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(スバルのモノローグ)
 
ナンバーズの更正施設でギン姉は言った。
「動物を飼うのは情操教育にいいの」
だから、ニワトリがいた。
チンクが餌をあげていた。
それを見て、あたしは思ってしまったんだ…
 
……ああ、今夜は鳥鍋がいいな。
 
 
魔法少女リリカルなのはEaterS
始まります
 
魔法少女リリカルなのはEaterS
3「鳥鍋〜メリーさんは羊」
 
 
 
 スバルが一歩、距離を詰めた。
 チンクがそれに応じるように一歩下がる。しかし、チンクが下がれるのはここまで。これ以上は壁に阻まれて下がることなどできない。
「スバル……チーコちゃんに何をする気だ」
 チンクが鶏を背後に庇いながら言う。
「チーコ? もしかして、チンクの子だからチー子?」
 チンクは答えない。
 スバルは再びツッコミたいのを押さえて、冷静に言う。
「何をって…食べるんだよ」
「あっさり言うな」
「……た……べ……る……」
「いや、じっくり言い直すな。とにかくチー子ちゃんは私のペットだ。お前に食わせる気はない」
「家畜だし。食材だし。独り占めは良くないよ?」
「そもそも食べるつもりはない」
「そもそもニワトリは食用だよ?」
「最初はそうだったかもしれない。しかし今は私にとって可愛いペットだ」
「あたしにとっては美味しそうなチキンだから」
「知るか!」
 チンクがナイフを取り出したのを見てスバルは構え直す。
 一応、ランブルデトネイターの使用…というか、ナンバーズのISはここでは封印されているはずだ。しかし、ナイフを投げるだけなら別に関係ない。そして、チンクのナイフ投げは一流だ。
「いいか。チー子ちゃんに何かしてみろ。絶対に許さんからな」
「うん。わかった」
 ここに来るまでに鶏小屋の存在は確認している。小屋があるということはニワトリの総数は一羽や二羽ではないのだ。チー子ちゃん以外にもニワトリはたくさんいるだろう。
 この程度で鳥鍋を諦めるスバルではない。そんなことではストライカーの名が泣こうというものだ。鶏の一羽ぐらい自由にできなくて要救助者が救えるわけがないっ!!
 早速、鶏小屋まで行ってみると、数羽のニワトリがウェンディ達にエサを貰っていた。
「やぁ、ウェンディ」
「スバル? 今日は特別講義の日だったっけ?」
「ううん。今日はギン姉の頼まれじゃなくて、自分の用事できたの」
 ニワトリが一羽欲しいと交渉し始めると、ウェンディと一緒に世話をしていたセインが難しい顔になる。
「持っていって、どうするつもり?」
「うん。鳥鍋にしたいなと思って」
「鳥鍋……。鳥鍋か…」
「そうだよ。セインも食べる?」
「いや、このニワトリたちはチンク姉が大事にしているから、多分勝手に始末はできない。卵くらいならチンク姉も何も言わないだろうけど」
「卵も美味しいけどね。ヤッパリお肉だよ」
「肉ッスか!?」
 肉という言葉に敏感に反応するウェンディ。
「そっかあ、こいつらって、肉だったんスね。卵を食べるために育てているのかと思ってたっス」
「あれ? チキンって知らなかった?」
「いや、チキンは食べた事あるッス……でも、肉になる前はこんな姿なんスね。もっと、大きいものかと思ってたっス。フリードくらいかなあって」
「……それは食べ甲斐がありそうだね…」
「ヴォルテールや白天王くらいだと、もっと食べ甲斐があるッスよ」
「それは人類の夢だねぇ……」
「でも、チンク姉の鶏だよ…?」
 ようやく顔を上げたディエチが心配そうに言う。
「ディエチは心配しすぎだよ。チー子ちゃん以外なら、多分大丈夫。それに、地鶏は美味しいよ?」
「うん。美味しいモノは食べたいけれど、チー子ちゃんは渡せないよ」
「え? チー子ちゃんはチンクさんが向こうで守ってるけれど」
 首を傾げるスバルにウェンディが、一羽の鶏を持ち上げながら言う。
「あ、きっとそれはチー子ちゃん一号ッスよ」
「は?」
「これがチー子ちゃん二号ッス」
「こっちがチー子ちゃん三号、それが四号、それから五号、六号…いや、七号か」
 チー子ちゃんはたくさんいた。というより、ニワトリは全部チー子ちゃんだった。
 つくづくナンバリングで名付けることが好きな連中だ、とスバルはしみじみ思う。
 しかし、これだけいれば一羽くらい食材にしてしまってもわからない。ともスバルは思った。
「いや、多分すぐばれると思う」
「そうッスよ。チンク姉は徒者じゃないッス」
「万が一の時は…」
 じっと自分の拳を見つめるスバル。
「また、戦闘機人としての力を使うときが…」
「ちょ、スバル、どんだけチー子ちゃん食べたいんスか!」
「自重しろ。食欲魔神」
「セインの言う通りよ、スバル」
 背後から聞こえてきた、よく知っている声に振り向くスバル。
「ギン姉!」
「チンク姉とギンガさん?」
 チンクとギンガの姿に驚く三人。
 ギンガは大きく溜息をつくと、スバルに近寄って言う。
「スバル。チンクのチー子ちゃんを食べようだなんて…」
「ギン姉…」
「抜け駆けや独り占めは駄目よ?」
