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 機動六課の解散後も、似たようなコンセプトの部隊は構想され続けていた。
 いかなる事態にも即応、かつ一定以上の打撃を与えることのできる部隊はやはり必要だった。そして、その意味では六課の運用試験は成功だった。しかし、六課自体の存続は問題外だった。一般への知名度は別として、管理局内部での風当たりはあまりにもに強すぎたのだ。
 レジアスの死、陸の混乱がそれに拍車をかけた。甚だしいものに至っては、八神はやてによる陰謀説を唱える者までいたというのだ。
 それは理性的対応ではなく感情的なものだった。だからこそ、はやてはその対応策をすぐに見つけることができたのだ。
 それはごく単純な手だった。
 目の敵にされているのは六課タイプの部隊やその運用そのものではない。八神はやてという個人であり、機動六課そのものなのだ。その意味では高町なのは、フェイト・テスタロッサ・ハラオウンへの風当たりは弱かった。それぞれ、六課のメンバーという以前に教導官、執務官としてのイメージが強かったためだ。なのはに至っては、実際に教導を受けた者たちは皆なのはの味方となっていた。
 ならば、八神はやてが表舞台から消えればよい。少なくとも、六課の後継部隊からは消えればよい。
 早速はやては、自分は六課の周りから身を引いた。
 そして、新部隊の設立を始める。とは言っても、実際に設立することよりも、まずはその土台固めである。そのために、偏見を逆に利用した。
 元ナンバーズへの偏見である。
 戦闘機人たちの実力は認められていたが、それはともに戦いたいという希望ではなかった。だから、はやてはその希望を汲み上げる、あるいは理解するふりをした。
 ナンバーズを管理局に編入する際に、できるだけ一つに固めるように仕向けたのだ。
 そして、現在のエリオ率いる遊撃部隊の基礎ができたのである。さらに、管理局の一部、反八神陣営がそれを後押しした形となった。
 そのころのはやては、特佐という階級を受け入れていた。
 命令系統からは完全に自由であり、独自の行動裁量を大幅に認められている。
 反八神陣営から見れば、それははやての権威を棚上げして現場に口を出させないための処置でもあった。あえて、はやてはその企みに乗って見せた。仮に反八神陣営の思惑がなかったとしても、特佐階級に付随する裁量権は捜査官としてのはやてには大きな魅力だったのだ。
 そしていつの間にか、なのはとフェイトも特佐の称号を得ていた。もっとも、フェイトに関してはそれ以前に執務官なのだが。
 まさに、お飾りにされようとしていたのである。しかしそのころ、すでにはやては現在の遊撃部隊の骨子を作り上げていた。
「エリオ君らには、トカゲのしっぽになってもらうかもしれへんよ?」
 遊撃隊ができて一月ほど経ち、運営が順調になってきた頃、はやてはエリオを訪れていた。
「トカゲ……そんなに僕たちは弱くないですよ。恐竜のしっぽ、くらいは言ってください」
「それは頼もしいな」
 エリオの肩をポンと叩いて笑うはやて。
「そう言えば、いろいろと噂は聞いてるで」
「……どうせ、ろくな噂じゃないんでしょ?」
 うなずくはやての悪魔の微笑み。
「ハーレム部隊」
「うわっ!」
「隊長補佐が現地妻」
「あうっ!」
「夜の槍使い」
「ひでぇ……」
「渾名がいっぱいあって面白いなぁ、エリオは」
「半分くらいは、どこかの特佐が付けた渾名だって聞いたんですけど……ナカジマ特佐?」
「私は何も知らんよ?」
「……フェイトさん、なのはさん。貴方たちの親友は、仔狸から立派な古狸に進化し始めています」
「なんか言うたか。初恋の人が義母な隊長さん」
「すんませんでしたぁっ!」
「わかればよい」
 
 
 
魔法少女リリカルなのはIrregularS
第二話
「オットーの呟き、ディードの溜息」
 
 
 
