のせいじゃなかった。
 気がつくと、見知らぬ倉庫のような一室に後ろ手に縛られて転がされていたのだ。
 部屋は暗くてよくわからないが、自分以外の誰かがいることは雰囲気でわかる。
「誰かいるのか?」
 ヴァイスはその男に声に聞き覚えがあった。たしか……クロ……
「はいはい、静かにね」
「その声……なのはなのか?」
「はいそこ、喋っちゃ駄目」
「フェイト!?」
「だから喋っちゃ駄目だって、クロノ」
 鈍い音。そして広がる静けさ。ヴァイスは口を閉じることにした。
 次の瞬間、ライトが煌々と照らされる。眩しさに目を細めながら、ヴァイスは周囲の人間を確かめていた。
 ヴェロッサ、ゲンヤ、グリフィス、エリオ、カルタス。全員が後ろ手に縛られている。
 そして頭に大きなコブを作って気絶しているのはハラオウン提督である。
 さらに、部屋の隅には人が一人入れる程度の大きな袋。しかも、もぞもぞ動いている。
 なんか入ってる?
「はーい、皆さんこんにちは」
 先ほどのクロノの指摘は当たっていて、そこにいるのはなのはとフェイトであった。
「ではこれから、予選を行うの」
「予選って、なんなんですか」
「フェイトちゃん、垂れ幕準備」
「ウン、できてるよ、なのは」
 二人のジャーンというかけ声とともに広げられる垂れ幕。
「輝け第一回、精子提供者オーディション」
「わー、どんどんパフパフ〜〜。なのは素敵〜〜」
「えっと、すいません。なのはさん、フェイトさん、お酒入ってますか?」
「珍しいことに二日連続の休みが取れたので美味しいワインをフェイトちゃんと一ダースほど空けたけれど、この上なく素面なの」
「あんたたち完全に酔ってるよ!!」
 ちっちっちっ、と指を振り、二人は語り始める。
 ヴィヴィオには弟か妹が必要だと思いました。
 だけど、女同士では子供が作れません。
 プロジェクトF・A・T・Eは問題外。
 クローン&戦闘機人? ふざけるな。
 だったら、精子を提供してもらって子供を作ろう。優秀な男性の精子だったら子供も優秀で文句なし!
 何しろ聖王ヴィヴィオの弟か妹になるわけだから、それなりに優秀な子じゃないと困る。
「というわけで、精子提供者をあまねく募集します」
「いや、これどう考えても強制だからっ! 第一、なのはさんにはユーノさんがいるでしょうに!!」
「それは、語るも涙、聞くも涙の悲劇なの。ねえ、フェイトちゃん」
「うん。初めて聞いたときは私も爆笑したものだよ」
「爆笑かよ!」
 
 一時期、なのはの故郷の次元世界でフェレットとして暮らしていたユーノ。
 しかもなのはとは同居の身。家族には単なるフェレットと思われていたけれど、それでもユーノは幸せでした。
 だけど、家族から見たユーノは単なるフェレットなのです。
 それでも、そのフェレットは雄です。フェレットとはいえ雄なのです。
 娘、あるいは妹。その部屋に寝起きする雄など、彼らには言語道断な存在なのです。
「いかん! 男と同じ部屋で寝るなんて!」
「お兄ちゃん、ユーノ君はフェレットだよ?」
「いや、恭也の言うことももっともだ」
「お父さんまで」
 恭也は一瞬で間を詰めると、ユーノを握る。
「父さん。なのはの部屋に男は絶対に駄目だ」
「うむ。やることは、一つだな」
 はさみを取り出す父、士郎。
「お、お父さん! お兄ちゃん!」
「切る!」
「何をーーー!!」
 なんとかユーノを奪回したなのはでしたが、ユーノはそれ以来、なのはと相対して良い雰囲気になるとそれを思い出してしまうのです。トラウマです。
 ぶっちゃけ、対象限定の不能である。
 