 慌てるチンク。
「ちょっと待て、ギンガ」
「いいわね。私だって食べたいの。その日のために育ててきたのよ」
「待て、ギンガ」
「食べるときはみんな一緒よ」
「うーん。しょうがないなぁ」
 誰もチンクの言葉を聞かない。
「ギンガ、貴方も食べる気だったのか!」
 ギンガはチンクに向き直る。
「鶏肉はヘルシーなの」
「戦闘機人には関係ないだろ」
「美味しいのよ?」
「私の可愛いペットだ」
「貴重な蛋白源よ?」
「お前ら…」
 ギラリ、とチンクのナイフが輝く。
「いい加減にしろ。チー子ちゃんには指一本触れさせない」
 その鬼気迫る表情に思わずたじろぐナンバーズ組。
「でねチンク姉。ニワトリはそもそも食べるために育てていたはずッスよ?」
「うん。情が移って食べられなくなったって言い始めたのもチンク姉だし……」
「黙れ、ウェンディ、セイン。お前たち、姉の言うことが聞けないのか?」
 挟まれておろおろと両者を見ているディエチ。
「けんかは良くないよ」
「喧嘩じゃないッス。あたしたちは、話し合いをしようとしているだけッス」
 ウェンディの言葉に、チンクはナイフを懐にしまった。
「それなら、私も言葉だけを使おう」
「ウェンディ、セイン、ハチマキ! てめーらっ! 何してやがるっ!」
 チンクが頭を抱えた。この状況で、もっとも場をややこしくしそうな一名の声だ。
「チンク姉に手ぇ出したら、あたしが承知しねえぞっ!」
 けたたましく走り込んできたのは、当然のごとくノーヴェである。
「ディエチとギンガまで!? セインとウェンディ、ハチマキならいざ知らず、お前らまで何やってんだ!」
「いや、あのな、ノーヴェ、これはな」
「大丈夫だよ、チンク姉。あたしが来たからには孤立無援なんて事は絶対ないからな」
「うん。姉はお前の気持ちは嬉しいぞ。でもな」
「落ち着いてよ、ノーヴェ」
「あたしら、別に何も悪いことはしてないッスよ」
「そうそう。って、ノーヴェ、お姉ちゃん信用してくれないの?」
「あたしたちは、みんなでチー子を食べたいなと思っただけで」
 このとき、悲劇が起こった。
 ノーヴェは、チンクを守ると言うことに気分が高揚して喋り続けていたため、スバルの話を半分しか聞いていなかった。さらに、自分が喋り続けていたため、実際にも半分くらいしか聞こえていなかったのだ。
「あた……、みんなでチ……を食べ………だけで」
 ノーヴェの耳に入った切れ切れの断片。それを脳内で再構成する。
「みんなでチンクを食べたいだけで」
 食べる? さすがに食欲魔神スバルと言っても、戦闘機人を文字通り食べたりはしないだろう。
 ではいったい…………。
 ぴたり、とノーヴェの動きが止まった。
 食べる……何を食べるのか。
 ……まさかっ!!
 記憶に蘇る過ぎし日の悪夢。更正施設に慣れた頃に「見学」と称してやってきた八神はやて、彼女に好き放題揉み倒された屈辱の記憶。
「ふむ。ドクターもええ仕事してるなぁ。ほんまもんの乳とほとんどかわらへんよ」
 ちなみに揉み倒されたのは主にディードとディエチで、ウェンディとセインはそれなりに。そしてチンクとオットーは見向きもされなかったという。
 そしてノーヴェはと言えば……
「何すんだてめえっ!」
「うふふふふ。あたしのこの手が真っ赤に萌える! おっぱい掴めと轟き叫ぶっ! ばぁくねぇつ!」
「何だよ爆熱って、わかんねえよっ!」
「あたしの手はおっぱいを食べるためにあるんやぁっ!!」
「見てないで助けろギンガ!!」
「ごめんね、ノーヴェ。助けに行くと私も揉まれちゃうから」
「てっめえええええええっ!!」
 たくさん揉まれた。
 あれ以上のことを、このハチマキは狙っているのでは。
 いや、もしかするとウェンディたちも。
 そうだ。
 ノーヴェはにらみつけるように辺りを見回す。
 チンク姉は完璧だ。素敵だ。愛らしい。美しい。可愛らしい。
 これほど魅力的なのだ、ハチマキたちが劣情に駆られるのも無理はない。
 そうだ、自分だって正直言えば…(中略)…なんだから。
「うおおおおおおおっ!!! チンク姉の貞操はあたしが守る!!!」
「ノーヴェが一番危険ッスよ」
 ウェンディの冷静な突っ込みにうなずくディエチとセイン。
「うるせえ」
 ノーヴェは吐き捨てるように言うと、チンクの前に斜に立つ。
「いいか、このあたしがいる限り…」
「行くよ、ノーヴェ」
 何故か嬉しそうなスバル。
 ちなみにこのとき、ノーヴェにガンナックル、ジェットエッジなし。ISは封印中。
 対してスバルはマッハキャリバー、リボルバーナックル装備。さらにはAMFなんて展開されているわけもなし。
 うん。勝てる要素全くなし。
 あっさりとどこかへ飛んでいくノーヴェ。
「……やりすぎたかな」
「絶対、あのときの仕返しッスね」
「うん、仕返しだね」
「……シスターに捕らえられてて良かった……」
 ノーヴェをあっさりと吹っ飛ばしたスバルは、ニッコリ笑ってチンクに迫る。
「皆で美味しい鳥鍋を食べようよ」
「チンク姉、諦めたほうがいいっス」
「スバルは、本気みたいだよ」
「チンク姉、食用は食用として扱おうよ」
 