 ディードのISツインブレイズが文字通り伸びる。
 六課との最終決戦には間に合っていなかった刀身伸縮機能は、今ではジュニアの手によって完成させられている。
 が、伸びた双剣は目標の手前で弾かれてしまう。
 初めてではない。何度も弾かれ、そのたびに渾身の力を込めて伸ばしているのだ。それでも、弾かれてしまう。
「パワーに頼りすぎだな。当たれば相手の防御は砕けるだろうが、それなりの技を持つ相手ではいなされるだけだぞ」
 アギトとユニゾンしたシグナム。そのレヴァンティンを前に、ディードは一撃も与えられずにいた。
 いくら攻撃を加えてもシグナムにいなされ、一定以上は近づけないディード。シグナムは手詰まりになったディードを見て取ると、瞬時にシュランゲフォルムを繰り出す。
「くっ……また」
 これもまた数度目のシュランゲフォルム。しかし、ディードのようにただ数を繰り出しているだけではない。そのどれもが微妙に異なった軌跡で襲来するのだ。一度目を避けても二度目。それを避けても三度目。避けきれない軌跡が来たときに、ツインブレイズは手元から弾かれる。
 それでもディードは残った一剣を手に、シグナムの背後へと飛ぶ。しかし、シグナムはその機動よりも早く振り向くと、レヴァンティンの鞘でディードのみぞおちへ一撃を打ち込んだ。
 なすすべもなく落下していくディードには目もくれず、シグナムはレヴァンティンを鞘に戻すと待機モードへ。そしてアギトとのユニゾンを解除する。
 アギトは落ちていくディードを哀しそうに見つめていた。
「ディード……やっぱり弱くなってるよ」
 その言葉には勝利の喜びは欠片もない。
 もともと、アギトは元ナンバーズ一行に対しては過剰な仲間意識など持ってはいない。彼女にとっての当時の仲間とはゼストとルーテシア、そしてガリューだけなのだから。好きか嫌いかの二者択一の答えを求められれば、即座に「嫌いだ」と答えているだろう。
 しかし、その力を認めていないわけではないのだ。戦闘に特化したナンバーズがどれほどの脅威としなるかは、自分の目で見てわかっている。それがこうもあっさりと負けるところを見るのは、さすがに忍びない。
 しかし、そんなアギトにシグナムは言う。
「決して、ディードが弱いというわけではない。私とお前のユニゾンが強力すぎるのだ。並の魔道師なら、ディードの攻撃をいなすどころか受けることすらできんだろう」
「そうなのか?」
「自分で自分の強さがわかっていないのか? アギト」
「うーん……あたしは、あんまり実感がない。なんというか……あんたとのユニゾンは自然すぎて、すごくピッタリだとは思うけれど、ユニゾンして強くなったって感じはあんましない」
 相性のいい融合騎は、主にも自分にも必要以上の負担をかけないと言われている。その意味ではアギトの言葉はまさに理想だった。
「とはいえ、戦術という意味では確かに未熟だな。戦闘機人としてのスペックに頼りすぎだ」
 シグナムはアギトを肩に止まらせると、ゆっくりとディードを追って下降し始める。
「今のエリオには及ばないとしても、ある程度には駆け引きも覚えてもらわないとな」
「なあ、シグナム」
「なんだ?」
「あいつ、シグナムの三番弟子になるんだって?」
「ああ。本人は嫌がるかもしれんが、職務としての教導を除けばそういうことになるな」
「一番目は当然エリオだろうけど、二番目って誰なんだ? そんなやついたっけ? フェイトのことか? あ、でも、それならエリオよりフェイトのほうが先だよな」
 考え込むアギトに、シグナムは笑った。
「そうか、お前にはまだ話していなかったな」
「あたしの知っているやつか?」
「私もまだ、どんな者かは知らない」
「は?」
「私の二番弟子は、予約済みだ」
「だから、誰なんだよ?」
「テスタロッサの子供だ。いつか子供を産んだら、私の弟子にするそうだ」
「……フェイトの子供か……あの旦那見てると、そんなに強くなりそうには思えないけどな」
「人は見かけによらないぞ。あの男の強さは、ヴォルケンリッター全員の認めるところだ。そして、高町や我らの主もな」
「高町なのはまで認めてんのか……凄いやつなんだな」
「ああ、凄い男だよ」
 
