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八神家盗撮事件
 
 
 
 それは、八神家がクラナガンへの引っ越しを正式に決めて数週間後のこと。
 夕食の支度を始めようとするはやてに、シグナムが深刻な表情で言う。
「主、お見せしたいものが」
 その手に持っている写真に、はやては首を傾げた。
「それ、なんやの?」
「この家の天井裏で撮ったものです」
「撮ったって、シグナムが?」
「は、はい。テスタロッサに勧められて…」
 フェイトがシグナムに何かを勧めてたのはこれだったのか、とはやては悟った。考えてみれば、フェイトはなのはと離れている間はビデオレターをやりとりする仲だったのだ。機器の操作には詳しくなったのだろう。それが高じて、今では写真が趣味の一つなのかもしれない。
 いや、フェイトのことだ、執務官の任務には必要になる、とか思っているのかもしれない。
 そこまで考えて、はやては心の中で笑った。
 しかし、写真をもう一度見たところで笑いは消えてしまう。
 写っているのは紛れもなく…
「これって……カメラやの?」
「直接に触れてはいませんが、可能な限り近づいてこの目で確かめました。間違いないようです」
「なんでこんなもんがうちの天井裏に?」
「それはまだわかりません」
「どうやって見つかったんや?」
「実は、引っ越す前に清掃を考えていまして……」
「清掃?」
 うなずくシグナム。
 引っ越す前に、立つ鳥跡を濁さずと言うことで念入りに掃除をしていこう、とヴォルケン四人で決めていたらしい。そして、害虫駆除の必要があるかと天井裏を調べていたところ、これが見つかったのだ。
「これ、一つだけなんか?」
「今日見つけたばかりのものです。他にあるかどうかはまだわかりません」
「…皆で探して。あと、これと同じものを探して、その性能を調べて」
「わかりました」
 ヴィータ、ザフィーラ、シャマル、そしてリィンが家の中をくまなく捜索する。
 見つかったのは……
 はやての寝室から二つ。
 台所には二つ。
 居間に二つ。うち一つはシグナムがすでに見つけていたものだ。
 浴室にも一つ。
「こんなん、いつの間に仕掛けられとったんや……」
 なんで気付かなかったのだろう。はやては暗然たる思いに囚われていた。こんなことに気づかないようでは、自分の魔法使いとしての適正もしれているのではないだろうか。そんな風に考えてしまうのだ。
「我らが迂闊でした」
 それでも、はやては気に病むシグナムに言う。
「しゃーないわ。これ、完全にこっちの世界の技術だけしか使うてへん。魔法探知だけじゃあ見つけようがないわ。盲点やったな」
「主はやて、気になることがあるのですが」
 二人の会話がいったん止まったところで、ザフィーラが声をかけた。
「仕掛けられたという形跡がないのです。正確には、仕掛けられたというよりも、この家が造られたときからそこに存在していたとしか思えないのです」
 つまり、何者かが侵入してカメラを隠したのではなく、あらかじめカメラが設置されていたということらしい。
「……主、たしかこの家は…」
「グレアムおじさんが、バリアフリーで住みやすいから引っ越すように、言うて提供してくれた家やけど……」
 まだ、闇の書が目覚めていなかったとき。ヴォルケンリッターも目覚めていないときである。両親と歩行能力を失って途方に暮れていたはやてに、父親の親友だと言って手をさしのべたのがグレアムだった。
 もちろん、当時のはやてにグレアムの正体がわかるわけがない。
 日本に滞在していた頃の自分の家をリフォームしたものだとグレアムに言われ、ついでに管理人もかねてほしいと言われてはやては素直に従ったのだ。
 それが、まさかこんなことになっていたなんて。
「グレアムが…?」
 シグナムの呟きに、ヴィータが唸るように言う。
「とんだ変態野郎だった訳か…」
「……そうとばかりは言えんかもしれんぞ」
 ザフィーラの言葉に、はやてはうつむき加減だった顔を上げる。
「どういうことや? ザフィーラ」
「主はやてが我らと出会うこと、闇の書の主として目覚めること。それを監視していたのではありませんか?」
「だったら、今はいらないはずでじゃない? はやてちゃんが夜天の主だというのは、もう周知の事実なのだから」
 シャマルの言うとおりだった。今更監視される覚えはないし、監視する必要もないはずだった。
「カメラを撤去していないだけかもしれないわね。どんな理由にしろ、盗撮して監視していたなんて褒められたものじゃないんだし」
「あー、それが…」
 ヴィータが決まり悪そうに言った。
「カメラ、まだ動いてるみたいなんだ。定期的に、無線でデータを飛ばしてるみたいで」
「まあ、それじゃあ…」
 はやてが大きくため息をつく。
「……シャマル? 引っ越し先…クラナガンの新しい家のことやねんけど…どうやって探したんやったっけ?」
「はい、リーゼロッテさんとリーゼアリアさんが協力を……あっ」
「怪しさ大爆発やな……。ザフィーラ、シャマル、先に行って調べてくれへん?」
「御意」
「わかりました」
 そして、シグナムとヴィータが残される。
「どうするおつもりですか? 主はやて」
「どうって?」
「グレアムのおっちゃんだよ」
「……悩むとこやな…」
「なんでだよっ」
「お世話になったんは事実や。おっちゃんがおらんかったら、あたしは確実に路頭に迷ってた」
「だけど、それは向こうの都合じゃんか! 足が悪くなってたのだって、闇の書が…」
「そのかわり、ヴィータらに会えたやん?」
 あっさりと返すはやてに、頬を染めるヴィータ。
「そ、そりゃ、そうかも知れないけど……」
 シグナムが後を引き取った。
「主が我らのことをそのように考えて下さること、騎士の誉れに尽きます。しかし、放置して置くわけにもいかないと思いますが」
「そやな……なんぼなんでも盗撮はやりすぎやな…」
 まあ、あれもこれも、あたしが薄幸の美少女やったんがあかんのやな、おっちゃんを迷わせてしまったんやな、と真面目な顔で言うはやてに、シグナムとヴィータは顔を見合わせた。
 