「いやぁ、何度聞いても笑えるね、この話」
「フェイトさん、あんた人の皮を被った鬼だねっ!!!」
「ううん。皮を被ってたのは、ユーノの使えないおチンチンだよ?」
「おい。誰か、この女なんとかしろ」
「無理ですよ」
 涙目のエリオがしみじみ言った。
 と、そのとき突然、外から聞こえる怒鳴り声。
「ぐぉるぁ!!! 開けんかい! 中におるのはわかっとるんじゃあ!!!」
「主はやて、お退きください、ドアを破壊します」
「はやてちゃん、落ち着いて」
 ヴァイスは思わずゲンヤを見る。
「……あんな下品な言葉遣いの女なんて知らね。なぁ、グリフィス」
「当然です、あんな下品な部隊長なんて存在しませんから」
「いや、シグナム姐さんとシャマルさんの声も聞こえるんですけど」
「あの、あれだ。そっくりさんだよ。仏像マニアとか、生徒会執行部長とか」
「両方とも女子高生じゃねえか、ハーレムじじい」
 そうこうしているうちに今度は、まるでシュベルトクロイツで金属壁を叩いているような音が聞こえてくる。
「ゲンヤさん返せぇ!!! 他はあげるから、ゲンヤさんだけ返さんかーーーい!! ゲンヤさんの種は私のものやぁ!!」
「……はやて、必死だよ。どうする、なのは?」
 溜息混じりに尋ねるフェイトに、なのは呆れたように答える。
「もてない女はしつこいの。これだから異性愛者は困るの。仕方ないから、ゲンヤさんは返すの。考えてみたら、スバルやギンガみたいな大食いが生まれたら困るの」
「今何言うたーーーー!!! 聞こえてるで、なのはちゃんーーー!!!」
「ちっ。地獄耳め。ま、いいの。フェイトちゃん、お願い」
「わかったよ、なのは」
 ゲンヤをぶら下げて、別の出口から出て行くフェイト。
 少しすると外の騒音は止み、フェイトが戻ってきた。
「話はついたよ。他のメンバーは好きにしていいって」
 隊長、ひどすぎます。
「でも、そろそろエイミィも気付くんじゃないかな」
「やっぱり妻帯者はまずかった?」
「うん。いくらエイミィでも、クロノの種は分けてくれないと思うよ。クロノはどうでもいいけれど、エイミィとは喧嘩したくない。ごはん、美味しいから」
「じゃあ、クロノ君もいいや。フェイトちゃんお願い」
「うん」
 今度は提督を抱えて出かけていき、少しして帰ってくるフェイト。
「さて、残りから選ぼうか、なのは」
「そうだね。あれ? ちょっと待って、フェイトちゃん。知らない人がいるよ」
「……本当だ。間違えたのかな」
「いや、あの、俺、ほら、陸士の……」
「ごめんなさい、知り合いと間違えたみたい」
「いや、一応知り合いですから。俺、カルタスですから!」
「知らない名前なの」
「ギンガさんと一緒にいたでしょ!!」
「ギンガはいつも独りぼっちなの」
「こらこらこらーーーっ」  
 あっさり捨てられるカルタス。
「気を取り直して」
「飲み直そうか」
「まだ飲むのかよっ! って、ワイングラスも無しに……ラッパ飲みですかーーー!!!」
「ヴァイス陸曹! あれを見るんだ」
「なんですか、グリフィスさん……って、あれはっ!!」
「ワイングラスとかボトル一気飲みとか言ってる場合じゃないぞ……」
「あれは………紛れもない……」
「ああ、どうみても、ワイン樽だ」
「うわっ、フェイトさんが樽持ち上げた!!」
「飲んでる! 樽から飲んでるよ!!!」
「あんたらどんだけ酒豪だよっ!!!!」
「なのはさん二樽目に行ったぁっあああああっ!!」
 男たちの絶望の叫びを余所に、あっけらかんとした声が壁の辺りから。
「あ、こんちわ」
 壁を抜けてやってきたのはシスター服のセイン。
「なんだか、ヴェロッサを迎えに行って来いって言われたんだけど……。連れて行っていいよね?」
「誰に言われたの?」
「えーと、騎士カリムとシスターシャッハとオットーとディード」
「……セイン、一番下っ端なんだ……」
「ち、違うよ!! 下っ端なんかじゃ……………オットーとディードは腐っても騎士カリム付きだから、シスター見習いのあたしより格が上だとか……」
「あ、セイン、泣いてる」
「泣いてないよっ!! 最近、オットーとディードが本気であたしがお姉ちゃんだって忘れてるとか……そんなこと、全然……ひっく……ない……えぐっえぐっ」
「セインが泣いてるの」
「……ユーノのトラウマ話ほどじゃないけど、これはこれで面白いね」
「フェイトさん、どんだけ鬼畜なんだよ!!」
「あ、エリオくんが目をつぶってなんか呟いてますよ?」
「……フェイトさんは優しい人、フェイトさんは優しい人……フェイトさんは優しい人……」
「確実にトラウマ作ってるな、これ」
 エリオのトラウマ造りを余所に、泣きながら、それでもしっかりとヴェロッサを連れて帰っていくセインだった。
 