 一方、シャマルは座学の講義を行っていた。
 神妙な顔をして座っているのはウェンディとセイン、そして小部隊を率いることの多いスバルとチンクである。
 最後の二人に関しては言うまでもない。最初の二人は、その能力から言って戦術眼が必要となるはずなのだ、と言うのがエリオとルーテシア、そしてジュニアの統一見解である。セインとウェンディがここにいるのは、その三人からの厳命だった。
 空間投影されたシミュレーション画面で、セインとスバルがチームを組んで戦術を組み立てている。ウェンディとチンクはそれに対するシャマル側だ。
 盤上の戦いは膠着状態に陥っていた。
 もっともチンクは、
 ……わざと膠着状態に持ち込んだ? シャマル殿は何を考えている?
 シャマルの意図を疑っている。
 しばらくすると、セインが焦れて言った。
「ちょっと待った。スバル、これがあたしなら、この位置からディープダイバーで入り込める」
「その位置にいるのはただの隊員ッスよ。いつの間にセインになったんスか」
 ウェンディの文句をセインははねのける。
「いいや、あたしだ。あたしじゃないなんて言ってなかっただろ。そもそも、あたしが実際にこの場にいれば、すぐにここに駆けつけるはずだ。間違いない」       
「それじゃあ、そのコマはセインということなのね?」
「そうだよ。せっかくのレアスキルは有効に使わないとね」
 シャマルはセインだと宣言されたユニットの位置を確認する。位置としては悪くないが、シミュレーション開始から全く動かされていないユニットである。
「あたしはここからここに動く」
 パネルを操作して、セインはユニットを動かした。
「だったら、これでおしまい」
 画面上のユニットが一つ消えた。それはたった今、セインだと決めて動かしたユニット。
「設定を再確認して。そこには、ISに対応する地雷が仕掛けてあったはずよ」
 慌ててスバルがデータパッドを確かめた。
「……本当だ」
「……え?」
 セインがシャマルを見た。その表情が不満そうに歪んでいる。
「セイン。イカサマではないぞ」
「でも、チンク姉、こんなの…」
「ディープダイバーがもっとも有効に活用できる位置はそこだ。それは私にもわかる。だからこそ、シャマル殿はお前がそこに来ると予測した。それだけのことだ」
「でも、最初はこれはただの隊員だって……」
「それを自分だって言い張ったのはセインだよ」
 スバルの言葉に、セインは絶句する。
「えっとつまり……」
 ウェンディが全員に確かめるように言い出した。
「シャマルは、セインがそう言い出すのを予測してたんスか?」
「セインの性格ね。だけどそれだけじゃないの。ディープダイバーの性能さえ知っていれば、この位置がもっとも有効活用できる位置だと言うことも簡単に予想できるわ。さっきチンクの言った通りね」
 つまり、とシャマルは続けた。
「セインがディープダイバーを有効に使うつもりなら、必ずここに来るはずということ。そして、この部隊と戦うには、セインをつぶしてしまうのが最も重要。言い換えれば、レアスキル持ちのいる部隊は、レアスキル持ちを優先的に叩く必要がある。では、レアスキル持ちを優先的に叩くには?」
 今の状況から、ウェンディは考える。
「相手がレアスキルを使いたくなる状況を作り、罠をはる」
「そのとおり。それじゃあ、攻守交代してもう一度ね」
 セインはよしっ、と拳を握った。
「チンク姉はランブルデトネイター、ウェンディは“ドーターズ”だね」
「お手柔らかに、セイン。あたしの娘を虐めちゃ嫌ッスよ」
 ウェンディとセインの盛り上がりに、シャマルはチンクと顔を見合わせて苦笑いする。
 