 
 翌日戻ってきた二人によると、案の定新居にも仕掛けられていたらしい。
「とりあえず仕掛けられたままにしておきましたが…」
「ん、おおきにな。後はあたしがやるから、もうええよ」
「何をするつもり? はやてちゃん」
「明日、あたし一人でおっちゃんに会ってくる」
「主!」
 シグナムが表情を変えていた。
「危険です。相手は……その……破廉恥な盗撮魔なのですよ?」
「大丈夫や。話し合いに行くだけやから」
「しかし…」
「容疑はかなり濃いけれど、盗撮魔と決まったわけやない。疑わしきは罰せずやで」
「しかし主…」
「くどいで、シグナム。一人で行く言うたら一人で行く」
 主の言葉にはこれ以上逆らえない。シグナムは引いた。しかし、断固として一つの意見は通す。
「……何かあれば、すぐに連絡を。我らは念話が聞こえる範囲に待機します」
 さすがにそこまで押しととどめることはできそうにない。はやてはうなずいた。
「心配かけてごめんな、みんな」
 
 
 
 はやてを案内するのはリーゼ姉妹。はやてはあえて、用件を切り出さずに案内を請うた。
 カメラの発見は知られている。とはやては考えていた。だから、何も言わなくても用件はわかっているだろう。
 できれば穏便に済ませたい、とは思っている。グレアムへの恩義は確かにあるのだ。
 客間に案内され、グレアムと二人きりになったところではやては切り出した。
「もう、気付いてはるんですね?」
「ああ、いずれはこの時が来ると思っていた。しかし、てっきりヴォルケンリッターを率いてくると思っていたが…」
「事を大きくする気はありません。それに、いくらあの子らでも、ここの使い魔には苦戦するでしょうし」
 負ける、とは言わない。現に一度は負けているにしろ、二度目の負けはない。はやては言外にそう言っていた。
「……ただ、ショックでなかったといえば嘘になりますけれど」
 グレアムは答えず、無言ではやての言葉にうなずいている。
「海鳴の家やったら、わかります。闇の書の覚醒を観察していた。それが充分な理由になります」
 せやけど、とはやては続けた。
「ミッドの新居にカメラが仕掛けられているのは、どう考えてもおかしな話ですよね」
 小さく、ふむ、と呟き、グレアムは座っていた安楽椅子から立ち上がる。
「確かに。今の君の言葉に間違いはない。逆の立場だとすれば私も疑うだろう」
「疑う…?」
 つまり、はやての思っていることは間違いということなのだろうか。
「一つ、君は思い違いをしている」
「思い違い…ですか?」
 はやての予想外の展開だった。まさか、これほどの証拠を突きつけた上での結論が思い違いだと言われるとは。
「君は、私が盗撮していると思っているんだね。君を…八神はやてを」
「状況証拠から見て、そうとしか思えませんが」
「それは認めよう」
 グレアムは窓の外を眺めている。
「まず、海鳴に仕掛けていたのは闇の書の覚醒を監視するためだ。それは理解してもらえるだろう」
「はい」
「無論、それは君たちの生活を監視することになった。ヴォルケンリッターが現れた後も、闇の書の収集ペースを知るために監視は続けなければならなかった」
 グレアムは説明を続けた。
 そして、八神家の生活を眺めているうちにいつしか別の感情が芽生えている自分に気づいた。だからこそ、ミッドの新居にもカメラを仕掛けてしまったのだと。
「それじゃあ、やっぱり」
「話は最後まで聞きたまえ。八神はやて、君はもうすぐ中学を卒業するのだろう?」
「は、はい」
「問題はそこにある」
「よくわかりません」
「君もいずれ年をとる、私のようにね」
「それはわかります」
「たが、当面の問題は、君がこれから大人になっていくということだ」
「はあ…」
 はやては首をかしげる。いったいどういう事なのだろう。
 グレアムは小さくため息をつくと、はやての方に向き直った。
「単刀直入に言おう」
「はい」
「ババアいらない」
「は?」
「だから、ババアいらない」
「え?」
「女は十二歳までだよ。それすぎたらババアだから」
「はあ?」
「だから、いらないの」
「え、あ、あの」
「確かに何年か前までは君を見ていた。それは認めよう。だが、もう見てないから」
「……」
「私が今見てるのは、ヴィータたんだから。いいよね、成長しないって。成長されると興ざめだし」
「……」
「だから、ミッドに引っ越してからはヴィータたんしか興味ないから、ヴィータたん希望。ヴィータたん萌え」
「きしゃーーーーーーーーーー!」
 
 
 
 その後、グレアム邸が謎の出火で燃え落ちたのは、はやてがシグナムに命じたわけではない。
 多分。
 
 
 
あとがき
 
 
 
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