 しかし、チンクは強かった。瞬く間に体術のみでセインとウェンディを下し、スバルと一対一になっている。ちなみにディエチとギンガはちゃっかり中立の立場になって、二人で茶など飲んでいる。
「さすがだね、チンク」
「ふん。守るべきモノがある強さ、それを教えたのはお前達六課だろう? 今の私には守るモノがある」
 チンクの守るモノってニワトリです。後ろでコッコッコーとないて、地面つついてます。スバル側に付いた妹二人をチンクは容赦なくシバき倒してます。守るべきモノと認識してない模様。
 つまり、
 チー子ちゃん>>>>>(越えられない壁)>>>>>セイン、ウェンディ
 妹も守ってやれよ、姉。
 
 対峙したまま動かないスバルとチンクの間に入る、これまで沈黙を保っていたギンガ。
「ギン姉?」
「このままじゃ埒があかないわ。こうしましょう」
「何を言われようと、私はチー子ちゃんを諦めるつもりはない」
 しかしギンガの提案はチンクの予想を超えていた。
「絞めたニワトリの一部は収監施設に送ります」
 つまり、ドクター、ウーノ、トーレ、クアットロ、セッテの所へ。
「更正施設組からの差し入れだと言えば、喜ぶかも知れませんね」
 チンクは考える。
 なんだかんだ言って素直に受け取るドクター、姉様達(一人除く)、セッテ。
 皮肉や嫌味を言いながらもしっかり完食するクアットロ。
 様子が脳裏に浮かぶようだ。
 監獄ではないと言っても、自由に動けるわけでもない自分たちがドクター達に会いに行くことはできない。
 でも、こういう形で気持ちを伝えることは可能なのだろう。
「……せめて、姉様達に食されるのなら、本望かも知れないな」
 チンクは構えていた腕を下ろした。
「わかった。鳥鍋を作ろう」
 
 倒れたまま、がっしと手を握り合うセインとウェンディ。
「じゃあ、早速準備だね」
 ディエチは捌くニワトリを選び始める。
 そこへ、気絶しているノーヴェを引きずったオットーとディードが現れる。
「ノーヴェが突然、降ってきた」
「何かあったのですか?」
「ああ、今からニワトリを捌くんだ。ディードも手伝ってよ」
「はい」
 
 その夜、スバルは無事鳥鍋をゲットした。
 とても、美味しかった。スバル達はチンクのコケコッコブリーダーぶりを褒め称えた。
 
 姉妹揃っての夕食を終えて数時間後……。
 夜の海を見つめながら、チンクは膝を抱えて座っていた。
「チー子ちゃん……」
 やっぱり、寂しい。食べられることを覚悟していなかったと言えば嘘になる。家畜なのだ。ニワトリは立派な食肉なのだ。
 いつかは誰かの胃の腑に収まる運命だったのだ。それが他ならぬ姉妹だったことを今は喜ぶべきなのかもしれない。
 でも………
 
 メェエエエ
 
 背後に聞こえる声に、チンクは振り向いた。
「そうだな、メリーさん七号。私にはまだお前たちがいるものな」
 チンクは羊の身体を優しく撫でた。チンクがニワトリと同時に飼い始めた動物である。
 大きくなったら、羊毛を刈り取って小さなケープでも作ろうかと思っている。
 
 
 
 
 
 その頃スバルは……
 
 
 
 何故か急にジンギスカン鍋が食べたくなっていた。
 
 メリーさん逃げて。
 
 
あとがき
 
 
 
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