 グラーフアイゼンとジェットエッジが正面からぶつかった。
 踏ん張りきれずノーヴェはヴィータに押されるが、次の瞬間グラーフアイゼンを乗り越えるように回り、残った足でヴィータの首を刈ろうとする。
 その蹴りが届く寸前、グラーフアイゼンのシャフトが伸び、ラケーテンフォームにシフトする。それによってバランスの崩れたノーヴェだが、辛うじて体勢を整えると再び地面に立ち、空に逃げるヴィータに向かいエアライナーを展開する。
「はっ。そんなスバルもどきであたしに張り合うつもりかっ!」
「うっるせぇ! ちょこまか飛びやがって! 降りて勝負しやがれってんだ!」
「正面から勝負したって、お前の足にあたしのアイゼンが打ち負けるわけないだろ」
「だからやってみろってんだろ!」
 再び蹴撃の体勢。迎え撃つヴィータ。
 そしてジェットエッジとグラーフアイゼンの衝突。
 と見せかけたノーヴェが身体を捻る。アイゼンの軌跡から外した位置でガンナックルをヴィータに向けた。
「もらったっ!」
「そんなフェイント、見え見えなんだよっ!」
 振るわれる速度は変わらず、その軌跡だけを変えたラケーテンハンマーがノーヴェの身体を文字通り殴り飛ばす。
「おらあっ!」
 悲鳴を上げて地面に叩きつけられるノーヴェ。
「くっ…………そっ!!」
「スペックは高いのか知んねえけど、戦うときはもっと卑怯になるんだな。デバイスの軌道なんざ、目を離した隙にいくらでも変えられるんだからな。振り回すだけの普通の武器とアームドデバイスを一緒にするなよ?」
「卑怯になれ? それが古代ベルカの騎士とやらのセリフかよ!」
「バーカ。卑怯な行いと戦いの駆け引きを一緒にするな」
「誰が馬鹿だ! この赤チビ!」
「……てめぇ……今なんつった?」
 ヴィータの口調が変わった。先ほどのまでの余裕が一瞬で消え去っている。
「あ? チビにチビと言って何が悪いんだよ、チビ」
「てめえんとこのチンクとそんなに変わんねえだろっ!」
「チンク姉と一緒にするな! 変なウサギ頭につけやがって!」
「あ……て、てめぇ……このウサギを馬鹿にしたのか……」
 ヴィータの瞳に炎が宿る。
「……あとからゲンヤさんには謝っとく。今日からナカジマ六姉妹は五姉妹に変更だっ!」
「はんっ! はやてには後から報告だ。明日ッからヴォルケンリッターは三人だってな!」
 急降下とともに振り下ろされるアイゼン。
 最高の角度で蹴りを放つジェットエッジ。
「喧嘩しちゃ駄目!」
 まさか、二人の打撃が止められるとは。しかも、たった一人の少女の叫びによって。
「なにやってんのよ、ヴィータちゃんもノーヴェさんも!」
「おめえ……」
「あ……」
 驚くヴィータと、顔色を変えるノーヴェ。特にノーヴェの驚きは大きい。はっきり言って、この少女を傷つけるのはまずい。
 ヴィータ相手なら、訓練で盛り上がりすぎて病院送りにしたと言っても、場合によっては笑い話になる。本気で怒るのはギンガぐらいだ。シグナムに至っては「ヴィータの修行不足だ」と言い放ちかねない。そもそも、本気で病院送りにできるかどうか。
 いや、遊撃隊の他の誰でもいい。訓練での怪我など、自分の力不足だと考える者がほとんどだ。
 彼女は違う。当時ならまだしも、今の彼女ならば傷つけることは容易い。しかし彼女を傷つければ……心情的にはかなり難しいのだが……、ざっと考えただけでも姉妹の中からオットー、ディード、セイン、ディエチが明確な敵に回る。
 さらにはエリオ、スバル、ルーテシア、フェイト、ザフィーラ。そして極めつけは、高町なのはが魔王となって襲ってくる。そのうえ、自分を弁護してくれる者に心当たりはない。チンク姉ですら、そんなことをした自分を助けてくれるかどうか。
 絶対、敵に回してはいけないのだ。
 彼女の名は、ヴィヴィオ・高町。
 争いをとめたヴィヴィオは二人をじっと睨んでいる。
 ばつが悪そうに、ヴィータは言う。
「そんなに睨むなよ、ヴィヴィオ」
「睨んでねーです」
 ヴィータが吹き出した。
「な、なんだよ、おまえ、それ」
「ヴィータちゃんを睨むときはこう言えって、ママが」
「なのはのやつ……余計なことを……」
「喧嘩は駄目だよ」
「いや、これは訓練で」
「なんか悪口言い合ってた」
「う……」
 ヴィータはそこで思い出した。ヴィヴィオの気を反らすには一番の方法がある。
「あ、そういえばザフィーラのやつも一緒に来てるんだぞ」
「本当!?」
 輝くようなヴィヴィオの笑顔。
「どこにいるの?」
「それは知らない」
「意味なーい」
「ザフィーラならオットーと一緒だ。オットーの居場所なら、ディードに聞けばすぐわかる。そして、ディードはシグナムの所だ」
 ノーヴェの助け船。ノーヴェとて、いつヴィヴィオの矛先が向けられるかわからないのだ。さらに、元ナンバーズ組は全員ヴィヴィオに負い目がある。なんと言っても、誘拐犯とその被害者だ。
「それじゃあ、シグナムさんは?」
 辺りを見回して、ノーヴェは空を指した。確かに、こちらに向かってくるシグナムの姿が見えている。
「あそこ」
 