「さて、残りは三人に絞られたね」
 大地が揺れる。
 巨竜の雄叫びが聞こえる。
「なのは、何か聞こえた?」
「なんにも」
「いや、どう考えてもヴォルテールの雄叫びと、地雷王の地震ですよ!?」
「つるぺたロリっ子に参加の資格はないの。帰ってもらうの」
「馬鹿なっ! つるぺたは正義! ロリっ子は人類の宝ですよ!」
「……グリフィス君にも帰ってもらおうか」
「そうだね。ロリは死すべきだね」
「ロリは死すべきなの」
 二人の会話を聞くヴァイスは冷や汗をかいていた。この調子だと、残るのは自分。
 キャロとルーテシアがエリオを奪回し、ロリ鬼畜眼鏡が追い出されたら残るのは自分だけである。
 この二人に精子を提供するのは勘弁である。男には男の意地がある。
 男として。
 兄として。
 兄として。
 兄として。
 …………シスコンですけど何か?
 誰もいない空間に問うてみたとき、壁が崩れて外の空間が見えた。
 そこには、ヴォルテールとフリードとガリューと地雷王と白天王がひしめき合っていた。
「エリオ(くん)を返して!」×2
 なぜかグリフィスが満足そうな、慈しむような目で二人を見ていたりした。
 
 結局、グリフィスとヴァイスが残された。
「ロリは困るね。立たないよ。私たちの魅力が通じない相手だよ」
「……十年前なら見事に通じてたのに……」
「そうだね。あの頃なら向かうところ敵なしのロリだったよね」
「天真爛漫。影有りトラウマ持ちパツキン露出狂。さらにはマニアックな車椅子少女萌え兼関西弁少女萌えまで」
「なのは、それ違うよ、露出狂じゃないよ。まじまじと見られたら恥ずかしくて、ちょっと気持ちよかっただけだよ」
「フェイトちゃん、それを露出狂って言うんだよ」
「知らなかったよ。さすがなのはは物知りだね。ご褒美にワインもっと飲んでいいよ」
「もう飲んでるの。それにしても、永遠のロリータ騎士ヴィータなら魅力が通じてたのにね」
 ここでグリフィスが激しくうなずき、レイジングハートで殴られる。
「このロリ野郎はどうするの?」
「シャーリーが欲しがるかも知れないよ」
「じゃあ命は助けようか」
「そうだね」
「じゃあ、こっちは?」
 ヴァイスは後じさりしようとするが、縛られていてはうまくいかない。
「待て。俺はあれだ。ほら、男としては色々あれなんだ」
「精子提供者にはなりたくない?」
「そんな得体の知れない実験に……」
「直接体内に提供するとしたら?」
「是非協力させてください」
 バルディッシュで殴られた。
「やっぱり男は獣だったね、なのは」
「うん。よくわかったよ。保険を準備しておいてよかったの」 残った袋を開く二人は、そこから最後の犠牲者を引きずり出す。
「さあ、女同士でも子供作れる方法を開発してもらうの」
「無理だとか言ったら、クローン百体作って全部神経繋いで百回殺すからね?」
「ごめんなさいごめんなさいこめんなさいこめんなさい…………」
 引きずられていくスカリエッティの姿を見ながら、ヴァイスの意識は薄れていった……
 
 
 
 翌日。酔いの覚めた二人の二日目の休暇は、関係方面への謝罪に費やされたという。
 ちなみにその数年後、本気で開発したスカリエッティによって、女同士でも子供が作れる方法が確立されたという。
 
 
 
 
あとがき
 
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