 はやてはジュニアのラボを訪れていた。先日運び込まれたロストロギアの件である。
 はやてを案内しているのはジュニアで、ジュニアの横にはディエチ、そしてはやての後ろにはエリオが従っている。さらにその後ろはルーテシアとガリュー。
 ラボの片隅、強化フィールドの向こうに、そのロストロギアは厳重に保管されていた。
「これが、例の?」
 はやての言葉にジュニアがうなずいた。
「はい。ナカジマ特佐」
「あらゆる対象をコピーするロストロギア……」
「生命体から無機質まで、ほとんどのものの複製物を作り出します」
「生命体って……まさか」
「生命体に関しては、完全な複製と言うよりもクローンと言った方がいいかもしれません。ちょうど、僕やフェイトさん、隊長のように」
「簡易版プロジェクトFか。まいったな、こりゃ」
 他人事のようにぼやくエリオ。はやてがそんなエリオをじっと見ている。
「ま、わかってるやろけど、この始末、ここに回ってくるよ」
「でしょうね。というより、回して欲しいくらいです。こんなのが正面から扱える部隊は、今の管理局じゃウチくらいでしょう」
「“無限の解析者”がおるんや、期待してるで」
「ジュニアの能力なら安心です」
 ディエチが優しく微笑んで言った。
「あいかわらず、ディエチはジュニアに甘いなぁ。甘やかしすぎるんは、良くないで」
「で、はやてさん。そろそろいいんじゃないですか?」
「何やろ?」
「ジュニアのラボは盗聴とは無縁ですよ。それに、ここにいるメンバーは口の堅さじゃ折り紙付きです」
 ここにいるのはエリオ、ルーテシア、ジュニア。そしてディエチとガリュー。たしかに、エリオの言葉に間違いはない。
「たしかにな。ま、私としては……」
「あ、すいません、特佐。その前に一つ」
 ジュニアがおずおずと手を挙げた。
「どうしたんだ?」
「実は、昨夜から今の間に一つ、新事実がわかったんです」
「新事実? おい、初耳だぞ。ルーテシアは?」
「私もまだ聞いてない」
「すいません。隊長。ナカジマ特佐がここに直接来られるとは思わなかったので」
「あー、ジュニア、多分、私の言いたいこともそれやと思う。さすがやね」
 ジュニアははやての讃辞に慌てながら、告げる。
「このロストロギアは、これ自体が複製物です。オリジナルは別にあるはずです」
 一瞬にしてラボ内が静まりかえった。機械の作動音だけが聞こえている。
「同じ事を私も言うところやったけどな」
「どうして特佐が……」
 言いかけたジュニアをエリオが遮る。
「まさか、騎士カリムの予言、ですか?」
「違う。フェイトちゃんからの報告や」
「どういうことかわかりませんが」
「ジュニア、ディエチ、ルー子。心の準備しときや。嫌なもん、見せるで。リイン、記録投影や」
「はいです」
 実際に、顔色を変えたのはルーテシア一人だった。ガリューが側に行くと、
「大丈夫、気分が悪い訳じゃない。嫌なことを思い出しただけ」
 エリオとジュニアはそれぞれ、肩を震わせていた。ディエチは、いつもの無関心に見える無表情で画像を見つめている。
「……これはセイン?」
「セインの、そっくりさんやな」
 数十人のセインが画面内では倒れている。そしてそのどれもが、一目で死体とわかる姿に変えられていた。
「検知されたんですか?」
 ジュニアの問いに、はやては首を振った。
 残りのメンバーは首を傾げている。今のやりとりがわからないのだ。
 画面内に倒れているのはセインのクローン。そして死体とわかる姿はほとんどが解剖されている。何故セインを解剖するのか。
 偶然の産物として発現したレアスキル、ディープダイバーの研究のため。
 だから、ジュニアは尋ねたのだ。
「(ディープダイバーの使用痕は)検知されたんですか?」と。
「これは、フェイトちゃんが発見したものや。ここで、さっきのロストロギアと全く同じもんが発見されとる」
「……しかし、セインはここにいる。複製は無理だ。いったい誰が……」
 エリオの言葉を引き取るルーテシア。
「ドクターなら、セインのデータは持っていたはず」
「拘置されとる連中は、皆確認済みやよ」
 はやての言葉を今度はディエチが引き取った。
「ドクター、ウーノ姉、トーレ姉、セッテ」
「そや。四人とも確認済みや」
「第三者が、ドクターのデータを活用している?」
「マリアージュ事件の例もある。まだ捕まってない関係者の一人や二人、おっても不思議はないやろ。データとなるとなおさらや」
 はやてはリインに指示して映像を替えさせる。
「セインもどき程や無いけどな」
 映像に映るのはディエチ、ノーヴェ、セッテ。彼女たちのクローン体である。数はセインのクローンほどではない。
「……砲撃、陸戦、空戦特化タイプですね」
 他人事のようにディエチが言った。
「ナンバーズの中でも、ドンパチやらかすには一番向いてる性能やな」
「……ああ、ここにあったんですね」
 早いと言っても、戦闘機人稼働にはそれなりの時間がかかる。しかし、ロストロギアによる複製ならばその時間は大幅に短縮されるだろう。
 ジュニアは、オリジナルがそこにあったのだと理解した。
 しかし、はやては言う。
「そや。ここに同じモノがあるって聞いたんや。さすがに、ジュニアが一晩で解析したとは思わんかったけどな。せやけど、そこにあったんも多分複製や」
 フェイトが追っていた戦闘機人量産事件。そこで見つけたのが、このラボだったのだ。
 駆けつけたときそこに残されていたのは、クローンのなれの果てと複製ロストロギアだけだった。
「それで、我々はフェイトさんの指揮下に入るわけですか?」
「いや、今のところは独自に追ってもろたらええと思う。もし、フェイトちゃんが本筋を掴んだら、すぐに呼び出すと思うけどな」
「ウチはフットワークの軽さが信条ですから、いつでも呼んでください。それで、はやてさんは?」
「本部にしばらく詰めとくよ。戦闘機人がらみやと、どんなイチャモンつけられるかわからへんからな。誰かが偉いさんの近くにおらなぁまずい思うし。シグナムとヴィータ、アギトはフェイトちゃんの手伝いに行くけど、ザフィーラとシャマル、リインはこっちにおるからいつでも呼んでええよ」
 シャマルとリインははやてのアシスタント、ザフィーラはボディガードだろう。
「あ、でも、ザフィーラはこっちにおらなあかんかもしれん」
「なにかあるんですか?」
「うん。なのはちゃんからエリオに伝言や。預かって欲しいもんがあるて」
 
 オットーは微動だにしていない。と言うよりできない。
 どうやっても、身体が抜けないのだ。レイストームで破壊、という手もあるが、よほど上手くやらないと自分を傷つけかねない。
「まだ諦めるつもりはないのか?」
「ないよ」
 鋼の軛に締め付けられながらも表情一つ替えないオットーを、ザフィーラは呆れたように眺めている。
 この戒めから自力で抜け出す。それがオットーの自らに課した課題のようだった。
 逆の立場なら、自分も同じ事をしていたかもしれない、とザフィーラは感じていた。攻守は別だったとしても、オットーのあの時の立ち位置は自分の立ち位置とよく似ている。前線メンバー(その時点ではディード、ウェンディ、ノーヴェ)を影からサポートする役だ。
 しかし、オットーはザフィーラとシャマルに屈し、結果として前線メンバーはティアナに敗れた。自分が同じように敗れていれば、やはりその技を破ることを望んだだろう。
 ザフィーラの推測は少し違っていた。確かに、オットーは敗北したことを乗り越えるために鋼の軛を攻略しようとしていた。しかし、正確にはそれは敗北のためではなく、もっと個人的なもののためだった。
 前線メンバーのためではない。オットーの記憶に強く残っているのは、ディードの敗北だった。
 ノーヴェとウェンディが敗れたのは連携のミスである。それに関してオットーは二人を擁護するつもりなどない。二人が未熟だったと思っている。しかし、ディード自身はティアナには勝っていたはずなのだ。
 一度の攻撃では意識を失わず立ち上がり、ティアナへ向かったディードを打ち倒したのはヴァイスの狙撃である。
 これは、オットーのプリズナーボックスが健在ならば完璧に防げたもののはずだった。つまり、オットーにとっては、自分が捕らえられたことによって敗れたのは三人ではなく、ディードただ一人なのだ。
「ディードは…僕が守る」
 オットーの呟きが聞こえたのか、ザフィーラはその場から一歩踏み出そうとした。
「ここか、ザフィーラ」
 足を止めて振り向いたザフィーラは、烈火の将とその訓練相手の双子の姿を見る。
「珍しいな、自分の訓練中に人の訓練を見に来るとは」
「休憩がてらにな。それに、ディードがオットーの様子を見たいそうだ。加えてお前に客だ」
「客……?」
 訝しげなザフィーラに、シグナムが現れたのとは別方向から飛びかかる少女。
「ザフィーラ!」
 ほとんど反射的にザフィーラはその姿を受け止める。
「ヴィヴィオ?」
 抱きついたまま、振り回すようにヴィヴィオが回る。とは言っても回っているのはヴィヴィオだけで、ザフィーラはびくともしていない。
「陛下?」
 オットーが動きを止めて、できる範囲で会釈する。
「陛下はやめてっていつも言ってるでしょ、オットー」
「オットー、軛を外すか?」
 ザフィーラの提案にオットーは首を振った。
「自力で脱出する」
「がんばれ、オットー」
「ヴィヴィオ、今は黙ってみていろ」
「はーい」
 ディードは無言でオットーとザフィーラのやりとりを見ている。その両脇に立つように、ザフィーラとシグナムは構えている。
 ふと、シグナムはディードの様子に気付いた。
「どうした、ディード」
「私は、弱いです」
「今はな」
「オットーに、心配をかけてしまいます」
「オットーを守りたいのか」
「はい」
「だが、オットーもお前を守りたいと思っている。今は、そのための訓練だ」
 溜息に、ザフィーラが振り向いた。
「私は本当に弱いんでしょうか。私は貴方達のようにはなれません。チンク姉様のようにも、他の姉様たちのようにも」
「何故そう思う」
「私はオットーを守りたい、助けたい。たったそれだけです。だけど私にはそれができません」
「充分だと思うがな」
 ヴィヴィオがぎょっとした顔でザフィーラを見た。
「俺は、主はやてを守るために戦うと決めている。お前とどう違う?」
「違うでしょう、貴方は……」
「強い弱いなどは、結果論に過ぎん。主はやてが望むのなら、我らはいかなる敵とも戦う。お前は、オットーに自分のために戦えと望むのか? それとも、オットーがお前にそれを望むのか?」
 ディードは答えない。
「誰のために強くなるかなど些細なことだ。そんなことは、自分だけがわかっていればいい」
「自分だけが……」
「戦う意味さえあれば、勝敗などは後からついてくる」
 そのとき、招集の合図が響いた。
 
 ブリーフィングルームに集まった一同に、エリオが指示を出す。
「フェイクマザーがまた一つ見つかった」
 当該のロストロギアには「フェイクマザー」との名称が付けられていた。
「すぐに回収に向かってくれ。メンバーはルーテシア、ガリュー、チンク、オットー、ディエチ。指揮はルーテシアが執る」
 オットーがディードの横を掠めるように歩いた。
「ディードが僕を守るのなら、ディードは僕が守る」
 囁くような宣言。それに答える間もなく、オットーはメンバーと合流してしまう。
 ディードはただ、苦笑のような溜息をつくだけだった。
 やれやれと言うように。
 そして、嬉しそうに。
 
 
 
 
 
 
   次回予告
 
 ジュニア「僕が気付いたとき、母はすでにいなかった」
 エリオ「俺たちの誰も、あんな事件は予測していなかった」
 ジ「母さんは、いったい何を思っていたのだろう」
 エ「それは、もう誰にもわからない。きっと、スカリエッティにすら」
 ジ「次回、魔法少女リリカルなのはIrregularS第三話『クアットロの想い ウーノの祈り』 僕たちは進む IRREGULARS ASSEMBLE!」
 
 
 
 
 
 
なかがき
 

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